原体験? 原風景?
母方の祖母の家の真ん前に、東京都中野区立江古田公園がある。すこし東に行けば地元民には桜で有名な哲学堂がある。住宅街の中のちょっとしたスポット。おそらく小学校低学年だったころだと思う。週末や、学校休みに母に連れられて祖母を訪ねるのはよくある日常の中のこと。季節は覚えていないけれど、そのときも午前中から祖母の家に行き、昼前に公園で遊んでいたはずだ。たまたまそこで知らない子と出会って、一緒にブランコにでも乗っていたのではなかったか。
そこに実叔父(仮名、母の弟、まだ20代で、祖母や他の叔父らとまだ同居していた)が「昼ご飯だぞ」と僕を呼びに来た。その実叔父に、僕は新しく知り合ったその子を紹介したのだ。「○○くんは、韓国から来たんだって」。僕の言葉を受けて、それでもなぜかいつになく忙しく僕の手を引っ張る実叔父がいて。しぶしぶ○○君に手を振って祖母の家に戻る(戻るって言ったって、公園の真ん前なんだから…)途中で、実叔父が「ああいう子とあんまり遊ばない方がいい」というようなことを僕に告げたのだ。きっと僕は「どうして?」と訊ねたはずだ。でも実叔父からは僕を納得させる返事はなかった。違和感だけが残った。ある明るい昼どき。
あるいは。
やはり小学校低学年のころ。杉並区清水町三丁目にあった借家のいつもの4畳半でテレビのニュースを見ながら、夕餉が終わったところだったのか、始まるところだったのか。4畳半の部屋には西向きに窓があり、その下にさして大きくもない白黒テレビがあって。その向かい部屋の中央に四角形の座卓が置かれ、本棚を背にして僕の席は北側、父の席は南側で、父の背中には襖がありその向こうは父母の寝る六畳間があった。東側に台所に通じる襖があって、食事の準備に台所と4畳半を行き来する母の席はそっち。妹は僕と母の間がいつものポジションだ。そんないつもの時間。午後7時から始まる公共放送によるニュースで「エタヒニン」という言葉が流れた。その時間に父がいたのだから、おそらく日曜日だったのではないか。「エタヒニン」という知らない言葉に反応して、僕は正面に座っていた父に「エタヒニンって何?」と聞いた。何か言おうとした父に、台所から母の「余計なことを教えないでよ、下手したら殺されちゃうよ」というような声が飛んできた。一瞬たじろいだように口を閉じた父は、その後なにかムニャムニャと何かを僕に告げた。おそらく「差別」というような単語も使ったのだろう。けれども、その内容は覚えていない。けれども、母の反応や、父の口ぶりから、なにか触れてはいけないことがあるのだろうということは伝わってきた。
どちらの記憶も、ごくごく小さな日常の中の出来事でしかない。恒常的でなく、突発的で、瞬間的。もちろん、このふたつ以外にも無数の記憶が残っているわけで、このふたつがなぜそれほど印象に残っているのかは、自分でもわからない。
たまたま読んでいた本(黒川創著『国境 完全版』河出書房新社 2013)の中で、何回か“原体験”、あるいは“原風景”という言葉が使われていた。自分にとっての原体験・原風景とはなんだろうとふと思い返したときに、なぜか上記のふたつのエピソードが頭を過ぎったのだ。
インターネットのデジタル大辞泉で“原体験”をひけば、【その人の思想が固まる前の経験で、以後の思想形成に大きな影響を与えたもの。】とある。“原風景”は【原体験におけるイメージで、風景のかたちをとっているもの。】
やはりインターネット内の精選版日本国語大辞典で両者をひけば、前者は【その人の人格形成や、行動の方向づけに、知らず知らず影響を及ぼしている、幼少期の体験。】とあり、後者は項目がない。
ふむ。原体験の説明として、僕としては精選版日本語国語大辞典の「知らず知らず影響を及ぼしている」と「幼少期の体験」に軍配を上げたくなる。 それに準ずれば、原風景とは【人格形成に知らず知らず影響を及ぼしている、幼少期に見た原体験における風景】とでも書けるのか。
さて、前述したふたつのエピソードが、僕自身にとっての原体験なのかはわからない。けれども、どちらも風景は込みだ。体験なんだから、当然そのときの風景も残っている。
たとえば普段とは違う実叔父の笑っていない顔とか、四畳半の天井の丸い蛍光に照らされていたまだ40前の父の顔とか。
個々の人間が戦争を起こすのか?
先日、ある知人のブログに以下のような記述を見つけた。
僕は、人間は「非合理だから」戦争をするわけではないのだと思っている。
むしろ、それぞれの立場で、それぞれがかなり合理的に考え、正しいと思うことを積み重ねていった先に、戦争にたどり着いてしまうことがある。
だとすれば、ロジックだけで戦争を止めるのは難しい。
何かざらっとした違和感が残った。
その後に、先日逝去した石川文洋さんの本を読み直していて、次の一節を見つけた。
狙い撃ちされることもあるが、パラパラと飛んできた機関銃弾で死傷することが多い。どこから発射されたかも分からない砲弾に倒れる者もいる。どの場合であれ命が失われることに変わりはない。死んだ兵士は徴兵され仕方なく軍隊に入った。そして銃と弾丸を渡され戦うように命令される。戦うのは政府が決めた相手である。(57ページ 『ベトナム戦争と私 カメラマンの記録した戦場』石川文洋著 朝日新聞出版 2020、下線はムラヤマによる)
そうか、と思った。僕が知人の文章に感じた違和感は、「人間は……それぞれの立場で合理的に考え、正しいと思うことを積み重ねていった先に、戦争にたどり着いてしまう」とした際に、たとえば「仕方なく徴兵されて戦争に巻き込まれていく個人」も、そういう「人間」のひとりなのか?という問いにすればわかりやすいのだと。
つまり、戦争は個々の人間が「合理性」や「正しさ」を積み重ねてたどり着く現象なのだろうか? そうではないだろうと、僕は思っているのだ。もし、「合理性」や「正しさ」を積み重ねて戦争を選択するのが人間だとすれば、それはごく限られたエリート層に位置する人たちだけだろう。つまり、国家の中枢に位置する人らだけが、自らの「合理性」や「正しさ」を積み重ねて戦争にたどり着ける。その他、多くの人々にとって、そういうエリート層の煩悶、逡巡の結果としての戦争は、単に降ってわいた出来事なのではないだろうか。
そして、銃と弾丸を渡され戦うように命令され、撃たれて死ぬ、あるいは撃って殺すのは、「合理性」や「正義」の積み重ねとは無縁の市民なのじゃないか?
僕は、その知人のエリート性にざらっとしたものを感じたのだ。彼には申し訳ないけれど、それは呪うべきエリート性だ。特権階級の驕り臭がむんむんする言い訳めいた言葉の羅列。
いやいや、民主主義の下で、多数の国民も自らの「合理性」と「正しさ」を積み重ねて投票行動をとっているわけで、その結果として選ばれた人たちが選択したのだから、結局は「みんなの戦争」なのではないか? 僕の前段落の言に対してこういう反論は可能だろうか? けれども、それはやはり多くの事実と違うだろうと僕は感じる。
インターネットの無名のコメントの中には、いくらでも国民による戦争支持と戦争不支持の声が渦巻いていて、それもそれぞれの「合理性」と「正しさ」の存在を示していると知人は言うかもしれない。けれども、あれは単に評論ではないのか。あれを投稿している多数には戦争遂行の有無に対して選択の権利はないのではないか。せいぜい、自分が応援したリーダー(例えばタカイチ現首相とか)による内閣が殺傷兵器の輸出を閣議決定したのだから、きっとそれは日本国にとって良い、合理性のある正しい選択なのだろうと思う、というのがせいぜいではないのか。それよりも、今夜のタイガースの勝敗や、明日の子どものお弁当のおかずや、明後日の給与の振り込み期日のほうが気になるのが、多くの市井の人々なのではないか。
僕には、戦争はどうしたって国家の持つ暴力性の発露に思える。個人同士の殺し合いのレベルではない。けれども、国家という生き物は存在しない。国家も人によって成り立っている。そして、その指導者たちが戦争を選択する。その指導者を、多数の国民も支持する。だから、それを分解していけば、個々の人間の「合理性」と「正しさ」が、戦争するそれぞれの背景にはある。
そういうことなのだろうか?
文洋さんが書いた、「徴兵されて仕方なく軍隊に入った」死んだ兵士にも、彼/彼女の「合理性」と「正義」による戦争の責任があるのか? 国民の責任。
僕には、戦争を選択する立ち場にない多くの市民にまで、彼/彼女の「合理性」や「正義」によって生じる戦争の責任を求めるのは無理があるように思える。一方で、国民が戦争を求めた時代も日本にはあった。それも確からしい。日露戦争なんかは典型的にそうだったようだし、日中戦争もそう。(あのときの天皇にとっては、勝てるかどうかが大事だったようにも思える。米英への開戦時も、彼が問うたのは「勝てるのか?」だったよね。勝てる確証がないから、ちょっと反対した、程度のこと。ま、それはまた別の話)
さらには、兵士個々の無差別殺人や強姦やといった加害責任があるのは明確だし、銃後を支えた女性を含む日本社会の責任も無しとはできない。けれども、それは知人の「戦争を選択する人間」のターゲットには含まれていたのか? あの文章には、市井の人たちとは遠いエリートの苦悶だけが目立つと僕はどうしても感じてしまうのだけれど。
国家と個人との同一視?
やはり知人のひとりと議論していて。国家と個人との重なりに対して過敏な私に対して、その人は次ような主旨のことを書いてきた。
多くの人にとって、自分と国家を同一視しないというのは難しいことではないか。たまたま国に迫害されるか、国から迫害された友人がいたりして、しかもそれをきちんと学んで国家からの自立を獲得できた人だけが、自分と国家の同一視から自由になれるのであって。そうでない多くの人、つまり多数派は、無邪気に国と自分を同一化できてしまう。たとえば、サッカーの日本チームを応援するのと、国と同化して戦争に突き進むのと、如何ほどの違いもないでしょう?
もしこの言説が正しいとしたら、自分と国家との同一化がたやすい多くの人たちには、それにつながるどんな原体験・原風景があるというのだろう?
宗教ってさ、世界的に見て多くが親の宗教に強く影響されているよね。キリスト教の両親の子どもはキリスト教。イスラム教もそう、仏教もそう、ユダヤ教もそう。そこにはごくごく偏狭な「合理性」と「正義」しか存在していないんじゃないのか。それと同様に、「国家と自分との同一化が容易」な両親のもとで、子どもは「国家と自分の同一性」を刺激する原体験・原風景と出会い、両親と同じ道を行くってことなのか。
その伝でいえば、僕の両親から「日本国家との同一性」を感じたことはない。父は当時の社会党の党員で、組合活動に積極的だった。メーデー(5月1日の世界的な労働者の日…って注釈をいれないと若い人には伝わらないかもという自分の危惧が悲しいよ)には父の肩車で参加した覚えがある。社会党のチラシを各家の郵便受けに入れて歩く父の手伝いもした。
僕の自民党嫌いは、どう考えたって父の影響だろう。その程度のことなのか? 大人になってから「父の時代に、雪深い村から東京の大学にすすんだインテリが社会党を支持したのは、単なるファッションに過ぎないのではないか」と何かの機会に父に言ったことがある。父からの反論は特になかったけれど。社会党支持者にならなかったからと言って、僕が自民党支持に回るということはこれまで一度もないし、今後もなさそうだ。その確固とした予感も、単にたまたま流行を追った田舎出身のインテリを父に持ったせいにすぎない???ほんと??? とにかく、とっかかりとしては、否定できない。
今夜も、不法移民のニュースを見ながら(あるいはYouTubeを見ながら)「あいつらが日本をダメにしているんだ」「さっさと追い返せ」なんてつぶやいている大人の脇で、子どもたちがしっかりそれを聞いている、そんな風景が頭から離れない。妄想か?
あるいは、エリートである両親の煩悶を目にして、エリート予備軍は育っていく。国立大学の進学と親の高収入がリンクするのが当たり前の日本社会だし。社会階級はすでに固定し、常に再生産のサイクルがまわっているのは確からしい。
膿を出すしかないんじゃない。と思わせる、我がプロ野球贔屓チームの20代の選手4名の解雇が昨日(2026年10月1日)発表されました。なんとも情けない。彼らを守り、もし必要なら更生の道を支援するのがチームじゃないの? それもできないなら、家族とか言いなさんな、みっともない。彼らの明日を応援しさらなる飛躍を期待します、矢野・田村・小園・前川選手のことだよ。僕には菊地選手の焼きフォークの件のほうが気になる。菊地選手は好きなタイプのプレーヤーなんだけれど。若いころから「カンチョー」攻撃とか同僚選手にしてたからなぁ。あれをちゃんと止めさせる雰囲気がカープになかったのが大きな問題なのだと思う。
という話はさておき、国家と個人の同一視が避けられないのなら、「膿を出すしかない」ってのは、つまりは戦争でもなんでも起きて、もう一度学べよってことになる。でもさ、いくらでも事例は今日も転がっているじゃないのよ。イスラエルは? 米国は? 国家による個人の抑圧なんて山ほど事例があるじゃない。わざわざ国に迫害されるか、国から迫害された友人がいなくても、学べるでしょう。なんでそうならないのか。単なる開き直りなんじゃないか。
多くの人にとって、国家との同一化は、国家から裨益があるからなんだろうけれど。でもなぁ。でもなぁ。国家と同一化することで得られる“幸せ”もあるのは解る。でも、他者の不幸を礎とした幸福はダメなんだ。
そう書けば、「私たち日本人を不幸にしてまで、海外移住者を受け入れていいはずはない」「日本への侵略を許すわけにはいかない」って反論がすぐ返ってきそう。それも「合理性」で「正義」なのか。もっともっと考える。それしか、できない。
あきらめたら、終わりだ。たとえば現在の母は、「エタヒニン」という言葉に対して、「殺されちゃうかもしれない」なんて言わないし、思ってもいないはずだ。むしろ、そんな偏見に批判的ですらある。人は変わるのだ。変われるのだ。どうせ変わるなら、多数の幸せに舵を切る方向に変われるといい、よね?















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