ふと思い出した話

 その頃、仕事が終わるとよく川べりの繁華街に一人で飲みに行った。

 現地の人たちが使うというよりも、海外、特に欧米日韓、からの観光客や、現地で働く駐在員などが利用する飲み屋が並ぶエリアだ。お酒と軽い食事を出す店が多く、そこで働く女性たちが一緒に座って相手をしてくれるようなところ。女性たちはみんな現地出身で20代30代が多い。

 中には上手な英語を話す人もいるけれど、多くは片言程度。こちらも片言の現地語を使って他愛のないことを話すことになる。一見(いちげん)さんよりも常連のほうが優遇されるのは、何処も同じ。

 ハーイ、元気?    ハーイ、元気だけど、疲れた。毎日忙しい忙しい。そっちは元気?      うん、元気だよ。でもお客さん少ないから、暇々。    ふーんそうかぁ。どう、息子さんも元気?    ハハハ、よく覚えてるね。元気だよ。ほら、この前写真を送ってきてくれたの。             どれどれ、へー、かわいいね。今度のお祭りには会えるの?     もちろん帰るよ。そのために働いているんだから。      そうかぁ、楽しみだね。お土産は何を持っていくの?     ………………

 おそらく半分以上の女性は、故郷に子どもを残して首都に出てきて働いてたように思う。彼女たちはけして強制されて夜の仕事をしているわけではなかった。経済的な理由があって、そこに辿り着いた人ばかりだったんじゃないか。

 お店には簡単なテーブルゲームやカードが置いてあって、けして豊かとはいえないコミュニケーションを助けてくれた。ビールを飲みながら、小一時間ほど柔らかい時間を過ごすことの対価としてチップを渡す、「これお土産の足しにね」。 多くの場合、彼女たちはお店からはほとんどお金をもらっていない。そのお店で働く許可を得ているだけで、客からのチップが主な収入だ。自分が渡していたチップから想像するに、彼女たちの収入はけしてそれほど多くはないはずだった。それでも「縫製工場で働いていたけれど、給料が安いからね」という塩梅で、当時の政府が定めたひと月の最低賃金はまだ100ドル程度だったから、とすれば彼女たちの収入はそれよりは多かっただろう(ちなみに最適賃金は今では月200ドルぐらいのはずだ)。

 ぼくの職場で一緒に働く仲間には、長期あるいは短期で支援する側から派遣される女性たちもいた。けれども、彼女たちが夜ひとりでお酒を飲みに行ける場所はそれほどなかった(それはおそらく今もそうだろう)。しかも、現地の人と気楽に(?)話せるような場所となれば、ほぼ皆無だ。その点からも、ああいう「夜の場」の意味付けは、特にジェンダーという価値観を深く理解することが必要な自分の仕事(途上国への協力支援)に軸足を置いて考えれば、なかなかきわどく危うい。そんな考え方は、理屈っぽいだろうか。ぐちぐち考えながらも、実際にそういう場でのひとときを“柔らかい時間”と形容して過ごしたりしていたのだから、世話はない。

 あるとき、一ヶ月を超える海外出張からその町に戻って、しばらくぶりに川べりに出かけた。そこでいつも見かける人の姿が、その夜はなかった。

 しばらく来ないよ         忘れちゃうでしょう?      ははは、忘れないよ               うん、帰ってきたら、また来てね        バイバイ      バイバイ

 そんなやり取りがあったから、少し気になった。帰宅後、ふと思いついてその人の携帯電話にかけてみる。しばらく鳴った後、発信音が消えた。

 ハローハロー?    ……     ハローハロー?〇〇だけど     ……    ハローハロー?     あぁ、〇〇      久しぶり。今日お店行ったんだよ    わたし びょうきなの      え?病気?      うん…わたし…ぐあい…わるいの    え?病院には行った?     うん…いった      そうか、ちゃんと薬飲んで、早く元気にならくなくちゃ      うん       じゃ、お大事にね       うん…ありがとう       元気になったら、またね       うん       バイバイ        ……バイバイ 

 

 その同じ夜だったと思う。もしかしたら、一日時間が経っていたのかもしれない。深夜3時ごろだったか。枕元に置いた携帯電話が鳴った。もぞもぞと手を伸ばして電話を取る。さっきかけた人の電話番号が表示されている。

 ハローハロー?        〇〇?       え、そうだけど       △△(さっき電話した人の名)、死んだの      え?      私、△△の姉✕✕     え?あぁ、わかるよ       △△、今死んだの        え!△△が死んだ?病気で?      うん、病気で        今どこ?病院?        違う、病院じゃない、家だよ       この町の家?         そう         わかった、これから行くよ       うん、場所わかる?         多分、大丈夫 

 彼女△△と、彼女のお姉さん✕✕は、同じお店で働いていた。そういえば、✕✕もお店にはいなかったっけ。
 以前、一度だけ△△を彼女の借りている家まで車で送ったことがあった。人の名前は覚えられないのだけれど、道はよく覚えるほうだ。

 町の中心地から、日中なら30分以上かかる道も、まだ暗い時間ならば10分ちょっとあればたどり着く。薄暗い路地の奥で、一軒の家のドアだけが開け放たれ、中の灯りが通りまで漏れていた。そこが△△の家だ。なんか、灯台みたいだったな。
 開いたドアをノックして中をのぞくと、入ってすぐの場所にベッドがひとつ壁際に置いてあって、そこに△△がいた。ベッドの側には、お姉さんと何人かのやはり若い女性たちが座っていた。みんな、泣いた後の顔で、どこか呆けたような無表情に見えた。
 それでも、お姉さんの✕✕が、がんばって少し笑ってみせた。

 〇〇、ここに座って     (黙って、お姉さんが譲ってくれた小さなプラスチック製の赤い色の椅子に座る)     さっき死んだの     (うなずく)   まだあたたかいでしょう?     (△△の額に右手の平で触れると、たしかにまだぬくもりがあるような気がした)    〇〇、電話くれたでしょ?      (うなずく)      △△、うまく話せなかったでしょう?     (確かにとてもゆっくりとした話し方だったことを思い出す)……病気いつから?        一ヶ月ぐらい前から        病院は?      行ったよ、でもね……、痩せたでしょう……食べられなくなったの          HIV?     違うと思う        そう        〇〇が電話くれたとき、もう話せなかったの   (うなずく)    でも、△△、話したんだよ、私びっくりした      (うなずく)   ありがとう       いや……    

 

 △△の初めて見る素顔は、たしかにとても小さくなってしまったような気がした。また涙をこぼしたお姉さんの横にすわって、10分間ほど△△の亡骸を見ていた。帰り際、気がついてあわててお財布を取り出す。よかった、100ドル札2枚と細かい札が数枚入っていた。それをお姉さんに渡す。

 お葬式の足しにして       ありがとう、お坊さんが呼べる       うん

 まだ暗い道を帰る。家について時計をみると、深夜の電話からまだ1時間ちょっとしかたっていなかった。

 その後、しばらくしてもう一度だけ△△の家を訪ねて、△△の写真を見せてもらいながらお姉さんと話をしたことがある。

 その写真の中には、△△の結婚式も写っていた。村の自宅の庭に式場をあつらう、こっちでよくあるタイプの結婚式だ。△△の横に座っていたのは、かなり年長の“白人”だった。

 この人は?        知らない、それっきり         そうなんだ

 △△たちの長姉が、米国の人と結婚したそうだ。その縁で紹介されて、△△も写真の人と結婚したらしい。△△はまだ18歳ぐらいだったらしい。米国への移民を夢見てのそういう結婚は少なくない。結婚式の写真は、ビザを取る際に大切な証拠写真になる。
 けれど、煩雑な手続きに根を上げてしまう“新郎”もいる。そんなときは、△△のように結婚式の写真だけが残される。

 子どもは?      いない      そうか     このときはね、△△はね英語ぜんぜん話せなかったの      へー、そう      このあとたくさん勉強したんだよ    うん、けっこう話せてたよ        そう、けっこう上手くなったのにね        お姉さん(長姉)は?       米国にいるよ        ふーん、いいね       ほら、この前お姉さんが帰ってきたときの写真        これどこ?        ■■のビーチ、みんなで行ったの         へー!みんないい笑顔だね     うん、すっごく楽しかった!

 お姉さんの✕✕と会ったのは、それが最後だ。
 そんなこともあって、川沿いの店に足を運ぶこともなんとなく止まった。単に飽きたのかもしれないけれど。

 まだ車イスに乗る前のこと。今から10年以上前の話だ。   

           

  

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