ミャンマーで起こっていることから

どの写真を使おうか、迷いに迷って選んだのは、北浦和で開かれている阿波おどり。踊るしかない、のかもしれない。

北の街で暮らす20歳の若者に送った葉書

 ミャンマーで起こっていること……、困るよなぁ………。銃を人に向ける、引き金に指をかける。その人差し指に力を込める。そのときの心持ちというのは、どういうものなのか。
 国家にだけ許されている暴力。建前では、それは自国を守るためって説明される。けれど歴史が教えてくれるのは、その暴力は内向きにも使われるってこと。銃口は自国民にも向けられる。
 でも、国家とか権力とかよくわからないものが命令するとして、人差し指に力を込めるのはひとりの人、個人。殺すということは、殺した人の心も殺すんじゃないかな。身体が死ぬ、心が死ぬ、どちらも酷いことだ。

尊敬する知人がフェースブックで流したメッセージ

 以下、ぼくの尊敬する知人シチジョウさんがフェースブックで流した文章をそのままコピーしたものです。彼は、以前スーダンで働いていたことがあります。現在はウガンダで働いています。カンボジアやルワンダでも働いておられました。ぼくは彼とすれ違ってイヨって挨拶する、そんな方です。でも、その生き様にちょっと心打たれたりする。つまり、尊敬してます。そんなシチジョウさんからのメッセージ。

 いつか世界を変えたいとがんばっている若者たちへ。今のミャンマー、どうしたら良いのか散々シミュレーションしてくれ。いつかじゃなくて今なんだ。実際できなくても、本当に真剣に考え動くことはきっと意味も意義もある。スーダンで悔しい思いをしたのに、同じことがミャンマーで起きているのに(正当な権利を求める若者たちが治安部隊を名乗る者たちに虐げられている)、成長できていなかったロートルからのお願いです。僕らもスーダンでそうだったけど、該当国内にいる日本人とかは検閲とかもあるので声を上げづらいんです。みんな、世界に目を向ける契機となった事件があるでしょう。何年も、何度も悔しい思いを払拭できないのはしんどいよ。僕らの世代だと湾岸危機/戦争とか9.11。油まみれの鳥や爆撃の映像。若き人よ。もう繰り返さない、を本気で考えてくれ。おっさんたちもできるサポートはしたい。でもこうやって託していかなきゃダメだし、こっちも全力で考えるし動く。仮に今回できなくても、それでも目を見張り、動くこと。国際問題だと難しいと思うかもしれない。でも、そんな道を選びたい若者たち、見過ごすことなくミャンマーに注目、注力してください。

 おっさんだけれど、もう若者じゃないけど、俺も考えなくちゃ、と思ったのです。

殺されないで、殺させないで、どう市民的不服従運動するか

 軍事力を持っていない市民が、国家のやり方、あるいは今回のようにクーデターを実行した国軍にどう反抗できるのか。市民的不服従運動(CDM;Civil disobedience movement)が行われています。日本で暮らすミャンマーの方が書いているブログ(以下のモノです、内容の真否を判断することは簡単ではないですけれど、ぼくは現実の一面を反映しているものだと受け取っています)を読むと、経済活動が止まり、クーデター後の国軍による国家運営はかなりマヒしてきている様子です。すごいな、ミャンマーの人たち。

市民的不服従反抗(CDM)について|Thet Win Aung|note

ミャンマー国軍はクーデターで何を得たか|Thet Win Aung|note

 でも、結果として死という代償を払っている人たちが随分と出始めている。殺されるのはよくない。殺されないようにCDMを継続するにはどうすればいいか。
 現状の国民多数のゼネストが続いて国軍の国家運営が立ち行かなくなれば、結果、軍の中での再クーデターが起こって、現在のクーデターをひっくり返して、そこから新たな民政が立ち上がるというシナリオがあるのでしょう。となれば、もうゼネストだけやってデモはやらない、という選択肢もあるのかもしれません。
 その場合、どうやって人々の生活を支えるか。特に食料と医療。幸い、ミャンマーは寒さで亡くなるという事態はほとんど考えられない。非常事態に教育が滞るのは仕方がない。給料が未払いになったり、CDMによって職場を追われた人たち、その家族の生活をどう支えるか。
 外部からの支援は今は難しいはずです。食糧援助をしても、それは軍に没収されるでしょう。海外からの送金だって簡単ではない。食料と医療に関しては、国内のミャンマーの人たちの踏ん張りに期待するしかない。
 おそらく、そうやって耐えるときには、ただじっと耐えるよりは、なにか「祭り」の装置が働いているほうがいい。だからデモが起こる。けれど、デモでは殺される。殺させる。

 皆で阿波踊りを踊るのはどうでしょう。もう祭りに特化するのです。「ええじゃないか」もいいかもしれない。汗をかいて踊る。でも、軍や警察に抗議はしない。向かわない。踊り騒ぎながら、軍が出たら、Uターン。そんな「祭り」はどうでしょう。

踊る人を、人は撃てるのか?

 それでも危機に立って軍は兵士に銃口を踊る人たちに向けて、引き金を引けと命じるでしょうか?洗脳された兵士のなかには、その命に従って人差し指に力を込めることができる人もいるかもしれない。

 皆で茶を点てる。というのはどうでしょう。もう静かに道に座って茶を点てる。心を落ち着けて、花風蝶月を思う。撃たれて亡くなった人たちを思う。とにかく、心静かになることを目指す。それは現状維持ではないはずです。静かにお茶を点てる人たちを、人は撃てるでしょうか。
 はい、撃てます。撃てるのも人ですそれでも、賭けてみる。静かに賭けてみる。人は変わることができる、ことに賭けてみる。そんなとき、お茶を点てるって、かなりイケている予感がする。

ある茶室での、光景

国外からできること

 キリンという企業が、ミャンマーの軍閥企業と提携してビールを売っていたのだそうです。先日、キリンの社長自らが、その提携を切るという決定をし、そのことを説明している様子をチラリとニュースでみました。キリン、いいぞ。そうだ、ぼくにはキリンに勤めている友人がいるので、彼にその思いを直接伝えなくちゃいけないな。
 ぜひ、ミャンマー軍閥と関係がある企業は、キリンに続いてほしい。そんな場合に注意したいこと。日本からミャンマーに赴任して働いている人たちも多くいます。キリンのような企業が出たときに、彼らの生活が困らないようにしなくちゃいけない。
 もしあなたが収入を得ている方法と、ミャンマーで商売をしている企業と、関係があるとすれば、そんなことを考えてもいい。つまり、どうやって同僚たちの生活をちゃんと維持するか。ミャンマーのせいで仕事を失ってなんて人が増えないように。

 何もできない、ってこともある。ぼくもそう。せめてブログを書きます。若者に葉書を書きます。ぼくよりも何倍もミャンマーに親しみを感じている人のフェースブックに、いいね、する。もし同じようなことがぼくの身近で起こったらどうするかって、想像する。たとえば、ぼくの場合はカンボジアというチャンネルがあるので、想像も日本だけで考えるよりは多様になる。もし、カンボジアで類似するようなことが起こったらどうするか、思ってみる。カンボジアの友人に「ミャンマーのこと、どう思う?」って聞いてみる。

 あとはね、若者に葉書を書いたことにもつながるんだけれど。同じ状況で、引き金に指を入れない世代を作ること。銃口を人に向けない世代を作ること。銃を手にしない世代を作ること。銃を作らない世代を作ること。今ある銃を解体する世代を作ること。おっさんとしては、そんなことを考えます。

 とにかく、どうか、殺させるのは、止めて下さい。未来のために犠牲になるのだから死んでも仕方がない、なんてことで死んでもいけない。

2件のコメント

インターネットで世界とつながっている中で、自由を知った若者たちが命懸けで抗議する姿や、かつて一緒に仕事をした公務員の仲間が仕事をボイコットをする姿、軍が発砲し、市民に暴力をふるう姿が送られてきます。何を撮影して何を送るかは当然、その人の価値観、バイアスが入っているとしても、自分がかつて苦楽を共にした友人が現状に反対して立ち上がっていることは間違いありません。その人たちに、今の自分の気持ちをなんとかFBで表現しようともがいていたら、プロフィール写真がせわしないことになってしまいました。

鳴門金時さま

心中お察し申し上げます。でも、ミャンマーの人たち、すごいよね。
C国じゃ、公務員が立ち上がるとか、私全然イメージできない。ミャンマーでも選挙の際には先生たちが駆り出されて、で、その選挙結果を不正だと否定されたことに、多くの先生が憤慨して軍のクーデターに反対しているって情報も読んだけれど、そのとおりなんだとすれば、やっぱりすごい!
C国じゃ、ミャンマーのこと、どう報道されているのだろう?中枢部はけっこう神経尖らせているんだろうと想像します。

とにかく、早く今の軍政権が諦めてほしいですね。リーダーはロヒンギャ虐殺で国際手配されていて、亡命も難しいとか?ここはC国、受け入れてあげれば株があがるのに?? 逃げ場がないとなれば、長引くなぁ。心配です。

村山哲也

コメント、いただけたらとても嬉しいです