『すばらしい新世界』オルダス・ハスクリー著 大森望訳 ハヤカワepi文庫 2017
『ネイティブ・サン アメリカの息子』リチャード・ライト著 上岡信雄訳 新潮文庫 令和5
『急に具合が悪くなる』宮野真生子/磯野真穂著 晶文社 2019

オルダスハクスリーによる『すばらしい新世界』は、1932年に米国で出版された泣く子も黙る長編SF小説です。フリーセックスと合法ドラックが公的に推奨される未来社会(西暦2540年が舞台)を描いています。そこでは人類はすべて人口授精によって繁殖し、遺伝子レベルで管理された4つの階級に分類され、それぞれの階級でそれぞれの睡眠学習による道徳的価値づけがなされた成員皆がリア充な戦争/紛争のない理想的社会を描いています。1932年って昭和7年、五一五事件が起きた年ですね。そう考えると、この作品のモダンさが理解できます。当然、日中太平洋戦争前の日本での翻訳はなく、戦争後に翻訳本が出ています。戦前なら大杉栄あたりが訳しそうな予感がありますけれど、1932年だと彼はすでに殺されてたからなぁ。
今回、私が読んだのは“新訳版”です。そして、訳者本人が後書きで書いていますけれど、これが全く古くないのです。95年前に書かれたお話なの?マジ~って感じ。
現代の多くのSF作品にも多大な影響を与え続けている迷作、いや名作であります。
リチャードライトによる『ネイティヴ・サン』、こちらの原作は1940(昭和15)年に米国で出版されています。シカゴを舞台に、米国社会での当時の(そして現代まで続いている)黒人への差別の問題を、20歳の貧しい黒人男性による23歳白人女性殺人事件を描きながら綴っている長編小説(フィクション)です。文庫で800ページに達しようかというボリュームで、実に読み応えのある本格派であります。
こちらは『すばらしい新世界』ほどは名が知れ渡った小説ではないのでしょうけれど、訳者あとがきによれば「アメリカ文学史上、避けて通れない作品であるにもかかわらず、本書は『アメリカの息子』のタイトルで邦訳出版されて以降、日本では数十年前から絶版状態だった」。こちらも“新訳”で最近出版されたものを私は手に取ったのでした。
宮野真生子/磯野真穂、おふたりの往復書簡『急に具合が悪くなる』は、最近話題の同名映画の原作です。数年前に一度読んでいるのですけれど、少し前に東京で映画を観た際には、原作の細かい内容はすでに失念しておりました。やはり先日東京でちらりと会った友人の読書星人K(あるいは小寺律氏)が「あれはよいぞ~」と強調されていたこともあり、もちろん映画が素敵でしたので、よっこらしょとプノンペンで埋もれていたのを取り出して読み直ししたのです。
それぞれのストーリー云々はこのブログで書く必要もないでしょう。興味のある方は、インターネットを調べればいくらでも情報が出ている三冊です。ここでは、印象に残ったフレーズを書き出して、私独自の捏ねくりで、さてどうなるか?
社会の常識を逸脱した行為ほど憎むべき罪はないとわかるはずだ。殺人の罪は、ひとりの個人を殺すだけのこと———結局のところ、個人がなんだね?(『すばらしい世界』204ページ)
昨今、SNSで流れてくる動画の典型のひとつが、この「社会の常識を逸脱した行為」に対しての超強烈な不寛容です。ここでの社会の常識は、暗黙のルール、モラル/道徳とも言い換えることができる。
交通ルールを守らないチャリダー、“常識を逸した”割り込みや追い抜き、公共の場での傍若無人な行為、云云かんぬん。そりゃ嫌なものではあります。でもね、(特に若いころを思い出せば)私は交通ルールを守らないチャリダーだったし、他者からみれば“常識を逸した”と思われたかもしれない傍若無人な行為を取ったこと、無いとはいえないです。「西武新宿線乗車中、電車が各駅で停車するたびにホームにゲロ吐いた」とか(恵比寿でビールをしこたま飲んだ帰り道でした)、まぁ今なら多数の無名目撃者に撮影され動画を上げられてしまったのは確実です。
今となれば、バカだなぁ、アホだなぁ、って反省込みで思います。私の吐しゃ物を掃除してくれた各駅のスタッフの方がおられたわけで、彼らには心から謝罪申し上げたい。それに横であれを見ていた人も、そりゃいい気持ちはしなかっただろう。ゴメンナサイ。
他にも「…」とか「…」とか(あぁ、文字化するには自己規制が働いてしまいますッ)。そう思えば、見ず知らずの他人の失敗や粗相を、あれこれ指摘糾弾する勇気は私にはござんせんのです。
そういう自らのダメダメな過去を棚上げしたとしても。この「社会の常識を逸脱した行為」イコール「憎むべき罪」という考え方は、私にはどうしても100%首肯することができません。
たとえば私が愛すべき「冒険/探検行為」は、社会の常識に逸脱しているからこそ魅力的です。人類で初めて太平洋をヨットで単独横断した若者(1962年、堀江健一氏によって達成されました)を日本政府は“不法出国”と責めました。当時の日本社会一般の評価も、勝手で他者に迷惑を及ぼす若者、というのが主だったらしい。けれども、堀江が「ヨットで米国まで単独でいくから、出国スタンプを押してくれ」と神戸港の出入国管理事務所に願い出たらどうだったろう? スタンプは押してくれるはずはないし、無理に出国しようとすれば逮捕されていた可能性すらあった。
無事サンフランシスコに到着した堀江は、あちらのヨットマンたちからは英雄扱いで、堀江自身が日本と米国との冒険/探検への温度さにビックリしています(ここでは、だから米国が日本より良い、ということが言いたいわけではありません、けれど、冒険/探検に関しては米国的価値観の方がより好ましいと私は思ってます、では堀江がアフリカ系米国人だったら?とは思いますけどね)。
『すばらしい世界』では、堀江の罪は殺人罪よりも重い、ということになります。管理社会とはそういうものさ、ってわけです。出る釘は打たれる。
「人ひとりの命は地球より重い」という言葉が、私の若い頃にはありました。すでに絶滅した言葉です。誰が言ったのかしら? (19世紀中ごろに英国の医師サミュエルスマイルズが記した『自助論』という啓発本に書かれていたのが初出らしいです)。1977(昭和52)年に日本の首相が航空機乗っ取り事件(ダッカ事件)での人質解放のために、収容されていた獄中者数名を釈放した(さらに身代金16億円を払った)際に、この言葉を援用しています。今なら…、ね、すでに死語です。日本でこの言葉が完全に息の根を止められたのは、小泉首相が活躍した21世紀初頭ではなかったかしらね。
この「人ひとりの命は地球より重い」という言葉が死に絶えた現時点では、人の命はかなり都合よくその価値が上下しているように感じます。辺野古での事故で亡くなった女子高校生の命はかなり重たく評価される傾向にあるようです。一方で、たとえばイスラエルによってガザで殺された人たちの命は軽い。海外の事例を上げなくとも、日本の入国管理事務所の過失で亡くなったスリランカ女性の命は、軽い。日本国籍ではない人の事例を上げなくとも、障害を理由に実の家族から殺される知的障害者たちの存在は、軽い。障害者の事例を上げなくとも……。きりがない止めましょう。
殺人の罪は人ひとり殺すこと———結局のところ、個人がなんだね? この言葉がピンとこなければ、「結局のところ、(○○の)個人がなんだね?」の○○に、たとえばパレスチナ人、不法滞在外国人、障害者、という言葉を仮に入れてみればいい。ほら、ピンっとくるでしょう? こなければ、それはあなたはカマトト(この言葉の意味が分からない方は、ぜひ調べてね)ってことだよ。
一世紀近く前の明るいディストピアSF古典小説が、今も滅びずその新しさを保っているのは、そういうわけです。そして、この21世紀を四半世紀過ぎた世界は、ハクスリーーが予言した『すばらしい世界』への階段を着実に登り続けているのではないか。
ジャンは満面の笑みを浮かべ、広げた手のひらを差し出してきた。ビッガーの全身が不安と恐怖で引きつった。(『ネイティブ・サン』124ページ)
(上サブタイトルの文章に続く部分の引用を続けます)
ビッガーは右手でハンドルを握ったまま、この白人と握手すべきなのだろうかと考えていた。「元気です」と彼はもどもご言った。(中略)
ジャンは彼の手をしっかり握ったまま、微笑んでいた。
「知り合いになれるといいと思うんだ」とジャンは言った。「僕はメアリーの友達だよ」
「イエス、サー」と彼は呟いた。
「第一に」とジャンは続け、車のステップに片足を置いた。「僕に対してサーとは言わないでくれ。僕は君をビッガーと呼ぶから、君は僕をジャンと呼ぶ。そういう関係でありたいんだよ。どうだい?」
ビッガーは答えなかった。メアリーはニコニコしている。ジャンは彼の手を握ったままだ。(中略)メアリーが静かに笑っている声が聞こえてくる。
「大丈夫よ、ビッガー」と彼女は言った。「ジャンは本気で言っているから」
彼は怒りでカッと熱くなった。この女、地獄に落ちてしまえ!こいつは俺のことを嗤っているのか? 二人で俺をからかっているのか? こいつらは何を求めているんだ? どうして俺をほうっておいてくれないんだ? 俺はこいらを煩わしていないのに。(ムラヤマ注:強調点もフリガナも本文ママ)
誰が白人で黒人なのか、想像つきますよね? ビッガーが黒人、20歳。メアリーは富豪の跳ねっ返り娘、23歳、で、ビッガーはその富豪に雇われた新米運転手です。メアリーのボーイフレンドがジャン、白人、で、社会主義活動家。彼もおそらく20代半ばです。
この夜、不幸な出来事が起こり、ビッガーはメアリーを殺してしまい、その罪をジャンに押し付けようとするのです。
ここを読んだとき、特にジャンの「サーと言わないでくれ」という一言を読んだとき、私には具体的なシーンではなく、でも何度となく同じ種類のことを思ったり言ったりしてきたことを思い出さないわけにはいきませんでした。もちろん、途上国での教育開発支援という仕事や生活の中でのことです。
そして、若いころの私は、このビッガーの戸惑いや怒りは理解できていなかったと今、思います。今は? 若いころよりは、ずっと理解できている。どうして、そう言える? だって、ずっと考えてきたから。考えて、読んで、学んで、体験して、そしてさらに考えてきたから。考えているから。それでも不十分? そりゃわかっているけどさ、それを言っちゃーおしめーよ、じゃない?
私の親の世代で海外支援に関わった人たち、あるいは海外での仕事の経験がある人たちの中には「日本人は家政婦や運転手の使い方を知らない」という主旨の言葉を口にする人たちがいました。もしかすると、私と同世代にもいるのかもしれない。仕事で海外へ一時派遣というような形態で過ごす人たちの中には、もしかしたら現役諸君でもそんなことを言っている人がいないとも限らない(いるような予感はあるなぁ)。
つまり、はっきりとしたドライな階級社会が存在しない(?)日本社会で育った人たちは、家政婦や運転手といった雇人で変に優しかったり、ウェットだったりする。という主旨のことが言われてたし、言われ続けているのかもしれない。
上記の引用の中での、ジャンやメアリーが、そうしたウェットでダメな雇用主と重なります。
引用を読んだだけでも想像がつくように、白人若者ふたり、メアリーもジャンも、良い奴です。進歩的だ。自分も所属する白人社会が行っている黒人差別に自覚的で、それを変えたいと思っている。でも観念的に過ぎ、浅い。単なる無邪気。それは一つ間違えば罪にさえなる。
そして、その(甘っちょろい)好意の対象となったビッガーは、これっぽちも嬉しくない。戸惑い、馬鹿にされていると怒る。どうして放っておいてくれないのだ、と心の中で叫ぶ。
俺も、甘っちょろかった。でもね、あえて書くとね、俺は今でも甘っちょろいよ。過去の甘っちょろさの使い方、技法に関してはいろいろ反省することもある。たとえば、青年海外協力隊でケニアに行った途端に、ナイロビのスラムで慈善活動をしようとして痛い目にあったとかね。あぁ恥ずかしい(このことは、自著『超えてみようよ、境界線』で書きました)。
だからさ、時間をかけて、実地で技法は学んだし、磨いたし、今もその過程は続いている。それに、若い自分から見れば、ずいぶん臆病になったし、慎重だし。でもね、根本は甘っちょろいままよ。
「日本の人は家政婦や運転手の使い方を知らない」と言われて、名誉白人に変身していくような心意気、態度を心から憎みます。だって、格好悪いじゃないですか。超ダッサい。甘っちょろいのは格好悪いのか? そこに学びがなければ、ダメよね。技術的工夫が無いまま、同じミスが続くのであれば、センス無しと判断されても致し方ない。でも。甘さの背景として漫々と心の底に潜む人間性に根差した哲学を捨てるのは、最悪だ。それこそ悪魔に魂を売るということ。
幸いにも、単に甘っちょろいだけのとき、僕は殺されなかった(殺された可能性はあったということ、まぁ殺すよりはずっといい)。スキルの向上を考える時間も機会もあった。だから、今も甘っちょろいままやり続けているのです。
「僕のことは、サーって呼ばないでくれるかい?」って、今だって必要なときはいくらだって伝えるのさ。伝え方はいろいろあるとしても、その主旨は変わらないのさ。
補記:この小説では20歳の主人公黒人青年は、意図しないで23歳の白人女性を殺してしまいます。それは、彼の人生では到達しえなかった自己実現という高揚した気分を彼の心にもたらしてしまう。その後、彼の意図は当然のように空回りを続け、その過程で彼は親しい黒人女性も、今度は意図して殺してしまう。なぜ彼はこのような行為に至るのか。小説は、社会の構造が、もっと言えば社会の支配者である白人たちが作り出すシステムが、彼をそこに追い込むのだと訴えます。でも、もしそうだとして、この主人公に象徴される差別される側の若者たちは、どうその現実から抜け出せるのか? 小説は、そのシステムが維持される限り、差別される側からはいくらでも“殺人者”が再生産されると告げます。でも、その解決方法は示されない。そりゃそうだ、簡単に示せるなら苦労はしない。では、“黒人たち”はダメなままなのか? 性悪なままなのか?
この小説では、「とにかく、現実の構造が生み出している悲劇を知ること」が強調されている。白人よ、自らの罪を知れ!と。黒人よ、自らが落ち込んでしまう現実の背後を知れ!と。
知ってどうする? それがこの小説の限界であり、その限界故に米国文学史の中でこの小説が批判されたらしい。でも、マーティンルーサーキングジュニアは、マルコムⅩは、これを読んだのではないか? これを読むことで、歴史が刻んだ彼ら自身に育っていったのではないか?
バトンはこうして繋がっていくと、私は改めて思うのでした。
私たちが生きるリスク管理社会とは、時間が未来に消えていく恐怖に駆られ、その流れになんとか逆らおうとした結果生まれた、時間全体をコントロールできるような妄想に取り憑かれた薄っぺらい時間感覚に支えられたものだと思います。(『急に具合が悪くなる』198ぺージ, 宮野真生子さんからの手紙より)
映画『急に具合が悪くなる』への批評の中に、「日本語と仏語を自由に扱える同世代の女性が出会い、しかも数時間であんなに親しくなるなんて、リアリティがなさ過ぎて話に入っていけなかった」という主旨のコメントを読んだことがあります。う~ん、そうかなぁ。このコメントをを書いた方は、きっととっても真面目な人なのだろうなぁ。あるいは大恋愛とか、したことないのかしら?
そんな風に思って、私は小さな溜息をついたのです。
たしかに、映画の主人公であるふたりの女性の出会いは、奇跡です。その後の展開も、奇跡が続く。でも、それがあり得ないことだとは、私はちっとも感じなかった。
原作を再読して、共著者の哲学者と文化人類学者双方が、ふたりの出会いと、その往復書簡の実現を「ごくごく幸運な稀事」と感じていたことが分かります。そこでは、ふたりの姓名に一文字、名前に一文字の共通した漢字があることすら、稀事を呼んだ驚きとなる。特に、末期癌の淵にいる哲学者から往復書簡を持ちかけられた側である文化人類学者は、その奇縁を「運命」と評し、一学年下の哲学者を自分にいたかもしれない妹の生まれ変わり、とまで理解する。そんな文化人類学者が発する熱量に交感して、哲学者もふたりの縁を「運命」であることに同意していく。
「運命」は支配できない。哲学者と文化人類学者は、たまたまある催しで知り合い、その後の更なるたまたまの縁で、往復書簡を始める。その第一通は2019年4月27日、文化人類学者から始まっています。そして手紙は10回往復する。その最後の返事を哲学者が記したのが2019年7月1日です。この間、指折り数えてみると66日間。10週間にちょい足りず。2ヵ月ちょいです。つまりほぼ一週間に一往復ずつ、手紙のやり取りが続いた。そして、そのやり取りのちょうど中ごろあたりから、「急に具合が悪くなるかも」と医者から宣告されていた哲学者の体調が、本当に急に具合が悪くなる。そのあたりまで割と冷静なやり取りだった書簡は、その後、一気に熱量が高まります。文化人類学者は迷いながらも覚悟を決して「死」について死ぬゆく哲学者に問い掛け、哲学者は「舐めるなよ!」とばかりにその答えを書こうともがく(哲学者の答えは、でもやはり不十分だったようには私には感じられましたけれど、それはまた別の話)。
改めて、ふたりのやり取りを読み返せば、ふたりがゾーンに入っていくのがわかる。確実に、ふたりは、返事を書く以外の時間も、この書簡のことを振り返り、次の返信をどう書くかに心捕らわれながら日々を送っていた。だから、10週間は“あっという間”だし、“5年にも10年にも”思える。時空が歪んだのです。
どう、皆さんは、そういうことってあった? 時間はいつも平等に平坦に流れているはずなのに、あるとき、時間の流れはゆっくりにもなり、早まりもする。ドキドキが高まり、瞳孔が開き、期待は花開いたかと思えば、橋は落ち、落胆は深く、未来が閉じる。
たとえば、恋愛ってそういう時間が伴う時期があるように思えます。振り返っても、不明確なことが多々蓄積していて、支配できない。そんな体験、あなたはないかしら? 僕は、ある。ま、恋愛の試練など、後で思い返せば自己中心の生クリームで飾った中身はスカスカの量産クリスマスケーキのようなものではあるものの、でも、そんなケーキでも自分で作って味わえば美味しいわけだし。
恋愛ではありませんけれど。2014年8月下旬の金曜日夕刻、私が同乗するプロジェクトの車がルワンダ西南部の国道でスリップし谷に落ちたとき、私よりも少し若いプロジェクトリーダーは他国での仕事中でした。2012年12月に幕を開けたルワンダでの教育支援に、彼は私の事故後も関わり続け、先日、それがひと段落したそうです。その際に彼が私に送ってくれた短い文章の中に、次の一文がありました。
正直記憶に蓋をしているところもあり、うまく自分の感情を表現できない……
私の事故からしばらくの期間を指していると思われる文章の中の一片です。私をルワンダの仕事に誘ってくれた彼は、事故の知らせを聞いても私に会えたわけでもない。入ってくる情報は間接的なものばかりだったはず。それでも、あちこちの関係者と連絡を取り、対応を練り、日本ではわざわざ私の両親にも会いに行っている。そこでは、「どうもすいませんでした」という主旨の言葉を口にしている。何が「すまん」のか、問い詰めればおそらく彼は答えられない。だって、彼はなんもしていないもの。事故は彼のせいではない。彼の不備でもない。防げなかったし、いつかは起こるかもしれないことが、たまたまあのとき発生した。
僕自身も、いつか起こるかもしれないと、知っていた。車のタイヤチェックなどの整備には余念がなかったし、ドライバーのスピード出し過ぎにも気をつけていた。それでも、起きるのが事故です。支援者が途上国での仕事中に交通事故に遭う事例は、おそらく日本で過ごしているよりも確率は高い。そういう仕事を選んだのだ、と思っていたし、思っている。悔いはない。だから、なんでSさん、あのときどうして謝ったのよ? でも、謝るよね、多くの場合は。他に何が言える? (ちなみに、彼は私には謝っていません。私は後日彼に会ったときに「すいませんねぇ、事故っちゃって」ぐらいには謝ったはずです)
これも、偶然の運命です。彼はあのときゾーンに入っていたから、今、そのときの気持ちを思い出せない。思い出すのは怖いから、蓋をする。あぁ、事故にあった当事者だったことを私はこれまで何度ラッキーだったと思ったことか。彼の立場こそが、アンラッキーの極みだったのです(もし、これを読んでいる若者がいたら、だからこそあなたは絶対に死んではいけないのです、わかる?)。
偶然性。奇跡性。この作品(原作も映画も)が多くの人の共感を呼ぶのは、人生に起こる運命のきらめきを上手にとらえて表現しているからでしょう。
偶然性や、奇跡性、運命、それがなんなのだ? だからどうしたというのだ? いや、これはとっても大事なことなのだと思うよ、ベイビー。
運命に良くも悪くも翻弄される。背中に羽が生えたかのように跳べたと思ったそばから、奈落の底に落とされ、眠れず食べれない、食べても味がわからない。自己の無力を痛感する。小ささを実感する。俺って、こんなもんに過ぎないのだと、知る。ずるく小賢しい自分や、我が腕の届く範囲の狭さを知る。運命は、往々にして過酷よ。
でも、だからこそ、自らが愛おしい。
深呼吸、その唯一僕らが自発的に自らの副交感神経を元気づけられる行為の肝は、吸うことにあらず、吐くことにあり、なのをご存知か?深く吐くからこそ、深く吸える。吐いたからこそ、胸が開く。
9回裏、逆転のチャンスにバッターボックスに立つ打者が肩の力を抜くためには、一度肩に力を入れなければいけない。力を入れるからこそ、力を抜ける。リラックスのためには、緊張が必要ってことです。
運命に翻弄され、自分の小ささを知るからこそ、自分が可愛い。自分が可愛いと思えない人が、どうして他者を愛せますか? つまり、それは「殺すな」につながるということです。あなたの手の温み。
過酷な運命を避けようとする生き方は薄っぺらいのです。だから、年寄りは若者に「恋せよ、恋愛せよ」と告げる。「旅に出よ」と勧める。もちろん、GoogleMapを見ながらの歩みはやめておくれな。ゴールなどないのです。我らのバトンに最終走者などいないように。ここでの戯言は、余計なお世話ではなく、人類存亡にかかわる重大事を言っているのです。さて?
哲学者は、2019年7月22日に逝きました。文化人類学者は、研究を続け、近々近著も出ます(磯野真穂著『社会が壊れるその前に:メアリ・ダグラスの人類学』新潮社 9月下旬出版予定)。ゾーンは遠くに過ぎ去ったけれど、文化人類学者が哲学者から渡されたバトンを持ち続けていることに疑いはありません。
ということで、ではでは、また。
















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