世界では、あれこれと理不尽でしんどいことがたくさん起こっている。のに、今回はえらくぽけ~っとしたことを書きます。ご容赦を。
私は野球少年・青年だったのです。野球は今でも好きなのです。
私は、小学校3年生ぐらいのころに野球に出会いました。杉並区立沓掛小学校4年2組に雪修という同級生がいて。彼が私を野球に誘ったのでした。小学校卒業後、中学野球や高校野球で彼とすれ違うんではないかと楽しみにしていたのだけれど、出会うことは一度もなく。おい、雪、お前さんは私を野球に連れ込んでおいて、自分は他所に行っちまったのかい? ま、それはそれでまったく構わないのだけれど、さ。
高校野球部は弱小都立高校でしたけれど、一生懸命野球をやっていました。でも今から振り返ると、あれは「一生懸命」に酔っているようなところがあったなぁ。一生懸命の下地となる根拠や理論・基礎がない。忌憚なく書けば、野球部を指導してくれた野球部先輩にもそれは不足していた(と思う)。 ちなみに私の母校野球部では大学に進学したOBの人たちが監督コーチを務めていたのです(10年近く前までその慣習は続いていましたけれど、現在では学校教師が監督です。昨今の高校野球部をとりまく様々な環境の変化によって、学校外のOBが監督コーチをすることはもはやとても難しい)。

だから、何かのめぐりあわせで大学卒業後に自分がその高校母校の野球部監督をやることになった際には、ずいぶんと野球の勉強をいたしました。それでもずいぶんと未熟でした。そして、監督をやっていたのは2年間だけ(その前に大学時代も含めて5年コーチはやっていましたけれど)。そこそこ長くなってきた我が人生の中で、あの高校野球監督の2年間は、とても不思議で忘れ難いもの、貴重なものだったと今でも感じるのです。そして、私は野球が好きなんだと思うんだなぁ。あれ、なかなか面白んですよ!
高校野球連盟は今からでも女子選手の参加を認めよ!
そして、でも。
あの頃から、高校野球連盟には不満がありました。ひとつは連盟が女子選手のプレーを認めなかったことです。
サッカーやバスケットボール、ラグビーというような身体のぶつかり合いがある球技スポーツと比較して、野球は男子と女子が同じチームでプレーできる要素が大きいと思っています。女子が一緒にプレーして何が悪いのか? なんでダメなのか?
実際、「プレーしたい」という女子生徒が野球部のドアをノックしてくれたこともあったのです。練習を男子選手と一緒にするのは可能でした。でも試合に出ることはできない。それじゃつまんないですよね。彼女は草野球チームに流れていった。「女子選手の参加を認めて欲しい」と東京都高野連に要望を書いたこともあったような気がしますよ。なんのリアクションもありませんでしたけれど。
そのころ認められなかったことでも、現在では認められていることはいくつかあります。例えばスコアをつけるマネージャーが公式戦のベンチに入れるようになったこと。
いつのことだったか、甲子園で、女子マネージャーが試合前ノックの手伝いをしたところ「危険だからダメ」と制止されました。それも現在では、女子マネージャーがノックを打つという事例も出てきていると聞いています。
つまり甲子園にも少しずつ女子が進出?はしている。
そして、最近では全国のいくつかの高校で女子硬式野球チームが活動し、甲子園で全国大会も開かれるようになっています。(あれも高校野球連盟の運営なのかしら? ごめん、調べるの、面倒臭くて、パス!)
でもね、私が監督当時考えていたのは、男子とか女子とか関係なく、チームを組めばよい。それで甲子園の予選にどの高校チームでも参加すればよい。女子のいるチームが甲子園に勝ち進めば、それは素敵じゃないか! 女子高も女子メンバーだけでどんどん予選から参加すればいい。
今なら、大リーグでホームラン王になる大谷選手の好例があります。私の世代の頃、誰が日本選手でメジャーリーグのホームラン王が生まれると思ったでしょうか。おそらく皆無よ。そしてイチローが生まれた。彼が1年目から首位打者を取ると、誰が予想したか?
でも、イチローは生まれても、首位打者は可能だったとしても、ホームラン王は……無理。それが常識でした。でもそんな常識は、誰かが打破するときが来ると、大谷が示したのです。
同じように、いつか甲子園決勝戦のマウンドに立つエースが女性だった。そういうことがなぜ起こらないと断言できる? でも、高野連が女子選手の参加を認めない限り、それはどうしたって起こらない。メジャーリーグが日本選手の参加を認めなかったら、大谷選手がホームラン王を取る日が来ることも絶対になかったわけなんだけどなぁ。そこの高野連役員のあなた、あなたはそのことをどう考えているの? ぜひ聞きたいですよ。
あぁ、今からでも遅くない。高野連よ、女子選手の参加を認めたまえ。女子審判の参加を認めて、女子選手の参加を認めないのは、なぜなのだ?
もちろん女子チーム専用のトーナメントがあっても良いのです。でも、もし女子選手の中で、男子に交じってより高いレベルの野球をやってみたいと思う子がいたら? なぜその子にその道を開いてあげない? 女子と男子が一緒にやるのは、危険だ? あぁ、それは日本選手には大リーグは無理だと言っているのと、同じよ。何が違うというのかしら?
ネット裏のユニフォーム姿の子どもたちを、一刻も早く解放せよ!!
甲子園での高校野球の試合、今やインターネットがつなげれば世界のどこからでも生中継で観ることが可能です。私も、カンボジアの首都プノンペンの自宅で、ときどき観ます。でも、観るたびに嫌な気持ちになることがあるのです。
それは、バックネット裏といわれる投手から見て打者/捕手/審判の真後ろにあたる箇所に、少年野球選手と思われる子どもたちが座らされて観戦していることなのです。
あれが始まったのは、いつからなのでしょうか。私は、あの子どもたちが目に入るのがとっても辛い。

なぜなら、彼らは「手を膝におき、頭を動かさず、背筋を伸ばした姿勢で座り、黙って観戦しなさい」と命じられているのが明々白々だからです。実際に、言われたとおりにきちっとした姿勢を崩さずに座り続けている子どもが多数派なのです。
中には、だらけた子もいる。頭が動く子もいる。でもそんな子は少数派です。

おいおいおい、なんなんだ、あれは? なぜもっと楽しく観戦しないのか? どちらかのチームを応援してはいけないのか? メモをとったり、スコアを書いたり、みんなでおしゃべりしながら観戦してはダメなのか? お菓子やジュースを飲みながら、観てはダメなのか? 野球を通じて、野球観戦を通じて、子どもに何を伝えたいというのか?
見ていると、腹が立ってくるのです。
以前は、あのバックネット裏も観客が自由にチケットを購入して座っていました。中には大会開催中、ずーっと同じ場所にすわって観戦する強者もいたのです。そんな強者たちは、高校野球愛好家の中ではそれなりにアイコンとして尊敬を集めたりもしていた。
おそらくカメラ付きの携帯電話と、さらにSNSの普及が、あの席を子ども専用席に変えたのだろうと想像します。
バックネット裏は、テレビ中継では常に映り込む場所です。そこで携帯電話で「テレビ見てみて、今、甲子園のバックネット裏にいるから!」と言ってあっちこっちに自慢する輩が出てきたのです。中には試合そっちのけで、中継テレビのあるセンター方向(投手の背中に位置する外野の奥)に向かって手を振るなんて人も続出した。
さらに、それをSNSで自慢する。あぁ、確かに試合を妨害し、野球中継を楽しんでいる人たちをイライラさせ、なによりプレーしている選手を邪魔する行為でした。まさに、ウザい!!
でもさ、あれは「この場では携帯電話の使用を禁止する」とか、「手を振る行為はやめてください」ということで対応可能だろうと思うんだけれどな。そもそも、あれはあれで人間臭くて笑える行為でもありました。おバカさ~んって感じ。
でも、今のあの真面目くさった顔して座っている野球ユニフォームを着た少年たちと言ったら…、むしろ非人間的ですらあるじゃないですか。あれを見て、高野連の多くの人たちは「気持ちのいい少年たちだ、素晴らしい」ってホントに思っているのかしら? 不思議でたまりませんよ、私は。あんなことしているから、野球をする子どもたちの数が減少しているんじゃないの?と思ってしまいますよ。
あそこに野球少年たちを招待するのは良しとしましょう。だったら、彼らにおにぎりを食べる自由を与えたまえ。水筒にいれたお茶でもコーラでも飲むことを許したまえ。自由におしゃべりし合い、ときには座る場所を移動したりする行為も見逃せばよい。とにかく、あの場で野球観戦を心から楽しむ時間にしてあげて欲しい。中には本当に同じユニフォームを着た何人もの選手が、微動だにせず膝に置いた手はきちんと軽く握りこぶしで…というシーンを見るのです。あぁ、私はダメだ。あんなもん、長時間見ていられない。ならばラジオ放送で十分だ。
管理された人たちを見るのが、私は心底嫌いなのです。
管理・権力の魔力、役員たちも犠牲者なのか?
そう。高野連の体質として、「管理する」がとっても悪臭を漂わせているのです。先日も、試合終了後のグラウンドからの退出時に顔見知ったる監督さん同士がちらりと立ち止まって握手をしたそうですね。そしたら、それを差し止めて「はい、ここから動かないで、そっちはさっさと行って」というような規制をした役員さんがいたそうです。さすがに、「やりすぎー」って批判が出た、かと思えば「運営管理する側のご苦労を思え!」という声もあったそうで、いやはや、だる~~~~。
人ってさ、本当に他者を管理するのが好きだよね。もちろんこれは自戒を込めています。私もそうなのだ。管理するのが好き、気持ちいい。でもだから、意識的でありたい。反発したい。自分では控えたい、自重したい。コントロールしない、をモットーとしたいのです。
他者を管理する行為、あれは権力だから。つまり、人にとって権力って気持ちいいものなんだろうね。他者を規制するって、脳を興奮させるドパーミンがどばどば出ちゃうってことなのでしょうね。
甲子園のあの場でわさわさ湧いてくる役員の人たちって、全国地方の高校野球連盟の支部から毎年数名が選ばれて、一種のメッカ巡礼みたいにしてやってきた人たちなんだろうと想像します。ひとつの県から1名でも、合計すれば50数名もいる。そんな彼らひとりひとりに、何か役割を割り当てなければならないのです。どうしたってちまちました役が割り当てられることになる。たとえば「一塁側チームの退場誘導」とか。あるいは負けたチームが甲子園の砂集めをしているときの時間を計る役とか。それでも、あぁ、張り切ってしまうわけさ、メッカ巡礼だからね。そしてだからこそ、握手も「ダメダメ」、想定外のことは「ダメダメ」、みたいなことが起こるのでしょう。
あーぁ、あの役員さんのせっかくの晴れ舞台、張り切っていたからこそなわけで。良いお父さんが、良い兵士になってしまうみたいな……、あぁ辛いわぁ。
でも、私は不必要な管理ってのが、もうホント―に嫌いなんです。
監督談「勝たせられなくて選手に申し訳なかった、私の責任です」……ギャー!!の極みでしょう?
以前フィリピンで、学校対抗の歌謡合戦のような催しを鑑賞したことがありました。フィリピンは世界的エンターテイメント業界での一大勢力をなす実力をもっています。世界の観光地のホテルで演奏するミュージックバンドの多くが、そこで歌う歌手の多くがフィリピン出身だったりするのです。あれは、学生時代からきちんと鍛えられているわけ。学校対抗の歌謡合戦はとてもレベルが高いのです。観ていてとっても楽しかった。
でも気に入らないことがひとつ。それは賞が発表されると演技した生徒ではなく指導した教師が舞台に昇ってトロフィー等を受け取ったりすることでした。おいおい、指導教師は裏方でいいじゃん、そう私は思ったのでした。
で、高校野球もそれに似ている。優勝旗を受け取るのはさすがに選手ですけれど、スポットライトは監督に当たる。あれ、私、嫌い。
自分が監督時代。もしも万が一、勝ち進んで甲子園に行ったらどうしよう? 試合後の監督インタビューをどうやって回避するか。下痢だと言って、トイレに逃げ込んで、それこそマネージャーに代わりにインタビューを受けてもらう。そういう筋書きを私は妄想していました。
ははは、弱小野球部が甲子園に行けるはずも無かったですけれど、妄想は自由ですからね。
それでも今から思えば、私だって試合中にはベンチの前で(テレビ中継に出ている監督らと同様に)偉そうにサイン出してたからなぁ。人のこととやかく言えた義理ではないのです。俺もバカなのよ。そして、そのバカ監督の象徴のようなコメントが「私のミスで、選手たちを勝たせてやれなかった」なのです。この通りではなくとも、これに近い主旨のことはかなり多くの監督が口にしています。あー、やだやだ、やだやだやだ。選手を子どもたちと呼ぶケースも多数。まぁ私も60歳を超えて、確かに高校生はまだ子どもだけれどさ。でもプレーしているのは選手です。選手は監督の子どもでもなければ、駒でもない。こんなに選手をバカにした、子ども扱いしたコメントも無いだろうって思うわけです、私は。
監督、いかほどのもんか!?
あぁ、やっぱり2年が限界だったかなぁ。私は、高校野球に人生をかけることはできませんでした。期間限定で、自分勝手に監督をやっただけだった。その点では、それに巻き込んでしまった少なからずの人たちには「お騒がせしました」とお伝えしたい。でも、楽しかったなぁ。今でも、どうやったら強豪私立甲子園常連校に勝てるか、あれこれ考えているのです。沼から抜けられない趣味、なのかもしれません。
でも、あの高校野球連盟が放ち続けている超強烈管理臭……、私は年々ますます辛くなっているのです。野球は好きなんだけれどなぁ、あの連盟の体質はなぁ……。なんとかならないのかなぁ。なんともならんのかなぁ。少しずつ良くなっている改善されているって声もあるけれど、その改善の速度の遅さはなぁ、ダメダメだと思うんだなぁ。
なんとも平和ボケしたような、今回のだる~い話題でございました。いや、甲子園は良くも悪くも平和の象徴ではありますけどねぇ。あぁ、能天気なことを書いてしまった。失礼しました。
ではでは、また。

















バックネット裏の野球少年たちは多分『こまめに水分補給をしている』でしょうがテレビに映るときは腕を伸ばしコブシを膝の上に置いているねえ。日頃鍛えている野球少年こそがあの席に座っているのでしょう。あの席を全国応募で観戦希望者を中学生限定で募集したらいいね。親子一緒で・・・。
段々改革が進んでいつの時代からか、文字通り全国高校野球選手権大会になるのでしょう。高校生の半分は女子高生です。
はい、水分補給はしています。それは映像を見れば写っています。
でも、おそらく容器等は「○○はダメ」みたいな規制があるだろうことがうかがえます。
試合観戦で、なぜあそこまで「姿勢を正す」必要があるのだろう? まさに軍国体育会系主義が現代にもつながっていることを感じさせるのです。もう私は見ているだけで肩が凝ってしまうのです。じゃ、観なければいい、と言うような声も出るでしょう(幸い、このブログはそこまで一般性はないけれど)。はい、私は最近は映像ではあまり長時間観て過ごすことは減っています。地方大会はああいうのはないです。
観戦者を募集して親子で(爺婆孫でも、叔父叔母甥姪で、先生生徒で)、というのはいいアイデアですね。テレビに映りこんでいれば良い記念にもなりそうですし。
すでに「女子大会があるではないか」。それでも、ミックス可能を希望します。それが野球の魅力を生み出すと強く思うのです。
改革が進んでも、現在の管理思想が継続する限りあかんなぁ。それはもしかすると、日本の学校公教育にも言えてしまうことなのかもしれません。
村山哲也