タベウニ島
南太平洋のフィジーを訪ね、子午線が通るタベウニ島で一ヶ月ほど過ごしたことがある。滞在したのは電気も水道もない田舎の中学校の敷地内で、あたりには雑貨屋の一軒もなかった。夕方になると生徒や村の若者たちが校庭でよくラグビーの練習をしていた。校庭の先には豊かなサンゴ礁を湛えた幅六キロメートルほどのソモソモ海峡が見え、夜になるとさらにその先に横たわる隣りのバヌアレブ島での生活の小さな灯りがちらちらと揺れた。視線を上げれば、満天の星を湛えた黒々とした空の中に奇妙なシミのようなものがふたつ浮かんだ。それは初めて見る大小のマゼラン星雲で、なにやら奇っ怪で不思議な雰囲気を漂わせる存在だった。そのマゼラン星雲の下で、サンゴ礁で眠る魚を突く小さな漁をする人のライトがピカピカと光った。
日がとっぷりと暮れると、学校の先生や村の男性たちが野外に円になってよく集まった。酒盛りのようなその集いはセブセブと呼ばれるもので、アルコール飲料ではなく〝カバ〟というものを飲み交わす。ココナッツの殻で作った盃にカバを注ぎ、円を作る衆が順繰りにそれを飲み干していく。その液体の味は、渋みがあるし舌にピリピリする独特の刺激があり、馴れないとけして飲みやすいものではない。でも何回も回ってくる盃を飲み干しているうちに、なんとなく頭がしびれ、心が開かれていくような心持ちになっていく。盃を受け取る際とカバを飲み干して盃を返したときには、大きくパンパンと両掌を打ち合わせるのが決まりだ。彼らが掌を打ち鳴らすと、掌の厚みと柔らかさが醸し出すとても深い音がして、それが夜の闇の中を堂々と四方に広がっていった。それと比較して私が掌を叩いて出す音は軽くて薄っぺらで、闇に広がることなくすぐに小さな破片となって拡散してしまうような気がした。なんとか彼らのような味わい豊かな音が出したくて掌の打ち方をいろいろ工夫したものだ。
カバって?
カバとは、ヤンゴナというコショウ科の熱帯植物の根を水の中ですりつぶして濾した液体で、泥水のような色をしている。カバの薬効成分には中枢神経をリラックスさせる効用があるそうだ。太平洋の島々では昔から社会的儀礼の場でセブセブが行われてきた。私がいた村では、儀式というよりももっと気楽な共同体の集いという雰囲気だった。カバを回しながら「ヴィナカ(ありがとう、素晴らしい、という意)」といい交わし、ポァンポァンと拍手する音が響く場では、人々は大声を上げることはなく、静かなおしゃべりが数時間続く。それは哲学の場のようでもあり、誰もが賢人になれるかのような明朗で平等な場だった。一七世紀に欧州に〝発見〟され、一九世紀半ばに英国の植民地となったフィジーの人たちが、自分たちの価値観を維持し続けるのにセブセブの場はきっと重要な役割を果たしてきたのだろうと思う。
フィジー先住民とインド系移民
フィジーには人口の四割近いインド系住民もいる。彼らは英国植民地時代に、サトウキビ生産の労働力として英領インドから強制的に移住させられた人たちの末裔だ。今やそのインド系の人たちも〝フィジーの人たち〟なのだけれど、残念ながらフィジー滞在中に私がインド系の人たちと触れ合う機会は一度だけ、島にインド系の人が開く食堂がありそこで食事をしたときだけだ。その食堂で供されたのは、やはりインドのカレーだった。インド系の人たちも自分たちの味をしっかりと引き継いでいた。
もともとフィジーに暮らしてきた人たちと、後からやってきた人たちと、政治の世界ではなかなか難しいやり取りがあるのだとも聞いた。食習慣もまったく違う。ラグビーを楽しむのはもっぱらもともとの人たちで、後からの人たちにはクリケットが人気と、楽しむスポーツにもくっきりと棲み分けがある。一方最近では両者間での恋愛も広がりつつあり、その結実である新しいフィジーの世代も育ちつつあるという。
大きな笑顔の女の子
写真で大きな笑顔をみせている女の子のお母さんは、とても大きくて元気な人だった。ところが、この写真を撮ってから一年ぐらいして、そのお母さんが突然に病気で亡くなった。女の子には兄や姉たちがいて、大きな家族に守られて、きっと母親の死を乗り越えていったと思う。あれから10年以上が経ったけれど、今はどうしているだろうか。母親似の大きな人になっているかなぁ。








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