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3カ月弱の浅草滞在を終えて、6月末にカンボジアの首都プノンペンに戻っています。
東京滞在は終わりましたけれど、東京滞在の報告は今回を含めてあと2回続けます。もうしばしおつきあいくださいませ(あぁ、もう8月も半ばだというのに、だらだらスマンことです)。
鑑賞した映画のご紹介シリーズも4回目、最終回です。今回はごった煮です。さて、何が出てくるか。どこへ行けるのか。ドキュメンタリー映画を中心にサーっと駆け足で、どうぞー。映画の詳細についてはあまり触れませんので、興味がある方はぜひ映画のタイトルでリサーチしてみてくださいな。
『プリズンサークル』(2020年ロードショー 島根にある犯罪者更生施設でのある取り組みを写したドキュメンタリー @シネマ・チョブキ・タバタ)

セラピューティックコミュニティ(Therapeutic Community, TC、治癒共同体)。米国や欧州で広まる、コミュニティ(共同体)が相互に影響を与え合うことで、新たな価値観や生き方を身につける、人間的成長を促す場とアプローチのこと。
TCを通じて自分を見直す作業を、収容所という場で強制的に過ごすことで、再犯率は下がることが実証されているといいます。ならば、それをやればいい。島根県にある官民協働の新しい刑務所で取り入れられたTCの現状を記録した映画が『プリズン・サークル』です。初上映は2020年で、当時から高い評判は聞いていました。本(坂上香著『プリズン・サークル』岩波書店2022)は読んだ。ということで、ようやく映画を観ることができたのです。
なるほど。犯罪を犯す若者の多くに、その背景がある。その背景を自ら開いて見つめ理解しようとしなければ、更生はあり得ないのだろう。そのことが実感される映像記録です。
でも、この映画が作られた2010年代後半で、受刑者4万人に対してこのTCを受けられるのは40人程度という少なさなのです。千人にひとり。0.1%。じゃ、もっと増やそうよとなったとき、大きな壁はTCを指導できる専門員が少ないという現実がある。臨床心理士の資格を取るには、大学院を出て、実務経験をつまなくてはいけない。それだけ専門性の高い職業なのです。その人員養成が足りない。
ならば、日本政府、そこにお金をかけてよ、と心底思う。国民を守るためのPAC-3 (パトリオット、弾道ミサイルを迎撃するための最終兵器だそうです)や、辺野古基地や、軍事費(いわゆる防衛費)はぐんぐん上がっていく。兵器を作る人たちがいて、基地を整備する人たちもいる。彼らにお金は落ちる。それも日本社会経済を回すこと?
でも、それらのお金で日本は守れたとしても、その社会の質はけして良くはならない。けれども、刑務所でTCを回すということは、そして罪を犯した人たちが高い割合で更生できるとすれば、それは社会の質をあげる。より良い社会になっていくための投資でしょう? そういう質向上に投資しないでどうする? TCを受けられる受刑者が0.1%ではなく、その10倍の1%だったら?100倍の10%、10人にひとりが受けられるようになったら?
映画のパンフレットで私が尊敬する信田さよ子先生(臨床心理士)が以下のように書いておられます。
(前略)再犯防止の効果が実証されているこの方法(ムラヤマ注 TCのこと)を、今後どこまで刑務所が取り入れていけるのだろう。法務省が本作の公開を承認したことがその第一歩になるという期待を抱く。
私はまだ手に取ることができていないのですけれど、良書を連発する医学書院の「シリーズ ケアをひらく」から最近『刑務所で当事者研究をやってみた: 対話実践とチーム処遇が扉をひらく』という本が出版されました。著者のひとりは、当事者研究発祥の地、北海道浦河町にある精神障害等をかかえた当事者の地域活動拠点「べてるの家」の創始者である向谷地生良さんです。うわさでは、再犯常習者(累犯者)を対象に当事者研究を試みているらしい。きっと再犯防止に効果があるだろうと確信しますよ、私は。うん、法務省?やるじゃないですか。私も、期待を抱く。
そして、この映画での犯罪者の多くが出会ってきた差別や虐めや虐待を生み出している社会なんよ、問題は。さらに更生を妨げている一因は、受刑者への我が社会の偏見がある。そんな物わかりの悪い社会を作っているのが、私たち自身なのでしょう? だから、プリズンサークルは、私たちの映画なんだと強く思う。そして、私たちの社会には、この映画を作ってくれる人たち、上映してくれる人たち、が存在してもいる。大拍手ですよね。『プリズン・サークル』を送り出してくれて、届けてくれて、本当にどうもありがとうございます。
『遊歩 ノーボーダー』(障害者世界を切り開いてきてくれた大先輩のお一人である安積遊歩さんの日々を追った、こちらもドキュメンタリー @ポレポレ東中野)

障害者の権利拡張の歴史を体現する大先輩・安積遊歩さんの日々を描いたドキュメンタリーです。僕より八年早く、1956年生まれの遊歩さんは、生まれたときから骨が弱くて折れやすいという難病を抱えています。やがて1970年代、今や伝説となりつつある障害者運動の大波に当然のように乗りこんでいった遊歩さん。
すごいなぁと思うのは、やがて出産する。しかも、彼女は生まれてくる子が彼女と同じ障害を得て誕生することを予見していたという。タフ? 「もしも治るなら?」と問われて、「障害と共に生きている今が一番よい」と答える遊歩さんの真骨頂ということなんじゃないか。ここはね、私、興味ある。だってね、障害を得た人たちの多くがリハビリテーションでその障害を乗り越えよう、より非障害者ににじり寄ろうとする。そんな障害者世界の中の、特に中途身体障害者多数派にしてみれば、遊歩さんの「今の自分が一番よい」という価値観・生き方の剛速球にはきりきり舞いするしかないのじゃないだろうか? さて、私は、もしリハビリで歩ける可能性が残っていて、さらにそこに投入できる銭こがあれば、もっとリハビリに励んでいたのかなぁ。そうしていたとして、遊歩さんに出会ったとき、さてどう自己弁護できただろう? そんなことを考えます。
また、遊歩さんの娘である安積宇宙さんが、またなんとも魅力的な方なのです。おそらく彼女は「なんで私を生んだんだ!」と母親である遊歩さんを責めたことはないのだろう。遊歩さんがいて、宇宙さんがいる社会に乾杯なのですよ、心から。
そして、遊歩さんを始めとして、障害者の強者が次々と現れた障害者世界の英雄時代である1970年80年を思う。特に駅に設置されているエレベーターや、バス・電車・地下鉄・飛行機といった公共交通の利便性というバリアフリー精神の向上は、彼らなしには達成できなかったのは間違いないわけです。そして、今英雄の彼らは常に異端で侮蔑の対象だった。僕らは彼らの踏みしめた道を歩いている(私は歩けませんから、ここは比喩です)。あぁ、俺ももっと異端でなくちゃいけないよねぇ。もっと侮蔑されなくちゃダメだよなぁ。楽チンしている自分を痛感するのでありました。でも、楽ちんがいいもんなぁ。
遊歩さん、英雄健在。本当に頼もしいのだなぁ。長生きしてください。長生きいたしましょう。
『金子文子 何が私をこうさせたか』(100年前、つまり1926/昭和1年に獄中死した金子文子 @大宮Otto)

英雄伝(?)、もうひとつ。
幸徳秋水ら12人が首捻られた1911(明治44)年の大逆事件の被害者たちの多くにとって、それは突然舞い降りてきた不運であったのではないかしら。幸徳秋水の旅先で、彼と語り合ったというだけで絞首台に追い立てられた人も少なくないのだし。
関東大震災直後に拉致され拷問され謀殺されたあげく、亡骸を古井戸に投げ捨てられた大杉栄と伊藤野枝には、「やがて殺されるだろう」という予感はあったかもしれない。すでに前例としての秋水らを身近に見ているのだから、「次は自分たちだ」と思わないとすれば能天気というものだっただろう。たまたま二人に連れられて幼いまま殺された大杉の甥っ子の橘宗一さんには災難なのだけれど。でも、栄も野枝も、自分から「さぁ、殺せ!」と殴りこんだということではないだろう。そりゃ、ふたりで長生きしたほうがよかっただろう。
では、やはり関東大震災直後に囚われ、死刑判決を受けたふたり、朴烈と金子文子、はどうだったか。国家に殺されることに対しては、先の秋水らや野枝らよりも自覚的で、選択的だったとは言えまいか。「さぁ、殺せ!さぁ、吊るせ!」、それが朴烈で文子だったのではなかろうか。
特に金子文子の強さは強烈ではないか。まさに豪傑。でも豪傑な後半生に至る道筋の哀しみや辛さの堆積を思うと心痛む。彼女は「何がわたしをこうさせたか」と書き残したけれど、私たちは「何が彼女をこうさせたか」をもっと自分事としてじっくりと細部まで真剣に見つけなくちゃいけないんじゃないかしら。きっとそうだろう。
金子文子を知ったのは、ずいぶん前です。浅草の隠れ家の天井には、私が尊敬申し上げる方々の写真を張り付けているのですけれど、その中には当初から金子文子がいました。彼女の隣にはローザ・パークス(米国アラバマ州モンゴメリーで1955年、バス前方に座っていて「席を立て」と言われてもそれを拒否したアフリカ系米国人裁縫士)。
文子が獄中死してから2026年7月でちょうど百年だそうで、ここ数年だけでも文子の名前は以前と比較してずいぶんと知られるようになりましたね。先日読んだブレディみかこ著『女たちのテロル』(岩波現代文庫 2026)でも文子は大活躍でしたし。
文子の強さは、それこそ守るものなどなにもない強さ。「あなたを守りたい」と連呼するさだまさしの歌詞に、大事なものを守るために銃をとる怖さを感じることについて以前書きましたけれど(2023年5月2日投稿)、「守りたい」はとても危うい感情だと改めて思うのです。一方で、守ることのなにもない日々とは、やはり空虚なモノかもしれない。それは文子の寂しさにもつながっていく。あぁ、守るモノのある弱さ、守るモノのない強さ、どっちがいいかなんか決められないよ。
でも、だから文子の強さは、容易には到達できないからこそ、眩しい。そして、文子の寂しさは、どうしたって愛おしい。文子を理解できたとすれば、きっと社会はもっと優しくなれる。だって、文子の寂寥を生み出す社会は、やっぱりダメだからさ。文子を見えないモノとしようとする社会は、それこそ根性無しだからさ。文子がもっと日本社会に広く知られ、広く理解されることを切に願います。
なんかさ、歌舞伎町とかさ、大阪グリコの下とかにさ、現代の文子がうずくまっている気がして仕方なくなるよね。切なくなるよね。
『わたしの聖なるインド』(ヒンドゥー主義が広がるインドでのムスリム系インドの人たちの抗議活動を描いたドキュメンタリー @渋谷ユーロスペース)

インドでヒンドゥー・ナショナリズム(ヒンドゥー至上主義と訳されることもあります)が広がっていることは聞いています。先日日本政府の首相と会談して「かわいい妹云々」がちらっと話題になったインド政府のモンディ首相がこのヒンドゥー民族主義者であるということも読んだことがありました。
インド独立のストーリーを追えば、大インド統一を目指した非暴力主義ガンディーが挫折し、東西パキスタンが生まれ、東パキスタンが現在とバングラディシュとなり、インドとパキスタンは今もカシミール地方を巡って戦闘状態であり、両国とも核保有国であること、云々を知ることになります。特にインドとパキスタンがそれぞれ独立する際には、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の間で過酷な諍いが生じたことも。ガンディーを暗殺したのもヒンドゥー民族主義者です。モンディが首相に就任した2014年以降、ガンディー暗殺実行犯のナトラムゴドセを愛国者として復権させる運動が盛んだとも読んだことがあります。あぁ、いずこも民族愛は排他主義に直結していく。嫌だなぁと思っていた。
そのインドに暮らす少数派イスラム教徒の女性たちが、最近のインド政府の国民登録制度改悪に反対して国道を封鎖した。それを記録したのは、イスラム系インドの若い女性です。蒸し暑さのような雰囲気を強く感じる映像を通して、異邦人である私が知れるのは、多数派による何か良くない圧政が広がりつつあり、それに無力な少数派が、しかも少数派の中でも無力な女性たちが、抗っているということ。そして、その抵抗は静かにあっけなく消える。
映画の最後に「続く」のエンドロールは出ない。でも、出ないだけ。日々が続いていくのだから、圧政も、抵抗も続く。続いている。あぁ、ここでも圧政と抵抗だよ。きっとまた次のステージのことを、読むか観るかして感じるのだろうという予感はどうしたって残るのですよ。
カレー子さんも観たかなぁ。観て欲しいなぁ。(カレー子さんを知らない?! 著名なカレー料理指導家さんです。私、彼女のカレー本、愛読しているのですよ)
『日泰食堂』(圧政が進む香港の今 市井の人々を描いたドキュメンタリー @ユーロスペース渋谷)

市井、という言葉があります。庶民の社会、という意味の言葉です。上流階級の社会に対しての庶民の社会がある。無名、という言葉と親和性が高い気がしています。この世の中を動かしている無名の多数の人々。それは「普通」とは少し違うような気もしています。みんなそれぞれ「普通」ではない。そういう薄めたような言葉ではない、無名。ひとりひとりは名もないけれど立っている。そんなイメージを、私は市井という言葉に感じているし、使うときは込めてもいる。「市井」、好きな言葉です。
香港という街がある。私が生まれて初めて国境を越えて訪ねたのが香港でした。もうすぐ1990年になるというような頃。香港の飛行場は、なだ町中にあって、飛行機は着陸の直前に大きく右旋回をする。その真下には九龍城という不思議な場所もまだあったころ。あぁ、私も此処にいても大丈夫だ、と認めてくれたような街。九龍と香港島の間を結ぶ無数(に思えた)の天星小輪に身を委ねるて感じる夜風がとても心地良かったことを覚えています。
それから何度も訪ねた香港。その度に思い出が積み重なっていった。飛行場は変わっても、飛行場から九龍半島、さらに香港島に向かうハイウェイから眺める景色はいつもWelcomeと私を迎えてくれるような気がしたのです(飛行場からのバスは進行方向右側に座るべし!)。
その香港に、もうずいぶん長いこと、行けていません。先日も、トランジットで香港空港を通過したけれど、今はどこかよそよそしい場所。遠い場所。それが私にとっての香港です。
だって……。北京政府に蹂躙されていく香港、それに抗った周庭さんたちへの酷い仕打ちがあって、今も続いている。あのハイウェイが催涙ガスで覆われ、自由を削いでいく横暴があって。心のどこかで「周庭さんが帰れるようになるまで、俺も香港にはもう行かない」と思っている。そんな街。
そんな街から少し離れた島(九龍から30分置きに出るフェリーで50分ほど)の港に続く海岸線で干烏賊を焼いてビールを売る小さな食堂が日泰食堂。そこの主人と集う若者たち。その日々淡々を描いた記録映画。若者はデモにも出かける。主人はテレビでそのデモを眺める。ときには若者と主人は共にニュースを観て、それぞれ好きなことをコメントする。香港は変わっていく。若者も、主人も、そりゃ1年1年齢を重ねて変わっていくのでしょう。でも、港はそこにあり、島はそこにある。日常。市井。世界は変わっていくし、変わらない。そんなことを教えてくれる映画『日泰食堂』。たまたま香港から日本に留学している学生さんからもらったチラシが手元にあって、観に行ったのでした。
もしも周庭さんが香港に無事帰ることができて、私も香港に遊びに行ける日がくれば、そのときはぜひあの島へ私も渡ってみようと思います。そのときもまだあるのかなぁ、日泰食堂。市井の集まる場所へ。
『骨を掘る男』(沖縄で今も戦没者の遺骨を探し掘り続ける具志堅隆松さん70歳を追ったドキュメンタリー @ポレポレ東中野)

遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表の具志堅隆松さん、今年72歳、のことを、僕はこの映画を観るまで知らないままで過ごしてきました。映画を観終わった未だって、僕には彼のこと、彼が掘ることの意味を理解できないままのような気がして仕方がないのです。
無神論者の僕にとって、死後の遺体は、もしそれがそのまま自然界に放置されるのであれば、分解者と呼ばれる無数の生き物によって喰われ細かくなっていき、無機化されていくだけの存在。それが誰の身体だったかは問われず、自然循環の中に位置する有機物。まず柔らかい部分から朽ちていき、硬い骨は残るけれど、その骨さえもいつかは消えていく。自然に、土に、紛れ、混ざっていく。それは帰っていく? 知らんけど。
その骨を探して掘るという行為とは、何か? 知り合いでもなく、誰かをも問わず、でも探す。あと数センチ掘れば、出会えるかもしれないから、もう少しだけ掘る。また掘る。また来る。そういう行為を40年以上、淡々と続けているとは、何か? 掘り続けていれば、だんだんにそこで何があったのかが見えてくる技術が身についていく。銃口を口にあて足指で銃口を引いたのだろう、とか、子どもを抱えて息絶えた母親がここにいたのであろう、とか。お爺さんはこっちの入口に近いところにいたのだろう、家族を守ろうとしていたのかな、とか。そういった技術を身につけていくとは、何か? 戦没者と一括りにした途端、被害性だけが表に立ち、見えなくなってしまう加害性。そんなことも考える。加害性は多重。奥が深いし。
そこには沖縄の一部があり、それは日本の一部かもしれず、人間の一部が確かにあるのだろうとも感じた。僕の知らない行為があり、今もある。今も僕の理解は及ばない。でも敬意を払うべきことだろうということは僕にだって解る。継続してきた者の力の前に、ただ日々を送っているだけの者たちは黙り込む(県庁前でマイクを持つ具志堅氏の横を黙って通りゆく県庁職員を見よ……)。沖縄でも、そうなのだ。そして、彼は明日も掘るのです。静かに見つけてもらうのを待っている骨を探して、掘る。いや、骨が探してもらうのを待つはずはない。彼が見つけたいのだ。それは、何か?
何かすごいものを観た。そんな映画。まだ解れない。
『オールド・オーク』(英国の名監督 ケンローチ! ケンローチ! あぁやっぱりケンローチ! @ヒューマントラスト有楽町)

英国の名匠ケンローチ監督。90歳。彼自身が「これが最後」と語っているという『オールドオーク』。おそらくケンローチを支えるチームがあって、そのチームが奏でる映画作りは、もう円熟の域に達している。僕らは黙ってその映画にゆらゆらと身を委ねれば、それでいい。変なところに連れていかれるはずはないのだから。
あぁ、ケンローチ、ケンローチ、だってケンローチ、だからケンローチ……。生きるのはしんどいことさ、だけど生きるしかないだろ、そして、どうせ生きるのであればより良い社会で生きたいじゃないのさ。
解決はない。答えもない。でも、方針はある。方向性はある。だからそっちへ行こう。この映画も、いつものようにケンローチ魂は歌う。「古き良き時代」への敬意を持ちつつ、変化を恐れずにより良い社会へ進もうと、僕らを誘う。それは、いつも挑戦。きっとひとりひとりに対して優しい社会へあきらめずに進もうという、硬い意図。ぶれない。
ありがとうケンローチ。ケンローチ魂は、続くよ。絶えることなく、きっと続くよ。僕も信じてる、世界が良くなっていくことを。
鑑賞映画紹介シリーズはとりあえずはここまでとします。この映画シリーズの4回で紹介出来た16本以外にも、観たものはあるのです。紹介しきれず、ごめんなさい。中国の今のウイグル地区を舞台にした『ボタニスト』、現代イランの抑圧的社会を描いた『シンプル・アクシデント』、私の愛聴盤であるキーズジャレットの「ケルンコンサート」の舞台裏を楽しく描いた『ケルン75』、ジョンレノンと小野洋子がご機嫌なコンサートの実録『パワー・トゥ・ザ・ピープル』、台湾の1949年蒋介石政権の圧政下を舞台にした波乱満載の物語『霧のごとく』、これぞ映画の爆発だ!という感じのスペイン映画『シラート』、小さく超ストロングな生き物クマムシの生態映画『熊蟲萬壽無彊 クマムシばんじゅ・きわみなし』、『聴く隣人のいるところ』は小さな寄宿高校の日々をわちゃわちゃと映していたし、、日本の名匠是枝監督の最新作(綾瀬はるかを鑑賞する映画?)『箱の中の羊』も、ドキュメンタリー制作者羽田澄子による映像作品『元史女性は太陽であった 平塚らいてうの生涯』や、同じく羽田作製の民主主義のややこしさを描いて秀逸な『あの鷹巣町のその後 本編&続編』などや。
映画での旅、やっぱり楽しいなぁ。そして、辛いことでもあるのだなぁ。世界は知らないことで満ち満ちているって改めて思う。観ても読んでも調べても、人間独りが触れあえることは極々限られているのです。それでも、新たに扉を開けてみるしかないじゃないですか。知れる能力があるのであれば、知ろうとしないのはやっぱりダメなんだと私は思うなぁ。若人よ、頼むよ。本当に頼むんだよ。

















日本でも刑法を改正して刑事施設の運用を変え、昨年6月に拘禁刑が導入されました。わたしが最近関わっているPAC(Prison Art Connections)で昨秋行った公開セミナー、文字起こしの作業を担当してとても勉強になったので、もしよかったらご覧になってみてください。もう一つ、修復的司法についてのトークイベントもあったんですが、そっちはまだ文字起こしがまとまっていません、なるはやでやらねばならないことになっている、がんばるー。
「拘禁刑は刑務所にどのような変化をもたらすのか?」丸山泰弘さん〈文字起こしあり〉
https://pac-j.com/article/event/maruyama20251013-archive/
「修復的司法とは何か?」森久智江さん〈文字起こしはこれから〉
https://pac-j.com/article/event/restorative_justice1202/
れい子お姉さま、コメント、およびPACのセミナー資料、ありがとうございました。前半、最近の法改定で、拘禁刑というのに変わったというほうだけ文字起こし版をサーっと読みました。そして、つまり法改正によって刑事罰の中での「矯正」の役割が以前よりも強まっている、明記されている、ということなわけですね。
単純にそのまま受け止めれば、プリズンサークルのような矯正のためのプログラムがより実施しやすくなっている、ということ。ぜひその流れが続いて欲しいと思ったりします。
プリズンサークルでは、犯罪の背景には、幼児青年期での親との関係がうまくいかない、虐待を受けていた、というようなことがどうしても目立っている。私自身が親として子の少年期青年期に関係性をしっかり構築できなかったという経験・負い目があるので、どうしてもう~むと考え込んでしまうのでした。ひとつは私のせいで彼が不幸にならないことを強く望むという点で、ひとつは犯罪の責任をその犯罪者個人だけのものと理解することの限界という点で。
TCにしても、当事者研究にしても、きっと効果はあるわけですから、ぜひより多くの受益者がふえることが、結果として社会に益をもたらすと思うのだけれどもなぁ。
ということで、まずはお礼まで。
村山哲也