民主主義のことを書く師走大晦日(になりつつあって、困ったなぁ)

インターネット無料画像サイト photoACより。「写真素材:パレスチナ自治区の風景(イスラエル)」 

多くない数だけれど、今日も・・・・・

 2021年12月31日に、香港の周庭さんへこのブログでお手紙を書きました。
2022年12月31日は、現代中国研究家であることから否応なく「民主主義を考え、発言すること」に巻き込まれていった朋友阿古智子さんへのエールを、やはりこの場で書きました。

 私の中では、なにやらこの時期はそういうことを考えることになっているみたいで。

 今年もありがとうございました、という感じのご挨拶ということで、どうぞさらっと読んでいただければありがたいのであります。

 たまたまどういうわけか、地球の自転のある点が年の終わりで始まりとされていることに、それほど大きな意味もないよなぁとお正月というものにそれほど思い入れのない私です。春分夏至秋分冬至ってのは、その意味を観察し理解し記述していった人類の偉大な知識遺産だと感じます。いや、人類がそれを発見する以前に、短日や長日に反応して花芽を形成したりする植物たちがよっぽど早くから太陽と地球の営みの規則性に気が付いていたのですよね。すごいなぁ。

 ですから、2022年と2023年の間にことさら何があるわけでもない。あくまで私(たち)の都合ですけれど、でも2022年を振り返ってみると。いやぁ、今年も嫌なニュースがたくさん積み上がっていったわけで、なんとも気分は晴れません。

 ウクライナへのロシア軍事侵攻は今日も続いています。この件は、「ロシア=悪、ウクライナ=善」ではけっしてないんじゃないだろうか???という疑問はつきまといますけれど、ただ電気無しで寒さに耐える市井の人たちにそういう疑問を投げかけてもなんの意味もなさそうです。さらには、電気どころではなく死と対面している人たちが多数いるというのは、想像するだけで気持ちが沈みます。

 死ということであれば、ユニセフの発表によれば、東部アフリカのエチオピア、ケニア、ソマリア各地では深刻な干ばつが発生していて、この5か月で窮状に苦しむ子どもの数が2倍以上に増えているとのことです。2倍とは、「深刻な飢えや渇き、感染症の脅威にさらされている子どもの数が、7月時点の1000万人から約2020万人」(ユネスコ発表値)。2倍に増えないとしても、すでに1000万人が「深刻な飢えや渇き、感染症の脅威」だったわけです。そして、それがまた1000万人増えて、今や2020万人だと。そういえば、今年に世界の人口は80億人を超えたと見積もられているわけで、2000万人とは80億人の0.25%で、一万人の中に25人。それほど多くないねぇ????と書いて、さらに心が沈みます。

 さらに、中国のウイグル問題はその後もまったく何の改善もないまま、多くの人たちが自由を奪われているのです。

 数日前のニュースでは、イスラエルでは過去にない極右政権が生まれたという報道がありました。天井のない監獄化しているガザ地区(人口142万人、世界80億人中0.018%)への過酷な閉じ込め政策や、ヨルダン川西岸へのイスラエルによる一方的な入植地の拡大は、極右政権によってますますひどいことになることが予想されています。
 たった3週間ほどまえのこと、12月11日にはヨルダン川西岸北部ジェニンで16歳の少女がイスラエル軍兵士に射殺されました。イスラエル軍は12日に「少女への発砲は意図的ではなかった」とする声明を発表しています。パレスチナ通信という報道機関によれば、今年(2022年)に入り死亡したパレスチナ人の未成年者は今回の少女を含めて39人(世界80億の人口中0.0000005%)になるそうです。成人を含めれば、もっともっと多くの人が意図的だろうと意図的でなかろうとパレスチナでイスラエル軍によって殺されました、今年も、きっと今日も。

 イスラエルには、政府のパレスチナ弾圧を快く思わない人たちもたくさんいます。今回の極右政権に対しても、多くの懸念の声がイスラエル国内から上がっています。けれども、それに対して首相に返り咲いたネタニヤフさんは、「民意を尊重せよ」と語っています。つまり、新しい極右政権は公正な選挙の結果である、ということです。そして、実際にその通りなのでしょう。
 イスラエル国民の多数は、この極右政権を「歓迎」しているのです、選挙結果からはそういことになってしまう。

 ちなみに、国連総会本会議は30日(昨日!年末までご苦労様です!)、イスラエルによる東エルサレムとヨルダン川西岸の占領に関し、国際司法裁判所(ICJ)に意見を求める決議案を87カ国の賛成で採択しています。イスラエルや米国、英国など26カ国が反対で、我が祖国の日本国政府は棄権した53カ国のひとつでした。反対するよりは、ましか?

 あるいは。

 今日あったひとつの報道のタイトルが『香港の国家安全問題、「政府決定が司法判断より優先」中国側解釈』です。「国家安全の問題では、香港政府トップの行政長官らの判断の方が司法判断より優先される」ということで、別に今更おどろくこともない。ただ、以前あった「一国二制度」という香港返還時の約束事では「香港の司法権の独立を認める」ということだったそうで、そう聞くと改めて時代がすでに移り変わった(約束事は過去のもの)ということに気が付くわけです。まぁ、私の今日明日の生活にはまったく関係ないけどねー!?

それぞれの民主主義

 「民主主義には、それぞれの国のあり方がある」、「国家が自身で最適だと思う道を選んだら他国は尊重すべきだ」

 これはカンボジアのフンセン首相が、日本訪問中だった2019年5月30日にあるセミナーで語った言葉です。

 「米国には米国式の民主主義があり、中国には中国式の民主主義がある」

 こちらは、今年(2022年)11月14日の中米首脳会談で、習近平国家主席が米国バイデン大統領に語ったと報道された言葉です。

 それぞれの国家に、それぞれの民主主義がある。
 たとえば、ベトナムの民主主義。

 ベトナムの首都ハノイの人民裁判所は14日、環境や人権問題で政府に批判的な報道を続けてきた記者のファム・ドアン・チャン氏(43)に対し、反国家宣伝罪で懲役9年の有罪判決を下した。(2021年12月16日 朝日新聞の報道) 

 ロシアの民主主義。

 戦争に抗議した市民らは続々と取り締まられた。ロシアの人権団体「OVDインフォ」によると、侵攻後これまでに1万5千人以上が拘束された。(2022年4月29日 朝日新聞)

  シンガポールの民主主義。

 外国の政府などがSNSを通じて国内世論に影響を与える行為に対抗するため、シンガポール政府が新たに「外国介入防止法」を設けた。外国人や外国政府の関係するネットでのやりとりに幅広い規制をかける内容で、人権団体などからは批判が出ている。国会で圧倒的多数の与党が「権力乱用より、外国からの介入のリスクの方がはるかに大きい」などと押し切った。(2021年10月24日 朝日新聞)

 タイの民主主義

 亡命したタイ人の活動家を狙った襲撃事件は16年ごろから世界各地で起きている。16~20年には、ラオスやカンボジアに亡命した活動家が9人、殺害されたり行方不明になったりしたが、犯人は特定されていない。(2022年8月28日 毎日新聞)

 ラオスの民主主義

 ラオスの首都ビエンチャンで10年前に失踪した同国の社会活動家、ソムバット・ソムポーンさん(70)について、当局が事件に関与したとみる家族らが真相究明を求め続けている。ソムバットさんはラオスの農業普及活動や開発教育に長く携わり2005年にマグサイサイ賞を受賞。12年12月15日、帰宅途中に失踪した。家族が入手した防犯カメラ映像には、ソムバットさんの乗った車が警官に止められた後、何者かに別の車で連れ去られる様子が映っていた。(2022年12月18日 毎日新聞)

  イランの民主主義。

 女性が髪を隠す布「ヒジャブ(ヘジャブ)」をめぐる抗議デモが続くイランで17日、著名女優のタラネ・アリドゥスティさん(38)がデモに連帯を示したとして逮捕された。
デモ参加者2人の死刑が相次いで執行された。
(2022年12月18日 朝日新聞) 
 ノルウェー拠点の人権団体「イラン・ヒューマン・ライツ」は11月29日、少なくとも計448人が殺害されたと発表している。(2022年12月4日 朝日新聞)

 448人(80億人中なら0.0000056%)!!デモに参加しただけで殺される民主主義。

 日本の民主主義

  2019年に難民認定申請に対する法相の棄却決定を告げられた当日に強制送還されそうになったアフリカ系の30代男性が、入管当局の対応は「裁判を受ける権利」を保障した憲法32条に反するとして、国に450万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁(中村心裁判長)は22日、入管当局の対応を違憲と判断して3万円の支払いを命じた。(2022年12月23日 毎日新聞)

 3年前、札幌市で当時の安倍総理大臣の街頭演説にやじを飛ばし警察官によって離れた場所に移動させられた男女2人が、排除は違法だとして道に賠償を求めた裁判で、札幌地方裁判所は「警察官らの行為は違法で、原告らの表現の自由が侵害された」として原告側の訴えを認め、道にあわせて88万円の賠償を命じる判決を言い渡しました。(2022年3月25日 NHKインターネットニュース)

 3万円や88万円が高いのか安いのか? 後者に関しては、さて二審三審でどうなるのかも注目でしょう。

 とにかく、「それぞれの国の民主主義」はある。
 非民主的な政権を民主的なプロセスで選ぶ民主主義という制度があって、それでも民主主義が好きなのは、1964年に日本という社会に生まれた私だからなのか? 

 私が大事に思う「表現の自由」は、あくまで「国家」、あるいは「多数派」にお許しを得られる範囲で可能なのだろうか? それが民主主義の限界なのだろうか?

人は優しい、それは実際そのとおり。さて?

 私には教員の知り合いが何人もいます。彼らが一様に言うには「教室には良い子が多いよ、いっぱいいるよ」ということです。そして、それはけっして意外ではありません。
 私も多少は世界のあちこちで子どもたちと接していますけれど、はい「良い子が多いよ、いっぱいいるよ」はまったくその通りだと感じます。

 『Humankind 希望の歴史』(ルトガー・ブレグマン著、 野中 香方子訳)という本が最近出版されました。こちらは世にはびこる「性悪説」を否定する、私たち人類の「性善」性をさまざまな証拠を示して証明する内容となっているようです。ごめんごめん、まだ未読なのに書いちゃった。きっと、そのうち、読む。

 うん、そう。絶対に性善的なモノは人類の中にあるような気がします。でも一方で、善い人なのに、他者を殺せる。良い父母が、排他的になる。そういうことも山ほどある。つまり性悪も性善もどちらも本当なのだろうと感じます。 
 性善があるから、私たちは仲良くなれるし、性悪だから、どうしたって「自由」には制限がかかる。そのバランスをどうとるか? 80億の私たちがそれぞれ考えるのですから、落としどころがそう簡単にはみつからない。当たり前じゃん、ね。

 新しい言葉がいつも必要です。民主主義にも、もしかしたら新しい表現が求められている、そんな気もしています。
 でもそれは、けっして「それぞれの国家に、それぞれの民主主義」ではないはず。先に挙げたいくつかの国の「民主主義」の実例を読めば、そのほとんどが国家のための民主主義の実例なことに気がつきます。国家あってこその市民なのか、市民あっての国家なのか? そして、私はやっぱり後者だなぁ。国家あっての「私」なんて、それはやっぱり無理なのです。

 あなたは、どうですか? 国家あっての「あなた」ですか? そんな問いで、2022年最後のブログ投稿を閉めたいと思います。

 ではでは、皆様、今年も読んでくれてありがとうございます。
 来年もぼちぼちと投稿していきます。またどうぞよろしく。
 阿古さんも、周庭さんも、あなたも、どうぞ元気で。まだ死に急がないでいきましょう。たとえ現世が少々しんどくとも、たくさん笑いたいね。

 で。

 あなたは、どうですか? 国家あっての「あなた」ですか? 

 

最近購入して友人に贈った絵です。いいでしょー? ちょい早いけど、謹賀新年!またねー。

 

 

 

 

1件のコメント

ちょっと故あってPCをこの数日ひらきませんでした。もう2023年1月1日も終わりそうです。春分、夏至、秋分、冬至など区切りはいろいろあるようですが、一応、
あけましておめでとうございます。
頭が固ーい呆け爺には村山氏の文章はなかなかしんどいです。今日の記事が最も解り易かったです。今年も心身元気でしたたかにいきましょう。
(追伸)賢明な植物が花芽を結ぶのは太陽光の変化によってですか?
 気温の変化によってですか?
 それともそれ以外のように因るのでしょうか?
 暇なときにそっと教えて下さい。
                 小野 久

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