表題通りなのです。9月末から東京に来てまして…
書くことがたくさんあり過ぎて、書けぬまま、書きかけのまま・・・・なんて日々に、私、なんと突然入院となってしまいました。東京滞在中のできごとです。
浅草の隠れ家で、ベッドから車イスへの移乗に失敗して床に落ちたのです。落ちることは、まぁときにはあるのです。そのときも、まぁ日常の失敗のひとつのはずだったのですけれど。
その後、左足がパンパンに腫れているのに気がついたのが、2日後のトイレで。どう見ても右足と左足、全然別物。左足はゾウさんの足になっていました。もちろん骨折を疑いました。でも、左足をペタペタと触ってみても、素人目には変形は認められなかったのです。こりゃ膝辺りを変なふうにひねって捻挫したのかなぁと思ったのでした。
しかし、その後さらに2日経っても腫れが引かず。やれやれ、と病院に出向いて、レントゲン室に車イスで入って、そして出てくるときはストレッチャーに移されていました。そして即入院となったのです。
レントゲン写真を見ると、左ひざのすぐ上で大腿骨が破断骨折のような様相でした。おぉっ、こりゃすげえ!!って感じ。膝のすぐ上だったので、外から見て変形に気づけなかったようでした。
お医者さまは、私が脊髄損傷者であることを考慮して、ICUのある大きな病院での形成手術が必要であるということで、その後そういう大病院に転送されたのです。
今度はそちらでの見立てで。
もし私の足が「全体重を支えて歩くこと」が求められているのであれば、当然、形成手術が必要になると。けれども、この怪我を負った時点で私は車イス者10年生で、今後も歩く予定はまったくない。
とすれば、あえて形成手術をする必要はないんじゃね? 金属入れて、ボルト捻じ込んで、というのはそれなりに骨にも筋肉にも負担をかける。そういう負担、歩く必要がないなら避けた方がいいんじゃね? そういう判断になりつつあります。
なんも治療もしない、その場合のリスクももちろんあります。大腿骨は折れるとパリッと折れることが多く、そのパリッと折れた箇所は尖っている。私が見たレントゲン写真にも、なにやら狂暴そうな尖り骨がちらちらとあったようでした。
その尖った骨が、何かの拍子に筋肉・皮膚を突き破って飛び出したりすることがある(膝にエイリアンを飼っているような感じかしら?)。それが起こってしまったら、感染症の危険が高い。
で、私、今回初めて知ったのですけれど、じゃ、その尖った部分を削り取ってしまうとか除去してしまうなどしても、骨ってまた伸びてくるんですってね。だから、尖った部分、それを丸くおさめるのは無理なのよってことなのですって。そりゃ、削ってそこをセメントで固めるとか、そういう技術的なことではできないことはないけれど、とにかくそれを今やるのもリスキーであると。うんうん。ものごとシンプルに考えたいですわね。
今後、そんなふうなこと(尖った骨が皮膚を破って飛び出すこと)が、今後起こるか起こらないのか、そこはわかんないわけで。起こんなければ、それは良かった。起こってしまったら?しかもそれがプノンペンで起こってしまったら?
まぁ、そんときにまた考えましょう。そんときにできることをするしかない。
そういうことになりつつあります。だから、腫れが引いてくれたら退院かなぁ???
あとね。ここから先はちょっと小さい声になりますけれど。
最悪さ、この左脚、切り落としてしまうという手段があるんじゃないかなぁ。感染症でやばち、とかなったらさ、もうしょうがないじゃない? そういうことも、最悪の選択肢としては将来あるかもしれぬ。で、予防的に、今落とすことはあるまい、ってことです。
「先生、60歳でやるのと、70歳でやるのと、やっぱり違いますか?若いうちに、やっちまったほうがいいなんてこと、ありますか?」の私の問いに、若くてハンサムな担当医は「切るリスクは同じです」と答えてくれました。 ふむ、ならば左足よ、まだご縁がつづくようでありんす、もうしばらくは共に暮らしませうや。
痛みはまったくないんです
でね、以上の過程で、「痛み」はまったく発生していないのです。落下した時も、その後、足が腫れたときも、形成手術を受けないままの今も、脊髄損傷による下半身完全麻痺者の私は、この骨折の痛みをまったく感知せずに過ごしています。
「骨折時に、気絶しそうな痛みがあるはず。今だって激痛があってしかるべし」らしいのです。そしてレントゲン写真の壮絶さを見ると、うん、こりゃ確かに痛そうじゃわい、とその映像を見ての痛々しさに震えるわけです。 でも、痛くなんだよねぇ。 フフフ、こりゃラッキー!?
というわけで、「10月末あたりから時間取れそう、連絡します、会いましょう」なんて話、もしこのまま見送り―なんてことになったら、ごめんなさい。今後の見通し、まだ立ちません。健康診断の一部がまだ残っていますし、成長?膨張?しつつある膀胱結石をどうするの?という判断・診断もまだ残っています。
退院したら、そういう課題をなんとかこなして、さて、プノンペンにいつ帰れるのか? 越冬ツバメになってしまうのか? さて?
追記 「あのとき具合悪くってさ」と言った私に烈火のごとく怒った人がいたこと
20歳ぐらいの若い頃。
あるとき体調が悪くて、でもそれを隠して人と会ったりして。そして後日、「あのときは体調悪くて…」みたいなことを告げたら、ものすごい怒られたことがあったんですよね。
「じゃ、なんであのとき、体調が悪いと言わなかったのか?」っていうふうに、その人は怒った。それは、水くさいじゃないか、ということでもあったろうし、何より、そういうふうに「物事に向き合い、こなす」姿勢をその人はひどく嫌ったのだろうと思います。
それ以来、後出しで「あのときは体調が悪くって」みたいなこと、そういうのはけっしてカッコいいことでもなんでもなく、むしろダサいのだって思うように心がけているようなことが、私の心には巣食っているみたいで。
それは隠すなら、ちゃんと隠し続けろよ、ってことにもなること、もあるかもしれませんけれど、ね
そりゃ、体調が悪くてもやらなくちゃいけない仕事ってあるし、出かけていなくちゃいけないこともある。でも、そのときに「体調悪いのに、悪くないふり」みたいな生き方、そういうのはやめようよ、ってあのときに思った。今も思っている。
そんなことを思い出しつつ、はい、今回も後出し報告にならないうちにというような、そんな心持がどこかにあっての、内容はなんとも「とほほ」なことになっちまってます、が。

















大変でしたね!
くれぐれもご自愛ください。