マオアのこと
ケニアのクウィセロ村のクウィセロ中等学校で理数科教師をしていたときのこと。
同僚の仲良しにマオア(ルヒア語で“花”の意味)という名の若い女性教師がいた。同世代で明るい彼女とのコミュニケーションは、ぼくのクウィセロでの生活の大事な栄養源だった。
マオアは正規の資格を持たない代用教員だった。ぼくがクウィセロで働き出して1年ちょっと経ったころ、彼女は突然に仕事を辞めた。校長の愛人になるのを断ったからとか、生徒と関係を持ったからとか、心無い噂が同僚たちの間では飛び交っていた。とにかく、彼女がいなくなって、職員室はとても寂しくなった。彼女は親戚を頼って首都ナイロビに出たと聞いた。
当時は携帯電話なんかない。連絡が取れなくなると、なかなか互いの消息を知り合うこともできない。
でも、なんとか彼女と連絡をとって、ナイロビで一度だけ会うことができた。彼女が身を寄せていた叔母さんと呼ぶ人の家を訪ねたんだ。なにやら羽振りがよさそうなその叔母さんばかりが威勢がよくて、マオアはクウィセロで見せていた奔放な明るさが影を潜めたように思えた。その叔母さんの家で、彼女は家事やその叔母さんの子どもの面倒を見る賄い婦のような立場にあったようだ。
その帰り道、バス停までぼくを送ってくれたマオアは、別れ際、いいにくそうにぼくに「お金を貸してくれないか」と伝えてきた。ぼくはそれを断った。ぼく自身、それほど現金を持ち合わせていなかったこともあったけれど、彼女との友人関係に金銭を絡めるのが嫌だったんだ。バス停に立って、バスに乗り込んだぼくに手を振るマオアの姿がどんどん小さくなっていく、そんな風景が記憶に残っている。それ以降、彼女と会うことはなかった。
なぜあのとき、少しでも彼女にお金を渡さなかったのか。そのことが後々まで心に引っかかった。日本円で千円や二千円を渡しても、ぼくの生活に支障が出るわけでもなかった。もちろんそれで彼女の生活が改善するわけではないにしても、幾許かの金額でも彼女には意味があったはずだ。しかも彼女は彼女なりに、逡巡した上でようやくの思いで口にした無心だった。それを断ったのは、ぼくが単にケチで偏狭だったからだ。そんなふうにも思えた。
それ以来、友人の無心はできる範囲で対応するように心掛けるようになった。途上国で貸したお金は、実際には戻ってこないことが多かった。けれども、幸いそれでぼくの生活が破綻することはこれまでのところなかったし、なにより、あのときの苦い気持ちは味合わなくて済む。それでいいじゃないか、と思っているんだ。
マオアは今ごろ、どこで何をしているのだろう。褐色のヒマワリが咲いたようなあの大きな笑顔に会いたいけれど、その願いを叶えるのは、どうやら難しい。元気で生きていてくれたらいいなぁと思う。
学費だけ?
その後、フィリピン、カンボジアと長期の仕事をした際に、何人かの学費を負担したことがある。たとえば、フィリピンのミンダナオ島ダバオのクリスやミカイ。カンボジアならラタナック。高校だったり、大学だったり、それぞれの希望の道の支援ができるのは、彼らの夢を買うようなもので、楽しい出費だった。
でも、そんな支援の中には、苦い、というか、勉強になったというか、印象深いできごともあった。

クリスの学費を支援していたときのこと。あるとき、彼女が実は学校には行っていないことに気がついた。まぁ、彼女はそれほど勉強が得意なタイプではなかったから、怠けてしまったのかぁ、やれやれ、という思いではあったけれど、何よりも腹がたったのは、学校に行かなかったのに、ぼくから学費を受け取り続けていたことだった。
もちろん、クリスを事情聴取することになる。その結果、彼女が学校に行かなくなったきっかけは、ぼくから受け取った学費を祖母の病気の治療代・薬代に使ったことだったのがわかったんだ。
想像してみよう。手持ちの現金がある。それは学校に払わなければいけない。でも目の前に病気の家族がいる。病院に行くには、やはり現金が必要だ。でも、余分なお金はない。自分の学費と家族の治療費。どちらに優先順位があるだろうか。
もちろん、ケースバイケース、だろう。でも、クリスの選択は理解できた。(もちろん、彼女が遊びに使ってしまった分もあって、それに関してはしっかりとお灸をすえた。)ぼくでも、お金に困っていれば、同じようなことをするかもしれない。
なるほどなぁ、支援をするとはこういうことかと、ぼくはしみじみ思った。学費だけ支援することの限界?「これは学費にしか使っちゃいけません」という支援をする側の“いやらしさ”と表現したら、語弊があるだろうか。でも、学費、つまり「良いこと」という条件づけの高慢さというか、支援する側の価値観が一方的に反映されるいやらしさ、決定権は支援者側にある関係性、といった臭気を、自分のやっていることに感じたんだ。
もちろん、学校に行けない子どもを支援することは「良いこと」だ。でも、支援するってのは、もしかしたらもっと全体的じゃなくちゃいけないのかもしれない。全体的、あるいは全面的。やるならとことん引き受けなければ、どうしたって落伍者は生まれてしまう。
もし支援者が被支援者に「だまされた!」という場面があるとする。もちろん、被支援者にはそんな状況を生んでしまったそれなりの理由がある。支援者は、その理由を知っているだろうか? 知ったとしても、その理由は受け入れられないかもしれない。でも、そんなとき、「どうしてだまされちゃったんだろう?」と自分に問うてみるのも、一興かもしれない。
実は、「だまされた!」その理由は、両者のもともとの土俵の違いに起因することが多いんじゃないかな。そして、支援者は、自分の土俵からはけして降りることはなく、被支援者の土俵に乗ることはなかった。そんなときに「だまされた!」はより多く発生するんじゃないだろうか。
実はそれは騙したり騙されたりという事象ではなく、「すれ違い」に類することだったんじゃないか。もともとの支援計画に、なにか無理があったんじゃないか。理解しきれなかったことがあって、それを掬いきれなかった側に、実は問題の根っこがあったんじゃないのか。
たとえば、両者の間にあった“ルール”は、どうやって決めた?本当に両者で決めたと言い切れる?
そうやって振り返ることで、境界を超えることなく、手出しをしようとしていた自分(支援者)に気がつくことがあるかもしれない。
そしたらどうする?次の機会があったら、今度はその境界を、超えてみる?
そうやって境界を超えてみたことが、ぼくには何回かあるような気がしている。
クリスは、その後再度学校に戻り、なんとか卒業証書(サティフィケイト)は手に入れた(はずだ)。その証書が彼女の今にどうつながっているかはわからないけれど、彼女は今もダバオで元気に暮らしている。彼女の祖母は、かなり高齢まで長生きをして、2018年に亡くなった。
マオアも、クリスも、ぼくには忘れがたい人たちだ。

















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