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2021年4月から2年間、全国脊髄損傷者連合会が発行する会報誌「脊損ニュース」が『世界は開いているから仕方がない』というタイトルで私が書いた連載を掲載していました(当ブログの2023年3月での投稿で読めます)。
そして、さらに2023年4月から2年間『続・世界は開いているから仕方がない』として連載は続きました。その連載24回がこの度終了しましたので、ブログで3回分ずつ掲載します。今回は2024年4~6月です。
この時期の連載3回、使っている写真、全部野に咲くスミレでございます。もちろん小野久先生が撮った写真です。スミレっていろんな種類があるのですね。知らなかったです。
6月で使ったヒゴスミレ、白くて凛として。山野でヒゴスミレと出会ったら、すぐに恋に落ちてしまいますわねぇ!!
車イス者になる以前は、私、わりと野山に出るのも好きでした。車イス者になって、特にプノンペンにいるときは、まったくのインドア派で。日本にいるときも、東京の外にでることはなかなかない。まだ全国津々浦々バリアフリーってわけでもないですし。特に山野ということになりますと、車イス者としてはなかなか難しい。残念だけど、しょうがない。
そんなわけで、余計に小野先生の写真をけっこう必死に眺めていたりしています。
そして、このブログの冒頭写真も小野先生が撮ってくれたスミレ(キスミレ)にしました。
4月/第13回 寄り添うことについて 4: エンパシー(共感)にも限界あるよね
最近読んだ本で知った「ビフレンディング」という言葉。カタカナで書くということはつまり外来語で、英語で書くと「befrending」。友だちになる、be friend、という意味をひとつにまとめちゃった言葉です。ここから派生した「ビフレンダ―」という言葉もある。自殺防止に関する相談を受けるボランティアの人たちを指す言葉です。
私は今年還暦を迎えます。60年も生きていると、自殺してしまった友人知人がやっぱりいます。数年前に自死した友人は、生前ときどき私に電話をかけてくる人でした。電話では身の回りのことをいろいろと愚痴っていました。死についてもちらりと語っていました。
私は、こちらから特にアドバイスすることもせずに「うん、うん」と聞き役に回っていたのです。しばらく電話がなくて。あぁ、きっと調子が良いのだろうなぁと私は思っていたのです。愚痴りたいことがあったらきっとまた連絡してくるのだろうなぁと。
そして、彼は自死した。遺書があって、そこには私の名前もあった。「あやまっておいてくれ」というようなことだったと遺族から聞きました。
こっちから電話すればよかったなぁ、とは思いました。しまったなぁ、と。死ぬ前に電話してくれればよいのにと、彼に文句のひとつも言いたい気持ちは今でもあります。でも仕方なかったのかぁ。ときどき彼のことを思い出してちょっと寂しいです。たまに会えば、馬鹿話ができたのに、と。若い頃の大事な思い出を共有できる数少ない友人のひとりでした。
彼のまわりには話し相手はいた。彼の悩みに寄り添える人もいた。それでも彼はいってしまった。エンパシー(共感)があっても、彼を孤独の罠から救い出すことはできなかった。そういうことはあるのだろうと思うのです。
彼も、彼の周りの人も、誰が悪かったわけではない。最後は、彼が自分で選択してしまった。友人だったから、その彼の選択にも共感しておこうと今は思っています。
死にたいと訴える相談者に対して、ビフレンダ―たちはけしてアドバイスはしないのだそうです。とにかく、聞く。寄り添う。訓練されたビフレンダ―は、この聞く・寄り添うという部分の「粘り強さ」で勝負するのだなぁと、私は理解しています。そこには共感すら排除する潔さのようなものを感じます。「あなたの気持ちはわかる」とは言えない。せいぜい「わかるような気がする」止まりだ。そして、そこにあえて留まる。
なるほど、そうだよなぁと思う。
けれども、それは相談者だから取れる態度でもある。「死にたい」と訴える人が、自分にとっての身近な大切な人であったとすれば、共感の限界を意識して対応するのは難しいだろうとも思う。
ならば、どうすればいいのか? 答えは簡単には見つからない。そりゃそうだ。見つかるわけはないのです。愛する人が絶望の淵に立ったとき、私たちはきっとおろおろとすることしかできないよね。うろたえ、絶句し、祈る、だけ。
写真: スミレ

5月/第14回 寄り添うことについて 5: エンパシー(共感)とは意味全部の共有ではない?
人間は意味を糧として生きる者であり、無意味には絶えられない…(『いまだ人生を語らず』四方田犬彦著 274ページ 白水社2023)
なんのために生まれたのか? なぜ生きているのか? そういう問いをたててしまうことは、やっぱりあります、人間だもの。
そういう問いをたてられない障害を持った人でさえ、その周りの人たちは「この子の生きる意味はなんだろう?」と考えたりする。ふふふ、余計なおせっかいだけれどねぇ。
「生きる意味」を考え出して、その答えにたどり着けないと「生きていても仕方がない」となる。そこで「死ぬ」という結論に至らないとしても、意味のない自分の存在が虚しく感じられる。あるいは、怪我前の「意味があった」自分が恋しい。戻りたい(でも、戻れない…)。
私は、思い切って「生きることに意味なんかない」と言ってしまいたいと思っているのです。意味なんかなくても、生きていていい。役割がなくとも、存在していい。そんなふうに思っています。もっと突き詰めれば、「意味」とか「役割」とか、誰が決めるの?と、思う。「私の意味はこれこれです」と宣言したって、そんなの他者から見ればどうでもいいことかもしれません。偉人、有名人、成功者、ならいろいろ意味が後付けされるようですけれど、それさえもけして絶対的なものではないでしょう?所詮、デコレーションよ。
けれども、やっぱり意味が欲しい。役割がもらえないと物足りない、虚しくてたまらないって人がいるのだろうとも、思う。だって、今の学校教育とか社会が、そういう「意味を求める」価値観で染まっているもんなぁ。意味を求める人が多いのも仕方がないことだろうと思う。
身近な人の障害に衝撃をうけつつ、その介護をすることに自分の人生の意味を見出していく、なんて物語もある。それはそれで、そりゃしんどいけれど、素敵なストーリーに展開していく可能性だって秘めていますよね。ピンチはチャンスだ!
つまり、私は「意味なんかいらないよ」と思っているけれど、「意味が欲しい」と苦しむ人の気持ちは、わかる気がする。共感したいのです。
そうか、共感(エンパシー)とは意味の一部共有なのかもしれないなぁと、ふと思う。同感できなくとも、共感できることってある。わかりあえなくとも、ある部分は通じるかもしれない、それで十分ではないですか。何から何までわかり合うなんて無理だよね。それでも共感(エンパシー)は可能だ。そんなあたりを、とりあえずの落としどころにできたらよいんじゃないかしらねぇ。
(もう何ヶ月も前のことになりますけれど)脊損ニュース1月号で、東京都のメンバーで常務理事でもあった祐成常久さんの訃報を知りました。私は埼玉支部のメンバーです。祐成さんはよく埼玉の集まりにも顔を出してくれていました。明るい方でした。彼の周りには人が集まる。でも、きっと寂しがり屋でもあったのじゃないのかなぁ。12月末に亡くなったとき、1月の飲み会の予定がいくつか入っていたそうです。祐成さんらしいなぁ。彼の笑顔と笑い声を思い出しています。
写真:タカオスミレ/髙尾菫の花、白地に紫の脈が浮かぶ

6月/第15回 言葉・表現に敏感であること 1: 無意識の表出
【そこで尿道にドレーンを奥まで突っ込んで、3~4時間ずつトイレでキャップをあけるのだ。紙パンツも使用するようになった。こうなると、とうてい一丁前の男とは思えない】
文筆家の松岡正剛が80歳で書いた老化を嘆く文章です。
ふむ、紙オムツを使用すると、もう一丁前の男ではない、彼にとっては。松岡さん、あなたがそう思うのは障害者世界の住民からすれば滑稽にすぎないけれど、やっぱりもう少していねいな想像力は欲しいなぁと、彼が他者に言葉を届ける人だからこそ余計に、思います。
あるいは、こんなの例も最近目にしました。ある責任ある地位についている人が詐欺まがいのことを行っている。それを知った人が、その詐欺者を批判するために書いた一文です。
【(その詐欺者は)嘘言うくらいの能力しか無い心身障害者ですから必死になって現在の地位にしがみつくでしょう】
唐突に出てきました障害者の一言。その詐欺者は、脳梗塞の後遺症で半身麻痺があるのです。けれども、その人の詐欺行為と障害がこのように結びつくのはおかしい。この文章を書いた人は正義感が強い好人物なので、余計に残念です。
障害者世界の住民になってから、やっぱり障害者に対する表現には敏感になりました。上記のような事例、使っている人はまったく悪気はない。前者は、老化するご自分への揶揄のような気持ちで書かれている。後者も、たまたま批判の対象が権力を持つ障害者だったから、こんな表現にたどりついてしまった。
けれども、どちらにも障害者に対して負の感情があることは確かです。書き手はそれぞれ活動的で仕事もできて、そのことに本人が強い自負心を持っている。こういう“出来る”人たちに限って、障害者に対する偏見がぬけない事例が多いように感じます。そして、こんな人たちが《できないことが増える》、つまり障害者になると一気に落ち込んで、障害が受容できなかったりする。
けれども、まず老化に関しては誰もが逃れられない。他者からのケアが必要という点では、老人も障害者と同じです。ここで挙げた“出来る”人たちは老化に対する心の準備は十分とは言えないように思うのです。だから紙パンツに怯える。
さらに、脊髄損傷というような中途障害は誰にでも起きうることです。確かに実際にそれが起こるのは少数派ですけれど、でも、用心して避けられるようなものではありません。タイミングと縁で、それは起きてしまう。そんなとき、自らの障害者への偏見は自分に返ってくる。そして、それは少々情けないことだろうと、私は思うのです。
彼らが自分の書く文章に、さらには自分の心に潜む障害者への無意識の偏見・誤解に、自覚的に敏感であってくれればいいのに。
それは高望みということなのでしょうか?すべては、「なってみないとわからない」のだろうか? いやいや、実感はできなくとも慮ることは可能だろう、とも私は期待したりするのです。あの文章、私たち障害者に対してやっぱり失礼でしょう? ああいう表現は止めて欲しいなぁ。
写真:ヒゴスミレ/肥後菫 すっきりと白い花

2025年3月の追伸
上記6月の連載第15回で、私は非障害者(健常者)の人たちに「(障害に対する)実感はできなくとも慮ることは可能だろう」という一文を最後に書いています。非障害者に期待する、と。そして、今の私はそんな期待は徒労だろうと感じつつあります。非障害者世界の住人には、障害者世界のことは分るのはとっても難しい。もうどうしたって障害者と非障害者、両者の世界の間にはとても強固な障害がある。それを非障害者が乗り越えることはかなり稀なことだろう。乗り越えたとしても、その理解の多くは浅いものにとどまる。そんな風に思い始めているのです。そんな私の思いに、今後改めて「それじゃいかん!」と喝を入れてくれるような体験はあるでしょうか? いや、別に解ってくれなくてもいいんじゃないとすら、最近は思っている。
思いやりや下手な共感などいらない。非障害者が社会の多数派を占める強者の責任としてやるべきことをきちんとやってくれさえすればいい(たとえば福祉の充実とか、弱者への当然の配慮とか)。いっぽうで、障害者の政治参加はどんどん促進しなくちゃいけない。そんな風に思っているのです。障害者だけで独立するわけにもいかないですから。出るところに出て、言えることは言わないと、それを障害者世界の人が自分でやらないと。非障害者世界の人だけに任せていたら、いつまでたってもなーんも変わらんから、と思うのです。

















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