ウンチの話、下半身完全麻痺の私の場合とか。さらに胃ろうのことなど。

左はタイ国からの輸入製品、右は日本から。プノンペンのイオンモールで購入できます。

便漏れの日々

 ここ数日、予定外のウンチの出現に当惑しています。簡単に言えば、下痢ぎみ、ということなのですけれど、知らぬ間にウンチが肛門から漏れ出してしまうのです。
 数日前、日本からカンボジアに来られた知人Iさんと夕食をご一緒する約束がありました。まずはIさんが拙宅に来てくれて、さて、ではお気に入りのレストラン(久しぶりに、モニボン通りの中国拉麺に行くつもりでした)に向かおうとしたそのとき、妻が「(くさ)い」とおっしゃる。その前の日も、さらに前の日も、緩い便がやはり知らぬ間にダイパー(いわゆる紙オムツ)を濡らしていたのでした。あちゃー、今夜もまた、お客様が来られたこんなときに!と、焦ったわけです。
 でもこんなときこそ、慌てず騒がず。Iさんには事情を話して待機してもらい、私はトイレで便の処理をして、さっと身体を洗って(でも、これで小一時間消費)、とにかく事なきを得てようやく夕食に向かうことができたのでした(家を出るのが20時近くになってしまい、最近は終いの早い中国拉麺はあきらめて、他の店で楽しみました)。

 さて、私のウンチ。普段は2日に1度、摘便(てきべん)しています。摘便というのは、肛門に指を差し入れて直腸から便を掻き出すことを指す言葉です。脊髄損傷(胸椎6番での骨折)によって私は腹部から下の感覚がまったくありません。それは便意尿意も感じないことを意味します。ですから、尿は3~4時間おき、便はほぼ48時間おきと、自分で勝手に決めて対応しているのです。排尿について、看護関係のインターネットを検索すると「正常の排尿には、膀胱排尿筋の収縮、内尿道括約筋と外尿道括約筋の弛緩が必要で、これらが協調して行われる」という文章が見つかりました。
 もちろん、これらの筋の収縮や弛緩を私たちは意図的に行っているわけではなく、身体が自動的に反応してくれている。排便はもう少し意図的な筋力の活用がありますよね。(りき)む、というあの感覚です。
 通常、人は以下のようにウンチをします。

「トイレに行き排便の準備が整うと大脳から排便を抑制していた刺激がとかれ、排便の指示が出されます。横隔膜の呼吸停止、腹筋を緊張させて腹膣内圧を増加させると同時に内肛門括約筋、外肛門括約筋が弛緩し排便されます。このとき蠕動(ぜんどう)運動が増加し、便の摘出を助ける反射がおこります。」排便のメカニズム|福祉用具なら【矢崎化工kaigo-web】より)

 ところが、私は上記の「腹筋を緊張させて腹腔内圧を増加させる」(これが、 (りき)む 、です)ができません。腹筋がほとんど働いてくれないのです。

 長々と書きましたが、だから溜まった便を自分の指で掻き出さなければいけません(これが摘便です)。もちろん、溜まりすぎれば、いよいよ最後には便は自動的に押し出されてきます。これが、お漏らし。2日おきにしっかり“掻き出して”おけば、通常はこのお漏らしは起こらないはずなのです。

 ところが、便が緩すぎると、この調整が利きません。そして漏れて出してきてしまう。この現象は確かに困るのですが、さらに困ったことに、私は自分のウンチが漏れ出たことにすぐに気がつけないのです。通常の人ならば、まず便が直腸まで降りてくればそれに気がつけますし(便意)、もし漏れ出てしまえばそれは肛門の感覚から判断できますし、漏れ出てしまったウンチが触れるお尻の表皮からはその触感が脳に送られ、なにやら違和感となって認識されるでしょう。しかし、私には便意も「肛門の感覚」も「お尻の触感」もないのです。そして、唯一の信号が、匂い、です。雲黒斎(ウンコくさい)先生がお出ましになって始めて、「あれ、(くさ)い?ウンチ出ちゃった?」と気がつくのです。

 しかしですね、人というのは不思議なもので、自分にとって都合の悪いことは「なかったコトにする」という心理が働くものです。ここ数日も、私、ふとしたときに微かに 雲黒斎(ウンコくさい)先生 の存在を感じることがあった気がするのです。でも、多くの場合、それを私は気の迷いと頭の中から締め出してしまうのです。もちろん、あれ?と思ったら、一応、自分の鼻を少しピクピクさせてみます。けれども、パソコンを叩く手を止めて、その手を背後からダイパー(紙おむつ)の中に差し込んで直接現場検証をする、という手間までは取らない。そして、鼻ピクで 雲黒斎(ウンコくさい)先生 の存在を確実に認識できない場合は、「気の所為(せい)」で済ませてしまうのです。なんという怠慢。

 しかし、他人の鼻にまで蓋をすることはできません。結局は、誰かに(通常は妻)「臭い!」と指摘されて、ようやく現実に目を向けるということになる、のがここ数日のできごとなのです。

摘便、さらには食べることと出すこと

 下半身麻痺となってすでに7年を超えた今、まぁウンチが漏れたからといって、たいした騒ぎではありません。しかし、まだ初心者だったころは、ウンチ漏れはなかなか大変なことでした。
 特に、1年間の入院を経て退院してからの1ヶ月は、ウンチとの戦いの日々に暮れたといっても過言ではありませんでした。ウンチ処理の手順を間違えば、オシメだけではなくあちこちにウンコのコビがついてしまいます。それだけでも、ウンざり。そんなことを繰り返して、だんだんに被害を最小ですます技を身につけていったのです。
 病院でまだ身動きがとれない頃、べッド上で看護師さんが摘便をしてくれました。私の身体は横向きの姿勢を取らされ、背後でなにやらごそごそと作業が行わる。下半身の下にビニールシートのようなものが敷かれ、肛門からは腸を刺激するための座薬が投入されます。その後、看護師さんは他の仕事(他の患者さんも、同じ時間に便をしますので)にまわり、10分ほど私は放っておかれます。調子がいいと、その姿勢のまま直腸の蠕動運動によってニョロニョロと便がビニールシートの上に排出されることもあります(私自身では確認できないけれど)。けれども通常は、再度やってきた看護師さんが指を(もちろんビニール手袋をはめています)肛門から直腸に突っ込み、中に溜まった便を掻き出してくれるのです。便が直腸まで降りてきていない場合でも、座薬を直腸の先の結腸に押し込みさらにその結腸と直腸の境界を指で刺激するなどで、結腸に居残る便を直腸に送ってもらう努力もします。
 そうやって、大腸内に溜まっている便を定期的に出していたのです。

 やがて、卒業(退院)に向けて、自分で便をコントロールする術を学びました。最初は高床式と呼ばれる床上になった場所に便器を取り付けた特殊なトイレで、自分で摘便することを練習しました。最初にこの訓練を受けたとき、この後何年も、きっと千回二千回とこの摘便作業をするのかと考えて呆然とした覚えがあります。だって、最初の訓練に、私は3時間ほどもかかったのです。ウンざり、しました。けれども、食べずに生きていくことはできません。つまりは、出さずに生きていくことはできない。だから、やるしかない(今は便後のシャワーも含めて一時間以内で作業は終了します)。

 話が少しそれます。先日、難病・ALS(筋萎縮性側索硬化症)の母親の介護の日々とそれを巡っての思索を書いた名著『逝かない身体 ALS的日常を生きる』(医学書院 2009)の著者川口有美子さんがある対談で語っていたことによれば、胃ろうを取り付けたある人は「食べる苦労がなくなった」と語るのだそうです。そして、胃ろうから食物栄養を胃に直接送ることのメリットとして、食べることで生活を邪魔されなくなったと。これ、少し判る気がしません?
 さらに、自己摘便ができない障害のある人は、私が病院で受けたように看護師さん(あるいは介護師さん)に摘便してもらうことで排便をします。そんな人が、「排便は人任せで、楽ちん」と、排便する間も本を読んでいるという話もされていました。これも、私、とてもよく判るんですわ。ウン、そうそう、人任せと考えちゃうのは、とても楽観的で素敵です。そして、食事と排便にかかる時間、エネルギーを他に回せるって、実はかなり建設的ではないでしょうか。

 私の高齢の母は、常々「口から物を食べられなくなってまで、生きていたくない」ということをおっしゃる。けれどもですね、母の胃ろうに対する否定的なイメージは、私にはもはや古臭いように思えます。胃ろうとは、今や、後期高齢者で食べられなくなった人の最後の手段などではなく、なんらかの理由で口からの栄養補給だけでは必要栄養を摂取できない人が生きるためのスマートな選択肢なんじゃないでしょうか。ちなみに、胃ろう措置をしたからといって、口から食べることができなくなるわけではありません。人によっては、食事は口から、薬は胃ろうから、という人だっています。

 さらに、排便を他者に委ねるのだって、必要ならいいじゃないかと思いますね。そして、他者に排便を任せながら、好きな本を読むって、お洒落じゃないですか、と思うのです。介助者だって、排便サポートをしている対象者がやたらに有難がってへりくだっているよりも、漫画でも読んで笑い声を上げているほうが、楽しくて気が楽でいいんじゃないかと思うけれどな。私の知人は、頚椎損傷で全身に麻痺があります。それでも電動車イスに乗って、介護者の助けを借りながら、脊髄損傷者の社会運動のリーダーとして活躍されています。その方の排便は一週間に一回、二人の介護師の助けを借りてしているそうです。彼の場合、排便時には血圧が下がりがちとのことですから、実際に本を読めるかどうかはわかりませんけれど、でも半日かけて便を人任せでする。それもありなのです。

 はっきりしているのは、食べずには生きられない。つまりは、出さずには生きられない。だから、そうするし、それを一人でできないのならば、助けを借りる、ということです。けれども、特に排便は、健常者にとってはとてもプライベートな行為です。通常は密室に入って、誰にも見られないようにして、こっそりと行う。だから、障害を得て、そのプライベートな行為まで介助を受けることに、みんな心のダメージを受ける。まぁ、最初はそりゃそうだわね。でも、そんなの最初だけにして、ぜひ早く介助を受けることに慣れたほうがよろしいと思いますね。ダイパー(紙オムツ)もそう。本当に、世の中便利になっておりますよ。赤ん坊には布オムツをつかって、便の不快感を感じたほうがよい、などという意見も世の中にはあるようですけれど、でも、まぁ、布だろうと紙だろうと、子どもの成長には大きな違いはないんじゃないでしょうかね。そして、となれば、紙の便利さ捨てがたいです。ここは無理せず、尿もれ、便漏れには、ぜひ紙オムツ、紙パット、どんどん使用しようじゃないですか。他者にあそこを見られるのは恥ずかしい? わかるけど、そこはお互いにビジネスライクですよ。多くの方は、それほど立派なもの素敵なものを持たれているわけでもありますまい。自慢もせずに、かといって謙遜もせずに、あるがまま。そして、そんなもの見たって、それでどうこう思うほど介助する側も暇じゃないですから。どうぞお気になさらず。まぁ、まだ青年期だと、そうは言っても恥ずかしいのでしょうけれど、ま、ガンバレって乗り越えてよ。

私自身の課題 援助者・選択肢は多いほうがいい

 忘れずに書いておきますけれど、排便の様相も、障害者によってかなり千差万別です。私は、座薬に自己摘便というスタイルで今は通していますけれど、人によっては経口の下剤を使う方もいます。さらには、浣腸スタイルを導入している方もいます。毎日の排便を心がける方もいれば、先に書いた知人のように週に一回というリズムを大事にしている人もいる。
 最近には、直腸に便が溜まるとアラームが鳴るという装置があったり、人工肛門という手段もあります。より快適な排便の工夫は、今後も進歩していくはずです。たとえあなたが健常者であったとしても、予定通り老人になっていけば、ある種の障害とはかならず出会うものです。人は、介助が必要な存在(赤ちゃん)として生まれ、そして老いるとは、また介助が必要になるということです。それを障害と呼ぼうが呼ぶまいが、実際は同じこと。ぜひ精神的な覚悟はしておいたほうが健全だと思いますね。そうじゃないと、扱いづらい老人になること必至です。それはけして格好いいことじゃないんじゃないかな。

 さらには、そういう予想、想像がつくということは、他者への理解、特に弱者への理解も進むというものです。車イスを押すということは、車イスを押されることと、かなり重なるはずなのです。しかし、ほとんどの場合、「押す」経験が「押される」経験よりも先に来ます。これ、逆だったらよかったのにね。ま、仕方ない。この場合、押される側が弱者ですから、押す側である強者は弱者への思いやりが期待されます。さらに、それを見守る通常社会の皆さんたちにも、同様です。対象は車イスだけじゃなく、赤ちゃんの乳母車もそう、その他、他者の助けが必要な人たちみんなが対象です。多少待たされるとか、イライラしちゃ、だめですよ。お願いします。

 弱者としての、私自身にもまだまだ課題は残っています。まず、私の場合は、いまのところ介助はそのほとんどを妻に頼っています。彼女は私につきっきりではなありませんし、つきっきりが必要なわけでもありません。ほとんどのことは、ひとりでできる。でも、支援が必要なことって突発的に起こるんですよね。先の予測できない便漏れもそう。さらには、車イスから想定外に落ちてしまうとか(これ、ごくたまーに起こります)。また、東京で暮らしていれば移動の自由がかなり確保されていますけれど、今暮らしているプノンペンではこれが難しい。公共交通機関に期待できないからです。自分で車を運転するという選択肢もないわけではありませんけれど、移動先での駐車場の確保など難しいこともあります。さらに車を運転することで生じつ突発的な出来事がまたあるわけで、それに対応するだけの語学力(カンボジア語)が私にはない。

 東京での暮らしも含めて、おそらく私は、妻以外の介助者の確保をもっと積極的に考えるべきなのです。介助の選択肢を多く持っているほうが、いい。一人に依存していれば、その一人がダメになった時のこちらのダメージが大きいわけです。東京に帰って過ごすときには、そろそろ公的介助を利用する可能性を検討しなくちゃなぁと思ったりしています。
 移動にしても、今は妻頼みで、選択肢が少ない。そこで、大学生の姪っ子を焚き付けて、彼女に自動車運転免許を取ってもらうことにしました。現在、彼女は免許教室に通っています。彼女が免許をとってくれれば、アルバイトとして私の運転手をやってもらう新たな選択肢が増えるわけです(もちろん、それを受けるかどうかの決定権はあちらにあるにせよ)。さらには、自分で運転して移動できる車の購入、あるいは思い切って車の改造をやっちゃうということも妄想しています。いわゆる道路交通法の規制がそれほど厳しいとは思われないカンボジアであれば、改造車の利用も日本より可能性があると思っているのです。

 ウンチのほうは、うーん、こちらはあんまり新たな選択肢がありません。まだ人工肛門にするだけの不便さは感じていないし。でも、将来、トイレで車イスから便器に移るだけの体力・腕力が足りなくなってくれば、人工肛門は当然選択肢として浮上してくるでしょうね。
 とにかく、まずは今日です。いまのところ、「匂い」は漂っていない(いないはずです)。大丈夫かなぁ。早く通常の2日に一回のリズムを取り戻したいなぁ。そうなってくれないと、突発事故が怖くて、なかなか外出する気持ちになれないのでした。

 障害者のお仲間の皆様、ぜひ「楽ちんな」生活を探していきましょうよね。それはけっしてワガママじゃありませんよ。私たちが「楽ちん」を追求することは、後世の障害者の仲間たちや、すべての人が通る老いたる時代を、ちょとは豊かにするかもしれないのですから。

 ということで、ではでは、また。

2件のコメント

先輩❣️こんにちは。
文章を読ませて頂きました。障害者として生きる強い決意を感じました。
・苦しみに負けないこと。
・同じ苦しみを持つ人達への温かい気持ち。
…応援しています。
因みに脳障害を持つ私の気力の源。それは「障害を苦行と捉えて修道僧の様に道を求める気力・心」です。
そもそも村山さんと私との遠い遠い国同士の距離を跨いでの楽しい交流が始まって、未だ半年程です。
「お互いの障害が生み出す、それぞれの日常の煩雑さ」
「お互いの社会生活の中での、それぞれの怒り・不満」
「そしてお互いのこよなく愛するSNS活動」
これからも刺激的なお付き合い、宜しくお願いします。

                  以上

私は、そこまで行ってないです。
週に、一度ぐらいの排便ですが、武田の漢方を服用してます。 忘れると、とんでもなく、硬く粘土状になり、出口を塞ぐ感じで、摘便の経験は、何度もあり、その辛さは、もう、人間辞めたくなります。
聞いていくと、脊損の場合、様々なようで、you tuberまで、やってる強者女子もいますね。

ただ、痛みに対しては、そんなにひどい方は、あんまり、fbには、現れないようで、最近、ツイッターを閲覧すると、同じような方に出会いました。かなり、痛い脊髄損傷(後)疼痛の方です。

私は、後に違和感があり、脊損疼痛とか、言ってたので、いけなかったのかも、しれませんが、脊損は、治る訳でもなく、ずっと、痛みご信号を死ぬまで、無限♾してる感じで、加齢とともに、くたばりかけてます。

コメント、いただけたらとても嬉しいです