1964東京生まれが、やってくる2021TOKYOから距離を置くことにしたこと
1964と2020/2021との距離 オリンピックというスポーツ大会の記憶は、ぼくにとっては1968年のメキシコ大会ではないんじゃないだろうか?まだ4才。テレビで「あ、きみはらです」とアナウンサーが驚いたように叫ぶのを...
最近のニュースから1964と2020/2021との距離 オリンピックというスポーツ大会の記憶は、ぼくにとっては1968年のメキシコ大会ではないんじゃないだろうか?まだ4才。テレビで「あ、きみはらです」とアナウンサーが驚いたように叫ぶのを...
最近のニュースから香港国際連帯キャンペーン in 東京「香港民主化運動とミルクティー同盟 日本におけるミツなつながり」 5月18日夕刻から行われた香港国際連帯キャンペーン in 東京「香港民主化運動とミルクティー同盟 日本におけるミツな...
読書より1億総懺悔という言葉の1億って…… ずっと前から不思議に思っていることがあります。「一億総懺悔」という言葉です。日中・太平洋戦争の日本敗戦直後に組閣された東久邇稔彦内閣が使い始めた言葉ですけれど、1945(昭和20)年...
読書より高校時代の同級生Aさん、今、高校の国語の先生、がフェースブックに次のような投稿をされた。 「六月」(『見えない配達夫』)授業で「読んだ」。読み方を変えて「読んだ」。当てた生徒は、また読み方を変えて「読んだ」。もう一人当...
読書より山下達郎の長寿ラジオ番組 サンデーソングブックをプノンペンで聴く 30年前。1991年、ぼくはケニアのクウィセロ村という場所にある中等学校で、理科と数学を教えていました。ウガンダの国境からそれほど遠くないケニア西部、北...
障害・車イス・脊髄損傷昨年、コロナ禍で東京に長期滞在することになってしまったとき、ふと血迷って始めてしまった通信教育過程。その課題レポートを書くために、障害児教育についてちらっと資料を読むことがありました。その中の「肢体不自由」の項の中に、...
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村山哲也 MURAYAMA Tetsuya
1964年生まれ、東京出身です。
大学卒業後、高校野球の監督を数年やったあと、20代後半に青年海外協力隊に参加し、その後も途上国の主に理科教育や教員研修の支援に関わってきました。
2014年50歳のとき、アフリカのルワンダで仕事中に、乗っていた車が谷に転落しちゃって。脊髄損傷、下半身麻痺で車イスの生活となりました。その後も、なんとか、あれやこれやとやっております。
長く居たところは、日本、ケニア、フィリピン、カンボジア、ルワンダ。短いところは、あっちこっち。
よろしくおねがいしまーす。
100年前と今と100年後と。楽観の種を植えましょうよ。
試されているのは私のほう。阿古智子さんへの手紙みたいな? 西暦年末恒例 今年も民主主義を考えながら書くのです。(今さらですけれど)2年前の阿古さんの正論新風賞受賞のことなど改めて。
私、料理好き。どうでもいい私の料理歴とスパゲティレシピを公開しました。さらに、食べ物をめぐる保守性について、ちょっと考察。
「殺すな」と訴えることと、「侵略への自衛・反抗」への共感、その並立は可能なのか? 後編 「殺すな」の重要性と、「殺し」ていないかどうかの確認と…
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