イスラエル軍はマンスールさんを狙ってミサイル攻撃をした。そして彼は殺された。

「私は日本の新聞で伝えるジャーナリストだ」という文章を書いたパレスチナの報道記者が3月24日にミサイル攻撃を受けて殺されました。朝日新聞の通信員を務めてきたムハンマドマンスールさんです(写真)。29歳。若い!!
彼のパートナーと幼い子も巻き込まれています。当初の報道では、ふたりも殺されたとありましたけれど、その後、彼女たちが病院の集中治療室で手当てを受けているという情報も流れています。生き延びて欲しい、そう願うことだけしかできない。けれども、ガザ地区南部ハンユニスの町にある病院の集中治療室を、日本の病院のそれと同じように思うことはできません。はたしてどれだけの医療器具と薬とがあり、電気があり、衛生な水があり、医師と看護師がいるのか?
2023年10月からのイスラエル軍のガザ虐殺行動、それをよく知れば知るほど、ムハマドマンスールさんが無差別ミサイル攻撃で死んだわけではないことがわかります。彼は狙って殺されたと私は強く思います。けして無差別攻撃に不幸にも巻き込まれたわけではありません。
そして、マンスールさんの情報は、日本のイスラエル大使館からイスラエル本国に流れていたと想像します。その情報を基に、彼は殺害対象リストに並び、そして今回家族と一緒にいるところを狙われた。彼は、日本の朝日新聞の通信員であり、加えて日本のNPO法人「地球のステージ」の一員として、現地で人道支援活動にも取り組んできた方です。
そんな彼の具体的な活動内容をイスラエル大使館は顔写真も含めて収集していたはずです。
報道では「亡くなった」とか「死亡した」と書かれている。なぜ「殺された」と書かないのか? 何かに対して遠慮があるのでしょうか。 彼は、日本の新聞やNPOでの活動が理由で殺されたのです。 彼はパレスチナの人でした。日本人ではない。でも、だからなんだ? 何が違うの? 彼は日本への報道活動を理由として殺害されたのです。 彼のパートナーと1才になる息子さんも巻き込まれた。もしかして、彼一人で活動していたときではなく、家族と共にいるときをあえて狙って攻撃したのではないだろうか。イスラエル軍はそういうことをやる組織です。
すでに2023年10月以降、ガザで殺された報道関係者は200人を超えたと報道されています。そのほとんどが、狙って殺された。邪魔者から優先的に殺す。
委縮した社会をつくる、それがイスラエル国の狙い
昨秋、このブログで『それでも、私は憎まない』という映画/本を紹介しました。ガザの産婦人科医イゼルディン・アブエライシュを撮ったドキュメンタリー映画です。
今回のガザ戦争ではなく、2008⁻2009年のイスラエル軍によるガザ侵攻の際に、戦車による砲撃で医師の子どもら3人が自宅の寝室で殺された。医師は憎しみの連鎖を断つことを自らに課し、発言し行動している。そういった内容です。
その映画を吉祥寺で見た際、来日していたイゼルディン氏が映画の後に登壇し、簡単な挨拶をしたのです。その後、私は彼と握手し「長生きしてください」というようなことを伝えました。もし今、彼と再度握手する機会があったなら、私は彼に「娘さんたちではなく、あなたを殺そうとした砲弾だったとは思わないのか?」と聞いてみたい。彼はなんと答えるだろう。
映画/本でも、その砲撃は“事故”として語られていました。でも単なる事故ではなく、暗殺未遂だとしたら? この問いは、彼にはつらいはずです。自分のせいで娘たちは殺された。どうしたってそんな思いに囚われる。だから彼は、あれを事故としたいのかもしれません。あくまで偶発的な事故だったと思いたいのかもしれない。
昨秋以降も、私はずいぶんとイスラエル関連の本を読みました。そして、今の私ならばあの砲撃は医師を殺そうとしたものだったと推定するのです。実際、砲撃の少し前まで、医師もその寝室にいた。砲撃時に医師が隣の居間にいて殺されずにすんだのは、偶然だった。
そして、イスラエル軍側の理屈でいえば、まぁ医師を殺せなくてもよかったはずです。医師の大切な家族を殺せば、そして医師が苦しめば、それで良い。
この事故の後、医師家族は医師の仕事を理由としてカナダに移住します。今もカナダにいるはずです。おそらくもうガザには戻れないのではないでしょうか。もし彼がガザにいれば、きっと今ごろ狙って殺されていたでしょう。もしかすれば家族連れで、みんな殺されている。
なぜなら、彼には発信力があったから。イスラエル国内にも彼を支援するイスラエルの人たちがいた。それはますますもって彼を殺す理由となるはずです。
イスラエル国のやり方を認めずに批判する、そして影響力がある、そういう人たちがターゲットとなっている。さらに、その殺し方も、どんどん大掛かりで周りの人たちを巻き込むやり方になっている。それもイスラエルにとっては見せしめなのだろうと思います。
発信力があったり、影響力があったり、外部とつながっていたり、そういう人の近くにいるのはあぶない、とパレスチナの人たちが思えばしめしめなのです。気力・エネルギーのある人が無名の人たちから避けられていく。パレスチナがそういう卑怯で小賢しい社会になっていくとしたら、それはイスラエル国にとっては大歓迎なのですから。意図的・計画的に、イスラエル政府はやっているのです。
200万人を一斉に殺す必要もない。生き残ったとしても、そこには委縮した内向きの卑屈な社会が生まれる。それは大多数を不幸せにする戦略です。鬼畜の仕業だ(そして国際社会は沈黙することでこの鬼畜を支援している)。
そしてイスラエルの狡猾な戦略は、人口300万人強のヨルダン川西岸のパレスチナ社会と、イスラエル国内の200万人強のアラブ系住民の社会とをも蝕んでいるに違いない。
暴漢は悠々と過ごしている
殺されたマンスールさんのガザからの報道で、頻繁に使われていた言葉があります。それは「世界は僕たちが死ぬのを見ているだけ」です。多少のバリエーションはありますけれど、彼がガザから呼びかけていたのは、この言葉です。彼がガザ住民から聞き取って日本に投げかけていた言葉です。
見ていただけじゃない、と、どう答えましょう。「見ているしかなかった」と答えましょうか? 市井の人として、遠く離れた地にいる者として、「いったい何ができるというのか」、だから「見ているしかなかった」と答えましょうか?
口惜しいよねぇ。悲しいよ。せめて「悲しむしかできなかった」と彼らの墓前に伝えましょうか?
家族が暴漢に襲われ、29歳の男性はその場で殺された。男性の妻と幼児は大怪我をして、病院に搬送された。暴漢の身元は判明しているけれど、その後も悠々と過ごしている。
こういうことが起こっている。変でしょう? オカシイよね? 狂ってるよね?
解放と釈放と
追記、補記として。
「ハマスはイスラエル国籍の捕虜3人を解放。イスラエルはこれを受け、183人のパレスチナ人を釈放した」2025年2月9日の報道より
解放と釈放。気になります。
2023年10月にハマースがイスラエルから連れ去ったのは人質で捕虜。この記事では彼らのうち3名がようやく解放された。
じゃ、183人のパレスチナ人は誰なの? 人質や捕虜なら、解放のはずなんだけれど、使われている言葉は釈放。
解放(解き放して自由にすること)⇄ 束縛(行動の自由に制限を加えること)
解放で使われている例文:犯人が人質を解放する。 類熟語:開放、公開、解除、解禁
釈放(捕らえられていた人を許して自由にする)⇄ 検挙(犯罪の容疑者を警察署に連れていくこと)
釈放で使われている例文:容疑者を釈放する。 類熟語:放免、保釈、恩赦、大赦、特赦
解放と釈放を比較すると、釈放は公権力が使う法律言葉という感じがあります。警察署や刑務所とどうしたって紐づけられている。犯罪者、あるいは容疑者向けの言葉。許してもらって出てきた。
解放にはそのような犯罪との紐づけはありません。農地解放、奴隷解放というように広く使える。
実際、釈放された183人のパレスチナ人は刑務所や拘置所に囚われていた人たち。彼らはイスラエル権力に逮捕、収監されていた。逮捕された場所は、ガザで、あるいはヨルダン川西岸で。つまり本来なら(二国解決案での)パレスチナ国。そこでイスラエル軍がパレスチナの人々を逮捕し、拘禁し……、今回の捕虜交換で釈放される。
一方で、パレスチナ権力がイスラエルの人を逮捕なんてできません。そんなことをすれば、やっぱり報復が待っている。
でも、逮捕されたパレスチナ人は“人質”ではないのか? 人質の駒としてイスラエル側が扱っていないだけなんじゃないの? そりゃイスラエルはパレスチナ側に対して圧倒的強者ですから交渉に人質なんかいらないからね。 パレスチナ側に“拉致”された人たちは非合法で、イスラエル側に逮捕された人たちは合法なの? 合法といいつつ、裁判にもかけられないまま数年拘禁が続くパレスチナの若者たちが多数いるのはどうして?
せめてね、どちらも解放という言葉が使われたらなぁと思う。報道者はこれらの言葉、どれぐらいよく考えて選択しているのかしら?
投稿後の追記:捕らえられているイスラエル人人質の解放により、囚人のパレスチナ人が釈放された、という報道記事を見つけました。書いた側にすれば、これは「事実」だということになるのでしょう。けれども、パレスチナ側がイスラエルの人を逮捕して囚人として収監するということはあり得ない。イスラエル側はパレスチナ人を好きなように囚人にできる。それも「事実」です。
人質と囚人。その交換。とにかく、嫌なやり取りです。気持ちの悪い出来事です。


















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