3ヶ月近く続けてきました『カンボジアの胡椒と その周辺の物語』も今回で最終回です。前回は外伝5として、日本との関わりの深いひとりのカンボジアの方に関して書きました。(前回の投稿には以下から飛べます)
最終回は、外伝6として「途上国で商売すること」について書いてみました。最近は若い方の起業がとても盛んです。途上国でもそんな雰囲気は広がっています。海外援助のひとつの分野として、起業家養成が新しく創設されたような感じすらある。
日本の若者のなかには、途上国で起業を目指す人も増えているような気がします。すごいすごい。でも、ビジネスって、儲けなくちゃいけない。儲けるって、大変なことですよね。油断していると、儲けを出すために見逃してしまうようなこともあるかもしれないと、私はちょっと心配したりもしているのです。せっかく途上国でビジネスをするならば、日本とは違う感覚があってもいい。胡椒から学んだ、そんなことも書いてみようと思います。
ビジネスって厳しいよなぁ
胡椒を調べる過程で、ビジネスについても考えることになった。胡椒は主要な食物ではない嗜好品だ。農家はそれを売ることで現金を得て、家族の生活を支える。米、麦、とうもろこし、といった主食となりえる作物ではなく、嗜好品を生産するということは、どうしたってビジネスを意識しなくてはならない。売れないということは、飢えることにつながる。だから、胡椒農家はその国際価格にとても敏感だ。過去の価格の変動をよく覚えていて、いついつは高かった、いついつに暴落が起こった、といつも口にする。
消費者と栽培農家の間には、いくつかの中間業者がどうしたって必要になる。当然、農家の卸価格と消費者の購入価格には大きな差がある。中間業者は中間業者として、それぞれの生計を得るために胡椒を仕入れて次のステップに引き渡す過程で“儲け”を出さなくてはならない。そこには輸送費、人件費、倉庫代、もしかしたら店の維持費、パッケージ等に関わる経費などなど、胡椒そのものとはまた違う経費も必要になる。その兼ね合いのなかで、いくらで次のステップに引き渡すか。儲けを大きくしたければ高く値をつけるし、でも高すぎれば売れないし。
いや、本当にビジネス、商売って大変なことだよなぁって思う。生産者だって高く売りたい。中間業者は、安く買いたい。どっちが強気でいけるのか、駆け引きの世界だ。人件費も同じ。雇い主は安く雇いたいし、雇われ人(トラックの運転手、倉庫の管理人、店の従業員……)は給与が高いほうが嬉しい。
もしあなたが起業するとすれば、当然、雇われ人ではなく、人を雇う側に立つはずだ。気前よく給与を払えたら気持ちがいいだろうけれど、それをやりすぎれば自分の生活がなりたたない。若いうちは、自分ひとりが食べていければいいかもしれないけれど、やがて家族が増える、教育費がかかる、医療費がかかる。仕事も広げたい、もっと大きなビジネスがしたい、もっと大きく儲けたい。ぼちぼちとか、なあなあとかで済む時期は短く、しかも自分が年を取るのは早い。
やがては初心はどこへやら、会社が潰れれば家族も困るし、スタッフたちだって困るはず。だから最優先は、利益をだすこと。利益を上げるためには、じゃ、どうする?? 油断すると、搾取する側への階段は低く、短い。
途上国でも活躍する、起業コンサルタント
マルクスがいた。労働者は経営者に搾取されている、と喝破した。
奴隷制が終わったのは、給与をもらえない奴隷がいても、ものが売れないからだ、という一面があったのも確かだろう。人道主義だけで、奴隷がいなくなったわけではない(今も世界には奴隷的労働は存在するから、ここは“少なくなったわけではない”とかくべきかな)。
国際化のなかで、第一次産業はどんどん集約化しなければ、国際的競争力を確保できない。どの国の政府も、労働者を第一次産業から第二次産業、さらには第三次産業に移動させる政策を実行している。サービス産業の拡大は、なんというのかなぁ、無から有を生み出すようなところがあるよね。だからアイデア次第で大きな収益が上がるし、アイデア次第ってところに、起業の醍醐味もある。夢もある。
でも夢はすべての人に叶うわけではない。夢破れるってことは、ある。勝者もいれば、敗者もいる。それがビジネス。起業を勧めるコンサルタントが開く起業家セミナーでは、成功した人がその体験を語る。そんなセミナーが海外支援の場でも開かれている。参加者たちは真剣だ。でも、彼らすべてが勝ち組になれるわけでは、絶対ない。勝てるのは、少数派。
それでも、コンサルタントは困らない。次は、一度失敗した人向けの「失敗を繰り返さないためのセミナー」が開かれるかもしれない。
女性ばかりの従業員、キーワードは、安全、安心
ある国で、ある生産物を売る商売をしている日本人がいる。それほど大きな商売ではない。従業員は50名程度。契約農家から仕入れた商品に付加価値をつけるために、品質管理に日本の基準を取り入れている。生産品の高い質を維持するために、人件費をかけても商品管理には時間も労力をかける。さらに商品を売る際のデザインにも気をつかう。
経営者はその国と日本を頻繁に往復している。だからスタッフの管理指導や、お金をあつかう会計や、そんな人材も必要になる。
そして、そんな会社の従業員は、すべてが女性だった。
初めから、女性スタッフが多かったわけではないという。起業してビジネスに乗り出したときに雇った数名は、みな男性だった。もちろん、ビジネスは試行錯誤の連続だった。うまくいかない多くのことのなかで、幸運にもすこしばかりいいことがあり、なんとか商売を続けてきた。そんな過程で、多くのスタッフが入れ替わっていった。そんな入れ替わりを繰り返していたら、気がついたら女性が増えていた。
ようやく商売が軌道に乗り出して、新しいスタッフを募集する。すると、働いていたスタッフの知り合い、友人や姉妹、が応募してくる。やっぱり女性だ。マネージメントのスタッフを募集したときは、あえて男性を雇った。けれど、なぜか男性は数年経つと辞めてしまう。仕方がないから、そこそこ長く働いていた女性スタッフの中から、見どころがあるとおもった人をマネージメントに抜擢し、仕事を教える。会計もそう。信頼できそうなスタッフに、一からやり方を教えた。気がついたら、数十名のスタッフはみんな女性になっていた。その後、少しずつスタッフは増えたけれど、やっぱり女性ばかり。そのことを尋ねると、経営者は笑いながら答える。
「過去に男性スタッフもいました。男性は、仕事に飽きてくるのか、数年たつと就業態度が悪くなります。給料を上げるからもう少し頑張らないかと伝えても、もう頑張れませんと言って皆辞めていきました。この国の不思議な国民性だと思っています。」
女性ばかりの従業員。その中の何人かに話を聞いた。浮かび上がってきたのは「安全」、「安心」というキーワードだった。
つまり、外国人である経営者の監督下、その会社が安心できる場所になっていたんだ。多くの途上国で見られるように、その国も男尊女卑は根強い。働く女性の立場は、いつも男性よりも不利だ。パワーハラスメント、そしてセクシャルハラスメントの例も少なからずある。そんな社会で、経営者が意図したことではなく、経営者にとってはごく普通のことが、その社会では価値を持っていたんだ。
男尊女卑の社会のなかで
たまたま私がその会社でスタッフから話を聞いていたとき(経営者は日本にいて不在)、欧米系(白人)のバイヤーが訪ねてきた。その相手を最初にしたのは高校を出てすぐに勤めだして数年になる、若い人(Aさん)だった。学校の制服を着れば、まだ高校生に見える幼い顔立ちにおしゃれな大きな丸いメガネをかけている。いろんなことに興味を示すようなエネルギーを感じさせる人だった。彼女の友人がその会社に勤めていて、求人があったときにその友人から薦められて応募したそうだ。英語はまだ得意ではないと恥ずかしそうにしていたけれど、けど、白人相手の対応に物怖じする感じはなかった。たいしたもんだと、私は思った。
聞けば、商売相手は日本の人が一番多く、自国の人はほとんどいないという。経営者がいれば日本人のお客には経営者自身が対応するけれど、留守中は日本人にも英語で対応する。経営者がスタッフに勧めるのも、日本語より英語だそうだ。
営業者の留守を預かるリーダー格のスタッフ(Bさん)によれば、仕事のためには、単に英語で会話ができるだけでは駄目なのだそうだ。その会社の商品は、ローカルな市場で売っているものの何倍も高価だ。高価である理由を客にきちんと説明できなければいけない。単に文章を覚えるだけではなく、有機栽培や無農薬栽培、品質管理を行っていることの利点などを、きちんと理解して説明することが必要なのだと、Bさんは言う。仕事の合間に英語学校に行くスタッフもいるけれど、仕事で使えるようになるのはなかなか大変ならしい。
その国の農村部では十代の女性の結婚は普通だ。都市部でも、女性が二十歳をすぎると親は娘の結婚のことでそわそわし始める。Aさんに、結婚話を親がいつ持ってきても不思議はない。男性は自分より年下で学歴が低い女性を妻にしたがる。まだ男性優位の考え方が根強く、結婚後妻が働くのをよしとしない夫も多い。それでも、都会の首都での生活を夫ひとりの収入で賄うことはなかなか難しく、生活費や子どもの教育費のために結婚後に妻も働くケースは増えている。子どもの教育費がかかるため、中流家庭では子どもは二人程度で十分という考え方をするカップルが多い。Aさんも今の仕事を結婚しても続けたいと思っている。
お坊ちゃん、お嬢さん系が期待の星
リーダー格のBさんも「結婚適齢期」を過ぎつつある独身女性だ。家族から結婚を勧められることはないのだろうか。
「母は心配していたみたいだけれど、特に強くいわれることはありませんでした。母は私が自立するだけの収入があることは知っていましたから。」
Bんは仕事を始めて数ヶ月したとき、帰りが夜遅いのを心配した母親が中古のカムリというトヨタの車を買ってくれた。四千ドルだった。二年前にそのカムリを買値と同じ四千ドルで売って、今度はプリウスというやはりトヨタの車を一万四千ドルで買った。売った車との差額の1万ドル(約百万円)は、一部をやはり母親に出してもらい、残りはローンにして自分で払っている。
Bさんの育ちぶりは、多くの日本人が持つ「貧しい途上国」のイメージからはかなり違っているだろう。家庭に経済的な余裕があり、教育費もしっかり出してくれる。そんな一見苦労知らずの若者、いわゆる「お坊ちゃん、お嬢さん」がその国でも増えている。教育をまともに受けてこれなかった親の世代よりも、彼らのほうが仕事の能力が高いことが多い。そんな実力のある若者も、公務員になれば、上には古い世代が詰まっている。古い世代からすれば、実力のある若い世代は脅威でもある。出る釘は打たれるで、実力のある若い世代が省庁の中でなかなか能力を発揮できない環境がある。むしろプライベートの企業で、若い世代は伸び伸びと仕事をしているように見える。Bさんもそんなしっかりした若者のひとりだ。
「ボスは、スタッフがいつも向上することを望んでいます。でも、なかにはなかなかうまく向上できないスタッフもいます。向上する機会をあげても、なかなかそれを活かせずに、同じ間違いを繰り返す。ボスは同じ間違いを繰り返すのを見るのが嫌いなんです。」
と語るBさんは、友だちとお酒を楽しんだりすることもあるけれど、カラオケはほとんど行かないし、いわゆるセレブの若者が集まるディスコには一回も行ったことがない。友だちとあってお茶するときは、あまりお互いの仕事の話をすることはなく、ファッションやボーイフレンドの話題がもっぱらだそうだ。
Bさんは家事もほとんど母親と姉任せだ。
「有機野菜なんて、この会社に来てから始めて知りました。野菜を自分で買うことはまずなかったです。洗濯機?はい、家にあります。そういえば、洗濯機をいつから使うようになったか、覚えていません。大学生になってからか。高校時代も制服は姉に洗ってもらいました。料理もほとんどやりません。母や姉に作ってもらいます。」
家事の負担がほとんどないのも、首都の裕福な若者たちに共通している。彼らには仕事や勉強に集中できる環境がある。
会社に勤めて二年ほどたったとき、Bさんは経営者からそれまでの事務の仕事だけではなく、マネージメントの仕事をしないかと打診された。副社長ともいえる副ディレクターを提示されたのだ。プレッシャーを感じたけれど、誰にも相談せずにBさんはその提案を受けた。
傷つかないために
そんなBさんも、これまで数回「もう辞めます」と言い出して経営者を慌てさせた。この雇用したスタッフが急に辞めてしまうというのは、日本企業に限らず、多くの途上国で経営を行っている会社で頭が痛い問題だろう。日本でも、最近は終身雇用制度は以前ほどの魅力を失っているけれど、私の知る限り、多くの途上国では終身雇用という考えは、公務員以外はまったくない。その国でも求人情報サイトはとても身近なもので、インターネットを使える能力をもった人であれば、求人情報サイトを常日頃からチェックしている。そして、自分の給与と他社との比較には皆敏感だ。少し良い働き先があれば、自分の職が安定していてもとりあえず応募してみるというのもよくあることだ。
たとえば、Bさんにその会社を薦めたBさんの友人は、給与のいい仕事についていたにもかかわらず、求人情報サイトをネットサーフィンしていてその会社の求人を見つけた。その国の人たち、特に力のある若者にとって転職はごく普通の選択肢だ。
雇う側からすれば、目をかけて仕事を教えて育てたスタッフが簡単に辞めてしまうように見える。そんな経験を繰り返すと、スタッフを「信じる」ことは簡単にはできない。その経営者も「信頼を裏切られたときに傷つき過ぎないような心構え」を大事にしていた。起業家とは、特に海外、途上国で起業すればよけいに、孤独なものなのかもしれない。「ここで仕事を覚えて、将来自分たちで商売を始めればいいとスタッフにはいつも言っています」 と、経営者は私に語った。でも、それはいつスタッフが辞めてもいいように、経営者が自身に言い聞かせているようにも聞こえた。

















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