カッコウの鳴き声を、聞いた気がした朝

セツブンソウの花たち、小野久先生撮影
カッコウ 体長30㎝強                  トッケイ 体長20㎝弱

どちらもインターネットの無料画像より

2件のコメント

 大所帯の東京の高校の中で万年初戦負けのような某都立高を、部員同士で『次はBEST ○だ!』というような声まで掛け合うような一時代を築いたその礎は、狭いグランドをアメフト部、サッカー部などと共用する中でいろいろと練習方法を工夫し、現役部員ともよく話し合って根気よく指導されたMURAYAMA監督のご尽力にあるでしょう。MURAYAMA監督在任中には東大に進学し東京6大学のベストナインに選ばれるような後輩は出なかったが、そのような後輩まで糸は繋がれていると思います。母校の野球部OB会でどんな部史が編まれているのか門外漢には知る由もありませんがOB会の役員にはきっとその頃活躍したOBもいることでしょう。
 この「越境ひっきりなし」でも分かる通りの、ビックリする読書量のMURAYAMAさんが夜な夜な読書しながら、初夏にはカッコーの啼き声を聞き、午後には部員より早くグランドでガレンを曳き、小石を拾い、部員が揃ったら野球の指導をし、それが終わったら今度は塾のセンセーをなさっておられた時代があったのですねえ。ご苦労さまでした!
 こういう都立高校の野球部が在ったこと、素晴らしいですね。

匿名様 コメントありがとうございます。
コメントに甘えて、ひとつだけここに自慢話を書けば。
2年目の夏にチームは一試合に3本の本塁打を放ったののでしたが、あれはその年(1990年)の西東京大会の最多記録でした。そのうちの一本は代打本塁打でした。私の知る限り、母校野球部の歴史で、夏の大会での代打本塁打はあの一本だけ。ふふふ、比較的狭い球場だったからの記録ではあるのですけれど。主将が放ったレフトオーバーフェンス直撃もあと30センチで4本目だったんだけれどなぁ。惜しかった。いやいや、自慢話、失礼いたしました。
ムラヤマ

コメント、いただけたらとても嬉しいです