ビックバンも偉大なるアッラーの仕業

 ヨルダンの首都アンマンで、ヨルダン理科教員の授業案作りを手伝うという一ヶ月ほどのアルバイトを二度したことがある。2007年ごろのことだ。私にとっては始めてのイスラム国。ちょっと緊張して空港を降り立ったことを覚えている。

 ヨルダンは、イスラエル、シリア、イラク、サウジアラビア、そしてパレスチナ暫定自治区と国境を接している。政情不安なシリアやイラクからの難民も多いけれど、そんな不穏な雰囲気を感じさせることのない首都アンマンは、白い石造りの建物と抜けるような空の青が印象的な、砂漠の中の近代都市だ。

 ヨルダンの先生たちが作る授業案には興味深いものも多かった。

 たとえば地学教員が準備した宇宙の始まりであるビックバンを扱う授業案には、授業の目的として「宇宙の始まりがビックバンであることを理解する」に並んで「アッラー(唯一絶対神)の偉大さを知る」とあった。つまり、ビッグパンもアッラーの創造なんだ。思わずうーんと考え込むと、彼もどこで私の目が止まったのかを察したのだろう。私が彼の顔を覗き込むと微笑んで大きなウィンクをしてみせた。確信犯なのだなぁ、なるほど、ここは議論の余地はない部分と判断して読み流すことにする。

 ひとりの生物教員は「私はカリキュラムにしたがってこの内容を教えるけれど、でも進化論は信じない」と挑むような眼で私を睨んで高らかに宣言してから、自分の授業案を説明し始めた。進化論をあつかう彼女の授業案そのものには大きな問題はない。しかし、それを教える彼女はその内容をまるで信じていないという。彼女の主張を聞いてみると、それは〝インテリジェントデザイン〟――偉大なる知性、つまり神、によって、この世界は設計されていて、進化にみえる生物の営みも設計されたもの――という、旧約聖書の創造論を現代風に解釈し直した考え方だった。インテリジェントデザイン説は日本社会ではそれほどの影響力を持たないけれど、キリスト教保守派の強い米国や、ユダヤ教やイスラム教の強い地域では、支持する人たちが少なくない。

 授業案を検討するグループディスカッションなのだけれど、議論はどうしても進化論に収斂していってしまう。「だって進化が具体的に証明されたことはないでしょう」と彼女は力説する。彼女の前では、遺伝子の塩基配列の類似さえも神のデザインの結果になってしまうのだ。最後に神が控えているインテリジェントデザイン説はどうしようもなく無敵だ。

 私がボランティアをしたケニアでは、生物で進化論を教えるその隣の教室で宗教の授業が行われていた。そこでは「すべての人間の祖先は神によって作られたアダムで、その妻イヴはアダムの肋骨からやはり神によって作られた」という創造論を教えていた。休み時間に宗教担当の教師に話を聞けば、彼自身はもはや創造論は信じていない一方、本当に猿から人間が進化したかといわれれば、やはりどこか信じ難いと笑った。さらに、私が自分の授業中に進化論と創造論の矛盾を取り上げて生徒に意見を聞くと、クラスの半数は進化論支持派、半数は創造論支持派という、極めて穏当な結果となった。ヨルダンでも、イスラム教の教義を教える宗教の授業の中では、アッラーによる天地創造が語られているのだろう。

 ディスカッションに参加する他の教師の様子からは、進化論と彼等の信じる宗教の教義との矛盾は棚上げしている感じが伝わってきた。いくつか資料を渡して読んでもらうことでその場を収めることにする。彼等の信条をほんの短いつきあいの私がかき回す必要もないと思ったんだ。

 


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