浅草⇒恵比寿⇒渋谷⇒代々木上原  ソール・ライター写真展+ミャンマー料理モヒンガー

 健常者時代には、知ることのなかった障害者の「世界」ってのがあります。その一端をご紹介したく、ある日曜日の私の移動を記してみました。ちょっと長めですけれど、読んでいただければ嬉しいです。東京の地理に馴染みがないと??な記事になっていますけれど、お許しください。

2020年9月27日日曜日
 浅草の住処から地下鉄銀座線田原町(銀座線の始発浅草駅の次の駅)に向かう。地上から地下階へエレベータで。銀座線は1号車両に車イス専用スペースがあり、そこに陣取ることが多い。
 銀座で地下鉄日比谷線に乗り換える。階段・エスカレーターの乗客は改札を出ないで銀座線から日比谷線に移動できるけれど、エレベーターを使う車イスは一度改札を出て、違う改札に移動しなければならない。油断して改札でSuicaをかざしてしまうと、切符を新しく買うことになる。
 改札窓口で駅員さんに声をかけて、Suicaを改札で使わずに出て、また移動先の改札で駅員さんに声をかけて、やはりSuicaを使わずに駅構内に入る。
 日比谷線で恵比寿へ。恵比寿では東京都写真美術館のある恵比寿ガーデンプレイスへ向かう。日比谷線恵比寿駅の改札から地上に出ると、JR恵比寿駅西口の前に出る。


 話が少しずれるけれど、JR恵比寿駅には西口と東口がある。恵比寿ガーデンプレイスへの連絡通路は東口から通じている。でもJR恵比寿駅東口改札とホームの間にはエレベーターはなく、あるのは西口改札とホームの間だけ。車イスでJR恵比寿駅を使う場合は、西口改札を通るしかない。そして、西口改札から東口改札へ駅の外を回っていくためにはAtoreという駅ビルのエレベータを使って1F(西口改札)から3F(東口改札)に登らなくてはならない。

 始めて車イスで恵比寿駅を使った数年前には、この西口から東口への移動がわからないままうろうろして、結局、西口から直接、連絡通路を使わずに恵比寿ガーデンプレイスに向かった。一人で登るのはとても無理そうな長い上り坂を、同行した妻サンワーが「ヤダー!」と言いながら押してくれたことを思い出す。

 というわけで、今は迷うことなく東口に向かい、そこから連絡通路を通って恵比寿ガーデンプレイスの東京都写真美術館へ。開催中の『ソール・ライター写真展』……、あれ?やってない?
なんと、渋谷のBunkamuraと勘違い。写真展というので、すっかり写真美術館だとばかり思い込んでいた。予約まで入れているのに、それでも恵比寿だという思い込みにはまったままだった。失敗、失敗。
 来たときと同じルートを逆向きに連絡通路、東口改札の前を通り、駅ビル経由で西口へ。JR山手線で隣駅の渋谷に向かう。渋谷駅ホームでは車両とホームの間が大きく開いているのが怖くて、近くの人に「後ろを支えてください」とお願いして補助してもらう。

 渋谷駅は大改造中で、あちこちでルートの変更が現在進行形で進んでいる。渋谷山手線外回りのホーム、つい最近まで使えた改札が閉じられて、うろうろ。駅員に教えてもらって、なんとか地上に出る南口改札に向かうエレベーターへ。そこにはすでにベビーカーが2台ほど並んでいる。狭いエレベーターにはベビーカー2台は入れないので、とにかく1台ずつ使う。ホームからのエレベーターで並ぶのは、渋谷駅の他、上野駅や東京駅でよくある。特に渋谷や上野のエレベーターは、需要に対して小さすぎるように思う。休日など20分以上待ったこともある。少々、悲しい。今回も、待っている間に、次の新宿方面行がやってきて出ていった。私の後ろにも、あらたにまた車イスが1台並ぶ。

 ようやく順番が回ってきたエレベーターで降りた南口改札から地上西口へ出て、ハチ公口に回る。そこから道玄坂をBunkamuraへ。渋谷は車イス泣かせの場所だ。駅が文字通り谷の底に位置するので、駅からどの方向に向かっても上り坂となる。その中では、Bunkamuraへ向かう道玄坂の勾配はそれほど急ではない。普通に歩いている人には平坦に感じられるかもしれない。でも、車イスは勾配には敏感だ。さらに交差点のたびに舗道も傾斜していて、苦労する。
 ようやく『ソール・ライター写真展』に到着。ここでまずトイレへ。こういうところは多目的トイレは完備されているので安心だ。
 ソール・ライターとは誰か?ニュヨークの写真を長く撮ってきた伝説の写真家。興味のある方は、どうぞ自分でお調べください。場内で見つけたソール・ライターの言葉を以下に。ブログ『越境、ひっきりなし』としてはきっちりと書いておきたい。ソール・ライターの言いたいことはよく分かる。

神秘的なことは、馴染み深い場所で起きる。なにも、世界の裏側まで行く必要はないのだ。
I think that mysterious things happen in familiar places. We don’t always need to run to the other side of the world.


 とても楽しく1時過半鑑賞する。このあと、代々木上原でやっている小さなミャンマー展へ。渋谷から代々木上原、地図で見るとすぐ近く(に見えた)。陽気もいいし、散歩がてら歩こう(つまり、車イスでいこう)。しかし、さっそく小さな坂多し。それほどきつくはない上り坂をゆっくり進んでいると、後ろから「押しましょうか」という若い女性の声。わざわざ自転車を降りてそこに停め、数十メートルの距離を押してくれる。ご近所の方とのこと。代々木上原まで行くと私が言うと、「えぇ、遠いですよぉ。途中、坂もあるし!」坂を登り終えお礼を伝えると「頑張ってくださいねー」。

 こういうサポートは嬉しいです。でも、なんとなく感じているのですけれど、多数の人がいるとなかなか「お手伝いしましょうか」の声が上がらない。まわりに人がいないほうが声をかけてもらえることが多い。どうしてだろう?他の人がいるところで、親切を行うのは恥ずかしい感じがするのかなぁ。あなたは、どう?

 しばらく国道245号線舗道を進むけれど、さきほどの「遠いですよぉ、坂もあるし」の助言にしたがい、途中で見つけた停留所からバスに乗る。バスの運転手さんはあまり車イス乗降に使う補助板を使い慣れていないよう。あれ、きちんと所定の場所にはめこんでしまわないと、バスのギアがドライブに入らない構造になっていることがある。新しい車種ではだいたいそう。そういうわけで、私が乗車後、運転手さんはかなり苦労する。急いでいる乗客からすれば、イライラするだろう。原因をつくった者としては、恐縮するしかない。

 ようやく、代々木上原へ。ミャンマー展イベントの場所、一階なのだけれど段差があり車イスでは上がれない。スタッフとたまたま居合わせたお客さんが車イスを持ち上げてくれる。

川島加奈恵さんと、ミャンマー飯

 ここで川島加奈恵さんと久しぶりにお会いする。彼女と会うのが、ここに来た理由。彼女は、以前開発コンサルタントとして働いておられて、そのときに知り合ったのです。同じプロジェクトで働いたことはありませんが、カンボジアの教員には共通の知り合いも多いのです。彼女はミャンマーでの支援活動も長く、その縁でこのイベントに助っ人参加しているとのこと。(ちなみに、ここで売られていた雑貨はDacco.というミャンマーにあるお店から。食事は曙橋にあるお店ゴールデンバガン提供とのこと。)
 現在はコンサルタントの仕事の一区切りつけて、日本の若者への経済教育に取り組んでいる加奈恵さんです。彼女の元気いっぱいのお話を聞きながら、美味しいミャンマー料理モヒンガーをいただきました。

 「モヒンガー」はミャンマーで非常に多く食されている麺料理です。米粉から作られた細麺に、魚ベースのだし汁を使用。スープのだしには淡水魚やナマズ、それらの骨を砕いた魚粉が使われ、そこに魚醤油と塩で仕上げます。

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