アクションにそっとたたずむ蛍たち
「戦争させない緊急アクション」というようなタイトルで、日本列島のあちこちで大中小さまざまなデモンストレーションが開かれている2026年の晩春初夏です。せっかくの東京滞在でしたから、じゃ、どこかに様子見しながら参加してみようかなぁと思ったのでした。パートナーのサンワーにとっての「日本再発見ツアーそろそろ上級編」の一環という意図もあったのです。
せっかくだから国会前に繰り出そうとも思ったのです。けれども知人から「車イスで国会前は危ないよー」というアドバイスもいただきました。確かに人込みの中だと、非障害者の皆さまの視線よりも低いところをウロチョロする車イス者はかなりでっかい障害物だったりするわけです。障害者が障害物って…、プップップッ洒落としてストレート過ぎまんがな…なんてネタとして書いているわけでもないのですけれど。狭い舗道に、横断歩道も閉鎖するお巡りさんたち、うーむ確かに運が悪いとちょいお邪魔虫かも?
調べて見ましたら、インターネットには以下のページがあるのです。なるほど、こういうページを作って情報を集めている人がいるのだなぁ。頭が下がるなぁ。で、どこか行きやすいところがないかなぁ。
ということで、今回は浅草の隠れ家から都営バス一本で参戦できる錦糸町駅南口でのデモンストレーション『NOWAR 変えるな憲法九条 ペンライトデモ』に行ってみたのです。ときは5月9日土曜日集合時間は19時! さて、どれほどの人が集まっているのかなぁ……、ふむ思っていたよりも小さな塊です。最初の段階で20人?30人? いったいどなたが小さな拡声器を準備して塊の先頭で声を出してくれているのか。こちらも頭が下がるなぁ。けして大広場という場所でもないのですけれど、錦糸町駅、それなりに大きな駅の駅前広場に集まった20~30人ってのは、ちょっと儚い、けして巨大ではない、大海のなかの小さな鰯の群れのようにも思えたのでした。

では、私(とサンワー)もそこに入れてもらうことにいたしましょう。「戦争反対!」「タカイチ止めろー」という拡声器からの声を近くに聞きつつ、準備万端持ってきたLED ペンライト2本、その一本をサンワーに渡します。でも「私はいい」とサンワーは受け取らない。
そうか、彼女は実はかなり緊張状態なのです。このような塊に参加するのは彼女にとっては人生初。だって公衆の場でなんらかの“声”を挙げるというのは、彼女の母国ではとってもとっても勇気がいることですもの。権力が主導する大衆運動であれば問題ありませんけれど、庶民の下からの意見表明というのは、人生を賭けるリスクがとても高い!というのが彼女の育ってきた社会の価値観です。そんじょそこらの生半可な気持ちでできることではない。土地を収奪されたり、職場での給与未払いで経営者に夜逃げされたり、とにかくもう本当に今日明日の生存の危機の瀬戸際に立った人たちが、捨て身で行うのがこのような声出しデモンストレーションなわけです(その多くが、権力様のお慈悲を乞う、というスタイル)。サンワーはそのような土俵際に立ったことはこれまでの人生でありません(私もないさ)。
ですから、実は私の横で立っているだけでも、緊張! 血圧上がっちゃう。ましてやここでペンライトを振るなぞ、まだ無理……というのが彼女の偽らざる心境であるわけで。悪いね、無理やり連れ込んじゃって。
はい、それなら私が2本を振りましょう———というのが、上のほうにある一枚の写真でございます。
さて、この塊では、それなりに音頭をとってくれる数名の若い方がおられたのですけれど、でも参加者の多くは個人個人という印象を私は強く持ちました。中には、どこかの労働組合の大きな旗を持って参加している人もおられた。けれども、あの大きな旗は、ちょっとあの塊にはそぐわないようにも私は感じたのです。その旗を持つ彼も、旗を降ろして個人で参加すればよいのになぁ……。もしかしたら、あの旗があることで参加を躊躇した“個人”が何人もおられるのではないか。
さらに、その個人個人は、その8~9割が女性的雰囲気を醸し出している人のように私には思えました(実際の性別はさ、わからないじゃないですか、それに医学的性別はあの場ではどうでもいいわけで)。あれはどうしてなのかなぁ。塊の周縁部に、手作りのボードを手にしてそっと佇む若い女性…。けして一人ではなく何人もおられる。でもその一人一人があくまでひとりで参加している。そんな印象を私は強く持ったのです。
あぁ、だからさ、まだ希望はあるじゃない。静かに反戦を訴える人たちは、世間にはきっときっとたくさんいる。そんなふうにも私は思ったのでした。
やがて20時を過ぎて、音頭を取る方の「終わりまーす」の声掛けが響くと、そんなひとりひとりの人たちは、手もちのボードを自分のトートバッグにそっと仕舞って、静かにその場をそれぞれ立ち去り、独りにもどっていったのでした。それは小さな鰯が一匹で夜の海に泳ぎ出していくように私には思われたものでした。See you again、再見、ជួបគ្នាម្តងទៀត、Magkikita tayong muli、Tuzongera kubonana、다시 만나요、またやーさい、 さらに、その個人個人は、その8~9割が女性的雰囲気を醸し出している人のように私には思えました(実際の性別はさ、わからないじゃないですか、それに医学的性別はあの場ではどうでもいいわけで)。あれはどうしてなのかなぁ。塊の周縁部に、手作りのボードを手にしてそっと佇たたずむ若い女性…。けして一人ではなく何人もおられる。でもその一人一人があくまでひとりで参加している。そんな印象を私は強く持ったのです。 あぁ、だからさ、まだ希望はあるじゃない。静かに反戦を訴える人たちは、世間にはきっときっとたくさんいる。そんなふうにも私は思ったのでした。 やがて20時を過ぎて、音頭を取る方の「終わりまーす」の声掛けが響くと、そんなひとりひとりの人たちは、手もちのボードを自分のトートバッグにそっと仕舞って、静かにその場をそれぞれ立ち去り、独りにもどっていったのでした。それは小さな鰯が一匹で夜の海に泳ぎ出していくように私には思われたものでした。
See you again、再見、ជួបគ្នាម្តងទៀត、Magkikita tayong muli、Tuzongera kubonana、다시 만나요、またやーさい、のう会うぉごん、また会いましょう。それまで元気でね。
おまけの話し
この大きくはない塊で私が2本のペンライトを振っていたときのこと。一人の男性、20代半ばでしょうか、が私に対してペンライトを指さし「これはどこかで配布しているんですか?」と問うてきたのです。あぁ、この人もスタンディングに加わりたいのだなと思った私は、「いえ、自分で用意したものです。私は2本持っていますから、1本差し上げますよ」と片手のペンライトを差し出したのです。それを受け取った彼は当然……、塊に加わってくれるものだと思ったのですけれど……、さっと背を向けるそのまま夜の街並みの中へ消えて行ってしまったのでした。なんだ、ご一緒にスタンディングしないの??? 私の横に立ってやり取りを見ていたサンワーも、「あの人、どうしたんですか?」とびっくりです。だったらさ、ペンライトぐらい自分で買ってよ、とやっぱり思ったなぁ。2本で千五百円ぐらいだったよぉ。まぁいいけどさぁ。————なんか狐につままれたような不思議な出来事でございました。


















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