ルワンダで最高にタフな夜
ルワンダで仕事を始めた初期のころ。だから2013(平成25)年。勤務先の教育省下の教員研修を担当するセクションのスタッフJと一緒に、地方に調査にでかけた。Jは、ちょっと不思議なところがあって、なんというかルワンダの同僚たちの中でも浮いているような感じがあった。ゴーイング=マイ=ウェイで、今、具体的に何をどのように進めながら仕事をしているのか、上司もよくわかっていないみたいな、そんなスタッフ。縁があって、彼がぼくが働くプロジェクト担当して配置された。
地方出張には、プロジェクトから移動費が出る。その中にはレンタカーを借りる予算もある。それを知るとJは「自分の車をレンタしてくれ」という。つまり一種の副業だ。迷ったけれど、ぼく自身がそこでまだ新参だったせいもあって、彼の申し出を受けた。そして出張当日、J自身が運転する車で出張に出かけた。予定では2泊3日ぐらいになるはずだった。
出発時から、なにやら不穏ではあった。朝一で出発するはずが、その朝に「今、車を整備しているからちょっと待ってくれ」という連絡が入ったっきり、事務所で待っていても彼は現れない。まぁ、いろんなところで物事が時間通りには動かないのは経験していたから、やれやれと思いながら、とにかく待つ。昼過ぎに現れた彼は悪びれる様子もなく、とにかくようやく出発となった。
ルワンダの首都から西に伸びる国道をいく。その方面に出るのは、ぼくは初めてで、移りゆく景色がとても新鮮に感じられる。首都の喧騒を抜けて、湿地沿いを走る国道は、やがて高度を上げ始める。Jの車はかなり旧式のジープスタイルで、上り坂になるとかなりスピードが落ちた。後続車に抜かれながら、「俺は安全運転なんだ」と笑う彼。まぁ、いいけど、とにかく予定はかなり遅れているからね、と先を促す。
出張では数校の学校を回ってデータを集めることになっていた。初日、本来なら2~3校は回る予定だったけれど、とにかく1校だけは済ませよう。
ところが、Jの車は、とにかく遅い。千の丘の国と呼ばれるルワンダで、坂道は避けられない。坂道の半分は登りだ。で、その登りになると、彼の車のエンジンは喘ぎだして……。こりゃ、最初の1校に到着しても、もうスタッフはいないだろう。おいおい、この車、この調子では出張の予定を全部こなすのは難しいんじゃないかな。なんてこっちもだいぶ不安になってきたころ、車はようやく隣の県の中心地に入った。最初の学校には、このあと幹線に入って小一時間はかかるだろう、どうする気だ? と、彼はあるホテルの前で停まると「村山、今日はここに泊まってくれ」といい出した。
彼によると、この町でもう一回車を修理するという。それで明日は朝一でここを出て、今日の遅れを一気に挽回しようという。で、J自身は、車を修理屋において、必要な部品を買いにもう一度首都に戻るという。「これから乗り合いタクシーでもどって、部品を見つけてすぐ戻って……」
おいおい、本気かい?とにかく、ぼくに選択肢はあまりない。結局、そのホテルにぼくはひとりで泊まった。もちろん、ぼくの機嫌はかなり悪い。
翌朝、Jに携帯電話で連絡を取ると、首都で見つけた部品を持って、すでに早朝にその町の修理工場に戻っているという。朝食後、修理工場の場所を聞いて、ぼくも直接そこへ出かけた。確かに修理はしている。
結局、その修理工場を出たのはもうお昼になっていた。上り坂になると喘ぎだすのは昨日と同じだけれど、それでも昨日よりは少しは速度が出るようになったJの車の助手席で、ぼくは彼に「レンターカー代は、予定の日数分しか払えないよ」と伝える。「OK、OK、ノープロブレム」と明るいJ。早い午後にまず1校、なんとか頑張ってもう1校。もう予定の2日を経過したのに、予定の半分も終わっていない。
とにかくイライラしても仕方ない。楽しく行こうぜ。ということで、その夜は2校目の近くのローカルなホテルに泊まる。ホテルと云っても、ローカルなレストランに付随する、もしかしたら「そういう目的の宿?」というような場所。で、Jとふたりでビールを飲んで(ぼくのおごり)、寝る。この辺りから、ぼくは体調の変化を感じていた。なんか風邪っぽい。調子は下り坂。
翌日も、ポンコツ車での旅が続く。なんとか、その日の予定を終えてたどり着いたある県の中心部の、自分ひとりなら見つけられないような安宿にJは連れて行ってくれた。しかも、部屋が一杯で、その夜は、彼と同じ部屋をシェアだ。で、ぼくの体調はかなり最悪。パナドリンという日本では売っていない、けれどマラリアやデング熱がある地域では大事な薬(ぼくの常備薬)を飲んでなんとかごまかす。でも、その夜、やはりビールを飲んで横になったけれど、寝付けない。悪寒もくる。
さらには、寝たような寝れないようなうつらうつらが続いている隣で、Jが長電話している。ただの長電話じゃない。午前0時頃に始まった電話が、午前2時になっても終わらない。もちろん、ヒソヒソ声だし、ルワンダ語だし、うるさいってことじゃないのだけれど、でも、体調の悪いときには辛い。
ついに、ぼくはベッドにいるのが辛くなって部屋の外に出た。イライラがつのってパニックになりかけるみたいな心境。冷や汗がどーっと出る。このままじゃいかん。
で、手にしたウォークマンで志ん朝を探す。もちろん三代目古今亭志ん朝だ。灯りの落ちた宿の小さなレストランのイスに座って、イヤホンで聴く志ん朝。玄関のアシカリ(警備員)が不審そうにこっちをちらっと見るけれど、かまっちゃいられない。
とにかく、志ん朝に集中する。冷や汗が引いていくのがわかる。あとはペットボトルの水。カームダウン、カームダウン(冷静に、冷静に)と自分にいい聞かせる。これまで、もっとひどい夜もあっただろう。もうすぐ朝がくるさ。一晩眠れないぐらいは、どうってことない。カームダウン、カームダウン。
一時間ほど、外の空気にあたりながら志ん朝を聞いて、そのまま志ん朝を流してイヤホンをしたまま、部屋に戻って横になる。確か、Jはまだ電話で話していたような気がする。やれやれ。
なんとか朝まで志ん朝を聞きながら、うつらうつら、する。
翌日も、こんどは前輪がパンクして、また時間を無駄遣いするなどあったけれど、とにかく予定の学校をまわって、予定よりも丸一日遅れて、首都に戻った。いやー、まったくタフだったわ。きっとJにとってもタフな数日だったろう。事故なしだったら、OKじゃないかい。
志ん朝、談志、小三治
志ん朝が亡くなったのは2001年。もちろんぼくは三代目志ん朝の生前を知っているけれど、でも彼の落語はほとんど知らない。彼だけでなく、落語を聴くようになったのは2010年ごろからぼちぼちという感じだ。それも、すべてCD音源。
日本に帰る度に、ちらちらと購入したCDは、今ではけっこうな数になる。そのほとんどが、志ん朝と、あと立川談志。ぼくが聞き出したときは、もうふたりとも故人だ。あと、柳家小三治も。彼も、もう80代。
可能なら、もっと若い噺家も聞きたいなと思うのだけれどなかなか機会がない。立川談笑は、少し聞いている。そういえば、2年前に立川志の輔のひとり会に妻と行った。カンボジアの人である妻とは、英語落語のCDを一緒に楽しんだりする。だから、「ヒアリングの練習に」と連れ出した志の輔だったけれど、新作落語は古典落語以上に、彼女には難しかった。無理強いしちゃって、ちょっと彼女に悪かったなかなと思っています。
落語、ぼくにとっては、聴くもので、見るものじゃない。DVDには手が出ないし、Youtubeもほとんど見ない。ベッドに入って聴く、それがぼくの落語。
事故前、特に睡眠障害はなかった。安定して寝入った。けれども、年に数回、仕事で嫌なことが会ったりすると、それが忘れられなくて眠れない、なんてことがあった。落語は、そんな夜によく聴いた。落語に集中しているうちに、嫌なことがだんだん後ろに引っ込んでいく。そして、知らず知らず、クスッと心のなかで笑ったりしている。
それがぼくと落語のつきあい方。今でも、つきあい方には変わりはないのだけれど、怪我の後遺症で背中が痛いぼくには、眠れない夜は以前と比較にならないほど増えた。そんなわけで、以前よりも落語にはお世話になる夜も増えた。でも、毎晩ってわけでもない。
今のところ、志ん朝、談志、小三治の3人で、ローテーションは間に合う。
嫌な所も多いのに気になる、談志
3人の中でも、ダントツにアクが強いのが談志だ。ぼくの価値観に則って聞けば、談志の云っていることには反感を覚えることが少なくない。どうやら談志は、石原慎太郎と仲が良かったらしい。長く東京都知事をやった石原慎太郎のこと、ぼくは彼のことはまったく認められない。大嫌いな政治家のひとりだ。その石原慎太郎と波長があった談志が政治家であれば(実際、彼は自民党系参議院議員でもあった)、きっとぼくにとっては嫌なヤツのひとりだったろう。マクラで話す内容にもうなずけないことも多い。差別的だし、それでいいと思っている。嫌な人だ。
けれど、談志は気になる。噺は、志ん朝よりも小三治よりも、どこか惹かれるものがある。落語好き世界では、彼の人情噺「芝浜」は特に評判が高いようだけれど、ぼくはどちらかといえば、談志は人情噺よりも無茶苦茶な長屋噺みたいなのが引き込まれる。日常の中の狂気のようなもの。凄みを感じる。だから、談志を手放せない。嫌なヤツなのに、気になるってこと。
それに、談志は理屈っぽい。あぁ、多分、そこが好きなんだな。ぼくもきっと理屈っぽいもんなぁ。
志ん朝は、上手い。落語なら志ん朝聴いときな!って感じがする。さらに、志ん朝の芸には余裕がある。そこが心地いいんだと思う。
小三治は、真面目だ。ちょと真面目過ぎるぐらい、真面目。だから安心感がある。
日本語を、母語として育ったぼくにとって、日本語は特別な言語だ。こうやって文章を作るのも、耳から入ってくるリズムも、日本語以上に馴染めることばは、もうありえないだろう。そして、聴覚を使い受け取るものとして、音楽とは別に、落語が、たまたまフィルターを通過してぼくに届いて、今は、無くなったらかなり寂しい存在に育ったんだなぁ。
眠れぬ夜の落語、嫌なことがあった後の落語、ちょっとおすすめです。
落語、新たに聴くとしたら、だれかオススメあります?

















春風亭一朝、五街道雲助。
鳴門金時様
春風亭一朝、五街道雲助……、こちらはオススメ、ということですよね。
ものすごい通なところがやってきた!って感じでありますね。
しかも、おふたりとも、私よりも年長者、つまり、若くないし。
Youtubeでちらりと拝見しました。うーむ、古典落語びしばし!渋い!
しかし、Youtubeの落語コレクションもすごいものがありますね。
これで、老後はなんの問題もないってことが、改めてよーく理解できてとても安心しました。
しかし、なぜこのお二人をぱっとおすすめするのか、ぜひ金時様御自身の解説をうかがいたいと
思っております。
村山哲也