ある若い人の声明
「私たちにとっては、お互いこそが幸せな時も不幸せな時も寄り添い合えるかけがえのない存在であり、結婚は、私たちにとって自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択です」https://www.tokyo-np.co.jp/article/68225
最近、もうすぐ30歳になろうという人が、上のような声明を広く公表した。
こういうことを、不特定多数に向けて公表するって、ぼくの第一印象は「痛々しいなぁ」だ。この声明を出した人を、ひとりの個人と考えてみて欲しい。痛々しいというぼくの印象は、普遍性をもった、つまり多くの人が感じた思いじゃないかと思うんだけれど、どうなんだろう。そう思うぼくの感覚のほうが、おかしいのだろうか?
子どものころ、彼らのことを知って、やがて「職業選択の自由」がないなんて、変なんじゃない?って思った。きっと江戸時代の士農工商が、明治時代になって四民平等になったことを学んだころじゃないだろうか。今では、士農工商という身分制度も多用な解釈が発見されつつあって、四民平等だって言葉ほど見事にそれが達成されたわけではないことはわかってる。でも、小学生当時、四民平等って、けっこうきらきらした言葉だったんだよね。
1964(昭和39)年に生まれ、東京の杉並区で幼稚園、小学校、中学校と学んだぼくの世代は、日教組を悪の権化みたいに語る人たちから見れば「自虐史観」の影響が強いときに学校教育を受けたのだという。ふーん。だから余計に「平等」って言葉がキラキラしているように思えたのかな。
きっと「四民平等」を知ったとき、ぼくは、あぁ、自分のなりたい者になっていいのだなぁとすっごく晴れ晴れした気分だったんだ。バスの運転手でも、地下鉄の運転手でも、野球選手でも、ノーベル賞をもらうような科学者でも、宇宙飛行士でも、シュバイツアーみたいな人にでも……、自分のなりたいようになれるんだって。振り返れば、それぞれどの道も厳冬期チョモランマ南西壁無酸素単独直登ほど?きびしい道のりで、なかなか自分のなりたいものになれるわけでもないってことを知るのが人生だったわけだけれど、でも、あのときの高揚感はかなり素敵なことだった。
だからこそ、「職業選択の自由のない人たち」の存在が、ぼくにはとても気になった。生まれたときから、決められた道を歩む人たち。あれは、職業ではない、という人もいた。そうだね、たしかに、就職するわけじゃないし。
その後、たとえば、つい最近までは「神さま」だったことも知る。人間宣言とか。とにかく、今はぼくと同じ人間なんだ。じゃ、やっぱり自由のないのは変じゃない?
母は「あの人たちは(ある種の自由はなくとも)、それに見合うものをもらっているから」と教えてくれたけれど、ぼくには見合うものよりも自由のほうが大事に思えた。なかなかセンスのいいガキだったな。
母方の祖母はあるときぼくにはっきりと言った。「戦争責任が、ないわけないじゃないか」
もう弱々しくも薄いヒゲ、さらにはジンジロ毛もはえ出してたぼくは、「お、ばーちゃん、やっぱりそうだよねぇ、オレもそう思うんだよねぇ」なんて返して、ちょっと祖母を見直したりもした。
ヒゲもジンジロ毛もすっかり濃くなった高校生のころ、C2H5OHが含まれた液体を飲みながらよく朝まで友人たちと喧々諤々、いろいろと話し合った。そんなとき彼らを我らの象徴とする憲法の話なんかもひとつのテーマだった。ぼくは彼らと彼らの信者のひとたちに、ぜひ「宗教法人」として自主の道を歩いて欲しいと思っていると主張する一派だった(つまり改憲派ですね)。そうしてくれれば、彼らの自由についての云々は、彼らの家庭内の問題となり、ぼくからはかなり無関係になる。でも、今のままじゃ、つまりぼくが菊の文様のパスポートを使う限り、どうしたってこの矛盾問題はぼくにもうっすらまとわりつく。
すると、横でくたばっていたはずの男がガバっと起き上がり「お前、彼らを世に放つのか?それは危険だぞ。彼らを利用して暴走する輩がすぐ現れるぞ。だから憲法の下でコントロールしておいたほうが安全だぞ」と言いたいことだけを言うと、またばたんと横になった。
うーん、歴史的な実績からすれば、そういう危惧がないわけじゃないけどさ、国家からはずれてくれれば、大丈夫なんじゃない?彼らを過大評価してるんじゃない?しょせん、オレ等とおなじ人間だろ。と自分で言って、でも彼ら個人の問題じゃないことにもすぐ気づく。システム、制度、信仰、……そこには生贄が必要なのかな……、ところで、今度のクリスマスはどうするよ?
それって非国民じゃない?
ぼくが26歳のころ、ODAの一事業であるボランティア活動に参加したときのこと。
3ヶ月、合宿して主に言語研修を受けているあいだに、彼らに会いにいく半日プログラムがある。当時、ぼくの研修所は彼らの住居に近い都心に遭ったけれど、長野県K市の研修所の人たちは、遠路はるばる1日プログラムだ。
ちなみに、表敬が行事化される背景は、ぼくの“調査”では以下のようなものだったらしい。
最近、引退された方々がまだ若い昭和のころ、ある国を訪ね、そこの日本大使館レセプションで、活動中のボランティアたちを紹介された。そうか、そういうものがあるのか、と嬉しく思った彼らは、帰国後、定期的に訓練所に激励に行くようになった。
1985年にタンザニアでボランティア6名が同時に亡くなるという大きな交通事故があったとき、日本に搬送された負傷者を彼らは病院に見舞ってもいる。
あちらから訪問していたのが、訪問される側に変わったのがいつごろだったのかは忘れてしまった。多分、そうなるのにそれほど時間はかからなかったんじゃないかな。
そして、昭和から平成に変わると、訪問される側の立場がワンランクアップした。あとは代々の引き継ぎだ。父たちが忙しければ、子らが対応もする。
訓練の開所式でひとりの来賓は語った。
「公用パスポートをもらい、表敬してお言葉を貰えるのは、各国に派遣される大使と、ボランティアの皆さんだけです」
ふふふ、こうやって、権威はシステム化され、権威づけされていくのよね。

さて、彼らを彼ら足らしめている制度への批判を日ごろから口にしていたぼくにとっては、表敬訪問をするということは、二枚舌的態度、言行不一致、面従腹背、なんかなぁ、って気持ちがした。だから、欠席します、と訓練所スタッフに伝えた。すぐに、所長室に呼び出された。
「君を守れないかもしれない」つまり、派遣中止の可能性があるよ、と遠巻きに伝えられた。えー、だったら募集時にちゃんと言ってよぉー(まぁ、ぼくはそういう行事があるのは、知ってたけれどね)。
自分の部屋に戻った。二段ベッドが並ぶ13人部屋だった。
経緯を説明するぼくに、ぼくよりちょっと若いモウリ君が「それって、非国民ってやつじゃないですか?」と明るく言った。「ぼくは彼ら嫌いじゃないけれどなぁ」「せっかく会えるんだから、直接意見を言ったらいいんじゃない?」「いやでも、彼ら個人の意見とか、関係ないし」「海外に行くの最初両親に反対されたんだけれど、表敬があるって伝えたら、すっごくよろこんでた」「マジー?」ガヤガヤガヤ。
20代30代のいろんな職業・背景の同性が13人同じ部屋で3ヶ月過ごしたのは、人生であのときだけだ。いやぁおもしろかったなぁ。
で、ぼくは当日、測ったようにお腹が痛くなった。沖縄から参加していた女性がひとり、あと所内のソフトボール大会で張り切りすぎて骨折した男性がひとり、100名弱ほどの訓練生から合計3名が欠席した。沖縄の彼女の欠席理由は、特に聞かなかった。そして、ぼくも彼女も派遣中止にはならなかった。骨折の彼は、完治まで派遣延期になったはずだ。
どうなんだろう?世間の皆さんは、彼ら(のような存在、その存在を存在足らしめている制度)が必要なんだろうか?彼らが自由を阻害されながらも尊ばれるのは、なぜ?そっちのほうが、良い社会なんだろうか?
彼らの自由、ヒトとしての自由、を犠牲にして達成される良い社会、良い暮らし。
大人になって、もうすぐ高齢者の仲間入りする今になっても、ぼくにはそれがよくわからない。他者を犠牲にして達成できる良い社会は、よくないんじゃない? い・け・に・え、が必要なの。
うん、尊ぶ立場があるのは知っている。だから、それは宗教法人化してもらって……。それはだめなの?あるいは、やっぱり暴走するから危険なの?
訓練所の思い出の続きを最後に。
皇居から帰ってきた仲間たち。みんなそれなりに高揚している感じ。当時は卓上に置いてある菊の御紋入りのタバコは持ち帰り自由だった。表敬の記念に両親に持っていくと、大事そうにスーツケースにしまう姿もあったな。やがて、館内放送が流れた。
「シェリーグラスを無断で持ち帰った人がいます。この件は一切不問とするので、持ってきたシェリーグラスを大至急返却してください」
御紋入のグラスがあったんだなぁ。シェリーなんか飲んだのか。それはちょっとうらやましい。
近くに真っ青な顔している若い顔があった。ポケットに忍ばせていたシェリーグラス、知らぬ間に割れている。あわてて別のだれかが、それを事務所にとどけた。一切不問なんだから、割れちゃっても、不問。
「いやー、心臓が止まるかとおもったよぉ」「ばっかだなぁ」「でもふつう割らないよね、たいしたもんだ」「でも、なんで今回は不問で、先日門限破ったあれは1ヶ月の外出禁止なのさ……」「恩赦とかあってもいいんじゃない」ガヤガヤガヤ。
みんな元気でいるといいなぁ。
こんなある特殊な人たちを持ち、かれらの自由を犠牲にするシステムを積極的に維持する社会を、他所から越境してきた人たちは、どんなふうに思うだろう。どんなふうに、感じるんだろう。
よそ者がどう思うと、俺らには関係ない、って言い切る人もすくないのだろうなぁ。なんか、それもつまらなくないかなぁ。相互干渉を否定するってことだもんなぁ。

















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