2022年となりました。今年もよろしくおねがいします。
このブログ『越境、ひっきりなし』、書きかけのネタがいくつかあります。いつの日かそれらが日の目をみることがあるのやら、ないのやら。そんな書きかけのネタの中で、明るく楽しいネタはないかなぁと探してみたのですけれど、私がマゾっけが強すぎるのでしょうか、なんかどれもシリアスで。「笑いが大切!」なんて書いているのに、面目なし。それでもと選んだのがこのネタ。気楽に読んでいただければありがたいのですけれど。
ビートルズ革命!!
テレビの歌謡曲番組を見出したのはおそらく小学校中学年のころ。そのころ母に「どうして、どの歌も恋だの愛だの、好きだの別れだの、そんな歌ばかりなのか?」と尋ねたことがあります。そのときの母の答えは「みんなにとって、それが大事なことだからじゃない?」というものでした。
私は納得しなかったと思うのです。だって、恋だの愛だの、好きだの愛しているだの「ぼくには全然わからん、だから大切じゃない」モノだったからです。(私から見れば十分大人の)西城秀樹が「ローラ!」(『傷だらけのローラ』1974/昭和49年、私11歳)と絶叫しているのは恥ずかしいばかりで目のやり場にこまりましたし、山本リンダの「ウララーッウララーッ」(『狙いうち』1973年/昭和48年、私10歳)にも当惑するばかり。
一方で学校で歌うのは、なんか真面目くさったそれはそれでどこか嘘っぽい曲ばがり。「春のうららーの 隅田川」と歌っても、当時の隅田川はかなりのドブ川で、「上り下りの船人が」????って誰だそんな奴は??という感じ。当時、自分のリアリティにぴったしくるものがなかなかなかったように思い出します。(『花』作詞:武島羽衣 作曲:滝廉太郎 より)
そんな私が初めて自分のお小遣いで買ったレコード(当時はCDなんかありませんでした)は、カーペンターズの2枚組ベストアルバムでした。当時、中央線荻窪駅近く青梅街道沿いにあった新星堂本店で、2時間ほどかけて選んだ記憶があります。一曲あたりの値段に換算して、シングルレコードはとても効率が悪く思えたのです。で、2枚組ベスト。なぜカーペンターズだったのかはよくわからない。当時、ラジオなどを聞き始めていて、そこで聞きかじったのかなぁ。
でもカーペンターズの訳詞を読むと、やはり中心となるのは身の回りの恋愛ものだったように思います。楽しく聴いていましたけれど、それは革命前夜のこと。
その後、中1が終わった春休みに父の転勤で母と妹二人も一緒に福島市に引っ越したのに、私は同行しませんでした。転校が嫌だったのです。それで、中野区哲学堂近くの母方祖母と叔父家族の暮らす家に一部屋もらって杉並区の中学校まで電車通学を始めました(1年半後に、祖母の持つ古い小さなアパート長江荘5号室に転居で、一人暮らし始まる、なぜって夜中にヘッドホンで音楽を聞きながら大声で歌ったり、深夜の長電話などして祖母や叔父たちに迷惑をかけたからです)。その引越の際にそれまで何年もお年玉などのお小遣いを貯めていたので買ったのがSONYのレコードプレーヤーやアンプ、カセットデッキ、ラジオなどが一揃いになったモジュラーステレオ約10万円(今の価格で800万円相当、嘘)でした。そこから私のレコード漁り、主に高田馬場駅前ムトウレコード店、が始まります。
なぜビートルズに手が出たのかもよく覚えていません。転居したのは1977/昭和52年ですから、すでにビートルズは解散(1970年)してからかなり時間が経っているのに。
最初に買ったのが赤盤と青盤の、やはりベスト盤、世知辛く費用対効果重視。このとき、ジャケットの4人の写真を見ても、私は誰が誰だかまったく判らなかったのです。有名なアルバム『Let it be』の4人の顔写真が並んだジャケットも誰がポールで、ジョンで、ジョージで、リンゴなのか知らない。その後、本屋でいろいろ資料を調べて、ようやくそれぞれが判別できるようになりましたけれど。
それで、私、ビートルズ後半のヒット曲を集めた青盤がとにかくお気に入りでした。そこには、それまで知らなかった「恋」でも「愛」でもない歌詞の名曲がいくつも見つかったからです。
『Hey Judo』、『Fool on the hill』、『Strawberry fields forever』、『Yellow submarine』、『Across the universe』、青盤には入っていないけれどその後知ることになる『She’s leaving home』等々、世界的なヒット曲を繰り出すビートルズ後期の歌は、私にはこれまでにない新しい感覚で染み込んできたのです。今、歌詞を確認すると、『Hey Judo』にも孤独な男の「あの娘」への思いが歌われているので「恋愛」から全く離れた歌じゃないのですけれど、でもそれらはそれまで聞いた曲では感じられなかった自分のリアリティにつながっていく感じが強くしたのです。となれば、「愛」を歌っている『All you need is love』だって、『The long and winding road』だって心に染みてくる。
そんな中でももっともぶっ飛んだのは『A day in the life』でした。
新聞の記事で読んだよ オー ボーイ 運良く合格したんだってね
それがひどい目にあったんだってさ でもなんだかおかしいんだ
写真でみたけれど 車の中で頭がボーっとなって
信号が変わったのに気づかないで 大勢の人を驚かせたんだって
みんなどこかでみたような 気がしたけれどまさか上院議員だったとはね
ア・デイ・イン・ザ・ライフ A Day In The Life:歌詞の和訳と解説 (hix05.com)
曲の最後に鳴り響く不協和音を含んだ印象的なジャ~ンという和音と共に、なんじゃこりゃ?でもすっごい!って感じ。さすがに私のリアリティってところまでは達しなかったのでしょうけれど、でも、こんな歌もあっていいんだと、価値観がゴロゴロ音を点てて転がり始めたわけです。今となっては、A dayの「A」とThe lifeの「The」、それぞれの味わい深さよ!当時は、そんなことは全くわからなかったですけれど。冠詞はむずかしいよねぇ。
さらに白状すると『Let it be』も理解できませんでした。Let it be 成り行きにまかせなさい、が、しっくり心に入ってこなかったのです。今思えば、Let という動詞の意味がまったくつかめていなかった。ようやく理解できるようになったのは、きっと英語で仕事をするようになった30歳過ぎてのことだったんじゃないかしら。
そしてビートルズの中でもジョンレノンに惹かれて行くのは、お決まりのコース。『Imagine』もよかったけれど、強烈だったのは『Mother』、そして極めつけは『God』! 宗教は私たちの痛みを測るための概念に過ぎない、繰り返すよ と始まり、I don’t believe in…が次々と続く歌詞の凄まじさ。こんな歌があるのか!!最後に I don’t believe in Beatles ときて、 I just believe in me—Yoko and me と続く。むちゃくちゃ痺れましたよ、でしょ?(ケネディを信じない、王たちを信じない、という歌詞を聞いて、カンボジアの人である妻は、「ケネディって、米国の首相だった人でしょう?こんなことを歌うなんて、今のカンボジアでは無理、考えられない!この歌手は勇気があるんだね」とつぶやきました。ジョンは撃たれて死んだんだよ、と言ったら、「やっぱり」、とちょっとばかり誤解したのでした。)
で、私の一番のお気に入りは以下。
Mind Games
Yeah we’re playing those mind games forever Projecting our images in space and in time
そうさ、僕たちは思考実験を永遠にくり返して僕たちが思い描いたことを、今、この場所に映し出していこう
Yes is the answer and you know that for sureYes is surrender, you got to let it,you got to let it go
答えは「Yes」だって、君にはわかっているまずは肯定することから、それは始まるんだ
John Lennon “Mind Games”(訳詞) : マイケルと読書と、、 (exblog.jp)
こんな歌聞いちゃったら、10代の心は燃える盛るばかりなわけですわ、ねぇ!??? 高校3年夏の高校野球西東京地区予選一回戦1982年7月20日の朝も、この曲をヘッドホンで大音響で聴いて心高ぶらせて球場にむかったのでした。そして1-2で敗戦、まさか負けるかよー!!!って感じ。覚えてますよ、ジョンの熱唱と共に。悔しいのです、未だにね。(この夏の1年半前、高校1年生2学期学期末試験の真っ只中の12月9日、試験を終え昼過ぎに帰宅すると従兄弟が「てっちゃん、ジョンレノンが撃たれて死んだよ」と教えてくれたのでした。徹夜明けでぼーっとした頭でそれを聞いて、そのまま数時間寝て。翌日に向けてまた徹夜漬け。ラジオをつけるとどの番組もジョンの追悼プログラム。あぁ、本当にジョンが死んだんだ…。勉強など手につかず、ジョンの曲を朝まできいていたことを覚えています。ジョン41歳だったんだよ!)
歌の凄さ、音楽のたまらなさ
それから早数十年。今でもビートルズも、ジョンレノンも、カーペンターズも、肌身離さずのウォークマンから携帯スピーカー経由でときどき流れてきます。
彼らに限らず、お気に入りの曲は数しれず。50歳で遭った事故がきっかけで知り合った曲も多いのです。これも怪我の功名というやつですね。
恋愛の歌もよろしい。母が言った「みんなにとって大事なことなんじゃないの」という言葉も、今となっては、ま、わかる。恋の始まりは本当に楽しいし、それはその後必ず大きな苦しみが待っている。やれやれ、なんとも難儀で滑稽で真摯なことであります。
歌詞がない、いわゆるインストルメンツ(歌が入っていない楽器だけの演奏)にも魂をゆさぶられます。無人島に持っていくアルバムの第一候補は、名盤としてあまりに有名でここでことさら挙げるのは悔しいですが、でもやっぱり好きなのでキースジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』。1975年の録音ですけれど、私が初めて聞いたのは1980年代も後半、おそらく東京吉祥寺の中古レコード屋で、ビリーホリディの『奇妙な果実』と一緒にちょっと背伸びして購入したのでした。
そして、やっぱり今でも恋愛以外の歌に、大きな力を感じます。
ここでご紹介したいのは、私的すごい曲ベスト10に必ずノミネートされる次の曲。まず歌詞を読んでみてくださいな(歌詞中、ネガティブに刺激の強い言葉があります、そういうの弱い方、慎重に読んでください、気分が悪くなったらごめん)。
告別式の行列はずらりと並んだマヌケ顔 手に手に花をたずさえて彼女の「美貌」を惜しんでる
飾りたてた思い出に話は咲く 皆の衆、ほら因襲の涙流せ 彼女は死んだふりしてる
平凡な夕暮れの帰り道、背後から犯されて殺された
いつもは邪魔者扱いの彼女にみんなが声かける
飾りたてた祭壇といつもの部屋 世界中から陰湿な顔が並ぶ
彼女は死んだふりしてる
彼女は霊柩車に乗り初めて大声あげた 墓場じゃよく似た境遇の女が頬杖ついてた
縛られた価値観の井戸の中 気遣って働いて井戸の中 気遣って我慢して井戸の中
以上、ソウル・フラワー・ユニオンによる『霊柩車の窓から』という曲の歌詞です。作詞は伊丹英子、作曲は中川敬。1993(平成5)年発表された『カヌイ・イビルマ』というアルバムの収録曲です(収録CDとしては『GOST HITS 93~96』がオススメ)。この厳しい歌詞が激しいロックビートで歌われる。いやぁ、すごいすごい。よくぞ書いたり、よくぞ歌ったり! 紅白歌合戦、こういう曲かけてみろ!(余計なお世話ですね) ちなみに、私はもちろんフェミニズムに堂々と一票です。なんですって、最近の若者はフェミ嫌いが多いのですって? おいおい、お前さんたち、なに寝ぼけてんだよ!因襲の虜になってるんじゃないかい???
やはりすごい曲ベスト10候補の、天才矢野顕子の『ラーメンたべたい』(1984年 シングルレコードで発売)。
ラーメンたべたい ひとりでたべたい 熱いのたべたい
ラーメンたべたい うまいのたべたい 今すぐたべたい
チャーシューはいらない ナルトもいらない 贅沢はいわない いわないけどけど
ねぎはいれてね にんにくもいれて 山盛りいれて
男もつらいけど 女もつらいのよ 友達になれたらいいのに
くたびれる毎日 話がしたいから 思い切り大きな字の手紙 読んでね
となりにすわる恋人たちには目もくれず たべる
わたしはわたしのラーメンたべる 責任持ってたべる
今度くるときゃ Ah みんなでくるわ ばあちゃんも連れてくる けどけどけどAh
今はひとりで ひとりでラーメンたべたい mm~
この曲も、私が親しむようになったのは売り出された1984年よりもずっと後のこと。そして年々増していくこの曲への共感なのです。「ばあちゃんも連れてくる」ですよ!? ライブ盤によっては「ばあちゃんもじいちゃんも連れてくる」とじいちゃんも登場します。くー、歌えるかこれを???「責任持ってたべる」、の大人の矜持に涙なくしては聞けないじゃないですか!?ふと考えてみれば、もはや私はこの歌い手に連れてこられる爺ちゃんの立場か、感慨深いものがありますわね。
矢野顕子さんの曲、歌詞にはすごいものが多いです。最新作の『音楽はおくりもの』というCDも素晴らしい出来栄えで、さっそく愛聴盤になっています。
とにかく、すごい曲、まったくきりがない。まだまだありますし、これからもいろんな曲に出会うでしょう。そして、それらがくれる溢れるばかりのエネルギーや、新しい価値観!!知らなかった世界との遭遇!!ありがとう!!ということに尽きます。
ということで、2022年最初のブログ投稿でございました。
ではでは、今年が皆様にとって良い年となりますように。ではでは、またまた。

















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