今年の2月9日ごろ、以下のタイトルの投稿を当ブロブで書きました。
ひょんなことで数年前、もっと前だったかな?、とにかくお知り合いになったOさんという方が、都内の私立大学で国際教育開発論の授業を持っておられまして、その授業で私の上記の記事を生徒さんたちが途上国支援を考える題材として使ってくれたのです。わーお、大感激。
数週間前、この記事へのアクセスが急増したときがありまして、あぁ、学生さんが読んでくれているのだなぁとちょっと緊張したりしていたのでした。
少し前に、Oさんが学生さんたちの感想をわざわざ送って下さいました。
今回は、それをこの場で紹介するという内容です。ハッハッハ、手抜き投稿です。
以下、学生さんたちが書いてくださった「投稿を読んで、考えたこと」です!!
「すべてのコミュニケーション、出会いは、それぞれの価値観から自由ではない」という言葉が印象に残っている。コミュニケーションを通してお互いの価値観を押し付け合うことで、自分の価値観のかたちに気づいたり、新たな価値観を身に着けたりできる。そうやって人は自分を知り、他者を知っていくのだと思う。世界に生を受けた時点で、私たちは生きろと親や周りの人から価値観の押し付けをされているのだから、価値観の押し付けを丸ごと否定することはできないと私は思う。何を話すにも、何を行動するにも、私たちは価値観を押し付け合っていることを自覚しながら、時に価値観をアップデートすることが必要だと私は思う。
うん、「価値観をアップデートする」って良いフレーズですね。押し付け合うという言葉が強すぎるとしても、要は「自分の価値観でしか語れない」ってことだと思うんです。
「価値観の押し付け」という概念は相手との関係性において大きく変化しそうなものであると感じた。例えば、このブログを書いている村山さんの場合、「支援される側」のことを「支援される側」というように認識するのではな、単なる人と人という立場をかなり尊重したコミュニケーションを図っているような感じを読み取る頃ができ、「支援する側」の人間が「支援される側」の人間に対してどのように関わっていくのか、どのように信頼関係を培っていくのかというところが重要であると考えた。
はい、私は「人と人」つきつめれば「個人と個人」というあたりにかなり傾斜できる立場を維持することには、意識的であったと思います。でも、現実には、組織の顔をして外向的な言葉で話さなければならない立場や、場所もある。可能なら、そういうのは他の人に任せたいという気持ちはありました。役割分担みたいな感じでしょうか。それを理解してくれる人たちと組んで仕事をできたときは、やりがいも感じていました。個々の信頼関係を作り上げることで、他の人が組織としての言葉を語らなければならないときに、その下支えをしている、みたいなことです。
押し付けではないかという指摘は私も以前のリアぺで書いた。押し付けか否かは結局受け取る側の判断にゆだねられるのだから押し付ける側がためらうのは独りよがりであるというのにもうなずけた。押し付けだから何なのか、押し付けで何が問題なのか、そこで私も思考停止していたことに気が付いた。
うん、押し付けで何が問題なのか、って私は思っています。もちろん、はなからダメな押しつけはあるでしょう。相手を尊敬しない、相手もそれを感じてるような状況では、押しつけであろうとなかろうと、建設的なコミュニケーションは成立しない。きちんと建設的なコミュニケーションができるという前提では、むしろ飾った言葉は必要ない。飾らない言葉を使う以上、自分がさらけ出る。となれば、自分の価値観は隠せない。その前提で勝負するしかない。
ブログ記事を読んで考えたのは、現代社会における「摩擦」が決して悪ではないということである。支援する側に無意識中の価値観があるのであれば、それは支援される側も同じである。そうであるのならば、それも含めて、互いが提案について十分に議論することで、どちらか一方の価値観が押し通されることもないだろう。取り除けない価値観は、両者がぶつけ合うことによって中和させることが可能ではないだろうか。
はいはい、そうです「摩擦」は悪いことじゃないと思っております。無駄な摩擦はないほうがいいですけれどね。摩擦が言語化できたら圧倒的にチャンス到来って思うのです。言語化できないもやもやした摩擦のほうが多くて、実際は簡単ではないのですけれど。
私はインドの教育支援を行うボランティアサークルに所属しており、活動の中でどんな支援を行うべきか考える際に、この支援は本当に現地で必要とされているのか、自分の価値観の押し付けなのではないかという点に悩まされることが多くありました。しかし、ブログを読んで、支援する側も個人、支援される側も個人であるため、その関係は単なるコミュニケーションであるという考えを学び、納得しました。そしてそれらのコミュニケーションは一人一人が持つ価値観から自由ではないこと、完全に価値観をなくしてコミュニケーションをとることはできないということを認識したうえで交流し、支援の在り方を問い続けることが重要なのだと思いました。
「現地で必要とされているのか」はとてもむずかしい課題です。往々にして、人々は日々それなりにきちんと問題なく生活している。日々、過ごしている。そこに部外者がやってきて、問題を提示する。部外者は、通常、そこでの生活者たちよりもずっとアッパーなところから「支援」を依頼されてそこにやってくる。つまり、通常、生活者は外部者によって始めて問題を提示されるのです(もちろん、問題発見みたいな活動で、その問題が生活者から出たというスタイルが最近は取られることが多いのですけれど、そこでも実は割に無理して問題はつくられたりする)。
最後の最後は、「それが問題だ」というある種の信念が部外者にはあるのです。例えば、私ならば「つまらない授業は良くない、改善すべき」という信念があった。やっている先生はそれを改善すべきとは通常思っていないし、生徒だってそのやり方しか知らないのだからやっぱり問題と思わない。そこに部外者がやってきて、問題だという。それは現地に必要とされている問題だったのか?おそらく違います。一応、ユニセフやユネスコも教育の質改革(生徒中心の授業への移行)を呼びかけていて、そういう改革は多くは教育省手動で、現場には上からやってくる。従来のやり方を否定された先生たちは、戸惑う。それでも「つまらない授業」「役に立たない授業」をなくそうとすることは、ありかなしか。迷いと信念と、せめぎ合わせるしかないのだと思うのです。そして、それでもやる!と思うなら、やるのです。やり方をどうするかはさておくとして。ジェンダーの問題なんかも、これと似たところがあるでしょうね。
このブログを読み始めた時は、「価値観の押し付け」についてもっと国や団体レベルでの大きさで考えていたので、あまり良いものだとは思わなかったが、これが個人での間の支援だったら、単なるコミュニケーションの一環であるという意見には深く共感できる。発展途上国などを抜きにして考えてみても、人とのコミュケーションにはどこかに価値観の押し付け合いが生まれる。それは良いもの、悪いもので答えを出せるものではない。その価値感の押し付けが、自分には賛同できないような場合もあれば、大きな勉強になることもある。結局は人と人のコミュケーションなのだなと思った。
うん、国レベルだと、例えば西欧中心の価値観ってのはときに気になるところですよね。植民地主義時代から面々と続いている、西欧の価値観の他の地域への押し付け。一方で、私なんかは民主主義、かなりシンパシーを感じます。それがたとえ西欧の価値観だろうと、いいものはいい、と思ったりする。そして、それはすでに私の価値観にも深く食い込んでいる。ですから、「わが国にはわが国の文化に根ざした民主主義がある」という強権政治の存在には、たとえその主張が「西欧の価値観を押し付けるな」でも納得しきれないものがあります。
だから、もしかしたら、個人という枠組みを超えて、時代と社会から私たちは自由にはなれないってことなのかもしれません。そして、自分自身が意味を見出していたのは、やはり個々のコミュニケーションレベルでの戦いと葛藤だったと思います。複数形主語で文章を作らない、とかね。
本当に無色透明のフラットな状態で他者を支援することは、感情のある生き物間ではできないと感じた。また立場が非対称な関係において強者の価値観の押し付けは弱者を苦しめる、という単なる一面性ばかり気にして行動しなかったことが自分自身あったなと省みた。立場の違いを自覚し押し付けは良くないという言い訳のもと、強者と弱者という二項対立的な壁を乗り越える苦労を避けてきたのかもしれない。人同士のコミュニケーションには、常に相互的に影響を及ぼし合うエネルギーがあることに改めて気付かされた。
「立場が非対称な関係において強者の価値観の押し付けは弱者を苦しめる」ことが歴史上多かったことは確かで、だからそのことには特に強者は徹底的に自覚的であるべきだと思います。でも、気にしすぎると、身動きできなくなる。ある種の開き直りも必要で、自分は21世紀という歴史点と社会で、できるだけのことをするしかないのかしらとも思うのです。それは後世には批判的に語られる可能性はもう排除しきれない。例えば、ステキな宣教師も、ひどい宣教師もいたのでしょう。できればひどい宣教師にはなりたくない。でも、歴史で振り返れば、宣教師は植民地化の先兵だったことは否定できない。でも、彼らも当時の時代と社会から自由ではなかったのだと思うのです。それと私たちがやっている支援は、本質的には何が違って同じなのだろう?振り返り振り返りやるしかないのだと思います。だから、知識のブラッシュアップは必須だし、専門分野だけではなく広い教養はないよりあったほうがずっといい。
「支援する・される、も単にコミュニケーション、出会ってしまった関係性の一事例」「すべてのコミュニュケーション、出会いは、それぞれの価値観から自由ではない。無色透明なんてありえない」という部分に特に感銘を受けた。自分は、他人に対して手を差し伸べたり、手伝おうとする時に、「本当にこれをしたことでその人は助かるのか?私の手助けは本当に必要なのか?迷惑ではないだろうか?」などと自分の中で考えてしまい、結局何も行動できない、見て見ぬ振りとなってしまうことが数え切れないほどあった。しかし、この文章を読んで、そういった葛藤の存在を認めたまま、誰かに手を差し伸べることも出来るのだということが分かり、勇気をもらうことができた。それとともに、支援の場においても、考えすぎずに、もっとカジュアルに考えていくことが大切なのだなと思った。
「考えすぎない」って大事です。「考えすぎる」も、でも大事。「迷惑じゃないだろうか?」って思うのも当たり前だし、必要な思考です。当然です。
でも、もっとカジュアルに考えていいはそのとおり。とくに若いうちは、それがあっていいと思います。絶対に間違い無しに進めるなんてことはあり得ません。失敗するしかないんです。アチャーってことがあるから、次に行ける。カジュアルにいきましょう。特に若いうちは。ぜひぜひ。
支援する側も支援される側も一枚岩ではないという考えに刺激を受けた。国際教育開発について議論する際、援助側も被援助側もN P O、国際機関、先進国政府、途上国の学校に通えない子ども、少数民族、障がいを持つこども、などの組織や団体の名称、総称された呼び名でまとめられる。しかし、私たちは誰一人として同じ人間ではなく、同じ環境で育ったり、似たアイデンティティを持っていても、物事に対する考え方や解釈が全く同じ人は存在しない。援助をどう受け取るかも個人によるし、援助被援助も出会った関係性の一部に過ぎないという発想は、国際教育開発を思考する際、原点に立ち返らせてくれる非常に意義深い捉え方だと感じた。
そうですよね、たとえばJICAのスタッフにもいろんな方がいました。ハッキリ書けば、大好きな人も多いし、大嫌いな人もいます。でも、大嫌いな人でも、それはそれで援助に対して真摯に取り組んでおられたと思います。大嫌いになったのは、たまたまタイミングが悪かったのと、私のわがままです。でも、そういう人たちと仕事をしなくちゃいけない。それは当たり前。
NPO・NGOのような小さな組織だと、自分の価値観とリーダーの価値観がどれぐらい親和性があるかで長く仕事できるかどうかが決まるんじゃないかしら。親和性がないと、なかなかキツイ。
でも、どっちにしても、最後は「俺はどう思うか」に行きつくんですよね。そこから考えるしかない。そうじゃないと、どんどん自分が消えていく。それは面白くないじゃないですか。
でも、それを突き詰めると、自分でNPOやるか、起業するかしかなくなってくる。うまくいけばいいけれど、下手をすると貧乏です。貧乏は美徳じゃないと思います。一時的な貧乏は仕方ないときがあるけれど、ずっと貧乏な暮らしはつらい。家族とかもつと、余計に。だからね、うーん、なかなか難しいのよ。とにかく、迷ったら原点にもどるは、やっぱり必要だと思います。原点の場所がだんだんに変わることはあっても、とにかく、原点は原点。
「自分はプランクトン」という表現を見て、筆者の言いたいことがとてもよく伝わってきました。自分が漂いながら生きる小さな生物だととらえることで、第一歩を踏み出しやすくなります。教育開発に関わっている時点で自分の主観に沿って変えたい何かがあるんでしょうし、そうである以上、迷惑をかけるかどうかというよりも、自分と向き合い、考えを素直に相手に伝えることから始める必要があるのではないかと思いました。
悔しけれど、本当に自分の手の届く範囲は狭いなぁと思うことが多かったのです。もちろん、もっと影響力を持つ仕事のやり方はあり得たと思います。でも、それをやるには、自分の原点がワープすることにもなっちゃう。つまり、現場主義を離れなければならない、ってこと。もっと政治的にならなければならなかった、ということ。もっともっと何枚もの舌を持たなければならなかったということ。営業力を持たなければならない。でも、そういうタフさが、私には足りなかったのかもしれません。
手の届く範囲は狭かったけれど、そこは丁寧にやりたいって思っていました。そしてはい素直にやりたいって思っていました。自分に嘘をつくのだけは、やっぱりやりたくないと思っていました。
大学で国際協力について日々学んできて、支援する側は自分たちの価値観を押し付けず、相手が本当に必要と思っている支援を行うべきだと認識してきた。この考えは間違ってはいないと考えているが、確かにこの考えも価値基準の1つであるということをこのブログを通して気づいた。支援する側もされる側も、相手には相手の価値観があるということを根底に置いておければ、互いにコミュニケーションをとることで互いの価値観を共有した支援というのが可能になるのではないかと考えた(互いの価値観を共有した支援が良いかどうかを判断するのも価値観によるが私はそう考えた)。
「互いの価値観を共有した支援が良いかどうかを判断するのも価値観によるが私はそう考えた」って文章、ステキですね。でもね、それは実はあなた自身が自己判断してそう考えているってよりも、時代と社会の賜物なんだと思うんです。それが私がよく言う「時代と社会からは自由になれない」ってこと。でも、それならそれでしょうがないじゃないですか。21世紀の日本で(かしら?)育ってしまんだから。昔は、もっと乱暴だったわけです。もっともっと上から目線で支援ってやられてた。それを知っていると、今の若い人たちは、暴力的な支援に対してすごく敏感で繊細なような気がするのです。それはとてもいいこと。一方で、敏感で繊細すぎて、たとえば「価値観の押しつけはダメ」ってところで立ち止まっているようにも思えたのです。それがあのブログを書くきっかけにもなりました。
中学か高校か忘れたが、理科で中和滴定の実験を行った時のことを思い出した。酸と塩基それぞれの液体が一定の分量でぶつかりって中和が成立する。一方がその一点から多かったり少なかったりすると、たちまち混合液は酸か塩基のどちらかになってしまう。つまり、どちらかにウエイトが偏ってしまうと、中和は成立しないのだ。それは、国際教育開発においての価値観の擦り合わせと同じである。重要なのは、何度も価値感をぶつけ合い、失敗し、そうしてお互いを擦り合わせていくことで、より高次な教育として昇華させる、ということではないか。
中和滴定、やりましたねぇ。ほんの一滴でぱーっと色が変わってしまいますからねぇ。
国際教育開発が、中和点を求めるのがいいのかどうかは、私はちょっとよくわからない。たとえば、「面白い授業」という点では、私は中和点なんかよりもずっと面白い、役に立つ、に振れていいと思ってました。
でも、そのためには、彼らにそう思ってもらうしかないのですよね。彼らにそう思ってもらわなければ、ちょっと変化が起こっても、私が去れば(プロジェクトが終われば)そんな変化はすぐに消えてしまう。分かってもらう部分では相手あっての擦り合せでしたけれど、その前の部分では、私はより戦略的に中和点の向こうにいくことを意識していたと思います。そこはけして平和主義者じゃなくて、ずっと攻撃的だったのです。その良し悪しは、他者に評価してもらうしかないかなぁ。
価値観の押しつけについて議論する学生に対しての、「机上で考えをこねくり回しているような拙さ」があるのだろうという言葉が印象に残った。教育を行うこと、相手に提案をすることにはそもそも押しつけから離れられない部分がある。議論し悩み止まってしまうのではなく、支援する側である自らの立場を自覚し、相手との対話を通じてより良いあり方を探し続けることが重要であると感じた。自分も相手も常に変化し続ける中で、問い続けることの必要性を強く感じた。
「机上で考えをこねくり回しているような拙さ」なんて書いたのは、まぁ不遜でありますよね。でも、本当、とにかく現場に出てみて、とは言いたいです。新型コロナ禍で現場に出ることができないのは、本当に残念で辛いことですよね。でも、こんなときだからこそ、現場に出る方法を本気で模索するのが「やる気」というものだと思います。「本気」というものだと、思います。
「価値観の押し付けをしてならない」という価値観を持って何らかの行為を取ることもまた、価値観の押し付けだろうと感じた。結局我々は人生の過程の中で知らず知らず身につけたものも、選択して得た学びや知見もそれは「価値観」として醸成し、それを元にさまざまな行動を取るのである。そう考えてみると、価値観の押し付けはダメだとは言い切れないどころか、それは不可能なのではないかと感じた。自分たちが善だと思うことは間違いなく自分たちにとっては善なのである。それを認めた上でどういう選択を取るべきなのかを考えていかなければならないと感じる。
善…、難しいテーマですよね。もう哲学的問いかけ。そう、支援って分野は哲学と親和性が高いと思います。なにが善なのか?絶対的な善なんかなくて、これも時代と社会から自由ではないの典型ですよね。キリスト教の教化が絶対的な善だった時代と社会があって、今はそれは表面的にはけして許されない(実際には今でもあると思います)。
自分の語っている善は、自分(たち)の善でしかないのだということは忘れてはいけないと思います。その上で、でも善に価値を置きたいですよね。さて、そこから、どうなるか。
国際協力を考える上でよく出会うのは、「支援をする側は支援される側のニーズを把握した上で支援すべきだ」という意見である。特に先進国の人が途上国の人を支援する際には支援される側と同じ生活水準で最低半年は暮らせ!というような文献も読んだことがある。しかしどんなに長く支援される側の暮らしを体験しても、これまで自分が暮らしてきた生活と比較して意見をもってしまうのは確かだと思う。
私が教わった開発系の先生の中には、現場に入ってもそれまでの生活水準を落とすな。落とせば、生産性が落ちる、と言った方もおられましたね。それには私は共感できませんでしたけれど。
支援される側と同じ生活水準で最低半年は暮らせ!というアドバイス、わかるところもあるし、下手すると自己満足に終わる危険性も十分にある。そして、それまでの自分の歴史から自由になれないというのは、お書きになっているとおりですよね。たとえ疑似支援される側生活者になっても、疑似は疑似。どこまでいっても「疑似」だろうという批判からは逃れられない。
つまり実はそこは本質じゃないのかもしれませんね。とにかく、どうであれ、ありのままの自分で立ち向かうしかないのは確実です。ときには飾ります。特に若いうちは。わたしはそうでした。学歴とか、専門性とか。でもやがて、丸々の自分として立ち向かうしかない、はったりは必要ないって、思うに至りました。最初からそうである必要は、ないと思うし、無理とも思う。半年疑似支援される側をやってみるのも、きっと次のステップに行くいい取り組みかもしれないし。
「支援する側は支援される側のニーズを把握すべき」というのは裏返せば、「価値観の押し付けになる支援はするべきではない」ということなのかも知れない。しかし「価値観の押し付けになるから支援を行わない」ということもまた、「現状のままでいい」という価値観を押し付けてしまっているのではないかと思う。
そうそう、答えなんてなかなか見つからない。私は、絶対的な答えなんかないと思っています。絶対的な特効薬もないと思っています。じわじわしか世界は変わらない。そして、変わるときは変わる。で、そんな世界で自分は何をしたいのか?結局、問いはそこに返ってきます。その答えは、自分で見つけるしかない。そして、縁とか運とか、やっぱりある。縁を逃さない、運を持ってくる、それが準備です。
私はこのブログ記事に対しての「支援する側の意図は伝達ゲームの中で意図的、無意図的に変容する」というコメントに共感しました。確かに支援をする上で「価値観の押し付け」は避けることができないことだと思います。これまでの生活から無意識的にできてしまった自分の価値観をなくし、支援を行うことは不可能に近く、「価値観の押し付け問題」を議論していては一向に海外支援をすることはできません。そうではなく、支援される側が支援する側の価値観を自分たちの文化や生活に合うように変換して行くのだと考えて支援を進めていくべきだと感じました。
私は、つまりは相手を信用するってことだと思います。ちゃんと相手は取捨選択してくれるという信頼。捨てられてしまうことばかり投げかけているというのは、こっちの無能です。どれだけ取ってもらえるかが、こっちの腕の見せどころ。
「机上で考えをこねくり回しているような拙さ」という言葉が、まさに今の自分を言い当てていると感じた。(総合グローバル学部の学生として学ぶ)私たちは常に批判的な視点を持ち、構造的な暴力に対して敏感であるべきだ。ただ、村山さんの言う「拙さ」は、その批判的な思考が袋小路のようになっている状態、つまり思考停止を指摘していると思う。国際教育開発が「価値観の押しつけ」であるという避けようのない事実から逃げるのではなく、「押しつけ」であることの責任と覚悟を持った上で、各アクターとの相互作用を通じて自分の価値基準を相対化していくことが実務における第一歩になると感じた。
私ならば、自分の価値基準を相対化していくこと、ってなかなか書けなかったと思う。相対化されるってことは、とても怖い感じもする。主体化していくこと、って書いちゃうような気がするな。自分の価値基準を、より意識的に自分のものとして取り込む。そこにはとうぜん取捨選択がある。相対化っていうのは、つまり客観化するってことですよね。自分の価値観が客観化するって、怖くない?そこはむしろ、自分の孤高を守りたいところじゃない?言わんとされるところはわかるつもりですよ。でも、ある面、わがままな部分はあっていいとも思います。誰がなんと言おうと、俺は俺だ、みたいなね。それは相対化からはむしろ遠い態度ですけど、大切なことでもあるんじゃないかしら。
「価値観を押し付けてはならない」ということが「信じるな、疑え」と同義になるなんて全く考えもしなかった私は、今まで出会ったことなかった新たな武器で思いっきり頭をひっぱたかれた気分だった。教育開発を行う上で「支援する」側と「支援される」側は一方的な関係で、「教育する」側と「教育を受ける」側も一方的で、どうあがいてもこの関係からは抜け出せないのかなと思うと考え続けようと思うと同時に、苦しみやむなしさも感じた。
むなしさ、ってのは「自分のやっていることすらも、信じるな、疑え」って思うってことから出てくるものなのかな。支援の苦しさはあっていいしあると思うんですけれど、それが「むなしい」となるとちょっと虚無的というか、辛い感じはする。私よりずっと年上の方で、援助の仕事を長くされていた方が、援助支援のことを「虚構だね」とおっしゃったことがありました。それは辛かったなぁ。何より、ご本人が辛くないのかな、って思った。ご本人は、「俺はわかっているんだぜ」っていう感じでおっしゃったんですけれどね。でも、私は、それは無残って思ったな。
むなしい仕事ならば、長く続けるのはやめたほうが絶対にいい。苦しさは耐えられるけど、虚しさは耐えるのは難しい。
著者の「みな(支援される人々)それぞれ勝手にぼくの支援を咀嚼しているはずだ」という記述を「支援されたからと言って支援側の意図通りに支援された側が動くわけではない」と解釈した。私もその通りだと思う。同じ教育を施されても先生の意図したことを明確に受け止める生徒もいれば、内容を捻じ曲げて受け止める生徒、そもそも授業を聞いていない生徒もいる。だから支援する側は自分の及ぼす影響についてあれこれ悩むよりも自分が最善だと考える支援を精一杯行うことの方に意味があると思った。
そうそう、悩みながら最善と考える道を行くしかない、のかな。
あと、支援する側と支援される側の境界も、ときにあやふやになるのですよ。いい先生は生徒から学ぶことのできる人だ、というふうに言うようですけれど、支援する側が常に教える側でもなくて、支援される側が常に受け取る側でもないのです。教え教えられ、は、コミュニケーションではよくあることですよね。そして、支援者の期待通りに被支援者は動かない、はごく普通のことで、そこで怒ったら絶対にダメ。それを楽しめるようになると、楽ちんになってきました。
価値観を押し付けないことは不可能だ。ということについて、実際問題不可能に限りなく近いとは思う。でもそれは先進国/途上国間に限ったことではなくて、人は誰を見るにしても何をやるにしても自分のメジャーでジャッジする。もしそこに力の関係があると(金銭的、立場的 ex.親と子ども)人は、自分色に変えようとしたがる。なぜ人は自分の考えにみんなを変えようとしたがるのか。わたしのケースでいうと、わたしは正直周りの人が自分と似た意見、考えだと「生きやすい」から。だとしたら、この価値観押し付け問題の一つのアプローチとして、皆が自分と違う考えの人ともいい意味で干渉しないということが当たり前になればいいのかもしれない。(でも干渉しないとなると、自分が考える「問題」を「問題」としてそのまま置くということでもある、、、いいのか悪いのか)
適切な干渉と、干渉のしすぎと…。まさに、親が子どもに対してどう接すればいいかみたいな悩みに似ています。私の友人、仕事仲間で、子どもができてから、支援の仕方もすごく柔軟になったように私には思えた方がおられました。お子さんができたことで、具体的に自分のいうとおりにならない存在と徹底的につきあったことで、彼の心の中の寛容性が豊かになったんじゃないかなと勝手に想像しました。無理して分かり合う必要はないというのは、そのとおり。ただ支援を仕事としてする場合は、干渉しないって選択肢はなかなかないのでねぇ。そこはどう干渉しあうかという技術論がやはり出てくるのだと思います。
「支援を行う」という、簡単な言葉で表現されることもそこに内在する問題や関係をひとつひとつ突き詰めていこうとするとこんなにも複雑であるのかと改めて感じさせられた。「困っている人がいたら助けなさい」とこれまでの人生の中で教えられる機会は多かったが、それを深く考えていなかった(あるいは深く考えなくてもなんとかなる社会に身を置いていた)からこそ人間関係の中で様々な消化しきれない不協和音が生じていたのかもしれないと感じる。だが今後国際的な社会における支援ということを考え、実践していこうとするとき、このような考えることを諦め放棄してしまいたくなるような複雑な事象をみつめ、「変化」し続ける姿勢こそが必要とされるスキルなのだろうと感じる。同時に、このことはグローバル化といわれる現代、そしてこれからにおいては「支援する」という立場に専門的に携わらずとも重要な価値観なのではないかと考える。
はい、もはや世界は開いているので、こっちは越境しなくても、向こうから勝手に越境してくる人がいて、その人たちと一緒に生きていかなければならない、という時代ですよね。だから、支援とは関係なく、人が生きていく技として、異邦人とすれ違う、関わる、技術が問われる。その点では、越境した際の越境者としての体験を自分のマザー社会に還元することも、皆さんの大切なお仕事になっていくかもしれません。不協和音は、当たり前。でも、不協和音がずっと続くのはストレスだから、なんとかしなくちゃいけない。何かのときは、そりゃ助け合えたほうがきっといい。それも技術だと思うんですよね。日本の学校教育カリキュラムにもそういう視点がどんどん入っていかなくちゃいけないと思っております。
手抜き投稿になるかと思ったら、全然ならんかった。でも、皆さんの思いを読むのはとても楽しいことでした。本当にどうもありがとう。皆さまのますますの健闘を祈ります。
ではでは、またまた。


















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