当然!というほどではないけれど、まぁ仕方ない、って感じのフィリピン
背景にある階級社会
1987(昭和62)年に歌手でタレントのアグネスチャンが自分の乳児を連れて、テレビの撮影現場に“出勤”した。それを受けて、一部の識者から「大人の世界に子どもを入れるな」、「周囲の迷惑を考えていない」、「プロとして甘えている」といった声が上がった。アグネス論争といわれる“事件”だった。今から30年以上前、今ほどは働く女性が多くない時代のことだった。保育園の不足なども、まだ社会問題化する以前の話だ。当時、ぼくは大学を卒業するころ。アグネス論争は、まだ頭上を飛びかういろんな事象のひとつで、それほど強い印象はない。
その後、ぼくが「子連れ勤務」と直面したのは、1998年ごろ、フィリピン、マニラの教育省本部で働き出したときのことだった。フィリピンの教育省では、女性スタッフが7割ほどを占めていた。フィリピンの事情通によれば、外務省や財務省といった「もっともエリートが集まる省」では男性が多数派だということだったけれど、それでも中央政府の本省で、女性スタッフが7割を占めるというのは、日本では想像もつかないようなことだろう。本省内では、部署の長である女性スタッフが、部下の男性スタッフにコピー取りさせるなんて光景は日常茶飯事だった。
ぼくが派遣されたのは理数科教育改善計画で、初等教育部、中等教育部、現職教員研修部などの複数の部局に横断的に関わっていて、それぞれの部局にそのODAプロジェクトの担当者がいた。ほとんどが女性だ。彼女たちは高等教育を受け、英語はできて当たり前、みな結婚して子どももいる、いわゆるキャリアウーマンたちだった。職場に子どもを連れてきていたのは彼女たちキャリアウーマンでではない。
当時、ようやくフィリピンの職場にパーソナルコンピュターが導入されつつあった。多くの専門職スタッフはまだ手書きで必要書類を書き、それを各部局にいるタイプライター、つまり助手のような立場の人たちがパソコンを使って入力して仕上げていた。子どもを連れてきたのは、そんな助手の人たち、あるいは雑務を担当するような人たちだった。
ぼくと一緒に働いていた日本人の専門家はプロジェクトのアドバイザーという立場の人だった。彼は日本の外務省関係の仕事をリタイアした後に、そのポジションに派遣されていた。その彼が、子連れ出勤を嫌っていた。仕事場に子どもを連れてくるような職場で、まともな仕事ができるわけがないというのが、彼の持論だった。子連れを許しているから、「フィリピンは成長しない」というのが、彼の持論だった。
確かに、ときに子どもの泣く声が響き渡るというのは、緊張感を削ぐときはあったように思う。あるいは、小学校に上がる前の子どもが数名で走り回るというようなことも、たまにはあった。ただ、ぼくはそれほど気になりはしなかった。そもそも、そのころのぼくは、勤務日の半分以上は地方に出張に行くのが常で本省の事務室は留守にしがちだった。そして、地方の教育事務所では、子連れ出勤は本省よりもよく見られた。
確かに子連れ出勤は認められていた、というか黙認されていたけれど、子連れで出勤するスタッフは「申し訳ない感」を醸し出していることが多かった。ぼくの同僚だったキャリアウーマンたちは、まず子どもを連れて職場に来ることはなかったからだ。そんな上司の、ときに厳しい視線を避けるように、騒ぎたがるこどもを「静かにしなさい」となだめる母親に、でも職場全体としては「まぁしょうがない」という緩やかな雰囲気が流れていた。
ただ、教育省本省の大臣や次官が務める官房たちが働く階では、子どもを見た覚えはない。教育省の中にも歴然とした社会階層があって、高い層にいけばいくほど、やはり子連れ出勤は「よろしくない」という雰囲気があった。
そもそも、キャリアウーマンたちが子連れで出勤する必要がなかったのは、彼女たちの家庭には必ずと行っていいほど、メイドさんやベビーシッターさんがいるからだ。省の7割のスタッフが女性という日本にはあり得ない状況の背景には、社会階級がはっきりと存在するというフィリピン独特の事情があった。
女性にも高い教育を受けさせる上流階級の家庭は、貧しい社会階層の安い労働力に家事労働を任せるのが当たり前だった。そして、子連れ出勤するスタッフは、メイドやベビーシッターを雇えるほどは豊かではない、中流の下、というところに属する人たちなんだ。
フィリピンの地方でも、さらにフィリピン以外の国々でも、現職教員研修に子連れ参加はごく普通
さらには、やがて地方で始まった研修では、多くの現職教員が子連れで研修に参加した。その多くは母親教師だ。けれど、たまには男性教員が幼い子どもを連れてくることもあった。たとえば、母親の具合が悪いとか、母親のほうが子連れ出勤ができない状況だったとか、そんなことがあれば、父親が子どもを連れてくる。それを咎める雰囲気は、まったくなかった。
あるいは平日に学校を視察にいけば、教室で教える教師の子どもが、教室の隅につるされたハンモックで寝ている、なんて風景も時々見かけることがあった。子どもがむずがると、生徒のなかの誰か(やはり女の子だったけれど)が、授業中でもその子をあやしたり、哺乳瓶でミルクを飲ませたりする光景に出会ったこともある。
その後も、フィリピン以外の多くに国で、職場の学校に自分の幼子をつれてくる先生の姿を見てきた。カンボジアでも、ルワンダでも、現職教員研修には、子どもを連れたお母さん先生の姿があった。
そういう姿を多く見てきたせいか、ぼくには子連れ出勤への忌避感がほとんどない。フィリピンで一緒に働いた日本人専門家のように「職場に子どもを連れてくるなんて!」と鼻息荒く息巻く姿のほうが違和感をおぼえる。
子連れ出勤って、そんなに悪いことかなぁ。日本でも、むしろ、みんなでもっとやっちゃったらどうだろう?
子連れ出勤促進を日本社会変革の柱にするのは、どう??
「大人の世界に子供を入れるな」という考えは、わからなくもない。大人には大人たちの豊潤な時間の過ごし方というのは、あるとぼくも思う。でも、もし子連れが許されるとしても、そんな豊潤な時間のすべてが犠牲になるわけではないだろう。とすれば、多少はしょうがないじゃん、とも思う。
「周囲の迷惑を考えていない」というのは、結局、子連れが圧倒的に少数だからそうなる。子連れ出勤が社会的に普通のことになれば、こんな声は自然と消えてなくなる。だから、もう社会広く全体として「子連れOK」運動をやっちゃうしかないかなぁ。まぁ、コロナ騒動が起きている状況では、ますますむずかしいのだろうけれど。
社会は多少ぐちゃぐちゃのほうが楽ちんじゃないかな。きっちり整理整頓されている社会は、堅苦しい(だから、ぼくは意識的に机の上を片付けない、ってことを言いたいのではありませんよ)。子連れ出勤が増えるというのは、社会をちょっとぐちゃぐちゃのほうに向けるってことじゃないかな。つまり、子連れ出勤を否定する流れでここ半世紀以上進んできた日本の社会にちょっとブレーキをかける意味でも、子連れ出勤を積極的に認めるってことは意味がありそうなんだけれどなぁ。
ただ、それが社会階層を強固に作り上げるって方向に進むのは楽しくない。だから、偉い人ほど、子連れで出勤することにしたほうがいい。男性の子連れ出勤ももちろんOKだ。学校では校長が、職場では役職が、国会では大臣が、子どもを連れて働く。もちろん、非効率的な面はあるだろうけれど、子どもを預ける保育園がない、なんてことになるよりは、良い社会だと思うけれど。
そうなれば、今よりも児童虐待も減るだろう。他人の子どもへの目配りも、今よりずっと豊かになるだろう。
障害のある子どもはどうしようか?障害がある子どもこそ、保育所などの第三者の積極的な介入(サポート)があってしかるべきかもしれない。
おそらくフィリピンでも、カンボジアでも、障害のある子は、表に出さない傾向があったのだと思う。そのあたりは、むしろ先進国が障害者との共生の模範を見せるときなんじゃないのかなぁ。


















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