血税
「ODAの目的の第一は、国益である」という趣旨のことをODA実施機関であるJICAのスタッフが口にしたとしても、驚くことではないだろう。「血税」という言葉を口にして開発援助を語る人も、私の直接の経験でも何人もおられる。
私は「血税」という言葉は、好きではない。もっとはっきり、嫌いだ、と書く。税金については、もう少しさらっと考えたいように思っている。もちろん、富豪であろうと、貧しい人であろうと、税金を払うということは大変なことであるし、尊いことだと思う。そして、その税金の使いみちがこの世の中、世界がより素敵なものであることにつながって欲しいと願う。それでも、その支払いを「血税」と呼ぶことで、わたしはなにか禍々しさを感じてしまうのです。それほどのもんでもあるまいよ、と私は思うのです。
さらに、何に使うことが「世の中、世界がより素敵なものになる」ことに繋がるのかは、明確な答えはないようにも感じています。たとえば、平和を維持するための努力は必要として、「我が国を攻撃しようとする敵国を先制攻撃するための装備」への投資が 「世の中、世界がより素敵なものになる」 につながるのか。私は、そう思っていないけれど、そう思う人たちが少なからずいることは認めるしかない(実際、選挙結果を見ると、そういうことを主張している人たちが当選していますし)。だから、ほんとに世の中、難しいなぁと思う。
39台の新車という支援
さて、昨日、在カンボジアの日本国大使館が「ASEAN 2022向け日本車39台の引継ぎ式」というタイトルの投稿をしました。その写真の一枚を、今回の私の投稿の写真として使っています。そこにはトヨタ社製の新車がずらりと並んでいます。車にはあんまり詳しい方じゃないので、この車が何かわからないまま書いています。1台いくらぐらいするのかな? おそらくカンボジアで購入したら1000万円ぐらいだろうか? カンボジアで新車を購入すると、税金が高いので日本での購入価格よりも2倍弱する印象を私は持っています。
追記*このブログを公開したら「ODAだから無税。見た感じ400万円程度の車」という指摘が知人よりすかさずありました。なるほど、無税かぁ。とすれば、総額1億5千万円程度の支援となります。ま、それでも庶民には大きな金額でありますけれど。
39台だと、約4億円(1億5千万円?)ぐらいだろうか。この額、正しいかどうかは未確認です。しかもこの支援が、無償なのか、借款なのかも未確認。無償であれば、いわゆるギフトですけれど、借款であれば、カンボジア政府が日本政府からお金を借りたということになり返済する必要があります(援助の借款は、ときどき支払い免除になったりすることもありますけれど)。無償か借款か、大使館の投稿からはわかりません。雰囲気は、無償(ギフト)っぽいですけれど。
4億円(1億5千万円?)て、どれぐらいの額なのだろうか? なんか比較対象はないだろうかとたまたま見つけたODAによるカンボジア支援のひとつ「国税局人材育成プロジェクト(フェーズ2)」の協力金額は0.92億円でした。教育支援では、現在進行中の大規模な校舎施設建設などを含むカンボジアでの教員養成大学支援プロジェクトの協力金額は31.70億円です。
つまり私の感覚では、4億円(1億5千万円でも・・・)は安くないと感じます。校舎建設などの土木支援を伴う大型援助と比較すれば小さめですけれど、それでもいろんなことができる可能性のある金額です。
お金の使い道という点でも、先に書いたように、いろいろな考え方がある。来年にカンボジアで予定されている東南アジア諸国合首脳会議(ASEAN2022)への新車39台の支援が日本国の国益に叶うと考えた人たちがいたのです。
ただ、私の第一印象は、「表立っての賄賂みたいだなぁ」でした。表立った賄賂とは、形容矛盾ですね。表立っていれば賄賂ではない。はい、そのとおり。だから、この支援はもちろん賄賂じゃありません。でもなんか、歓心を買うことに重点を置いた支援だなぁと私は感じたのです。
車なんかしっかり走れば(そしてきちんとブレーキが効けば)見た目なんかどうだっていいじゃないかと思っている私としては、外交で使う高級車の支援は、「なんかなぁ」という支援なわけです。ASEANが終われば、これらの車はカンボジア政府の高官たちが使うのだろうなぁとも思う。そして、そういうニーズが、カンボジアを鳥瞰したときに優先順位が高いとは思えない。
現政権の歓心を買うような支援。たとえば中国政府が同じような支援をすれば、「いかにも…」と思ってしまう種類の援助です(ここで中国政府を唐突に出すのはなんか良くないかなぁとも思いつつ、某国と書くのもカマトトと思われ)。
内戦で苦労したカンボジアの人たちが、現長期政権を支持することは理解できます。一方で、現長期政権の野党への弾圧などは、私の価値観からはやはりとても認められない。ここでも現長期政権への評価は様々なわけです。
その長期政権の歓心を得ることには、日本国国益を考える視点からは妥当性があるとする価値観があるのもわかります。特に、中国政府との兼ね合いの中で、日本政府の存在をアピールするという背景があるに違いありません。
理想と現実の兼ね合いをどうつけるのか。私も、20代後半から50歳までODAの片隅で自分の食い扶持を稼いできました。事故後も生活が成り立っているのは、その20年強の蓄積のおかげでもある。
そして、色々とあるODAの中で食いつないできたからこその「理想と現実」の間でのもやもやという葛藤の時間があります。それでも「教育分野」での支援は、理想と現実の乖離が比較的少ない分野だと思います。30代のときに関わったフィリピンのプロジェクトでは、長らくODA支援の仕事を続けてきた上司が、自らも関わるその教育支援プロジェクトを形容して「虚構だね」とつぶやいたのも覚えているけれど、でも私はそうは思わなかった。今もそうです。教育支援に、夢も希望も持っていますよ。
「日本人の友達、いつもカンボジアを助けてくれてありがとう」
日本大使館のFacebookへの投稿には、カンボジアの人たちから「日本人の友達、いつもカンボジアを助けてくれてありがとう」というような内容の感謝の言葉が多く寄せられています。 Embassy of Japan in Cambodia ស្ថានទូតជប៉ុននៅកម្ពុជា – 投稿 | Facebook
ここでも、踏み込んだ議論は難しいのだろうと私は感じます。「そんな援助必要なの?」という声を上げるのは今のカンボジア社会ではけして簡単でない(それとも、それは私のゲスの勘ぐりで、そういう思いそのものがない? いえいえ、そんなことはないと私は思ってます)。
と、今回は、このまま仕切りれトンボのように、終わります。なんかエネルギー、沸かない。
ひとつのエピソードのご紹介まで。
ではでは、またまた。
追記 援助された車はトヨタのカムリという車だそうです。日本では350万円ぐらいから購入できる車種ではというのが知人が知らせてくれた情報でした。それを読んで、私は別のことが心配になりました。もし今後、他国がよりゴージャスな車を贈呈してくれたら、このカムリははたして予定通り使われるだろうか、と。そんなことが起こらないとは、簡単に言えない過去がいろいろあるのです。
その点でも、ASEAN2022、新しい視点でのお楽しみができました。


















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