インターネットでの情報をパラパラやっていると、ふーん、こんな情報が人気があるんだぁと思うことがけっこうあります。たとえば、Youtubeという動画サイトで根強い人気があるテーマは「買ってよかったもの」というテーマ。
それで思いついたのがぼくにとっての昨年「最大」の買い物について。そして、それは越境にもつながっていくものなんです。ということで、まずはその最大の買い物について。
タンザニア、ザンジバルからやってきたティンガティンガ
自動メール配信機能を使ってこのメールを読んでいる方、ぜひそこからこの『越境、ひっきりなし』のサイトに飛んで見て下さい。今日のトップの写真が、ぼくが昨年買った最大の買い物なんです。
タンザニアの画家、サイディという名のアーティスト、が描いた絵。きっとこれは大人、特に女性向けの識字教育の場面でしょう。10人の女性が座って、本をながめています。黒板の前には、サファリスタイルの男性が文字を描いています。これは大人向けの教育、って書いてあるらしい。ひとつ、惜しい!と思ったのは、この先生も女性だったら良かったなのに。でも、画家さんが見た教室では、やっぱり男性が先生だったのかもしれません。もし「先生(指導する人)=男性」みたいなイメージが強いとすれば、それはジェンダー問題にも空想が広がります。
もうひとり、左下のほうに女性が立っていて、なにかドラム缶のようなものの蓋に手を伸ばしています。このドラム缶は…ゴミ箱でしょうか?多分それはない。タンザニアの農村に、日本の家庭ででるようなゴミはほとんどそんざいしないはず。堆肥?それも違うなぁ。おそらく、水を貯めているのじゃないかな。でも彼女はその手に容器もコップももっていない。おそらく、蓋をあけた水には青か赤い色をしたプラスチック製のコップがプカプカと水に浮いているんじゃないだろうか?さて、彼女も、この野外教室の生徒さんでしょうか?
絵の中央上には、緑色の実を重そうにつるしたマンゴーの木があります。木陰に座れるのは、リーダー格の女性たちなのかな?背後にあるふたつの家は、村の家でしょうか?学校には見えません。
とすれば、村の男たちはどこに居るのでしょう?畑で働いているのでしょうか?サッカーの試合にでも出かけてしまったのか?それとも、男性向けの教室は、また別の場所で開かれているのだろうか?
赤茶けた土の色、これはラテライト、あるいはラトソル、つまりは赤土。熱帯気候では土中に含まれる有機物はどんどんと分解されて、残った鉄分やアルミニウム分が酸化して集積した色。つまりは、鉄錆色になります。
ぼくが暮らしていたケニア西部のクウィセロ村の以下の写真。この道の色が、赤道直下の赤土。この絵、タンザニアも赤土の国だ。

こうやってこの絵を眺めていると、いろんなことを思う。
2020年9月横浜で
この絵と出会ったのは、2020年9月、横浜で開催されたティンガティンガ展に出かけたときだ。
「ティンガティンガ」とは、タンザニアで生まれたポップアートの呼び名で、1932年生まれというティンガティンガさんという人が道端で描き始めたことに由来してる。彼がタンザニアの動物や村の風景を描いた絵が観光客の人気となり、彼に続く画家が生まれていった。ティンガティンガさんは1972年に亡くなってしまったけれど、彼を慕って集まってきた画家たちが職能集団として存在し、今も様々なスタイルで絵を描き続けている。ぼくがケニアで暮らした1991年には、ケニアでもティンガティンガというスタイルの絵は人気で、アフリカ土産のTシャツの柄などにもよく使われていた。
この懐かしいティンガティンガを、その他のタンザニアの生産品と共に展示販売するこのティンガティンガ展に出向いたのは、『アフリカから、あなたに伝えたいこと 革命児と共に生きる』という本をかもがわ出版から2000年1月に出した島岡由美子さん、さらには、彼女のパートナーの“革命家”島岡強さんにご挨拶するためだった。
以下の写真、島岡由美子さんがご自身のブログに掲載したものを無断でお借りしてしまいました。左が由美子さんの『アフリカから、あなたに伝えたいこと』で、右がちょうど1年後2021年1月に上梓した拙著『超えてみようよ!境界線 アフリカ・アジア、そして車イスで考えた援助する側・される側』。そう、この2冊の本は同じサイズの姉弟本なのです。
この2冊以外にも、長男、長女に当たる本があります。
ひとつは、2019年10月に出た井上直也さんの『イスラム世界をたずねて 目的地は学校です』。あと、2019年6月に出た高橋美香さんと皆川万葉さんの共著『パレスチナのちいさないとなみ 働いている、生きている』です。
(かもがわ出版のホームページかもがわ出版 (kamogawa.co.jp)から、上部の「書籍検索」をクリック、さらには「分野別検索」をクリック、そこで「海外事情」を選択すると、これらの兄弟姉妹本がみつかります。)

B5判変型というこれらの本、ほぼ正方形でしょうか、変型というぐらいですから、ちょっと変わったザイズです。本棚に他の本と並べると、ちょっと背中が飛び出してしまうみたい。それが「かわいい」という評判も(って誰の評判なんだ???)
で、兄弟姉妹の中で、特に島岡さんたちにお会いしに行ったのは、たまたま「ティンガティンガ展」という機会があったこと、さらにぼくの本を編集してくれた山家直子さんが「アフリカ仲間ということで!」と誘ってくれたから。
ちなみに、『超えてみようよ!境界線』の元原稿を読んでくれた山家さんが「本にしましょう」と声をかけてくれたときに、いったいどんな本になっていくのだろうと思って、ぼくは先輩方の本はみんな読んだ。そして、島岡由美子さんが“革命家”とザンジバルで過ごした記録の本2冊『我が志アフリカにあり・新版』と『続 我が志アフリカに在り』(どちらも出版元はバラカ)も読んだ。島岡さんたちが“革命”の一歩をアフリカで踏み出したのは1987年。つまり、ぼくがケニアのクウィセロで暮らしていたとき、島岡さんたちはすでにザンジバルの日々を開始して数年経っていたんだ。『我が志アフリカにあり・新版』の元となった『我が志アフリカにあり』が朝日新聞社から出たのが2003年12月。うーむ、うかつにもずーっと島岡さんたちのことを、本を出すという機会まで知らないできてしまった。アフリカにはわりとアンテナを張っていたし、数年前まで友人がタンザニアの中心都市ダルエスサラームで働いていたのになぁ。
革命家のこと
島岡由美子さんの書かれた本、もちろん由美子さん御自身の体験も楽しくまた切ないのだけれど、なんといっても強烈な“主人公”は、由美子さんがパートナーとして選ばれた島岡強さんだ。
お二人の出会いは、北海道のユースホステルだったか(すいません、本がすぐ手元にないので記憶で書きます)。革命を熱く語る強さんに、由美子さんは強烈な印象を受けます。
1980年代の日本で、革命を熱く語る青年。強さんが革命家として名を上げるのは、毛沢東やホーチミン、フィデルカストロ、チェゲバラ……。強さんご本人も語っているけれど、強さんが語る革命の話に真剣に耳を傾けた人は、そうそう多くはなかった。そして、由美子さんは、どういうわけか、強さんの話を熱心に聞いたんだ。
そこから巡り巡って、強さんは、当時まだ人種隔離政策(アパルトヘイト)を行っていた南アフリカ共和国への潜入を考える。その過程で情報が集まってくるザンジバルで暮らし始める。そのアフリカ行きに同行したのが、強さんのパートナーとなった由美子さんだった。
ところが、そうこうしているうちに南アフリカ共和国の政治状況は激変する。1990年に隔離政策反対派の象徴的リーダーであるネルソンマンデラが27年ぶりに釈放され、アバルトヘイトは終焉する。つまり、南アフリカ共和国での革命は、ほぼ無血で達成されてしまったんだ。そして、島岡さんたちの“革命”活動は、ザンジバルでの地元住民主体の自立した経済活動に向かっていき、それは現在まで続いている、ということなんだ(そのほか、柔道とか、由美子さんの本にはいろんなエピソードが書かれています)。
以下、詳細な内容は、ぜひ由美子さんの本を手に取ってみて欲しい。そこには、強さんの熱意に共感して一緒に海外に出たものの、実際の生活に翻弄され、失礼で無責任な日本からの来訪者に怒り、ときにマラリアで死にかけ、そんな日々の中でどんどんたくましくなっていく由美子さん自身の姿も描かれている。すごいすごい。
実際にお会いした由美子さんは、本の写真でお見かけしたのと同じステキな笑顔で迎えてくれた。さらに、頭をアフリカの布でターバンし、白いスーツのズボンのポケットに両手を入れた、やっぱり写真通りの強さんがおられた。
ひっきりなしに来客が訪れる中、20~30分、お二人を貸し切りでお話することができた。
ぼくが強さんに尋ねてみたかったのは、革命で銃を取ることについてだった。強さんは、必要なら銃を取るつもりでアフリカに渡った答えてくれた。「そういう時代だった」と彼は言った。そして今は「そういう時代ではなくなった」とも。
ぼくが強さんが半期で行くのを止めたという大学のことをたずねると、彼は「大学には同志を探しに行ったけれど、すぐにここには革命の同志はいないとわかったか」と言う。さらに、「俺たちは就職とか、できないから」と続ける。「俺たち」?「俺たちって、誰ですか?」「俺たち革命家」。うーん、なるほど、これが強さんか。
その他、まだまだたくさん聞いてみたいことがあったけれど、お二人を訪ねてくるお友だちが何人も来られているなかで、いつまでもお二人を貸し切りにするのは流石に失礼だった。ということで、話足りない気持ちのまま、でも、ぼくは会場を後にした。
で、そのときに買ったのが、今日の主役、あの絵、なんだ。
後悔はまったくない!
いくつものティンガティンガの絵の中で、あの絵はティンガティンガの代表的な作風とはちょっと違っていた。多くの動物などの絵から比べれば、色使いも含めて、地味だ。
けれど、これまで途上国での教育支援をしていたぼくからすれば、そこで描かれている識字「教育」という場面は、どうしたってとても惹かれてしまったんだ。
絵の値段というのは、よくわからない。適正価格??誰が決めるんだ?
ただ、これまでいろんな社会の市場で値段交渉から始まる価格決定を経験してたどりついているのは、値段とは納得すればそれが適正という感覚だ。同じものでも、人によって値段が変わるのは、大量生産大量消費という現代では不公正に感じるかもしれない。人によっては、自分が購入したものが、他者にはもっと安く売られたら、怒ったりするだろう。もちろん、それはわかる。
でも、払ったときは、納得して買ったんだから。それがあなたとそのモノを結ぶ、適正価格でいいじゃない、って思ったりもするのです。高額過ぎると思ったら、買わないという選択もあったわけだから。
と、なんだかんだと書いていますけれど、うん、この絵はぼくのお財布にはけして安くはなかった。割りと、エイヤッと清水の舞台から飛び降りるぐらいの気持ちで購入しました。でも、絵を知る人にとっては、どうなのかな、きっと特別高価でもないだろう。だって、ぼくが使っている消耗品であるパソコン(LenovoのThinkPad)と同じぐらいだったから。うん、ステキな買い物だった。日本の住まいの壁に飾った絵、とっても気に入っている。後悔は、もちろんまったくない!
その後、お二人は、コロナ禍の中、ザンジバルに帰られた。そして、由美子さんは御自身のブログで、ぼくの本についても紹介してくれた。嬉しかった。ぜひ彼女のブログアフリカフェ@バラカBlogにも遊びにいってみてください。
https://sky.ap.teacup.com/africafe/2655.html
そうそうもう一つだけ。強さんに、「ザンジバルの後、次の革命を考えているんですか?」と聞いてみた。革命家は、革命が終われば、次の革命に突き進むものじゃないか、チェバラみたいに。強さんはもちろん、と答え、アフリカのある場所の名前を口にした。「昨日も夜中まで、電話での交渉で大変だった」と笑う。もちろん、それは銃とはもちろん無縁の話だ。ということは、『我が志アフリカにあり』は、どうやら続々編があるみたいだ。ぼくは今からそれがとても楽しみなんだ。


















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