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プノンペンの王宮にも、バンコクの王宮にも飾られている「最大領地地図」
冒頭の写真、左がアンコール王朝の最大領地(13世紀初頭ごろ)、右がアユタヤ王朝の最大領地(18世紀前半)を示す東南アジア大陸部の地図です。プノンペンの王宮見学に行けば左の図と似たものを、バンコクの王宮を訪問すれば右の図と似たものを、観光コース順路のどこかに飾られているのを見ることができるはずです。
カンボジアでFacebookを見ていると、よくアンコール王朝の左の図に類似したものが流れてきて多数の「いいね」を集めているのに出会います。アンコール王朝が現在のシュムリアップの町の北部に栄えたのは西暦802年から1431年とするのが通説です。600年以上続いたアンコール王朝は現在のカンボジア王国で《栄光の時代》として国民に広く共有されています。
たとえば、あの有名なアンコールワット遺跡はスーリヤヴァルマン2世が12世紀の前半に建築したものです。さらに12世紀後半から13世紀にかけてのジャヤーヴァルマン7世の時代(アンコールトムはこの時代に建設されました)にもっとも栄えました。冒頭の地図はそのころのアンコール王朝の影響力が及んだ地域を示したものです。
その後、アンコール王朝は徐々に勢力を失い、15世紀に入って西に興った新興勢力であるアユタヤ王朝に侵攻されアンコールの地を放棄したのです。陥落(1431年)のころ、南米ではアステカ帝国が繫栄し、欧州イタリアではルネッサンスが花開き、東南アジア諸島地域ではジャワ・スマトラのイスラム化が進み、日本では室町時代中期(やがて応仁の乱が始まる前夜)、というようなことが起こっている、そんなときです。
アユタヤ王朝は1351年に開かれ、それ以前に栄えたスコータイ王朝を引き継ぎ、そして現在のカンボジアの西部地域を飲み込んで勢力を拡大し、18世紀初頭には冒頭の右の図のように最大勢力を誇りました。その後、1767年にビルマから攻められスコータイ王朝は滅びますけれど、すぐにタクシン王がタイ王朝を復活し、短いトンブリー王朝の時代を経て現在のバンコク王朝(チャクリー王朝)に繋がります。
この時代、東南アジア大陸部はアンコール王朝時代には世界的にももっとも人口密度の低い場所でした。熱帯モンスーン地帯が広がるタイ湾沿岸は鬱蒼としたジャングルにゾウやトラなどの大型哺乳類が生息し、マラリア等の熱帯風土病もあり、人間の侵入を拒んでいたのです。
そのためこの地に栄えた古代帝国にとって、アンコールワットのような大きな寺院兼王宮の建設のための労働力確保が大きな課題でした。当時の武力遠征とは、要は労働力となる人員の確保、つまり奴隷狩りがその大きな目的だったのです。
そして、冒頭の図の領土を示す境界線は、奴隷狩りが及んだ最大範囲を示す意味合いが大きく、現在の近代国家の統治という意味での国境線とはまったく違うものと考えるのが良いようです。
さらに、中国北部雲南方面からインドシナ半島に至る山岳部は近年の歴史社会学者からゾミア(Zomia)と呼ばれ、意識的に国家権力から距離を置こうとした人々が多く暮らす地域と考えられています。アンコール王朝やアユタヤ王朝などの繫栄した地域の権力体制の奴隷狩りを避けて、あえて山岳部に移住していった人たちがいたという解釈です。

そのような知見とは別に、アンコール王朝(クメール王朝)やアユタヤ王朝の最大勢力図を眺めて、それを近代国家の国境と同じように解釈して、過去の栄光にうっとりする人たちが少なからず存在するのは確かなのです。でもね、やっぱり敢えて問いたいのです。それはいったい誰の手柄なのかと? あんた、その何に貢献したんかい?と。
あなたの手柄なのかどうか?
自分の手柄でもないことに対して、まるで自分ごとのように誇りを感じるということは、私たちのまわりにはけっこうたくさんあるように感じます。
たとえばオリンピックでの自国選手やサッカーのナショナルチームの活躍に一喜一憂する感覚に、「それは誰の手柄なん?」と問うことは、少々意地悪なのかもしれません。でも、どう考えたって選手やコーチ陣の手柄であって、ほとんどの人たちはその成果になーんも貢献はしていない。それども「税金の一部が彼らの競技参加の助成金として使われている」ことを、自らの手柄と考える人も少しはいるのかしら? いやいや、そりゃ無理やりだってば。
応援するのはよーくわかります。応援する選手やチームが存在した方が、ゲーム観戦はより一層盛り上がって楽しめますし。けれども、勝利の果実を選手やチームが手に入れたとしても、それは彼らの手柄であって、応援者は拍手でその栄誉を称えるのみです。その勝利を、自らの手柄のように思うとすれば、それはやはり滑稽な越権行為でしかないのではないでしょう。行き過ぎれば、つまり余計なお世話。
それでも。
もし今後、なんかの拍子にカンボジア代表がオリンピックのような国際大会で優勝することがあるとする。あるいはノーベル賞でもよろしい。現実的には、たとえば米国などの先進国への移住者が、そこでトレーニングを受け、その能力を開花して、メダルなり賞なりを受けることがあり得るシナリオでしょう。それでも、そのときのカンボジア国の盛り上がりを想像するのはそれほど難しいことではありません。勝者・受賞者は国民的英雄と政府のリーダーたちから直接ご褒美を受け取ることになるでしょう。おそらく勝利・受賞の翌日は、ナショナルホリデーで祝日になるんじゃないかな(ちなみにタイでは女子重量挙げでオリンピック金メダル者がすでに生まれていて、そのときは国を挙げての大騒ぎになったのでした。最初の金メダルは2004年アテネオリンピック、だと思います。タイはその後も女子重量挙げ軽量級では常に世界トップレベルの実力を維持し、2021東京オリンピックでもメダル取っているんじゃなかったかしら)。
国際的ギャンブラー兼著作家で名著『無境界家族』の著者でもある森巣博は、その著作のどこかで「途上国代表選手がオリンピックでメダルを獲得してそれを国家の偉業として祝うことはOKだけれど、先進国が同じように大騒ぎするのはもはや大人げない」という主旨のことを書いていたはずです。はい、私も森巣さんに同感です。それは確かにダブルスタンダード。けれども、途上国が大喜びするのに対しては、まぁ固いこと言うなよって気持ちは、私にもある。
一方で、やっぱりそれも「自分の手柄」じゃない。そこはぜひクールダウンして欲しいなぁと強く望むのです。あくまで拍手を送り、お祝いするということです。それ以上ではない。けれども愛国精神の育成が急激に進む社会では、「だれの手柄なの?」問題は一気に閾値を超えてきちゃうこともあるのだろうなぁ。
自国を誉め称える風潮もね……
さて、翻って我が祖国日本です。やはりSNSの中では、「素晴らしき日本」というような情報が氾濫しています。電車の中で大きな荷物を座席にまで持ち込む海外からの人びとに触れて、それに比べて道徳心にあふれた日本の人びとよ、というような論調。あるいは細部まで心意気届いた職人の皆さまの技。トヨタに象徴される高く丁寧な(他の先進国にも真似できない)技術力。おもてなしの気持ち、気遣い。ゴミの落ちていないきれいな街。時刻表通りに運行される超特急新幹線。車イス者ひとりひとりに対応する乗降者ボードを設置する駅員の皆さん。
さすがに80数年前の朝鮮半島と台湾、南樺太を植民地化し、さらに南はパプアニューギニアまで伸び、東はインドシナ半島からビルマ方面まで伸び、もちろん満州に中国北東から海南島までを含んだ「大日本帝国最大領土」を懐かしむかのような投稿はないにせよ(私がしらないだけで、探せばけっこうあるのかしら? ちょっとハラハラドキドキワクワク……)。
とにかく、素晴らしき日本、素晴らしき日本人……、でもそれはあなたの手柄なんかい?どうなの? たとえば日本国籍を持つ私は、自分では腕時計の故障も直せないし、車のエンジンの調整だって最近のICチップでコントロールするタイプはまったくお手上げ。特に職人技も持ち合わせていないし、もちろん電車のダイヤ編成も運行もまったくの門外漢なわけです。素晴らしき日本、素晴らしき日本人、という実態があるとしても、それに対しての私の貢献はほぼほぼゼロ。まったくのナッシング。
で、あなたはどう? 貢献しているの? 貢献できているの? 貢献、したいの?
日本国民から、というメッセージを読んで私が感じる落ち着かなさ
途上国の教育開発の支援なんてことを仕事にしていると、日本からの支援で建設された小中学校の校舎に遭遇することもよくあります。スリランカでも、フィリピンでも、カンボジアでも、モンゴルでも……、きっと他の国でも出会っていると思う。それが政府間援助(ODA)でも、民間の援助でも、校舎には「From the people of Japan」というボードが日の丸つきでどこかに掲示してあります。学校校舎だけではなく、病院や橋、バスや救急車にも「From the People of Japan」。日本国民から、というこのメッセージを見て私はよく落ち着かない気分になるのです。だって、俺、知らんし。一応、私も「the people of Japan」のひとりだろうと想像するのですけれど、私、この件、ぜーんぜん貢献してませんから。それが知らないうちに、私も込みで「日本国民からの贈り物です」という風なボードを見ても、そして感謝されたとしても、やはり俺、なーんもしてないからなぁ、って思うのです。まかり間違っても、「俺、いいことしてるじゃん」とは思えないし、だからもし「ありがとう」なんてお礼を言われても、戸惑っちゃうわけです。

もちろんね、自分がかかわっているなら、誇らしく思えるってわけでもなくて。あくまでこっちは食い扶持として淡々と仕事をしている(もちろん、できるだけ良い仕事はしようとしているけれど)だけなんでね。
そもそも、国際支援協力って、もはや善意で語れる部分は多くない。国際支援協力ってすでに産業のひとつだとすら感じます。国際連合、開発銀行、二国間協力、そこに従事している専門職のひとたちは上層から末端まで含めばすぐに数十万人は超えるだろうし、民間企業でも国際支援に関与している部署はかなりある。被支援者のみならず、これらの関係者の生活を回し続けているのが国際開発支援という産業体なのです。もはや善意だけで動くもんですか。政治・外交・経済云々、魑魅魍魎の巣食う世界でもあるのです。
それが分かっていれば、「From the People of Japan」もね、あんまり熱狂できないわけです。少なくとも、その99.9999999%はオイラの手柄じゃない。
あの「From the People of Japan]、あれもあんまり華々しいと、むしろ毒々しく感じたりもするのですよ、私は。
共同幻想、でしたっけ?
いや、自分の手柄だったらどうだっていうの?って気持ちは常に私にはある。どんな選手だろうと、受賞者だろうと、自分一人でそこに到達したってことはない。あり得ない。その日の当たる場所にたどり着くまでには、多くは他者に支えられ、さらにはかなりの幸運もあったはずです。それも含めてその人の手柄なのだ、とすればそれはそれで良かったよね。
でもね、それを自分の手柄として誇れる人がいれば、単に感謝で終わる人もいる。実際には、そこはグラデーションではあるのでしょうけれど(それだから、ときには自分の意にそぐわない賞などをもらってしまうことってあるのだろうなぁと妄想します。それを受賞することで、縁の下の無名の人たちにもスポットライトが当たるなんてことも、あるのかもしれないしなぁ…なんて)。
とにかく、自分と直接に関係してないことをどうしてそんなに自分事として誇りに思えるのか? 私には理解できない心理なのです。 そして、私はできるだけそういう心理から距離を置きたい。 どうして? だって面倒くさいじゃないですか? 自分の関与しないことで、そんなに一喜一憂してもなぁ。 生活の中のちょっとした楽しみ程度ならばいいけれど、我がことのように熱狂できる対象ってそうそうはないはずじゃない?
そして、身も蓋も無く言ってしまえば、それもみーんな偽装された愛国神話の賜物でしかない。現在のカンボジア王国国民がアンコール王朝を誇りとするのは、仏領インドシナ時代にまず仏国が持ち込んだカンボジア王国ストーリーの影響が大きいし、さらにあのポルポト政権も含めて常に愛国神話でのカンボジア国一体感高揚のための情操教育・歴史教育がなされ続けてきた成果なわけです。そういう愛国神話の創造と国民の連帯意識の醸成は、なにもカンボジアだけの問題ではないわけですから、特にカンボジアを批判するには当たりません。とにかく教育、特に学校教育の洗脳能力の高い効率性は、想像以上に強力です。つい80年前までは、我が祖国の皇帝も生神だったことを思い出せば、なるほど、でしょう? 「王様は裸だ!」と叫んだ若者は、まず間違いなく不登校児だった。 「王様は裸だ!」と叫べなかった大人たちは、けっして黙っていたわけではありません。心から信じていたから、王様のきれいなおべべが確かに見えていたのです。
ところで、スポーツ観戦の興奮、私の極致ケースはね……、
と書きつつ。いや、私も日本チームを応援すること少なからずあります。さすがに日の丸振ったりはしないですけれどね。
最近の数年で思わず「すげー!!」って興奮した事例をひとつご紹介して今回の最後といたします。
それはね、イングランドで行われていてラグビーワールドカップ2015で日本「勇敢なる桜団」が南アフリカ「スプリングボクス」に34対32で勝ったあの試合。 9月19日、私はまだ暗い早朝からこのゲームを生中継でテレビ観戦したのです。車イス者として病院外で暮らし始めてまだ2か月もたたない頃でした。
終了直前まで29対32と敗戦直前だった「桜団」が、同点のペナルティキックを狙わずに逆転のトライに賭けた、ラストプレーでの逆転トライ。あれはねぇ、思わず声が出ました。応援の声だったけれど、オイラの手柄でもなんでもないけれど、でも興奮したのですよ。あれから10年、あそこまでの興奮は、2015~2017年のプロ野球セントラルリーグのカープ三連覇でもなかったなぁ(三連覇とも、カープは2位以下に大きくゲーム差をつけての優勝でしたし)。
うん、ああいう興奮もわるくはないわね。そして、もしかすれば、あれば私の人生で最大のジャイアントキリングの一戦。あれ以上の興奮って、残る人生であるかなぁ。ないかもしれないなぁ。ま、それだけ味わい深い法悦だったわけですよ。
だけど、それもやっぱりほどほどに。もちろん、自分の手柄でないことはしっかり認識してましたよ。でも元気出ましたよ、あの一戦はね。



















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