背中が痛くて……これさえなきゃなぁ 恋しいちんちょとゲッコーの声

私がとてもお世話になっている介護ベッド。この写真は、2015~2019年に暮らした北浦和の賃貸アパートの一室です。

 以前、このブログで「痛いということの不思議、痛いということの可笑しさ」という投稿(以下から飛べます)をしました。今日はその繰り返しといいますか、泣き言シリーズであります。

痛いということの不思議 痛いということの可笑しさ – 越境、ひっきりなし (incessant-crossingborder.com)

眠りの質

 QOS(Quality Of Sleep)、眠りの質、という言葉があります(今、作りました)。どうも最近、このQOSがよろしくありません。特に入眠がよろしくないのです。
 部屋の灯りを消す前に、ベッドの上で自己導尿で排尿をすませ、介護ベッドをフラットに戻し、布団を手繰りよせ、ベッドの柵を掴んで身体を横に向けて、枕の位置をいい場所に合わせ。さて、目をつぶります。
 ここで、ついつい背中に手が伸びます。身体を右向け(右肩が下)にしていれば、右手が左肩越しに左の背中、肩甲骨辺りに延びて、中指・人差し指・薬指でもみもみします。背中がひどく痛いのです。その痛いところを探って、もみもみ。そうすると、少し痛みがやわらぐ気がする。
 このもみもみが、なかなか終わらない。いつまでももみもみが続く。こうしていると、どうしても気持ちが痛みに向かいます。
 やがて、またベッド柵を掴んで身体を寝返りさせて、今度は左向き(左肩が下)。左手を右肩ごしに背中に伸ばし、またもみもみ。背中の痛みは、ぼくの場合、右側が左側に増して広く強く痛むのです。だから左手は右手以上にあちこちせわしなくモミモミを続けます。
 そんなことを繰り返しているうちに、3時間ぐらいが経ってしまう。そして、また介護ベッドの背もたれを上げて、自己導尿で排尿して、またフラットに戻して。また背中に手が伸びる。ときには下のような器具を使うこともあります。これで背中をぐりぐりとマッサージします。一時的に気持ちがいい。けれど、常に一時的。マッサージをしても、痛みが去るということはありません。そんな時間が流れていくうちに、朝がやってきます。どういうわけか、ようやそれぐらいになると入眠できます。それでも、自己導尿の時間もやってくる。
 以前は、目覚ましを使って自己導尿の時間を確認していましたが、今は、目覚ましなしで目が覚めるようになりました。

 結局、ぼくが眠りを終えるのは昼近く。日によっては、昼過ぎまで寝ていることもあります。

 障害を得る以前は、QOS(眠りの質)が悪いということはほとんどありませんでした。年に数回、なにか嫌なことがあったときに眠れないということはありましたけれど、それは稀なことでした。
 それが、いまは「よく眠れたなぁ」というのが稀になってしまいました。最近は、「なんとなく眠ったかなぁ」という夜が普通です。すべては、背中の痛みが原因です。まったくなぁ。

ちんちょはケケケケケケッ…、ゲッコーはゲッコー・ゲッコー…、カンボジアの夜はにぎやか

 カンボジアの暑い夜であれば、夜、眠れない時はちんちょ(ヤモリ)「ケケケケケケッ」という鳴き声がいい気休めになりました。ちんちょたち、窓枠の隙間を通って室内に入ってくるのです。そして、壁をはいながら「ケケケケケケッ」と、ときどき鳴くのです。漢字で書くなら、「泣くのです」としたいような、切なげな声なのです。
 さらには、野外から「ゲッコー、ゲッコー・・・・」という大きな鳴き声も聞こえてきます。これはゲッコー、別名トッケイヤモリという大ヤモリの鳴き声です。「トッケイッ、トッケイッ、…」と鳴いているようにも聞こえます。このゲッコー(あるいはトッケイッ)が、何回繰り返されるのかが運占いに使われたりするそうです。8回以上鳴けば、良い運がくるとか。ぼくは13回ゲッコーを繰り返すベテランの声を聞いたことがあります。そんなときには、ラッキーって気分になるわけです。若い奴なぞは、鳴いても5回ぐらいで息切れしてしまうのです。そんな情けない鳴き声も、それはそれでこちらは「ダメじゃないか!」と叱責するような気持ちになって、つまり一時(ひととき)痛みが紛れるのでした。

ゲッコー、トッケイヤモリ 全長30センチメートルぐらいあるやつもおります。
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こちらはヤモリ 別名ちんちょ、最長10センチメートルぐらいでしょうか、ケケケケケケッと泣きます

 ゲッコーヤモリ、以前はどこにいたって夜になれば「ゲッコー、ゲッコー」の声が響いていました。プノンペンでは最近ではかなり減ったように思います。写真で見るように、これ、なかなか強力な姿をしています。そして、彼・彼女は、よく家具の裏なんかに居座るのです。ゲッコー、ゲッコー、夜になるとうるさいなァなんて思って、家具の裏を覗いて「ギャー」なんて思ってしまう、日本人ボランティアの方も数知れず。悪さはしないとわかっていても、「あんなのが同じ部屋にいると思うと眠れない」なんて方もおられるそうです。思わず、家具の裏に殺虫スプレーをシューッっとやってしまうなんてこともあるようで。そんなわけで、この大ヤモリ、都会ではだんだん棲家(すみか)が減っているみたいなんです。
 ちんちょ(ヤモリ)もそう。灯りによってくる蚊や蛾を食べてくれるちんちょなんですが、彼らも食べれば当然ウンチもする。ゴマ粒より大きめの黒い粒をポタポタとところかまわずしちゃうわけで、やはり最近の都市生活では、外は良いけど内はダメ、ってご家庭が多くなってきたように感じます。

ちんちょ(あるいはゲッコー)俳句

星浮く夜ちんちょ小声で歓談す

星流れちんちょパチパチ拍手する

月沈みちんちょ高鳴き海を呼ぶ

灯を消すと誰かを呼んでちんちょ鳴く

静夜にちんちょパクパク多忙なり

食べられし羽虫千匹通夜は明日

目覚めるたびちんちょ律義に声上げる

ちんちょらが声で知らせる遠近法

涼し夜はちんちょ何処へ雨の音

ちんちょ力込め鳴くとき自己導尿

若ゲッコー愛のことばも息切れし

大地球の芯指し示すちんちょの尾

遠雷に応えてちんちょひと鳴きす

雷光がちんちょの影を写す壁

遠雷に見やる窓辺にちんちょあり

ちんちょよりあなたの寝息ゆるやかに

そうか、ちんちょがいないから、痛みが増すのだ!

 と書いてきて、わかりました。そうか、ちんちょがいないから、より痛みがひどいのです。

 現在、ぼくがいるのは、浅草という町の一角にある中型マンションの2階の一室です。穴ぐらのような部屋で、日が差し込むこともなく、昼間でも室内灯を点けるような場所。夜に外から聞こえてくる音は、たまに通る車の音、ごくまれに酔っ払いがひとしきり上げる話し声。ちんちょ(ヤモリ)もゲッコーも、影も形もありません。
 それじゃ、俳句も生まれないよなぁ。だから余計に背中が痛いんだなぁ。

 そういうわけで、やはりぼちぼちカンボジアに戻らなくちゃ、ってことになりつつあるのです。