プノンペンに帰ってきたなぁと思うとき

壊れた扇風機を直してくれる、流しのよろず修理人。お若い方でした。

肉には骨がついているのが当たり前

 予想外のコロナ禍で、1ヶ月のつもりで行った東京に1年も滞在することになって。おかげで、『超えてみようよ、境界線!』(かもがわ出版 2021年1月)というタイトルの本を出せたり、このブログを始めたりと成果もあったわけなのですけれど。でも、もうそろそろ限界じゃ!と、思い切ってカンボジアの首都プノンペンにある自宅に戻ったのが4月。2週間のホテルでの隔離を終えて戻った自宅は、妻に加えて3人の姪っ子(23才、20才、13才)たちがにぎやかに暮らしておりました。妻とふたりだけならばぼくが担当する食事も、23才の姪っ子が毎食準備してくれるので、なんとも楽ちん。毎食、美味しくクメール料理を堪能しております。
 1週間か2週間に一度、週末にイオンモールに買い出しにも行きますけれど、姪っ子が食材を購入するのは近所のローカル市場。姪っ子たちが好きな鶏肉といえば、丸々一羽(一応、すでに召天されていて、羽根はむしられた状態です)か、その縦割りの半分か、というのを購入することになります。豚肉や牛肉はすでに肉片に解体されていますが、骨がついた身も多い。スープの出汁を取る際などは、むしろ骨付き肉のほうが好まれるようです。魚も川魚を豊富に売っていますけれど、姪っ子の料理は彼女の好みなのか、魚が登場することはそれほど多くありません。
 そんなわけで、食卓に登る料理には、圧倒的に骨付き肉が多いのでした。登場回数の多い鶏肉料理には、立派な鳥脚もはいっておりますし、頭部の唐太刀割というツワモノもあれば、ちゅばちゅばしゃぶるしかない首肉も、もちろんいつもご一緒です。そうやって鶏肉を消費していると、日本では鶏全身のうち、多くの部位が捨てられてしまっていることがわかります(捨てられているわけではなくて、他の食品に加工されたり、肥料になったりしているのかもしれませんけれど)。
 あるいは、豚足の切片がごろごろした中に大根や冬瓜のはいったスープ、あるいはあばら骨入のおいしいスペアリブの切片やら、牛肉の脚のどこかの関節やら、とにかく圧倒的に骨との出会いがあります。東京じゃ、めったに骨付きの肉なんて食べないですよね。食後にテーブルに残された多くの骨片を見つめて、ふーむ、プノンペンに帰ってきたなぁとしみじみ思うのであります。

なんといっても、やっぱりこれでしょう!の、停電

 帰ってきたなぁと思うの真打ちといえば、やはり停電です。以前はかなり長時間の停電が頻繁に起こったものでしたけれど、最近はそんな長時間の停電は少なくなったように思います。それでも、停電はまだまだ日常茶飯事なできごとです。月に数回は起こっています。

 停電が夕まぐれあたりの時間に起こったりすると、楽しみなのが停電が終わって電気がついたときに起こる、町のざわめきです。町といっても、ここ(自宅)から聞こえるのは隣近所のざわめきだけですけれど、つまり、通電して電気がついた瞬間に、町全体が喜びの声にざわめいているはずなのです。灯りがついたとたんに、人々が「わぁー!」とどよめくのです。あれはなんかとっても楽しい瞬間なのです。真夜中や日中の停電回復時には聞くことのできないそのどよめきが、夜の早い時間だと必ず起こります。あぁ、みんな明るいのが好きなんだよなぁ。ろうそくや懐中電灯の灯で囲む食卓よりも、明るい電灯に照らされた部屋での食卓のほうが、みんな幸せなんだよねぇって実感できる、あのざわめき。とってもいいものです。

 これからカンボジアがますます発展して、プノンペンでも停電がめったに起こらないようになったとき、ふとあの通電時の喜び溢れたノイズを思い出して懐かしく思うときがあるのだろうなぁ。そう思えば、日本でもそんな瞬間の喧騒が起こった夜が幾晩もあったに違いないのです。それをなつかしく思い出す先輩方の世代が、まだおられるんじゃないかなぁ。

 ところで、カンボジアのエネルギー自給を高めることが期待されていたタイ湾カンボジア領で採掘が続く油田で商業規模の供給が始まったという数ヶ月前のニュースがあったのでしたけれど、どうやらその生産量は期待ほどは上がっていないようで、尻すぼみという状況のようです。自国でのエネルギー源の確保が難しく、輸入に頼るしかなりカンボジアは、電力の自給もなかなか大変で、国境沿いの地域ではベトナム、ラオス、タイから電力を買っています。世界的な二酸化炭素削減の流れの中で、どうしても火力発電に頼るしかないカンボジアのエネルギー政策は、今後も難しい舵取りが避けられないのだろうなぁと想像します。あれもこれも、誰がやっても、なかなか運転の大変なカンボジア政府です。

流しのよろず修理人

 ぼくの暮らしている家は、人通りの多い(近所に縫製工場があるのです)通りに面した奥行き50メートルほどの小さな路地にあります。路地の中は、雀と遊ぶ子どもたちの声しかしない静かな場所なのですけれど、その路地にもいろんな音が入り込んできます。流しの物売りや、廃品回収の人たちです。
 朝に必ずやってくるのが、「ノンパーン、ノンパーン」と単調な録音テープを流しながらバイクで行くパン売りのおじさん。日中にチリンチリンと風鈴のような音パフパフッと昔の自転車にときどきついていた警笛ーー小さな金属のラッパ管に空気送りのための厚めのゴム製風船がくっついていて、その風船を手のひらでギュッとするとパフッと大きな音をたてるという代物ーーの音を鳴らして通って行くのは、廃品回収のおばさん。大きな荷車を引いて、大変なお仕事です。午後になると、アイスクリーム売りのバイクおじさんも通っていきます。これを書いている今、大きな声でリズムよくなにか歌うようにしながら自転車で通り過ぎていくおじさんがおられます。あれは?と妻に聞いてみると、床屋さんだとのこと。なるほど、「カッソー、コクチョール」と唱えているのです。カッソーは、髪を切る、コクチョールはコインを使った摩擦マッサージのことです。コクチョールは主に背中や胸にすることが多いのですけれど、コインで強く擦った後は赤紫色の筋となって、かなり痛々しい感じです。ちょっと体調を崩すと、このコクチョールをする人はとても多いです。これ、実際にとても痛いです(ぼくもやってもらったことがあります)。子どもでも強制されてしまい、この痛みに涙を流して耐えるという事例も多いようです。妻も子どものころ、母親からコクチョールを強制された口で、今でも痛みが嫌でコクチョールは二度とゴメンだと言っています。一方、医学的には、あまり効果はない、という現代医学の先生からの証言もあります。それでも、町中でコクチョールの赤く腫れた筋が背中や胸元から見えることはよくあります。これもカンボジアだなぁという感じです。

 今回見出しに使った写真は、流しのよろず修理屋さんです。突然、まわらなくなった扇風機を直してもらっているところです。このよろず修理屋さんも、声を上げながら町々をバイクで走り回っているのです。とりあえず、なんでも直す、ということです。とても便利で助かる存在です。ちなみに、扇風機の修理、壊れたモーターを新しいのに替えてもらって10ドル(約千円)でした。扇風機そのものは、30ドルか40ドルぐらいだったでしょうか。新しいのを買うよりはずっとお得に直してもらったわけです。
 バイクに乗ったよろず修理屋さん、そんな存在もプノンペンならでは、です。

コロナ禍の治まらないカンボジア

 4月に戻った際、プノンペンでは新型コロナの感染者が急増し、市内のあちこちで封鎖措置が取られました。買い物にもいけない住民に、缶詰やインスタントラーメン、お米などの配給も実施されていました。
 その後、ほとんどの場所の封鎖措置が解除され、市内は通常の生活を取り戻したようにも見えますけれど、でも、感染者数は4月以降、毎日数百名の新規感染者数が発表され、その数はずーっと横ばい、減りません。昨日のカンボジア全体の新規感染者数も500人超えでした。2021年1月のお正月には新型コロナで亡くなった方は数名だったはずですけれど、現在は400名を超え、もうすぐ500名という数字です。ここ数ヶ月は毎日数名が亡くなっているということになります。
 中国製ワクチンの接種はかなりの速度で進んでいるようです(ぼくもすでに2回接種しました)。けれども減らない感染者数に、政府関係者も困惑ぎみというような話もちらっと耳にします。学校も昨年からほとんど休校状態で、一部の私立校は資金不足で運営も苦しいということのようです。昨年は実施がキャンセルされ、登録者は全員合格となった高校卒業資格試験の今年の日程は発表されていますが、さて、どうなるのやら。
 年に2回、7月と12月に実施されてきた日本語検定試験は、昨年7月から2回続けて中止でしたけれど、来月7月の試験も中止が発表され、これで3回連続で中止となりました。こちらは、登録者は全員合格という措置は(当然)ありません。日本語の資格を取りたい人たちにとっては、なんとも歯がゆい試験中止でしょう。12月には再開されるといいのですけれど。

 というカンボジア、プノンペンより、です。ぼくはなんとか元気です。

 

2件のコメント

今日は長閑なお話でした。小生の経験では65年ぐらい前の風景かなあ・・・、夕食中に停電が起きて一瞬家族の箸の動きが止まり、姉が棚から蠟燭を取り出しマッチを擦って火を灯す。無事に質素な夕食が再開される。短時間の停電でしたがしばしば起こりました。いろいろ便利になったが、何かにつけて〝間”があったあの頃が肯定的に懐かしい。
呆け爺は昨日高齢者対象枠の2回目のワクチン接種が終わりました。十分自覚はしていますが、しっかりボケ扱いされて・・・。
村山さん、お元気でね。

小野先生 長閑(のどか)、ハッハッハッ、私、この漢字、自信がなくて読み確認しちゃいました。
のどかなのをもっと書かなくてはいけないなぁと思うんです。もっとバカバカしいやつとか。ねぇ。
そうですか、今から65年前ですか。やっぱり停電が回復すると、ご家族でわぁって声が上がりましたか?
きっと上がったんだろうなぁ。楽しい思い出ですよねぇ?
先生はあちこちで呆けを多発されていますけれど、みなさん、「ホントに呆けた人は呆けなんて言わないよねぇ」って噂されているそうですよ。でも、呆け爺のつぶやき、楽しみにしております。

村山哲也

コメント、いただけたらとても嬉しいです