托卵、ご存知でしょう?

鳥のカッコウやホトトギスの仲間は、自ら営巣し抱卵することをせずに、他種の鳥の巣に卵をひとつ産み付け、その鳥に子どもを育ててもらう習性があることで知られています。托卵と呼ばれるこの習性は進化としてもとて興味深いものです。カッコウのヒナは、実の卵よりも早く孵化し、生まれたとたんに他の卵(その巣の持ち主の実際の卵)を巣から押し出し地上に落としてしまいます。結果、その巣の親鳥(カッコウであれば、オオヨシキリ、ホオジロ、モズ等の巣に托卵します)はカッコウの卵を抱卵し、孵化したそのヒナ一羽だけを我が子のように餌を運んで育てるのです。カッコウのヒナが成長すると、その育ての親鳥よりも体格が大きくなります。それでも親鳥はヒナが巣立ちするまで自分よりも体格の大きいヒナに給餌し続けるのです。
このカッコウの托卵という習性、日本ではかなり広く知られていると思います。学校教育のカリキュラムでの扱いは私は判りませんけれど、小学生ぐらいの子でも托卵を知っている子はけっこう多いのではないでしょうか。NHKが放送している「ダーウィンが来た」に代表される動物の生態を紹介するプログラムがたくさんあることも背景にはあるでしょう。
けれども、例えば私がこれを書いているカンボジア王国では、さて、鳥の托卵という習性はほとんど知られていないだろうと思われます。そんなことを考えさせられることが、先日あったのです。
老母に転移してしまったカッコウのヒナ!!
市民に人気のあるお坊さんが、Facebookに以下の写真を投稿したのを見たのです。写真を見れば、明らかに托卵によって育てられているカッコウの仲間(右の体格の大きなヒナ)が撮られたものです。胴体に見える白地に黒の横線がはいる模様は、カッコウやホトトギスの成鳥に独特のものです。
左の赤茶色をした育ての親鳥、その種類はわかりませんけれど、ザクロの実が写真に写り込んでいます。ザクロはユーラシア大陸全般で栽培されていますから、さて、どこで撮られた写真かなぁ。カンボジアで、カッコウの仲間が繁殖しているかどうかは私は知りません。この写真は、多分カンボジアで撮られたものではないでしょう。これを投稿した和尚様も、インターネットの中で見つけたのだろうと想像します。で、問題は写真上部に書かれたキャプションです。

この写真のキャプションとして書かれているカンボジア語を訳すと、以下のようになります。
「母親の期待!…母親は歳をとると、子どもたちに期待するものです。お母さんを大切にしましょう。」
つまり、和尚様はこの写真を、「母親鳥に餌を渡している、子ども鳥」と理解したようなのです。それとも、和尚様は托卵を知っていて、異種でも親子の情は通じるということを言おうとしたのだろうか? でも、少なくとも、この写真を見れば、カンボジアでは多くの人が、右が年老いた母親鳥で、その母親鳥の世話をする左の小柄な子ども鳥と理解する。私のまわりには、カッコウの托卵の習性を知っている人はひとりもいませんでした。
さて、この勘違いをどう考えればいいのか。単に、「知らない」で済ますことも可能でしょうけれど、けれども「知らない」では済ませられないモノを私は感じてしまうのです。そこに異文化理解の鍵があるような気がするのです。
油断をしていると、そんな社会を非科学的と評してしまうことは有りはしないか? けれども、科学の知識の多寡で優劣をつけられるほど、私たち人類の地球社会は単純ではないのです。
損にも特にもなりません
野生の鳥の托卵という習性を知っていようと知るまいと、私たちの日々の生活にはなんの支障もありません。知っていたからといって、そのことで特に利益を得るということもありません。知らないからといって、損をするわけでもない。
極端なことを言えば、「そんなこと知っていてどうする?」ってことでもあるわけです。
そして、この写真を見て、親子の徳の話になる。「かいがいしく体格が自分よりも大きなカッコウのヒナの世話をする育ての親鳥」ではなく、「年老いた親を世話する、子ども」の図を読む人が圧倒的に多数な社会がある。高僧がこの写真を見せながら「親を大切にせよ」と説くとき、この写真の二羽の鳥は、単なるメタファーには留まらないのです。私の眼にはカッコウのヒナと見える右側の大きな一羽は、年老いて少々太って動きが鈍くなった年老いた母鳥になる(そうやって見れば、ちょっとヨボヨボしたようにも見えるではないですか!)。
そんな人たちに、余所者が「いや、大柄なのはヒナで、托卵という習性で……」と自然科学の知見を語ったたとして、それはいったいなんなのだろう?
成否に落ち込むのを避けて
『ラディカル・オーラル・ヒストリー――オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践 』(保苅実 著 岩波現代文庫 2018)という名著があります。著者の保苅実氏は、オーストラリア北部の先住民グリンジのコミュニティに滞在し、聞き取り調査を実施し博士論文を書き、この本を書き上げた後、32歳で悪性リンパ腫で夭折する。
将来を嘱望されながら早逝した若き学徒の絶筆というこの本の背景も含めて、この本はとても鮮やかな印象を残します。初読したとき、私すっごく興奮してしまったことを懐かしく思い出します。だって、保苅の専門は歴史分野でしたけれど、その本のなかには教育開発支援で途上国で働く私にとっても、とっても大事なヒントが散りばめられているように感じたから(といっても、本書を読んだのは2014年の事故の後数年経ってからで、すでに私は第一線から退いていたのですけれどね)。
本書の中で、保苅はアボリジニ―と呼ばれるオーストラリアの先住民が口頭で伝える歴史(オーラルヒストリー/口述伝承)を真摯に聞き取っていきます。彼らの語る歴史は、彼らの大地を植民していった西洋社会で承認されてきた事実とされる歴史とは違います。大蛇が洪水を起こし、キャプテンクックが(実際には行ってはいない)虐殺を繰り返し、(実際には行われていない)米国大統領の彼らの大地への訪問がある。
彼らが語り継ぐそんな歴史は、支配者からは歴史ではないと否定され、「神話」や「記憶」として「アカデミックな」(つまり西洋的な)歴史に適合する形で彼らの外世界から再解釈されてしまう。
それに対して、異議を唱えたのが保苅の「歴史研究実践」だったのです。彼らの語る彼らの歴史をそのまま受け止めることの重要性を保苅は訴えます。それまでの研究者の《上から目線》での解釈や分析を加えることなく、つまり資料として扱うのではなく、彼らの歴史を多様な社会のひとつの歴史実戦として丸ごと受け止める(と私なりの理解は書いてみたものの、保苅の異議の詳細は、私も完全には理解しきれていません)。
でも、ならば先のあの托卵の写真への和尚様のコメントをどう受け止めるか。そのまま受け止めることが、私には可能か? いやいや、なかなか簡単ではないわけです。科学の“正しい”知識というイドラに塗り固められた私の心は、あの写真を「老母とその世話をする子ども」と認識することはどう努力してもできそうにない。けれども、せめて成否という話を持ってこないでいることは可能かもしれない。托卵も正しいのですけれど、でも「老母と子の関係」という認識も認めようということ。その解釈を否定しない。
そうでないと、理科教育なんて、単に正しい知識の押し付けに留まってしまうのでないかという危惧が私にはあるのです。余所者が持ち込む、「どっちでもいいこと」が理科。でもそれじゃ、伝えていてつまんないわけですよ。
もちろん、機会があれば托卵の事実も伝える。そのうえで、その後の解釈は彼らがどのように判断していくかに委ねるしかない。そんな気分。
そういえば、20代後半に教壇にたったケニアの中等学校では、私が進化論の話を理科の授業で教えたそのすぐ後に、宗教の授業でアダムとイブのことが話されていたよなぁ。どっちを信じる?と生徒に訪ねたら、ほぼ半々でしたよ。
こんな話、伝わるかなぁ。伝わらないだろうなぁ。
でもね、これはおそらく多文化共生とか、そういうこととも絡んでくる話なんだよね。自分の正義は、他者の正義ではない、というようなことでもある。だからさ、書いてみたのよ。

















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