援助現場で見た“ズレ”問題 顕微鏡に「顕微鏡」とラベルして展示されている状況で、身もだえる、ということ
中等部部長の日本での短期研修の成果 フィリピン南端、ミンダナオ島最大の都市ダバオ市の地方教育事務所でODA理数科教育支援プロジェクトの一員として働いていたときのこと(このときのプロジェクトでは、ダバオ以外に、中部パナイ...
理科教育中等部部長の日本での短期研修の成果 フィリピン南端、ミンダナオ島最大の都市ダバオ市の地方教育事務所でODA理数科教育支援プロジェクトの一員として働いていたときのこと(このときのプロジェクトでは、ダバオ以外に、中部パナイ...
フィリピンマリアという女性と、マサヤスシという名の男の子 フィリピンの南端に位置するミンダナオ島、ダバオ市の教育事務所で働いていたときのこと。 日本の人との間にできた子どもを持つ母親がいて、その彼女が困っているので話を聞いて...
越境マオアのこと ケニアのクウィセロ村のクウィセロ中等学校で理数科教師をしていたときのこと。 同僚の仲良しにマオア(ルヒア語で“花”の意味)という名の若い女性教師がいた。同世代で明るい彼女とのコミュニケーションは、ぼくのク...
理科教育海外で教育支援を行うとき、国語や社会といった科目よりも理科や算数・数学は比較的あつかいやすい。国語や社会はそれぞれの国の背景が色濃く出て、わざわざ他所からやってきた支援者が口出しするのはむずかしい。理科や算数・数学は、...
フィリピンEDSA革命 フィリピンの首都マニラを囲むように走る大通りEpifanio de los Santos Avenue(スペイン語)は、略してEDSAと呼ばれる。日本であれば、エドゥサ、あるいはエドサと書かれることが多い...
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村山哲也 MURAYAMA Tetsuya
1964年生まれ、東京出身です。
大学卒業後、高校野球の監督を数年やったあと、20代後半に青年海外協力隊に参加し、その後も途上国の主に理科教育や教員研修の支援に関わってきました。
2014年50歳のとき、アフリカのルワンダで仕事中に、乗っていた車が谷に転落しちゃって。脊髄損傷、下半身麻痺で車イスの生活となりました。その後も、なんとか、あれやこれやとやっております。
長く居たところは、日本、ケニア、フィリピン、カンボジア、ルワンダ。短いところは、あっちこっち。
よろしくおねがいしまーす。
心の命じるままにつづる、どうでもいい話たち。
人を不幸せにして稼ぎを得られる仕事が良い仕事とは思えない、ということ。から始まって、『ホロコーストとジェノサイド』という複雑な本に至り、つまり俺ら皆つながってて、なんらかの責任なり関係なりを持つ歴史的主体なのだよなぁ、ということ云々、なんちゃらちゃん。みんな愛しあってるか~ぃ?
ブラック企業とか、ブラックな職場とか……。なぜ“ブラック”を否定的な意味合いで使い続けられるのか? やめたほうがいいと思うなぁ。 半世紀以上前、米国での黒人への差別に対して闘ったキング牧師とマルコムXと……、ふたりに関する本を読みました。それは、我が祖国日本社会をも撃つものだったのです。
“行春の若葉の底に生き残る” 堺利彦を知っていますか? 黒岩比佐子を知っていますか?
センとラン。ふたりの少年との数週間。
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