ふたつの大震災と、流言飛語と、原発事故
カンボジアで理科教育支援に関わっているときに、ふたつの大震災が起こった。そのひとつは、もちろん2011年3月の東日本大震災だけれど、もうひとつ、みなさんはすぐに思い出すだろうか? ふたつの大震災 それは2004年12...
カンボジアカンボジアで理科教育支援に関わっているときに、ふたつの大震災が起こった。そのひとつは、もちろん2011年3月の東日本大震災だけれど、もうひとつ、みなさんはすぐに思い出すだろうか? ふたつの大震災 それは2004年12...
海外開発支援先生が知識を授ける場。それが旧来の学校での“授業”の役割だった。そこでは教える側が「主」であり、生徒の側は「従」であるかのような関係が生まれる。 ぼくが思い出すのは、たとえば高校の地理の授業。S先生がその日の学習内容を...
スリランカインド亜大陸からインド洋にこぼれ落ちる水滴のような形をした島スリランカは、一九四八年にセイロンとして英国から独立した。シンハラ語を母語とする人たちは上座部仏教徒が多く、独立当時から人口の七割を占めるスリランカの多数派だ...
越境越境は冒険でもある。 少し遠回りになるけれど、一葉の写真を紹介する。 1965年9月6日、アメリカ軍部隊はクィニョン北方のロックチュアン村に攻撃をかけた。砲火に包まれて戦場と化した村から、二組の母子が必死にアン河を渡...
障害・車イス・脊髄損傷障害者になってから6年が経過しました。病院から出てから5年。おぉ、もうそんなに経ってしまったのだなぁとも思います。 慣れる、というのはやっぱりあるもので、障害があればあったで、あるなりに暮らす。そんな日々の中、思ってい...
ルワンダルワンダで次の仕事をやらないかという声がかかったのは、2012年中ごろ。ちょうどカンボジアでの仕事が一段落して一息ついているときだった。教育開発支援をしていて、カンボジア、さらにはルワンダという20世紀後半に大きな悲劇...
フィリピンEDSA革命 フィリピンの首都マニラを囲むように走る大通りEpifanio de los Santos Avenue(スペイン語)は、略してEDSAと呼ばれる。日本であれば、エドゥサ、あるいはエドサと書かれることが多い...
最近のニュースから先住民問題を担当するブラジルの国立先住民保護財団(FUNAI)のベテラン職員が、保護対象の先住民の放った矢で撃たれ、死亡したというニュース。以下、ナショナル ジオグラフィック日本版2020年09月25日の記事 http...
ケニア同じときにケニアのボランティア活動に参加した仲間にSがいた。関西出身で地元の中学校教員だったSは、休職でボランティアに参加できないと知ると、退職してボランティアに参加し、そして帰国後は再度採用試験を受け直して同じ職場に...
ニジェールケニアでの青年海外協力隊の活動を終え日本に帰る前に、西アフリカの内陸国ニジェールを訪ねた。どうしても一度サハラ砂漠を見てみたかったんだ。そんなニジェールでの出来事。 人は食べる。だから、人が集まる場所にはたいがいな...
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