「学校」「教育」という単語の前で思考停止する、ことを考える

1992年ケニア クウィセロ中等学校で。ノートに向かって勉強するふりをする生徒もいれば、写真にポーズを取る生徒もいるのが、なんか楽しい。 私も写真向かって左側に写っています。写真真ん中の青年は、私を訪ねてやってきた私の高校野球部後輩のT氏。現在、日本の中学校教師をやってます。

脱学校を唱えた哲学者たちもいる。

『教育が大事だ』。ぼくたち大人が未来を語るとき、よく口にする言葉だ。途上国への支援でも、教育は強力なキーワードだ。途上国に旅をして、そこで出会った子どもたちが学校に通えていない状況を目の当たりにして、それがきっかけで草の根国際協力にかかわってしまったという人も少なくない。ネパールで、カンボジアで、多くの学校が無名の人たちの支援で建設されている。

 でも、教育にも、実はいろいろありますよね。
 近代の学校教育の歴史をたどれば、産業革命で「使える労働力」が必要になって始まったのが、子どもへの学校教育義務化への道という面もあった。あるいは、戦争が組織化した軍隊同士の戦闘となっていったときに、訓練された兵士が必要となるなかで進んだ国家による国民育成という面もあった。学校教育には、国家にとって都合のいい人間を作るという目的があったからこそ、世界中で広がっていった。そして、それを疑問視する立場もある。

 たとえば、ブラジルの教育者で哲学者、『被抑圧者の教育学』の著者として知られるパブロフレイレは、学校教育での知識の伝達を「銀行型教育」と呼び、教師から生徒への一方的な教育を批判している。あるいは、オーストリア生まれの哲学者イヴァンイリイチは、近代の学校を「教えられ、学ばさせられる」強制機能施設として否定的にとらえ、脱学校論を唱えている。フランスの哲学者ルイアルチュセールは、学校教育を通して人は国家に囚われていくことを自発的に選ぶようにコントロールされていくと訴えた。
 彼ら、学校教育の国家の支配を問題視した20世紀の哲学者たちの語りに共通しているのは「抑圧」に対する警戒心だろう。学校教育は人々個々の自由な思いや行動を押さえつける(他動詞)、あるいは人々が自ら押さえつけてしまう(自動詞)ようにしてしまう(使役動詞)、ということが指摘されたんだ。そして、21世紀も、もう20%を過ぎた2021年の今、学校教育に内在されるとされた「抑圧」の問題は、すでに解決されているんだろうか。その答えに、はい、もう完全に「抑圧」の問題は学校教育から排除されました、と胸を張って答えられる人はひとりもいないだろうと、ぼくは思う。

 もちろん、現在の学校教育が、抑圧にそのベクトルを向けているとはぼくは思わない。文字を学び、そのことを出発点に情報を得、解釈し、豊かな生活に活かす。その過程で、現代の学校教育は大事な役割を果たしている、はずだ。
 さて、ここでやっぱり気になるのは「はずだ」の部分ですよね。学校に行けない子どもたちがいる、だから、学校を建てよう、という支援できるけれど、この「はずだ」の部分を支援するのはなかなか簡単ではない。学校に行くことで、それまでその社会にあった子どもの役割や時間に大きな変化が起こることだってある。そのことに支援者はわりと鈍感なことも少なくない。

とにかくEFA、就学率100%を目指しましょう(?)

 1990年代の中ごろ、今から20数年前、ぼくは日本の大学で当時いくつか開設された、国際開発、国際協力、を専門に研究する大学院に進学した。農業系の大学を卒業した後、青年海外協力隊理数科教員としてケニアで2年過ごしていたとき「海外での支援を続けることを考えるならば、大学院には行っておいたほうがいい」と言ってくれた人がいて、ケニアから帰国後、社会復帰に大失敗したぼくは、その人の助言を思い出して、大学院に逃げ込んだんだ。
 7年振りの学び舎での日々、ぼくは大学時代よりもずっといい学生だったと思う。学ぶのがとてもおもしろかった。ケニアでなんとなく知ることになった国際開発の現状が、しっかりとして骨格を持ってぼくの前に立ち上がるんだ。ふーん、そういうことだったのかぁ、と思うことが多くあった。
 そんな勉強対象の中で、やはりいちばん興味があったのは、途上国で教育支援を行うことにつながることだった。結局ぼくは、指導教官がかかわっていたスリランカの教育セクターの現状把握の仕事に関わらせてもらうことで、なんとか「研究」の体裁を整えて大学院を終えた。正直、論文書きはつらかった。論文はもういいから、早く途上国の現場に行きたくて仕方がなかった。まぁ、それはまた別の話し。

 で、ここで書きたかったのは、当時、途上国の教育支援に注目していた同じゼミの仲間たちとのちょっとした会話で、今でも忘れられないことなんだ。 
 国際教育開発では、当時一番大きなテーマだったのは『Education for All (万人のための教育)』だった。EFA何?なんて最初は思ったわけだけれど、どの教科書、どの論文を読んでも、当時はEFAがあっちでもこっちでも目に飛び込んできた。
 EFA、万人のための教育とは、「世界中の人々が読み・書き・計算などの基本的な教育を受けることができる状態を目指すために宣言されたスローガン」で、1990年にタイで開かれた「万人のための教育世界会議」で採択されたものだ。会議は、国連系の3組織、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関UNESCO)、ユニセフ(国際連合児童基金UNICEF)、国連開発計画(UNDP)に加えて、世界銀行(WB)の4国際機関の共同開催だった。
 この宣言は、2000年にセネガルで開かれた「世界教育フォーラム」を経て、2015年までに世界中の子どもが無償で初等教育を受けられるようにするといったことを、国際社会が実現することを明確に定めたことに大きな意味があった。(EFA の詳細については、国際協力NGO ワールド・ビジョン・ジャパンがとてもわかり易くまとめている。
 万人のための教育(EFA)とは|背景や成果、ESDとの違いまで|国際協力NGOワールド・ビジョン・ジャパン (worldvision.jp
 つまり、ぼくが大学院で学んでいた時期(1995年ごろ)は、「万人のための教育世界会議」で基礎教育拡充の重要さが確認した(1990年)のだけれど、その取り組みの目指すゴール、そのゴールを達成するための方法、さらに期限はまだ不明瞭だったわけだ。そして、人間開発に関わる国際機関がEFAの実現(そのゴールに2015年という期限を定めたのが、2000年)に向けての準備に取組んでいたときだったんだ。

 で、ぼくたちも指導教官のゼミでEFAについて学んだ。そんなとき、「でも、問題は学校での教育内容だよね」なんて話を、お茶飲み話でしたわけです。そのときにやはり青年海外協力隊で南米で活動してから進学してきたMさんが、「それについては思考停止で、とにかく就学率100%を目指すってことだよね」というようなことをつぶやいたんだ。思考停止。このMさんの言葉は、ぼくの心に強い印象を残しちゃったんだよなぁ。
 とにかく、まず目指すは就学率100%!そこには、学校教育は間違いなく良いもの、ということにしておく、という信仰にも似た了解が国際社会にはあった。もちろん、当時から教育の質に関する議論はあったはずだ。けれども、先に上げたフレイレイリイチアルチュセールら20世紀後半に学校教育への疑問を呈した人たちは皆「左派」であり、そして1990年(まさに「万人のための教育世界会議」が開かれたのと同じ年)の東西ドイツ統一に象徴される社会主義陣営の崩壊(ソビエト連邦の崩壊は翌1991年)によって、そんな「左派」の勢いが大きく削がれたご時世だった。だから、学校教育への疑問を口にするのは空気の読めない感がありありだったのだと、今振り返るとよく判る。

 そう、ぼくも思考停止したまま、大学院前期課程を辛くも修了、そして途上国での教育支援に突入していったんだと思う。

思考停止はもう止めよう、よね。

 2015年を過ぎて2021年の今、EFAは終わり、今は「ESD:持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development)」というコンセプトが、重要視されている。ESDの先にあるのが、「SDGs:持続可能な開発目標」だ。SDGsについては、このブログでも今月(2月1日)に一度書きました(以下から飛べます)。

 ESD/SDGsでは、教育の量的拡充と共に、質的充実が目指されている。この点では、よし!って感じがぼくはします。ユニセフやユネスコは、世界中で「教師から生徒への知識の伝達」という旧来の学習(フレイレが問題視した銀行型教育!)から「生徒中心/学習者中心の学習」への転換を推し進めている。そこでは問題発見解決型学習、プログラム学習、探求学習といったスタイルが「より良い教育」と捉えられる傾向にある。その意気や良し!だと、ぼくも思う。

 でもね、意気が上がっても、成果が上がるかどうかは、また別の話だ。途上国の現場では、「生徒中心の学習法」の導入にあたって、なかなかむずかしい問題も起こっている。それを一言で要約すれば「学習者中心の授業を経験していない者が、学習者中心の授業を行うことは可能だろうか?」ということになる。そのことは、やはりこのブログで昨年10月8日と10日に書きました。このネタ、興味のある方は、ぜひそちらも読んで見て下さい(以下から飛べます)。

 生徒中心の授業の普及と、現場での難しさ 1 – 越境、ひっきりなし (incessant-crossingborder.com)

生徒中心の授業の普及と、現場での難しさ 2 – 越境、ひっきりなし (incessant-crossingborder.com)

 上記の投稿で書いたことは、質改善は思っているほど簡単ではないよ、ってことだ。それは途上国だけの問題ではない。日本の学校教育でも、それは大きな問題・課題なのは間違いなしだ。

 さらにちょっとだけ書いておくと、自由主義の拡大によって「機会の均等」が教育の場でも言われるようになっている。つまり「機会」は平等に、けれどその「機会」をどう活かすかは学習者次第、ということ。うん、わかる。現実問題として、アウトプットの平等を求めるのは厳しい。学校教育、基礎教育の現実は「選抜機能」を持っている。それは、初等教育だけではなく、中等教育、さらに高等教育が拡大していっても、なくなるものではない。進学競争・受験戦争は、少子化が進んでも、みんな必死だもんね。
 正直に書くと、ぼくも数年前までは、この「機会の均等」論に強く影響を受けていた。けれど、6年前事故にあって障害を得た後、ようやく「うーん、機会の均等だけじゃダメなんだ」ということに気がついた次第なんだ。やれやれ、遅すぎるわねぇ。なさけなし。
 社会の中での教育を「機会の均等」で語れば、それは「選抜機能」直行で、つまり競争から逸脱する存在への配慮がどうしたっておろそかになってしまう。さらには「機会の均等」を最初から享受できない存在(たとえば幼いころからの重度障害者たち)を例外とあつかうことは、やっぱりよろしくないように思うのです。例外イコール弱者って社会は、やっぱりそんなに居心地のいい共同体じゃないんじゃない?それは、まずいんじゃない?

 つまり、やっぱり考え続けるしかない。もう子どもたちを学校に送ってひとまず安心する時代は過ぎてしまったんだと思います。大人たち、教師たち、さらには子どもたち自身も、どんな教育が良い教育なのか、考えて語り合うしかない。そこには素人も玄人もない。(考え、語り合うためにも、特に学校教育の重要な担い手である先生たちが「忙しすぎる」という日本国の現状は、なんとか改善しなくちゃいけないと思いますよ。日本国の教師の多忙さは世界的に見て異常です、よ。)

 ということで、今日はこのへんで。ではでは、またまた。

2件のコメント

ほんとに日本の学校、今だにブラック企業ですね。SDGsがトレンドだからというわけで、先生方も「SDGsって何」から勉強しろといわれてまた忙しくなってしまうのですよね。               今しがた https://www.facebook.com/jicasvob 自分が入っているシニアボランティア経験を活かす会のZoomイベントがあるというので、明日の「SDGs横浜City」に参加申し込みしたところです。だから言い訳かもしれませんが、みんなSDGs って盛り上がっているけど、個々にはなあんだ今までやってきたことじゃないかと思います。「誰一人取り残さない」ってEducation for All で言っていたじゃない? 自分もEFAが叫ばれていたのでカンボジアに派遣してもらえたわけです。さて15年前、小学校1年の3分の1が落第していたことに比べたら、最近では90%以上進級できるようになった、ましてやコロナで全員合格させたら、誰一人取り残さなかったことになる?なりませんよね。中身が問題、その通りですよね。4年の理科で「緑色植物は生産者といい、動物は消費者と言う」「マンゴーは双子葉植物で、ココ椰子は単子葉植物である」と児童同士の話し合いで導かせる教科書、4年生担任してたらどう教える? 日本の先生も大変だけど、事実上国定教科書でこれ教えるカンボジアの先生も本当に大変だなあと思います。あー、またカンボジア行って一緒に教えてみたいです。 

伊藤明子様 いつも読んでくださってありがとうございます。

今日も、グループワークで、ひとりが細胞の絵を書いて、それを他の生徒は見ている、という構図のカンボジア中学校理科の授業中の写真がFBで流れていました。おそらく、いま、中学校教員養成校の生徒による学校実習のシーズンなんですね。それで、養成校の先生が学校まで視察に出かけていて、そんな写真をアップする。
そこでのコメントは、「良い授業!」って感じのものばかりなんですよねぇ。
あれなら、個々で細胞を絵を書いて、グループ内で見せ合うほうがいいと思うけどなぁ。なんて意見は、出てこないんですよねぇ。そうかぁ、まだこういうグループワークを、いいものとして養成校の先生も指導しているんだなぁ。もう教材の支援では限界ですよね。
ということで、まだまだ課題は山積みだなぁと、特に日本の学校教育のことはまったく振り返らずに思ったりしています。
はい、今年はカンボジアでお会いしましょうね!

村山哲也

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