彼のふたつの詩、「生きる」と「みみをすます」、彼の訃報に触れて改めて読み直してみました。すでに身体になじんだ言葉とリズムがやっぱり心地よい。そして、若い頃に出会ったこのふたつの詩が、今につづく私の価値観に大きな影響を与えているのだなぁと、どうしたって痛感するのです。

……
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ
……
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
……
あなたの手のぬくみ
いのちということ

……
わらぐつのさくさく
きぐつのことこと
モカシンのすたすた
わらじのてくてく
……
しんでゆくきょうりゅうの
うめきに
……
おともなく
ふりつもる
プランクトンに
……
ひきずられるくさり
ふりおろされるむち
……
みちばたの
いしころに
……
くちごもる
となりのひとに
……
ざわめきのそこの
いまに
……
きょうへとながれこむ
あしたの
まだきこえない
おがわのせせらぎに
みみをすます
なんかなぁ、恥ずかしいぐらいに、私がこのブログで日々書いていること、そのまんまじゃないねぇ。
特に「みみをすます」は、気合を入れて読みだしてしまうとちょっと冷静ではいられないようなさまざまな思いが、わたしの中にはある。その心の中に生まれる大きな渦巻きの濁流は、大切なモノなんだろうなぁ、わたしの60年の人生の肥料………今も尽きてはいないようです。アリガタヤ。
谷川俊太郎を読んだ地方出身の知人は、谷川の詩は都会人臭くて馴染めないと言いました。その思い、わからないではありません。
作品によっては言葉遊びに終始しているようなものもあります。作風は、多様。つまり、器用。読みようによっては無味無臭。ときには説教臭い、つまり上から目線。その「遊び」が「器用さ」が「無臭」ぶりが、「上から目線」が、どこか軽くて、どこか偉そうで、つまり東京のけいはくさやうぬぼれとつながるような忌避感。でも…
東京生まれ、東京育ちの私には、その「東京っぽさ」が親しい。しかも、その東京はいわゆる江戸情緒漂う「下町」ではなく、「山の手」から「武蔵野」にかけてというかなり限定された東京の中の一部なのです。そこはそれほどの歴史を背負うこともなかった場所。東に新宿高層ビル街と中野サンプラザを望む場所。東京生まれ・東京育ちでない人たちが荒川や多摩川を渡ってやってきて住み着いた、つまりアパートや団地ということばが似合った場所。あるいは転勤族が多く暮らし、東京が好きと東京が嫌いが平気で共存できる場所。東の下町べらんめぇと西の多摩農林村にはさまれたちょっとおっとり気取ったお調子者たちの場所。浮動票とリベラルと創価学会とが強い場所。つまり、なんどでも漂白可能で再生もできるそんな無関心で敷き詰められた東京。
彼はそんな「東京」の中心地とも言える杉並区に位置する東京都立豊多摩高校(旧十三中)の出身です。そしてわたしは、豊多摩高校のご近所のやはり杉並区に位置する都立高校(旧十中)の出身です。さらに書けば、わたしが母校である高校に通う毎朝、杉並区南部を東西に横断する五日市街道を自転車で登校していたのですけれど、その際に豊多摩高校のわきをよく通ったのでした、好きだったあの子といつかすれ違わないかと願いつつ(その願いがかなう朝など結局3年間で一度もなかったのですけれども)。
そんなこともあって、豊多摩高出身の谷川俊太郎さんは私にはどうしたって近き同郷の士・先輩という気分もあったりするのです。
豊多摩高校出身の知人によれば、豊多摩高校の卒業式には毎年のように谷川俊太郎が後輩たちに新しい詩を送ったのだそうです。そして、私の聞いたことが間違っていないのであれば、「生きる」も「みみをすます」も、初出はそんな卒業式で送られた詩だったのではなかったか。それを聞いたときには、とってもうらやましくて豊多摩高校卒業生に嫉妬心すら覚えたものです。この谷川の習慣は、きっと最近まで続いていたのではないのだろうか、そんな風に想像することはちょっと楽しいことです。
さて、偶然、以下の「絶望」という谷川さんの詩を見つけました。私の記憶にはない詩です。いつごろ書かれたものだろう?
昔、友人から「絶望するなら、黙ってろ」と告げられたことがあります。絶望をわざわざ語るな、ということでしょう。はい、その言葉には今でも共感があります。絶望を語る奴は信用できない。
その点でいえば、「絶望」を詩にする詩人は、信用できない(?)。でも、ガザの大量虐殺を止められない世界に生き続けるとき、多くの国の独裁を傍観しているとき、今日と昨日と明日の「殺す」と「殺される」を見て見ぬふりをしてコーヒーを淹れているとき…、絶望はひっそりと横にいる。確かにいる。まるで古くからのともだちのようにして。
そして、我が谷川俊太郎は、無邪気にも愚直にも「絶望」を詩で解説してくれる。そこに彼の真骨頂(のひとつ)がある。見上げる峰(のひとつ)がある。そっと覗きこむ深淵(のひとつ)がある。
谷川さんと重なる時代を生きることができて、ありがたいことでした。谷川さん、ありがとう。ケニアで、フィリピンで、カンボジアで、ルワンダで、あなたの詩集はカバンの底にいつも入っていました。本当に、ありがとうございました。
『絶望』 谷川俊太郎
絶望していると君は言う
だが君は生きている
絶望が終点ではないと
君のいのちは知っているから
絶望とは
裸の生の現実に傷つくこと
世界が錯綜する欲望の網の目に
囚われていると納得すること
絶望からしか
本当の現実は見えない
本当の希望は生まれない
君はいま出発点に立っている


















越境ひっきりなしの配信で谷川俊太郎さんの訃報に初めて接しました。
今よりはずっと若い頃谷川俊太郎さんの詩をよく読みました
今になってはあまり読まない
望みを絶つことからしか現実は見えない、希望は生まれない
望みを絶たれた君こそ出発点に立っている・・・
若い時には詩をことばのメッセージとして読んでいたが
もう直ぐあっちに逝く歳になってから、詩を
ことばを照射して自分の人生を振り返りながら読むようになりました
自分の人生はまだまだ浅いとは思いますが
絶望の近傍にはいても絶望の場所にはいなかった
覚れない自分は未だに屁理屈をいう
無限に広いことばの泉があって
そこからわんさと湧き出て来ることばを
絶妙な感性で掬い取る
谷川俊太郎さんがそこにいた
その谷川俊太郎さんに近づいたり遠ざかったりする
素直になれないきょうまでの自分がいる
谷川俊太郎さんの本をいろいろ読みました
自分の読み方が浅いのかもしれない
いや、自分の読み方が浅かったのかもしれない
おだやかな素直な気持ちになれた時
もう一度味読したい
谷川俊太郎さんはいってしまっても
谷川俊太郎さんのことばは残る
それが救いだ