サルガドという写真家
セバスチャンサルガド、という写真家がいます。ブラジル出身の人です。彼の写真を知ったのは、多分10年ほど前のこと、つい最近のことです。彼の写真集、まだ数冊しか手に取ったことはないのですけれど、どれももの凄い熱量です。
そのサルガドの世界を伝えるドキュメンタリー映画『セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター』を見ました。見終わってから気がついたのだけれど、監督はヴィムヴェンダース。彼の作った『ベルリン 天使の詩』や、『リスボン物語』、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』といった映画はとても好きです。彼の映画もまだ見ていないものがいっぱいあるなぁ。
さて、そのサルガドの映画の中で気になるナレーションがありました。
「結局のところ人間は“地の塩”なのだ」。
この言葉は、映画の冒頭早い時間に、ヴェンダースがサルガドの写真との出会いを語るナレーションとして使われます。サルガドの撮った「トゥアレグ族の盲目の女性」という写真を映像で映しながら、ヴェンダースは言います。
「サルガドという人物が写真から伝わった 人間を愛していた そこに私は共感した 結局のところ人間は“地の塩”なのだ しばらくしてやっと彼に会えた」
地の塩。多分、何回も目にしているのだけれど、よくその意味はわかっていなかった言葉でした。映画を見終わって、改めて調べてみたのです。
地の塩。塩が食物の腐るのを防ぐことから、少数派であっても批判的精神をもって生きる人をたとえていう語、人知れずに善行を行う底辺にいる無名の人々を意味することがある、とのこと。もともとは新約聖書の中にあるイエスキリストの残した「あなたがたは地の塩である」という言葉として広く知られているのだと。中村草田男の俳句に、〈勇気こそ地の塩なれや梅真白〉も見つけました。なるほど。
再度、ヴェンダースの語りに戻ってみます。
ヴェンダースは、あるときサルガドの写真と出会う。中でも、アフリカのサハラ砂漠に暮らす遊牧民トゥアレグ族の一人の盲目の女性のポートレイトに心を動かされます。ヴェンダースは、この写真を自分の机に置き、毎日のようにこの写真を見つめながら今でも涙が出るのだと語ります。そして上述の言葉が続きます。
彼が「地の塩」だと言っているのは、サルガドのことのようにも思えますし、サルガドの撮った無名の盲目の女性のことのようにも思えます。前者であれば、サルガドがたとえ少数派であっても批判精神を持って生きている人だという意味になるでしょう。後者であれば、盲目の女性のように、人は皆、無名に生きる存在なのだということなのか。
「サルガドという人物が写真から伝わった 人間を愛していた そこに私は共感した 結局のところ人間は“地の塩”なのだ しばらくしてやっと彼に会えた」
あなたは、この「地の塩」をどう読まれるでしょうか。
普通
市井という言葉があります。高校生のころだったか、この言葉と出会ったとき、最初、読み方がわからなかった。辞書で調べて、ようやく「しせい」と読むのだと知りました。市井とは、街のこと。「市井の人」で、庶民という意味になります。
子どものころ、母はよく「普通」という言葉を使いました。何かというと「普通が一番」と言うのが母の口癖でした。私は、母のその言葉によく反発したものです。普通とは何か? と反抗期の私はよく母に問い質しました。「普通なんて、つまらない」と私は思っていました。
実は、今も少なからず「普通なんてつまらない」と思っている節が私にはあります。人が東を選ぶならば、私は反対の西の道を行きたい、というような気分。天邪鬼なのです。
一方で、市井という言葉を知ったころから、普通の人々の凄さを少しずつ学んできたように思います。普通に生きる。それは、けして人と同じように生きるという意味ではなく、日々淡々と生きるということ。泣いたり笑ったりしながら、日々精一杯、無名のまま、生まれて死ぬまで生きる、人を殺めることなく。そんな普通の暮らしをしている無数の人たちで、この世界は出来ている。
人通りの多い道を行こうと、少ない道を行こうと、どちらも大抵は普通なのだということも、だんだんに知りました。どう生きようと、自分もまぁまぁ普通に生きて行くのだと、だんだんに気がつくのです。そして、その普通がとても尊いということも、やがて理解できるようになりました。お隣の人生と、私の人生は、全然違っていて、重なり合うこともほとんどない。けれども、どちらもだいたい同じように普通なのだと気がついたのです。
そして、お隣のそのまたお隣も、そのさらにお隣も、やがては海を超えた先のお隣も、砂漠の中のお隣も、その砂漠を越えた先のお隣も、食べて、寝て起きて、働いたり怠けたり、病気になったり回復したり、恋して手をつなぎ、サヨナラ時には手を振って、夢見て、うなされて、元気な日もあれば、不機嫌の昼もあり、孤独な夜もある。そういう普通がたくさんたくさん、今日まで重なってきて、今がある。
残念ながら、そんな普通が掻き乱されることもある。
サルガドの映画の中では、1970年代からの世界各地の飢餓、戦争による避難民の姿も彼の撮った写真によって辿られていきました。特に1994年から数年間のルワンダやコンゴでの混乱の写真には、かなりの時間が割かれていました。そこでは、普通の生活が破壊された人たちの非人間的な日常が切り取られていました。
道端に転がる死骸。処理しきれずに、重機で運び土をかけられる遺体。
そして、それが「普通」になってしまった人たちの、顔。そこには笑顔だってあったのです。そして、彼らも私の隣人でした。
90年代後半、サルガドの心は壊れたそうです。おそらく、普通を見失ってしまったのでしょう。わかる気がする。
その後、サルガドのカメラは、人間ではなく、野生動物や地球の原風景に向けられるようになっていきます。旱魃によって干からびてしまった故郷の農場に、何百万本もの植林によって育ちつつある若い森で、サルガドは再生について語り、映画はやがて終わっていきました。
私は、「普通が一番」とは、今でも恥ずかしくて母のように口にすることはできません。隣の人と同じなのがいい、という意味で「普通がいい」とも思いません。けれども、反抗期のころのように、「普通が一番」と口にする母への反発もありません。そして、今の私であれば、「普通は難しいよ」と微笑むぐらいが精一杯のところです。
無名
さて、「地の塩」です。
「サルガドという人物が写真から伝わった 人間を愛していた そこに私は共感した 結局のところ人間は“地の塩”なのだ しばらくしてやっと彼に会えた」
こうして文章を書き連ねてみて、それでも私には、やはり上記の文章の“地の塩”が、結局はよくわからないままでいます。以下の写真が、そのトゥアレグ族の盲目の女性の写真です。

ヴェンダースは、この写真に「人知れずに善行を行う底辺にいる無名の人々」を見たのでしょうか。それとも、この写真を撮ったサルガドに、地の塩を見たのか。
この写真は、ヴェンダースの言うように、人間を愛しているサルガドだからこそ撮影できた写真なのでしょうか。私には、わかりません。でも、心動かされるものがこの写真にあることは、なんとなくわかります。彼女の見えない瞳がカメラを通して、サルガドを見つめ、私を見つめている。向き合えば、沁々と、あるいは静々と書きたくなるような心持ち。やはり、私には、彼女が“地の塩”なのだと思えてなりません。市井の力強さを、生きることの偉大さと厳しさを伝える使徒なのだと。と、無神論者である私が、使徒という宗教的な言葉を使うのは滑稽ではありますけれど。
強迫観念のように、無名であれ、と思います。無名で生まれ、無名で死に、忘れ去られる、それでいいと思います。それが地の塩となるのかどうかは、さておくとしても。

















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