ガザでのイスラエルの攻撃は一か月ほど前に停戦となりました。この停戦というのも、言葉の意味としてよく分からない。AとBが戦っていて、その戦闘をとめるのなら、停戦。でも、ガザで、イスラエル軍とハマース軍は、戦っていたのか? 実際には、イスラエル軍がほぼ一方的にガザを攻めていただけではないのか? 2023年10月7日に起こったハマースらイスラエルに対する抵抗勢力によるガザからの越境攻撃がとても特異なものであったのに対して、イスラエル軍のガザの攻撃はあまりに一方的で日常的。
さらに、停戦後もイスラエル軍の攻撃によってガザではすでに400人近くの人びとが主に爆撃によって殺されています(2023年10月以降のイスラエル軍の攻撃によるガザでの死者は7万人を越えました)。
これが停戦か?
停戦といったって、せめて食料医療等の搬入が始まったにとどまっていて、イスラエル軍のハマース絶滅作戦、つまりはガザ絶滅作戦は継続中という理解が正しいのじゃないのか?
日本で、今月(2025年12月)、そして来月と、けして数多いとはよべませんが全国の映画劇場で『手に魂を込め、歩いてみれば』というタイトルのドキュメンタリー映画が上映予定です。詳細は以下の映画のホームページをご覧ください。 すでに今日あたりから上映が始まっています。
そのホームページから、ストーリー抜粋をコピーします。
イスラエルによるガザ攻撃が続いていた2024 年、イラン出⾝の映画監督セピデ・ファルシは、緊急に現地の⼈々の声を届ける必要性を感じていた。しかし、ガザは封鎖されており⾏くことは出来ない。そこで、知り合ったガザ北部に暮らす24歳のパレスチナ⼈フォトジャーナリスト、ファトマ・ハッスーナと のビデオ通話を中⼼とした映画の制作を決意する。
以後、イランからフランスに亡命したため祖国に戻れない監督と、監督の娘と同じ年齢で、ガザから出られないファトマとのビデオ通話が毎⽇のように続けられた。そして、ファトマは監督にとってガザを知る⽬となり、監督はファトマが外の世界とつながる架け橋となり、絆を築いていく。
ファトマは空爆、饑餓や不安にさらされながらも⼒強く⽣きる市⺠の姿や、街の僅かな輝きを写真に収め、スマホ越しにガザの様⼦を伝え続けた。監督が「彼⼥は太陽のような存在」と形容するように、彼⼥はいつも明るかったが、度重なる爆撃で家族や友⼈が殺されていくにつれ、表情を暗くしていく。そして悲劇はファトマをも襲う。2⼈が交流を始めて約1年後の2025年4⽉15⽇、本作のカンヌ映画祭上映決定の知らせを、ファトマは喜んだが、その翌⽇、イスラエル軍の空爆でファトマを含む家族7⼈が殺されてしまったのだ。
25歳になったばかりのファトマの死は、本⼈が「もし死ぬのなら、響き渡る死を望む」と書いたように、世界中に波紋を広げることになる。
2025 年4⽉15⽇にこの映画が欧州で開かれるカンヌ映画祭での上映が決定する。その翌日、ファトマは7人の家族と共に空爆で殺された。
この2年間、それなりの数の本やインターネットでの記事を読んで、今私が確信していること。それは、ファトマと家族は、4月16日、イスラエル軍によって狙われて殺された、ということです。たまたまの爆撃に巻き込まれたのではありません。投下された爆弾のターゲットがファトマだったのです。
イスラエル軍は、ガザでの攻撃対象を選定するのに、AIを活用しているそうです。そのAI機械のお名前は「ラベンダー」という(以下の記事から)。
ガザの3万7千人を標的化:AIマシーン「ラベンダー」の存在明らかに イスラエル独立メディアが調査報道(川上泰徳) – エキスパート – Yahoo!ニュース
ファトマは、このようなAI機械によって、ガザから外部と接し続ける危険人物としてノミネートされていたに違いありません。そして世界的に有名な映画祭で話題になったことがきっかけで、そのAI機械が選択する殺しの対象としての優先順位が一気に高くなった。しかも、イスラエル軍の攻撃は、できるだけターゲットが他の人物たちと一緒にいるとき、つまり家族の団欒時などを狙って実施されることが多いのです。その結果、彼女だけでなく彼女の家族も殺された。
イスラエル軍は(そしてAIラベンダーは)わざと巻き添え殺人を行っているのです。それが、イスラエルに歯向かう勢力への見せしめになり、より効率的に「敵」を抹殺し、あるいは障害者にすることだから。
ファトマは、1年間をこの映画に協力することに費やし、そのことによって殺される階段を駆け上がり、そして国際世界へ大きな回路がつながった途端に、計画的にしっかりと殺された。それぐらいAI機械は“優秀”なのです。彼女がこの映画にかかわったときからAI機械は彼女を監視し続け、彼女と死との距離はどんどんと狭まっていった。そして、カンヌ映画祭の看板と映画がシンクロしたときに、ファトマが今年4月16日に殺されることが規定事実となったのです。
ファトマの死は、偶然の死ではありません。絶対に違う。見せしめとして殺された。
イスラエル政府、ネタニヤフ政権によって続く虐殺については、書きたいことが私の心の中にはたくさんあります。今年、多くの国がパレスチナ自治政府を国家として承認する動きが見られました。日本政府はそれすらしていません。外務省によると「もっとも効果的なタイミングを見計らって云々…」だそうです。ヘッ。
ただ、パレスチナ国家を承認しても、問題はまったく解決しません。なぜなら、たとえパレスチナを世界が国家として認めたところで、パレスチナ国家には経済の自由、交通の自由、…なーんにもありません。すべてイスラエル国家の管理の下にあります。それでも、国家として認めて欲しいというのは自治政府にはあるかもしれませんが。その自治政府要員も、おそらく多くはイスラエル国家の傀儡。
イスラエル国家が変わるしかありません。イスラエルの人たちが変わるしかないのです。停戦下でも連日爆撃がつづく。それを黙認するイスラエルの人たちが、イスラエルという国に住む大部分とすれば、これからも惨劇は続くでしょう。ネタニヤフが倒れても、いくらでも代わりは出てくる。
イスラエルでは、周りはみんな敵、このイスラエルの地だけが国民の多数を占めるユダヤ人の生存できる場所、というような教育がなされている。そして、それを信じる人たちが多数いる。
そのユダヤの人たちに対して、国際社会は「あなたたちは、ユダヤ人ということで差別され尊厳を踏みにじられることはありません」と何度でも何度でも大きな声でメッセージを送らなければいけません。そして、実際にそのメッセージを本物にするように行動しなくてはいけない。ユダヤ人への迫害が歴史的に続いた東欧、そして西欧も、それを過去のものにしなくちゃいけない。欧州や米国に多数いるユダヤの人たちが、それを実感しなければいけない。そして、イスラエル国内で行われている教育を根本から変えなくてはいけない。
もちろん、我が祖国日本にも、それは関係あることです。近隣諸国と、仲良く、より暮らしやすい社会をつくることもできないで、パレスチナの融和を唱えても、ブンブク茶釜、ヘソが茶を沸かすってことですわねぇ。ガザでの停戦仲介等を理由にトランプ大統領を平和賞に推薦するとトランプ来日時には語り、その後の国会での野党からの「実際に推薦したのか?」という質問に「ノーベル賞は推薦等の内幕を非公開としているので、その件には答えられない」と答えた高市首相の滑稽さを嗤える日本社会でなくてはダメだと私は思う。
そんな悠長なことを言っていたら、パレスチナの人たちはイスラエルによって本当に絶滅させられてしまうかもしれない。ガザも、ヨルダン川西岸も、現在辛うじてパレスチナ自治区と呼ばれる地域も、近いうちにすべてイスラエルに併合されてしまうかもしれない。
うん。そうだね。そうかもしれないね。でも、そうなったとしても、まだ遅くはないのです。もちろん早ければ早いほどいいのは、そのとおり。でも、根治を目指さないと。根治に至るイメージを持たないと。それがどんなに単なる理想にすぎないと揶揄されても、ユダヤの人たちとアラブの人たちが共存するパレスチナの地を目指さないとダメなのだと、信じるのです。
「そうでなければ、人類は存在する価値などない。絶滅してしかるべきだ」と、藤永茂氏(物理学者、『アメリカインディアン悲史』の著者)はご自分のブログで書いています。私もまったく同感です。
ファトマさんへ、心から敬意を、そして弔意を。あなたのような人が、まず真っ先にどんどん殺されていく。となれば、パレスチナの復興は、おそらくとても厳しく長いものになるでしょう。私が今いるカンボジアにも同様のことが言えるのだろうと感じています。ポルポト時代、それこそガッツのあるエネルギーのある人がまず殺されていった。生きていれば、社会に彩りを与え、誠実で正義を愛せた人たちこそが、まず殺さていったのです。その結果、カンボジア復興も、未だに道半ばです。歴史に「もしも」はないと言いますけれど、社会の中の人的損失って、取り返しの効かないことなんだろうって感じます。ファトマさん、あなたが生き残っていれば、パレスチナの復興はきっとほんのちょびっとかもしれないけれど、早かったと確信するのです。
それでも、死者は還らない。生きている者が、世界を作り続けるしかない。カンボジアでの平和で自由な世界の達成にも、パレスチナの復興と融和の達成にも、まだまだ長い時間が必要です。私が自分の目でその達成を見ることができないのは、もう仕方がないことです。それでも、世界は3歩進んで2歩下がるを繰り返しつつ、良くなっている。そう信じているのです。
イスラエルよ、イスラエルの人たちよ、もうやめましょう。お願いします。お願いします。
映画映画『手に魂を込め、歩いてみれば』、ご縁があったらぜひ見てください。これを書いている私は、まだ観れていません。でも、そのうちに必ず観るでしょう。きっとみます。
ではでは、また。

















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