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2021年4月から2年間、全国脊髄損傷者連合会が発行する会報誌「脊損ニュース」が『世界は開いているから仕方がない』というタイトルで私が書いた連載を掲載していました(当ブログの2023年3月での投稿で読めます)。
そして、さらに2023年4月から2年間『続・世界は開いているから仕方がない』として連載は続きました。その連載24回がこの度終了しましたので、ブログで3回分ずつ掲載します。今回は2025年1月~3月で、さてこれにて千秋楽~!
8日間連続投稿で、24回全部の記事をブログに転載することができました。
今回はブログの表紙写真にソメイヨシノのこの写真を使うつもりでした。ちょうど東京の開花宣言の翌日? うまくタイミングがあってよかった。
では、最後の3回分、お楽しみください。
1月/第22回 脊髄損傷というアクシデント/プレゼント 3 (連載、あと3回)
あけましておめでとうございます。新しい年が皆様にとって良い年でありますように。
前回の連載で、「記憶」とは事実とは違う「でっち上げ」であることがあると書きました。そりゃ100%作っているということはない。でも本来なかった装飾がついていたりする。例えば、怪我をする前のゴルフ。実はそんなに上手くもなく、その後の進歩も頭打ちの可能性が高かった。だけど「もし怪我をしなかったら」と想像するあなたはかなりの腕前だったし、障害がなければ今ごろ名手になっている。記憶だけでなく、怪我をしなければあったはずの未来。
これはね、障害のある今のあなたにとっては強敵です。あったはずの自分と、実際には多くを失った現実の自分。両者を比べたら、そりゃ後者の現実は、前者に勝てるはずがありません。
つまり、「でっち上げ」た「あったはず」のあなたのほうが、重力は常に強い。障害者のあなたは、非障害者だったあなたに常に引っ張られている。そんなことが起こっていやしませんか?
一方で、「障害者になって初めて分かったことがある」等、すでに乗り越えた人たちが障害をポジティブワードで言ったり書いたりするのを、あなたは見聞する。ちぇっ、なんて舌打ちが出る。
脊損者ではありませんけれど、高校卒業直後に事故で右脚の膝から下を切断した鈴木徹さんは、その後パラスポーツの第一人者となり、事故から25年経った今では「脚を返されても困る」と語っています。
でもなぁ、ほとんどの障害者はパラスポーツの一人者どころか、スポーツすら縁がない。結局、勝者の言葉は弱者には響かない。そして勝者だったかもしれない、怪我をする前のあなた自身が見える。眠れぬ夜半にひとりでこっそり打つ溜息。
比べるな、と人は言う。でもね、比べちゃうし、比べれば今の自分はいつも負ける側だ。
勝ちたいの? もしそうならば、障害を売り物にするしかないじゃない? 障害を持ってなかった自分に誇れるものは、今のあなたの障害しかない。だから、アクシデントをチャンスに。障害をあなたが受け取ったギフトに。
まず初戦を勝つのはそんなに難しくありません。「障害のないお前にはわからないさ」、この超強力な一言で非障害者だった昔のあなた、妄想上のかっこいいあなたはもう黙るしかありません。
でも、この勝ち方はやっぱり格好よくはない。自分を特権化する、まぁちょっとインチキな勝ち方です。かっこよくするにはどうするか? 別にパラリンピックの選手になる必要はない。
とにかく、黙々と生きればいい。あなたの前で黙々とリハビリしていたあの人、かっこよくなかったですか? あなたと同じくらいの障害でも付き添いも無くひとりで病院にやってきていたあの人、眩しかったでしょう? 障害の有無に限らず、見回せば、黙々は皆美しい。過去や妄想の中のあなたは「へへ、お前にもうこれはできないだろう?」って聞いてくる。それを受け流して、黙々と今を生きる。ほら、あなたの勝ちでしょう? そして、そこからあなたの障害獲得後の本当の物語が始まるのではないかしら。
写真:団子三兄弟風にセツブンソウの白い花

2月/第23回 脊髄損傷というアクシデント/プレゼント 4 (連載、今回入れてあと2回)
前回の連載では、勝つだの負けるだの、ずいぶんとつまらないことを書きました。
「黙々は美しい」とも書いた。でもそれは他者に勝つ方法なんかじゃありませんよね。そう、勝ち負けなんか、どうでもいいことなのだ。
でも、くすぶっているあなたは、やっぱり勝ち負けで考えている可能性、ずいぶんと高いはず。怪我をする前の自分と勝負していれば、そりゃだいたい負けますよ。だって、あなたには以前はできたのに今は“できないこと”があるのですから。
それでも「黙々と」で勝負してみたらどうか、とやっぱり前回、ご提案申し上げました。でも、勝負っていうのは言葉のアヤです。別に勝たなくていいんだから。でも、カッコいい、そこは大事だと思います。カッコいい、はもちろん女性にだって使える言葉ですよね。
大事なのは「ガンバル」じゃないってこと。黙々はむしろガンバラナイ系の意味を内包しています。「黙々」を類義語辞典で調べてみると…、「ぶすっと」「無言」「うんともすんとも」…これは人に好かれませんわね、…「訥々(とつとつ)」「ぽつりぽつり」ぐらいでいけたらいい。で、生きる。今の自分を生きる。けして自分自身と仲よくしろってことではなく。渋々でもいい、でも仕方ないじゃない、動かなくなっちゃった、それが自分なんだから。そりゃ、機嫌はよくならないさ。でもとにかく、今日を暮らさなくては。だから黙々とやるしかない。
でも、そうしているうちに、過去や妄想の自分は遠ざかっていく。今、威勢のいいことを言ったり書いたり、あるいは動画で投稿している障害者さんたちも、そこは実はみんな通って来た道なのだと想像するのです。私?この連載で何回も書いている通り、私は障害の受容は早かったです。「歩けません」→「はい、そうですか」。
その理由はですね、詳細はもうこの連載では書く余裕はありませんけれど、30歳になるころにとても大きな自己否定の体験があったからだと思っています。無理やり生まれ変わるみたいなことがあった。大革命。それと比較すれば、脊損とか下半身完全麻痺とか、チョロかったんですよ。
あと、障害を得たのが50歳だったのは大きかった。人生ほぼ見通しがついていた。もし10代や20代で同じ障害を得ていたら、あれほどさらっと障害受容ができたとはやっぱり思えません。
とにかく、ハハハ、私の事例はちょっと特別。私だって30歳のころの革命的体験(けしていい経験じゃありませんでした)がなければ、障害の衝撃はもっと大きかったにちがいありません。
何事も塞翁が馬、まったくそのとおりでございますよ。良いことも悪いことも、夢は枯野をかけ廻る。若き人よ、年取るとこんなこと言うようになるのよ。やだねー。でも、障害も「禍福はあざなえる縄のごとし」、そして障害を「福」とする?!新規巻き返し、図ればよろしい。
そして、諦めも内包して黙々と今日と明日を過ごす。障害は、自分を見つめ、自分を開く、かけがえのない機会です。辛いけどねぇ。でも起こっちゃったんだもん、仕方ないじゃない。どうぞ無理はしないで。少しずつでいいから、顔を上げられたらいいよねぇ。ぶすっと、でもいいじゃん?
写真:雪色したユキワリイチゲの花

3月/第24回 脊髄損傷というアクシデント/プレゼント 5 (連載最終回)
前連載『世界は開いているから仕方がない』(2021年4月から2年間)、当連載『続・世界は開いているから仕方がない』(2023年4月から2年間)、の計48回最終回に以下の文章を。
「できないものはできない、ただそれだけのこととして捉えること、(村山注 できるか/できないか、は)私においての価値ではないと自身において言い切ること、そのように自己を立て直し肯定すること、そうした自己を示すことである」(立岩真也さんの文章から)。
脊髄損傷によって障害を得た人、その周辺の人を想定して、これまでこの連載を書いてきました。脊損しちゃったけれど、リハビリをガンバってほぼ回復したのであれば、本当によかったですね。そしてそういう人にではなく、書いた。
突然の怪我と障害。それにビビっちゃってる、その沼から抜けられない。そんな人のことが、やっぱりどうしたって気になるのです。でも、ガンバレなんて言えないし、思えない。せめて非障害者時代の自分から脱して生まれ変われたらいいね、ってことを書いてきたのです。
そして、別に何者でならなくともいい。ただ生きていた(死ななかった)、それでいいじゃない?ってことをお伝えしたかったのです。
その点では、紹介した立岩さんの言葉はけっこう強い。言い切れ、立て直せ、肯定せよ、自己を示せ…。私であれば、次のように表現する。言ってみてもいい(言えなくてもいい)、立て直せたらいい(立て直せなくてもいい)、肯定できたらいい(肯定できなくても仕方ない)、自己を示せたらいい(示せなくてもしゃーない)。
無責任?まぁ、そうなんですよ。だってさ、自分のことだってコントロール効かないのですから、まぁアジテーションもほどほどに。
それでも立岩さんの言っていること、つまり過去の価値観を引きずらず更新せよという言葉に私はとても共感する。自分の価値観を新規開拓する。しかもそれは主体性の有無でなく外の世界がそれをもたらす。だから、世界は開いているから仕方がない、そういうことだと思うのです。
さて、私は『越境、ひっきりなし』というブログを書いています。インターネットを使っている方は、このタイトルで検索していただければ、私のブログにたどりつけるはずです。
その他では『超えてみようよ、境界線』という本を2021年1月にかもがわ出版から出しました。公共図書館でおそらく見つかるはずです。もしご縁があれば、手に取ってみてください。
『続・世界は開いているから仕方がない』全24回の連載で掲載した花々の写真はすべて私の恩師である小野久先生が撮影したものを使いました。また連載掲載では、全国脊髄損傷者連合会事務局の石黒彰さんに毎月お世話になりました。いずれも本当にありがとうございました。
さて、皆さまどうぞお元気で。誇れるほどのこの世界ではないけれど、共に長生きいたしましょうね。ではでは、またどこかで。
写真:ツクシ、ツクシ、ツクシ…今年もまた春到来!



















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