「アフガニスタン上空で“釣りバカ日記”を見ること」から考える

巻雲 高度1万メートルあたりでも発達する、雲の中ではもっとも高度で発達するタイプだ。

紛争地上空の旅客機がミサイルで撃ち落とされるということ

 2014年7月17日、ウクライナ上空を飛行中だったマレーシア航空便(アムステルダム発クアラルンプール着予定)が、地上からのミサイル攻撃を受けて墜落した。乗客乗員合わせて298名全員が死亡している。
 ぼくがそのニュースを聞いたのは、多分ルワンダからカンボジアに向かう途中でトランジットしたカタール空港だったか、あるいはバンコク空港だったか。もしかしたら、同じ年の3月に、クアラルンプールから北京に向かう途中で不可思議な経路変更を行ってインド洋に消えたマレーシア航空便のニュースを知ったときのことと、なにか混同して記憶しているのかもしれない。とにかく、どちらにしても飛行場の待合室に設置されていたテレビで流れるニュースを、他の乗客と見つめていたことを覚えている。飛行機の旅の途中で聞く飛行機事故のニュースは、どうしたって心がざわつき、落ち着かない気持ちにさせる。

 で、今日の話題はウクライナ上空で撃ち落とされたマレーシア航空から始めたい。このとき、撃ち落とされた飛行機が飛んでいた1万メートル下方のウクライナの地上では、ウクライナ政府に対してロシアに支援された反政府勢力が、軍事行動を起こして内戦が起こっていた。そして、そんな紛争の中で、マレーシア航空便はおそらく敵爆撃機と誤認されて、地上からのミサイル攻撃を受けたんだ。撃ち落としたミサイルを発射した側からすれば、紛争中に上空を飛んでいる民間機のほうが、のんきすぎるってことになるだろう。

釣りバカ日誌20 ファイナル

 このニュースを聞きながら、ぼくが鮮明に思い出したのが、ぼく自身が紛争地の上空を飛んだときのことだ。おそらく2009年に成田からヨルダンの首都アンマンに向かうヨルダン航空便だったと思う。

 閉所恐怖症のケがあるぼくなのだけれど、飛行機の旅は好きだ。特に、移動中に見る映画を楽しみにしている。成田を発った飛行機の中で、ぼくはいつものように映画を見た。おそらく一本目の映画を見終わって、次に選んだのが『釣りバカ日誌』という日本映画のシリーズもので、ぼくが見たのはその20本目、最終話だった。シリーズを通して見ていたわけでもない『釣りバカ日誌20 ファイナル』をふと選んだのは、もう80代半ば過ぎだった三國連太郎という俳優を見ておこうと思ったからだ。それに主演の西田敏行も、ぼくの好きな俳優だ。
 話の筋はまったく覚えていない。いつものように、西田敏行が騒ぎ回り、それに巻き込まれた三國連太郎がボケる(漫才のボケ、の意味)というドタバタ喜劇が描かれていたのだと思う。

 そんなドタバタ喜劇が終わって、経路を確認してみると、飛行機はちょうどアフガニスタンの上空を通過中だった。時間は真夜中ごろ。当時、アフガニスタンでは、米軍の支援を受けたアフガニスタン国軍と、それに対抗するタリバン勢力とが、激しい内戦を続けていて、米軍機による爆撃の様子などがときどきテレビのニュースに映し出されていた。

 アフガニスタン。
 1979年に起こったソビエト連邦軍によるアフガニスタン侵攻と、それに対するアフガニスタン各地の反抗勢力との内戦、1990年代後半にはタリバン勢力政府の極端な宗教政治。さらに、2001年9月11日に米国で起こった同時多発テロ後の米国子ブッシュ政権によるタリバン政府への報復攻撃。その後もつづく、不安定な政権とタリバン勢力との勢力地争い。つまり、ここ40年以上、アフガニスタンはいつだって紛争下にあった。そんな紛争地上空で見る『釣りバカ日誌』のドタバタ喜劇。
 そのあまりのギャップに気がついて、その不条理さ、その冷徹さを前に、ぼくは思わず笑ってしまうようなシュールさ、ブラックコメディの登場人物になったような気がしたんだ。飛行機は暗闇のアフガニスタンの1万メートル上空を、もっとも効率的に巡航飛行を続けていた。
 ぼくはアフガニスタンや、その周辺に行ったことはない。でも、写真家、長倉洋海さんのアフガニスタンの指導者のひとりであるマスードへの敬愛がにじみ出る写真集には接していた。
 長倉さんの撮ったアフガニスタンの風景を思い浮かべながら、そっと1万メートルの暗闇のなかの人々の日々を想像してみる。どこかで機関銃が鳴っているだろうか。暗闇の中、遠くの爆発の振動を気にもせず眠りにつく子どもたち。夜空の向こうから聞こえる、この飛行機のかすかなジェット音に気がついて眠らぬタリバン兵のだれかが見上げる空は、闇夜だろうか、星空だろうか。

対流圏の底と表面でのコミュニケーション

 今になって思えば、あのとき巡航飛行を続ける飛行機の直ぐ横で、地上から撃たれたミサイルが爆裂してもよかったんだ。単に、タリバンにそういう武器を提供する勢力がいなかっただけの話だ。
 地球を取り巻く大気圧は、下方から順に対流圏、成層圏、中間圏、熱圏とよっつの層に別れている。一番地表に近い対流圏の平均的な厚さは1万メートル。つまり、対流圏の底(地表)と表面(巡航飛行機)をつなぐのがミサイルで、それがなければ、底(紛争地)と表面(釣りバカ日誌を見る世界)は、あまりにも遠い。ミサイルというコミュニケーション手段しか繋ぐことのないその遠さは、絶望的にも思えるじゃないか。

 下から打ち上げるミサイルに対して、爆弾投下以外の上からのコミュニケーション手段はないものだろうか。
 たとえば、釣りバカ日誌のアフガニスタン語吹替版を大量投下するというのはどうだろう。現地でなじまれているのは、DVDだろうか、それともまだVHSが現役で活躍しているだろうか。そこはしっかりした調査が必要だ。
 さらに用意すべきなのはアフガニスタン語だけじゃないはずだ。今なら、シリア語、イエメンやリビアならアラビア語で通じるだろう、アゼルバイジャン語、アルメニア語、ナイジェリアのボコハラムの兵士たちは何語に親しんでいるのだろう。紛争地の高度を旅する人たちが、そんなビデオ作成費用を飛行機チケット代にちょっと上乗せされたとしても、誰も文句は言わないんじゃないかな。
 「これから釣りバカ日誌を投下します」なんて機長アナウンスがお楽しみの映画を数分中断したって、気を悪くするヒトはいないんじゃないかな。どうだろう。
 そんなことを想像しないと、1万メートルの距離はつらすぎる。

 このブログで、こんな妄想話はどうでしたでしょうか?おつきあい下さった方、本当に今日もどうもありがとう。

 

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