周庭さん、元気みたいですね、よかったぁ。
ちょうど1年ちょっと前、周庭さん、あなたがカナダに留学していて、そのまま亡命となるだろうというニュースを知ったのでした(とりあえずは留学ビザでのカナダのトロントでの滞在を続けることができていて、正式な亡命申請はまだなのかな)。あなたが元気そうで、まずはとってもホッとして嬉しかったのです。その後、香港警察(つまり北京政府)はあなたを「一生追跡する」とし、指名手配したようです。「一生追跡する」……、つまりあなたは彼らの拘束から逃げ続けなければいけない。それがどれだけのストレスか、ぼくは想像するしかできないけれど、嫌だよねー。放っといてくれよー、忘れてくれよー、なんだろうなぁ。心の深いところで沈殿するしかない不安は、本当に嫌だ。
それでも、このブログを書きながら、2ケ月前にあなたがYouTubeにアップした動画をさらっと見たのです。大学院の勉強が大変だと笑うあなたは、とても元気そうで、こっちまで元気もらいました。ぼくが拝見したのは日本語で話している日本語話者向けの動画でした。どうやら中国語(広東語?)での動画もいくつかカナダから発信しているようですね。そういうエネルギーがすこし蓄積されてきたのかな? それならいいのですけれど。
でも一方で、「一生追跡する、逃がさない」と大きな権力から名指しされ、「香港には一生帰れない」というあなたが、でも故郷の香港を忘れることは一生ないわけで。いつの日か、あなたがひっそりと香港に帰ることができる日がくることを、ぼくはまだあきらめず、夢見ていたりする。そりゃ、夢見る。つまり、静かにそっとあきらめてない。けして全面的ではないのだけれど、心の奥底のどこかでちょっとだけあきらめない。きっとあなただってそうだろうと想像する。ぼく以上に、あきらめず、その日を夢こがれているはずでしょう。
それを「希望」と呼ぶのか、呼べないのか? あーぁ、希望かぁ……。
でも、西側世界だって、この体たらく
ぼくは、ずぅーとパレスチナのガザのことを考えています。考えるというか、頭の中から離れない。
今日も、昨日も、明日も、ガザでは無差別殺人が続いています。2023年10月にガザの中の反イスラエル勢力による蜂起が起こり、イスラエル側に死者千人を超える被害があった。さらに捕虜(人質)が連れ去られた。その直後にイスラエル軍によるガザへの大規模な仕返し攻撃が起こってからもう15ヶ月、ガザでの死者は4万5千人を超えました。その半数以上が、未成年、あるいは女性だと聞きます。
ガザの人口は二百数十万人。4万5千人という数字は、全人口の2%が殺されたことになります。けが人はその数倍、数十倍に達するでしょう。
イスラエル国家が「全パレスチナ人を殺すか追い出すかし、ガザ、さらにはヨルダン川西岸のパレスチナ自治領すべてをイスラエルの領地にすることを目指している」という意見を見聞して、あなたはどう思うでしょうか?
人口の2%は殺せても、また98%は残っていると考えるでしょうか。つまり、そのすべてを殺し追い出すことは難しいわけで、つまりは「パレスチナ自治領すべてをイスラエルの領地にする」なんて無理だろうと思うでしょうか。
そりゃ、明日来年にそれを実現することは無理でしょう。けれども、イスラエル建国からの歴史、特にオスロ合意以後に起こっていることをていねいにたどっていくと、やっぱり「すべてのパレスチナ人を無いものとする」というベクトルでイスラエル国家の政策は動いているとぼくには思えるのです。
あの地域で唯一の核保有国で、米国や欧州各国の支援を受けて圧倒的な軍事力を誇るイスラエルは、今ややりたい放題です。病院だろうと、学校だろうと、国連施設だろうと、救急車だろうと、報道車両であろうと、どこであれなんであれ、爆撃し放題、殺し放題。すべて「テロリストの拠点・活動」と言い放てば済む。それが本当にテロリストの拠点で、テロリストがそこにいたのかを国際社会が検証することは不可能です。そもそも、イスラエルや米国(そして日本も)がテロ組織と名指しするハマースは、住民の民主的な選挙で選ばれたのでした。そのハマースが何を抗議しようと、オスロ合意に反対し続け、イスラエルを攻撃してきたテロリスト集団の戯言になってしまっている。
『ガザの光 炎の中からとどく声』(リフアト・アルアライールほか、明石書店、2025)という本が先日手元に届きました。2025年1月1日初版第一刷発行なのは、その本の奥付にある通りです。実際には少し早く出版されるものなのですね。
まだ読み始めたばかりのその本なのですけれど、翻訳者斎藤ラミスまやさんが書いている「訳者あとがき」が素晴らしいのです。たった4ページで、すべてコピーしたいぐらい。このあとがきは、2003年の米国によるイラク攻撃が始まるところから書き出されています。
そのことから2023年の現在までの経緯を記した冷静で熱い彼女の文章によれば、今やSNSでの情報操作もひどいことになっている。
「有志数名でハマースの声明を翻訳して、自分のグーグルアカウントのドライブで公開した。(中略)自分個人のアカウント内にあるファイルなのに、「利用規約に違反している」という理由で、開けなくなっていた。『一九八四年』の世界が現実になっているような感じがして、背筋が寒くなった」(上述『ガザの光』 348ページ)
『一九八四年』とは、《一九八四》是英国作家乔治·奥威尔长篇政治小说、英国人作家ジョージオーウェルによる長編小説、のことです。在这部作品中奥威尔刻画了一个令人感到窒息的恐怖世界,在假想的未来社会中,独裁者以追逐权力为最终目标,人性被强权彻底扼杀,自由被彻底剥夺,思想受到严酷钳制 この作品でオーウェルは、独裁者が権力を究極の目標として追求し、自由を完全に奪われ、思想が徹底的に抑圧される、息苦しく恐ろしい世界を描いている。
今や、このオーウェルの1984年を想定した予言は、西暦年としては半世紀弱の誤差を含みつつ、実際に起こりつつあるようです。
イラエル首相ネタニヤフの演説はYouTube等のSNSでいくらでも見ることができますけれど、ハマース側の主張はSNSから「テロリストの言説」という理由で今やAIによって自動的に削除される。
周庭さん。あなたが中国の習近平による北京政権に翻弄される香港から逃げてきたこの西側諸国も、もはやこの体たらくなのです。巨大化した権力と直接に対峙すれば、そこに表現の自由など存在しない。悔しいです。残念です。あなたにそれをお伝えするのは、本当に申し訳ないような気分です。
民主主義が戦争、つまり「殺せ」と命じている?
さらに辛いことを書かなければいけません。
やはり先日、日本の朝日新聞という大きなメディアで、遠藤乾さん、東京大学大学院法学政治学研究科教授、が書いた以下の記事を読みました。
悲劇はナチス以前から加速していた 民主主義があおる戦争、現代でも:朝日新聞デジタル
イスラエル政権と、あのヒトラーによるドイツのナチス政権とを生み出した政治構造の比較をあれこれ書いている記事です。そして、その結論は、つまり「多数の民意の反映は、平和につながらないことが多々起こっている」ということのようなのです。
多数の民意の反映、それが民主主義のはずでした。いや、それが確かに民主主義のはず。
けれども、民主主義が平和をもたらすどころか、戦争をあおるという。「愛国心」とか、「祖国を守れ」とか、そういう民意は、ある閉ざされた範囲で「多数に承認された主権」として、外部からは介入できない。そしてその主権が、暴力を発揮する。ぼくの価値観に照らして言葉を選べば、暴走、する。
そういった暴力を抑止するのは、その国内にある法的・民主的制約であるはずあのだけれど、それすら“民主的”独裁や、軍政の下では、まったく機能しない。むしろ、法的制約は暴走を積極的に後押しするお墨付き機関となり、民主的な手続きによって暴走はますます加速する。
そして、独裁はけしてすべての国民・市民を虐げるのではない。むしろ、その社会の多数が民意としてその独裁を支持し、つまり暴力を支持し、その暴力の主体となる。
そんなことが、たとえばイスラエルでは起こっている。イスラエル以外でも、より小規模に、あるいはより穏当に、社会の多数が民意として暴力を支持し行使することが起こっている(ぼくが暮らす東南アジアの一小国でも、そうです)。
「民主主義には、それぞれの国・社会のやり様、在り様があるのだ」 と、いまや習近平主席だけでなく、多くの国の指導者が積極的に口にし始めています(ぼくが暮らす東南アジアの一小国のリーダーも胸を張ってそう言っています)。それは、けしてその独裁的指導者個人の思いではなく、その指導者を生み出した社会の民意が背景にある。人々は、けして恐怖だけで動くのではなく、多数的立場維持の欲求や、現状肯定的志向や、単にお祭り的選挙の熱狂や、によって動いていく。 それを、最大多数の最大幸福を目指す、個々の人々の選択では無いと、否定するのはむずかしい。 特に外から否定すればするほど、その暴力暴走はエネルギーを得てしまうかのようです。
日本社会にだって巣食う暴力暴走の芽、あるよ
ところで、先に書いたように、2か月前にあなた(周庭さん)がアップしたYouTubeの動画。その中で、あなたは「香港の友人が家族と日本旅行に行った際に、大手チェーン焼き肉屋で外国人入店拒否にあった。その焼き肉屋チェーンは香港にも支店を展開しているのに、日本国内では外国人拒否をする。今後、日本でそういう外国人拒否のお店が増えてしまうのが、心配です」という主旨のことを語っていました。別に抗議調で語ったわけではなく、最近に身の回りにあったさまざまのエピソードのひとつとして、柔らかく笑顔も交えながら語っていたのです。
そんなあなたの心配と関連しそうなことを書きます。
やはり最近読んだのが『地震と虐殺 1923-2024』(安田浩一著 中央公論新社 2024)です。関東大震災後に起こった朝鮮の人を対象とした多くの虐殺事件をたどった本です。たくさんの日本社会の市民による多くの虐殺事件、そして現代のヘイト問題などがていねいに取材し記述されています。
その本の第2章「虐殺を葬ろうとする人たち―東京横網町公園、新宿(115ぺーじ~)」。この横網町公園、ぼくは最近、縁があったのです。この秋に何回か膀胱結石の入院手術治療でお世話になった総合病院に通う都営バスの停留所横網町1丁目は、この横網公園のすぐわきに位置していました。Jr総武線の両国駅や、大相撲の両国国技館にもすぐ近いこの「横網」という名前を、ぼくは最初「横綱」と読み間違えていて、それが余計に横網の名前をぼくに印象づけたのです。
さらに、この公園の中にある案内板を読むことで、そこにある大きなお堂が、関東大震災の被害者たちを祀る場であると知り、さらに横網公園はぼくの記憶を刺激しました。
なぜなら、東京都出身のぼくは、小学校時代に「関東大震災で大きな被害があった陸軍被服廠跡地」について習い聞いたことがあったのです。関東大震災(1923年9月1日お昼前に大きな地震が発生)当時、この場所が広い空き地で、震災の避難場所として多くの人、4万人以上、が集まっていた。そして、広場の周辺で燃え盛る火災を元にした、大きな火の竜巻(火災疾風)がその広場を襲い、多くの死者が出た。
その陸軍被服廠跡地が、今の横網公園だったのです。そして、小学校時代に学んだ被服廠跡地という記憶と、60歳のぼくが車イスで行き来した横網公園が、ばちっとつながったのでした。
けれども、この本を読むまでは、この横網公園に関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑があり、毎年9月1日には朝鮮人犠牲者追悼式が開かれていることは知らなかった。いや、この追悼式がどこかで開かれていることは知っていました。そして、今年の都知事選で楽勝して三期目に入った小池百合子東京都知事が、「朝鮮人虐殺があったかなかったかは、後世の歴史家が紐解くものだ (村山注 だから小池知事は虐殺の有無を自分では判断しない、という意味)」という考えから、それまでの都知事が送っていた追悼文での意表明を止めたことは、知っていました。けれども、その追悼集会の場所が、あの横網公園だったとは知らなかったのです。
そして、その追悼会に際して、近年、超破廉恥なヘイト集会が開かれていたことも、実はしっかりと認識していなかった。それもこの『地震と虐殺』を読んで知ったのでした。
「虐殺は嘘だ」「虐殺はなかった」さらに「朝鮮人による略奪や強姦はあった」「朝鮮人は朝鮮半島に帰れ」とするヘイトスピーチが、追悼式のすぐ横で行われ、そういったヘイトスピーチを行う団体に、東京都は集会許可を出し続けていることも、よく知らないままでした。
幸いに、ヘイトスピーチを阻止しようとした無名の多くの人たちがいることも、『地震と虐殺』には多く書かれています。けれども、著者の安田さんは「虐殺の火種はいまもくすぶっている(『地震と虐殺』137ページ)」と書く。
周庭さん、この関東大震災後の虐殺は、朝鮮出身の人たちだけでなく、中国の人たちにも及んでいるのです(『地震と虐殺』第7章4「大希天事件」と「主義者狩り」514ページ~ )。さらには、地方言葉の訛りが「朝鮮人ではないか」と疑われ、四国から来た行商の人たちが虐殺された実話をもとにした『福田村事件』という映画が、日本で2023年に公開され話題になりました。あのとき、市井の日本の人たちは、群れだってあちこちで“他者”を襲った。
さらに日本人と呼ばれる人たちは、まだ百年も経たないついちょっと先、さらに猛烈な暴力の大暴走を経験しています。日中太平洋戦争で、特に日本が植民地支配をした満州や朝鮮半島でのできごとです。
『ある憲兵の記録』(朝日新聞 山形支局 朝日文庫 あ 4-37 オリジナルは1985発行) で描かれた、市井の農民が示して見せた暴力の暴走。この青年は、憲兵として14年間働いた満州で「殺したのは328人、逮捕し拷問にかけ獄に入れたのは1917人」と記憶を語ったのです。彼と同じような憲兵がいったい何人いたのか。数百人?数千人? 彼らは拷問のスペシャリストでした。
『帝国主義と闘った14人の朝鮮フェミニストー独立運動を描きなおす』(尹錫男イラスト、金伊京著、宋連玉/金美恵翻訳 花束書房 2024)を読んでも、大日本帝国の官憲はリンチ・拷問を当たり前に行ったのがわかります。女性に対しても、です。獄死には至らなくとも、獄中で振るわれた暴力の後遺症に苦しむ人たちが多くいて、刑期を終えた後に早死にする人たちが多くいたことがこの本を読むとよくわかります。今、この本が手元にないので記憶に頼って書くのですけれど、拷問した相手(朝鮮の女性)と後日欧州だか米国だったかで偶然に再会し青くなって謝罪した日本人警察官僚のことが書かれた場面もありました。その男は「仕事だからリンチ・拷問は仕方なかった、赦してくれ」と語ったのだそうです。
仕事なら、拷問するんかい? 上から命じられたら、リンチするんかい?
ぼくの祖父母、若い人たちであれば曾祖父母の時代、祖父や曾祖父が拷問をしたのです。植民地支配した先で、侵略戦争をした先で、人を人と思わず平気で強姦し拷問し殺したのです。もう一代前の世代が、関東大震災の後、無実の人たちを多数で追い回して惨殺したのです。あれからまだ百年しかたっていないのです。せいぜい、3代か4代、世代が回っただけ。
「後世の歴史家が紐解く」って、関東大震災からすでに1世紀が経った。そして、虐殺の有無について、今、歴史家が「虐殺はなかった」と言えば、アカデミックな世界ではおそらく失笑されるだけ。専門書ではなくとも、本屋にいけばいくらでも関連本が出ています。それらは、きちんと証拠を示している。それでも、都知事という立場の人が虐殺について「白黒ついていない問題だ」というようなことを平気で言う。それがヘイトスピーチを誘発する。ヘイトスピーチ的価値観を力づける。なにが東京オリンピックの国際性だ。笑っちゃうよ。
この件に関して、都知事の言動はものすごく罪深いとぼくは思います。こうやって権力がヘイトを支える。それは関東大震災後の虐殺でもそうでした。今でいうフェイクニュースを流したのは権力層だし、虐殺者に甘い対処をしたのも権力だった。だから、二ホンの社会は自分たちの大きなミステイク・汚点から目を逸らし続けてきた。我らが爺さんの、婆さんの罪をないものとして見逃してきたのです。
小池都知事は、この一点でもうアウトだとぼくは思う。過去の日本人の虐殺から多くの人の目を逸らす行為があるだけで、東京都1千万の住民のリーダーとしてアウトだと。
そして、安田が書くように、中国や韓国/北朝鮮の人たちに対する暴走しがちな暴力の香りが日本社会にあることを、ぼくも否定できない。
周庭さんが耳にした外国人お断りという焼き肉屋の「外国人」とは、欧米系の人たちも含んでいたのだろうか。もしかしたら、欧米系は、特に白い人はOKで、中国・韓国/北朝鮮系の人たちの入店を断ったのではなかろうか? インド系やアラブ系、さらにはアフリカ系はどうだったろうか? そもそも「○○系」って、どう判断するのかしら。私には、東アジアの人たちの国籍や出自なんか、見た目で判断できないけれどなぁ。
日本語がうまくできない? 日本語母語話者の発音とは違うって? それって、「十五円五十銭って言ってみろ」と訊ねて朝鮮の人をあぶり出そうとした、あの百年前とどう違うの?
排他的なものが二ホン社会に巣くっているのは間違いない。否定できない。無視できない。そして、それは容易に暴力につながることはあり得るだろうと、多くの人が感じている。
とにかく殺されない、殺さないことを、まず願い求む
だから、21世紀も四半世紀がすぎた今、ぼくたちは「殺されない」にはどうするか、どうやって逃げるか、考えて用意しておかなければならない。
それだけではありません。自分が「殺す」側にいる危険性にも目を向けなくちゃいけない。自分は「殺さない」としても、自分の身の回りの人が「殺す」のだって見たくないでしょう? だから、自分個人だけの問題じゃないわけです。
民主主義にあるべき、表現の自由だって、それはヘイトスピーチの自由に履き替えられてしまう。
移動の自由だって、街中に張り巡らされた監視カメラの下での自由でしかない。
国境を超えるには、パスポートチェックがあるし、そうでなければ越境は命がけの逃避旅行だ。ガザの沖には無名の若者たちの屍がどっさり沈んでいるという話もどこかで読んだよ。彼らは自由をもとめて、海に漕ぎ出て、そしてイスラエル海軍の監視網をかいくぐれずに撃たれるか、あるいは波にのまれるかした人たち。
周庭さん、それでも、だから生き残りましょう、できる限り。もちろん、殺されるための列に並んだら、むしろ一歩前に出る、そんなこともシミレーション・仮想しとかなければいけないのかもしれないけれど。
とにかく、死ぬまで生きるとして、急ぐことはない。自由や豊かな民主主義の未来はけして楽観できない今現在ですけれど。でも生きてください。まだぼくの半分しか生きていない周庭さん(たち世代)には、まだ時間はたっぷりある。そこに希望があるはずです。つまり、あなた(たち)の生が希望だ、そんなふうにぼくは思っているのです。
人生を謳歌あれ。そのためにも、よく食べよく寝て、です。それさえやってれば、まぁなんとかなる。
んじゃまた。多分、また365日後に。
村山哲也@プノンペン
Note 以下、大晦日に書く周庭さんへのメッセージシリーズ。上から2020年大晦日、2021年大晦日、2022年大晦日、2023大晦日の投稿です。
周庭さん、元気?来年がいい年になりますように。 – 越境、ひっきりなし (incessant-crossingborder.com)
民主主義のことを書く師走大晦日(になりつつあって、困ったなぁ) – 越境、ひっきりなし (incessant-crossingborder.com)
周庭さんの言葉「私はただ自由に生きたい、そして安全に生きたい」、小さな蟻をつぶす私の人差し指から始まる自由の抑圧? この灰色の空の下で私も、自由に安全に生きたい、です。 – 越境、ひっきりなし


















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