国益を求めるODAの末端で、個人のやりたいことをやる? ギブアンドテイクと評価と (修士論文のテーマに困っているあなたへの重要なメッセージあり)

クラーク博士 今回は無料画像からお借りしました。 なぜクラーク博士家は、最後までよんでいただくとわかる、かも。

自由民主党のコマになるのか?

 20代後半で、ODAによるボランティア活動に参加しようとしたとき。
 ぼくのその2年間の使い方に反対するある人から言われた。

君が日ごろから反対している自由民主党のコマとなるのか?」

 確かに青年海外協力隊(ぼくの中ではボランティア活動です)は、外交に利用されている。そして、自由民主党が長期政権を維持していた当時、日本国政府イコール自由民主党だったわけで、彼の指摘はある一面で正しかったろう。そして、当時(今も)ぼくは日本国政府のあれこれに不賛成の部分が多かった。たとえば沖縄に集中する米軍への思いやり予算やちょうど勃発した第一次ペルシャ湾岸戦争で米軍サイドへの130億ドル支出とかの外交や、長野冬季オリンピック誘致諫早湾干拓事業に象徴される自然環境破壊につながる不必要と思える開発事業とか……。

 そして、その後、ぼくは30代40代の年月を、主に政府間援助(ODA)の末端で働くことで、収入を得てきた。ぼくがJICA(国際協力機構)の職員として働いていたと、ときどき勘違いされることがあるけれど、ぼくが準公務員であるJICA職員になったことは一度もない。採用試験を受けたこともない。
 JICAと期間を定めて契約する技術協力プロジェクト専門家(技術移転型)という形態か、JICAから事業委託を受けたコンサルタント会社とやはり期間を定めて契約する形態か、そのどちらかで働くことが多かった。ある種、ぼく自身が個人事業主となりJICAやコンサルタント会社と契約して働くというイメージだ(実際には、ぼくはある会社、知っている人は知っていて知らない人は全く知らないシーディーシーインターナショナル株式会社シー・ディー・シー・インターナショナル|CDC International Corporation (cdc-kobe.com)という会社に所属し、そこがJICAやコンサルタント会社と契約し、ぼくは給与をもらう、というスタイルで働いていた)。

 このあたりの、海外開発援助へのアプローチは、20~30年前と現在では、かなり雰囲気が違う。ぼくのようなやり方は、ぼくの世代だけに通用したようなところがあって、今の若い人の参考にはあんまりならないかもしれない。ぼくの前の世代も、またぼくの世代とは少し違っていた。
 すごく単純に書けば、日本のODAによる、特に教育セクターの開発援助は、その始まり(1970年代)は研究者中心で、2020年現在はコンサルタント中心で、ぼくの世代はその端境期(はざかいきだったろう。

 とにかく、そういうわけで、ぼくはそのキャリアの多くをODAによっている。つまり日本国政府の外交のコマ、ものすごく小さなコマではあったけれど、だった。

「教育の目的は、人が幸せになることです」

 ぼくが若いころにやりたかったことを、今思い出して書き直してみると「世界の中で豊かでない人たちの応援」だった。そして、ぼくはたまたま教育というテーマを選んで、その中でも特に学校教育、特に理科教育、の質改善支援の道を歩んできた。
 その途中で、「やっぱり医療だったなぁ」と思ったこともある。最初にボランティアで働いたケニアの小さな村でも、その後のフィリピンのダバオでも、カンボジアのプノンペンでも、小さなお棺が置かれたお葬式に参列したことがある。
 誰でも死は避けられないけれど、でも、幼い子の死は「今回は避けられたんじゃないか?」感がある。身近に医者がいれば、薬があれば、家族に知識があれば、そしてお金があれば……、つまり医者がいなくて、薬がなくて、あったとしてもそこに連れていけなくて、連れて行ったとしてもお金が足りなくて、だから死んじゃったんじゃないか。お金があればビルゲイツみたいに寄付のほうが効果的だけれど、億万長者(ミリオネア-)じゃない自分にできるのは、身体と頭の提供、つまり一番最初の項目だったんじゃないかって。

 そもそも教育は「緊急事態」が去った後の話だ。ましてや理科教育なんて、社会に余裕があってようやくおっとり刀で登場するようなことだ。そんなことを、身の回りや、あるいは報道や、で思うときに「医療だったかなぁ」と思うときはあったんだ。実際、30代40代で、改めてその道を目指す人もいる。すごいなぁ。ぼくはそこまでは自分を追い込めなかった。

 で、学校教育、理科教育だ。プロジェクトの目標はいろんな書き方があるけれど、つまり学校教育、その中の理科教育の充実の上位目標は、その社会、その国の経済発展だ。経済発展によって、そこで暮らす人たちのクォリティーオブライフ(QOL、生活の質)が向上する。理科教育は、それを身につけたほうがいい人材、生産向上につながる、を生み出すという信念のもと存在する科目だ。あるいは、そういう人材を求める企業が育つことが、経済発展には求められる。そういう文脈。

 カンボジアで一緒に働いていたK先生があるとき「教育の目的は……」と若い人に話すのを横で聞いていたことがある。彼はこう続けたんだ。「教育の目的は、人が幸せになることです」。あぁ、いいなぁ、と思った。そうだよね、そうやって真っ直ぐに言っちゃっていいんだよね。改めて、心引き締まるような気がした。

 でも、プロジェクトの上位目標に、経済発展の文字は使えても、幸せは、多分?(絶対!)ダメだろう。どうしてだろうか。確かに、幸せって、何よ?ってことはある。人の幸せは人それぞれで、隣のあなたの幸せを推し量ることすら、正確にはぼくはできない。数値化?無理無理。されても困るし。
 学校教育の歴史をちょっと意地悪に振り返れば、それは兵士養成のためだったりする。人の幸せのための学校教育というよりは、国の安定のための学校教育が、そのだ。そうだとしても、もはや学校教育も「人の幸せ」のためにあるのだ、と言おうじゃありませんか。人の幸せにつながらない教育は否定すればいい。K先生の言葉は、たまりつつあった(おり)を巻き上げながら、遅まきながらストンとぼくの心の底にタッチした。

スリランカの小学校で(本文とは関係ありません)

自己評価重視

 もう少し落とし込むと、ぼくが見てきた学校教育、特に理科教育に限らず、の中には、ぼくから見れば時間の無駄使いのように見える授業が少なからず、あった。生徒にとって、退屈だろうし、授業の前と後でなぁーんにも世界が変わらない、時間つぶしのような授業が、あった。とりあえず、そんな授業を減らしたいと、思った。学校を出た先のこと、それが生産性の向上につながるかはさておき、まずは楽しい授業を増やしましょう。面白い授業を増やしましょう。授業の前と後とで、ちょっと世界の色が変わって見えるような授業を増やしましょう。だって、笑顔で頬の筋肉を鍛え、興味を持って学ぶ術を知り、世界の色が少し変わって見える経験をする、そんな時間を通過したことのある子どもが、幸せに近くなっていくと思っていたから。ぼくが目指していたのは、たかだかそういうことだった。

 だから、上位目標、つまり経済発展とか効率的生産性とか、そういうものには、ぼくは心の中ではペロッて舌を出していた。こ・く・え・き?なんですかぁーそれー? もしそういう単語を用いた「演説」が必要な場面は、できるだけ他の人に頑張ってもらえるよう仕向けることに心砕いた。ぼくは、思ってないことを言うのは、それほど得意なほうじゃないみたいだ(だから、恋愛じゃ失敗も多い?)。

 つまり、言いたいことは、ぼくと日本国政府ODAは、ギブアンドテイク、だったってこと。いろいろと好きじゃないところもある日本国政府だけれど、ぼくはぼくのやりたいことを実現するために、ODAに積極的に関与した。そして、関与した部分に関しては、貢献を目指した。ときには、「やりたくないこと」もやった。具体的には、「こんなデータ、必要なのぉ」というようなことだ。詳しくは書かない。でも、プロジェクトの中での多数決?に敗れたときには、やる(多数決で負けても、ぜったいやらないってことはあるけれど、そういう事態にぶつかったことはまだない)。

 だから、プロジェクト評価とは別に、自己評価を持つようにはしていた。そして、実は自己評価のほうがプロジェクト評価より重要だったりもした。正直に書くと、自己評価を確認するデータがしっかり取り切れていないことが多い。「おそらく、そこそこ上手くいった」と思っていることを、本当なら数字で証明したい。でも、プロジェクト評価で、その数字は必要なかったので集められなかったし、今でもやりたいけど、時間がない。やりたいことがたくさんあって、そこまで手がまわらない。
(誰か、修士論文のテーマに困っている人がいたら連絡ください。ぜひ仮説を検証してもらいたいテーマがあります!協力は惜しみません。早いもの勝ち。)

なんにしたって、ギブできなきゃテイクはない

 民間でよかったんじゃないか、という問いはありえる。ぼくもそう思う。でも、民間であれだけ理科の授業内容にそこそこ食い込めたか?ODAの良さもあった。そして、ぼくはたまたまそっちとの縁が強くて、民間との縁が薄かった。その程度の違いだったとは思う。NGOだって、どうしたって出資者がいるわけで、ギブアンドテイク精神がないと、テイクする前に溺れることもある。
 国連関連(ユニセフとか)、開発銀行とか、そういう線はなかったの?こっちは、なかった。ひとつは日本国政府だろうと国連だろうと、ギブアンドテイク、に差はない。それに、ユニセフ系はぼくには貴族臭が気になるし、銀行系は現場からは距離がある。実は、英語が得意じゃない、なんてのも一因です。

 なんにしたって、ギブできなきゃテイクはないという結語。うーん、これはちょっと説教臭い終わり方になりましたね。今回の投稿は、あんまりできよくなかったかなぁ。
 ま、「青年よ、大志を抱け」と突然にクラーク博士にたくして、ごまかしましょう。では、今回はこのへんで。また、明日。

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