ベルギー北部フランデレン政府によるODA組織(VVOB)が カンボジアで実施していた教育プロジェクトに雇われる
途上国での教育の応援、ぼくのこれまでの多くの仕事は日本のODA(政府間援助)の末端でのものだった。けれども、一度、ベルギーのODAで働いたことがある。今日は、そのことを書いてみます。 ベルギーのODAとのご縁 ベルギ...
カンボジア途上国での教育の応援、ぼくのこれまでの多くの仕事は日本のODA(政府間援助)の末端でのものだった。けれども、一度、ベルギーのODAで働いたことがある。今日は、そのことを書いてみます。 ベルギーのODAとのご縁 ベルギ...
海外開発支援軍需産業のマッチポンプ 本題に入る前に、まず映画をひとつ紹介します。『シャドー・ディール 武器ビジネスの闇』です。1月30日から渋谷のシアター・イメージ・フォーラムなどで上映されています。詳細は以下からどうぞ。 この...
越境ところ変われば、いい天気も変わるのです 「今日はいい天気ですね」って、気持ちいい挨拶ですよね。ご近所との何気ない挨拶にお天気のネタは定番です。 2014年の事故の後、5年間、日本で過ごしました。事故の10ヶ月前に結婚...
胡椒昨年10月11日に、《予告『カンボジアの胡椒とその周辺の物語』なんてそんなことを書くことになったのか?》という投稿をしました(以下から飛べます)。その後、30回に渡って『カンボジアの胡椒とその周辺の物語』を水曜日と土曜...
フィリピンダバオと日本の、かなり親密だった関係 1998年から2001年にかけて、ぼくはフィリピン最南部のミンダナオ島ダバオ市にある教育事務所で働いていた。 ダバオと日本の縁は深い。 日米の太平洋戦争はハワイ真珠湾への日本軍攻...
障害・車イス・脊髄損傷昨年12月10日の投稿で、「死んだほうがまし」について書きました。そのときに、西智弘著『だから、もう眠らせてほしい -安楽死と緩和ケアを巡る、私たちの物語』(晶文社 2020年7月)に触れて、「安楽死制度を整えながら、...
越境する人3ヶ月近く続けてきました『カンボジアの胡椒と その周辺の物語』も今回で最終回です。前回は外伝5として、日本との関わりの深いひとりのカンボジアの方に関して書きました。(前回の投稿には以下から飛べます) 最終回は、外伝6...
越境する人昨年10月5日の投稿『障害者の“王様”』(以下から飛べます)で、「(ぼくは)障害という世界の中での強者である」と書きました。今回の投稿では“強者”ということについて書いてみます。 強い、弱い “強者”、“強い”という...
海外開発支援友が博士号をとります。よかった、おめでとう。 ちょうどこの文章を書く直前に、カンボジアから日本に博士留学をしていた友人の博士論文発表会が開かれた様子がフェースブックで流れた。彼とぼくが会ったとき、彼は高校教員養成校の図...
読書よりまず、このブログ『越境、ひっきりなし』、不思議なことにUSAで読んで下さっている方が何人かおられるようで、WBのDさんは見当がつくんだけれど、さて、あとは一体どなた様が???ありがたいことでございます。今後ともよろしく...
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