『カンボジアの胡椒と その周辺の物語』外伝2 連載第26回 戦後日本でのカンボジアへの移民計画
『カンボジアの胡椒とその周辺の物語』、前回の投稿から「番外編」ということでお伝えしています。まず1941(昭和16年)の太平洋戦争日米開戦の前辺りに始まった日本でのアンコールワットブームについて前回には書きました(前回...
カンボジア『カンボジアの胡椒とその周辺の物語』、前回の投稿から「番外編」ということでお伝えしています。まず1941(昭和16年)の太平洋戦争日米開戦の前辺りに始まった日本でのアンコールワットブームについて前回には書きました(前回...
最近のニュースから「閉じろ」という叫び 新型コロナウィルスによる感染拡大が続いていますね。 多くの情報が飛び交う中、感染症に関しては素人であり、さらには脊髄損傷者としては、できるだけ感染を避けて過ごす、ということを意識して日々過ごすしか...
最近のニュースから100万人 先日読んだ記事によれば、全世界で新型コロナによる死者数が100万人を越えたそうだ。この事態をどのように理解すればいいか、ぼくは戸惑っています。 カンボジアのポルポト時代の犠牲者は200万人、ルワンダの199...
越境誰と仕事をするかは、そう簡単には選べないですよね 開発援助の仕事で、途上国に行く。そこで、プロジェクトを実施する相手側機関のスタッフを紹介される。「はじめまして、よろしく!」となり、一緒に仕事を始める。仕事の仕方は様々...
胡椒前回の連載第24回で、ひとまず『カンボジアの胡椒と、その周辺の物語』は大団円を迎えたということで、あと数回、番外編ということでお送りします。(前回の大団円回は以下から飛べます)。今回は、太平洋戦争中に日本で起こったとい...
理科教育ぼくたちはどこまで「非科学的」なことから自由だろうか?そもそも、非科学的なことから自由になることは、必要なことだろうか? 信心と科学との境界 お正月、初詣でおみくじを引き、その吉凶に一喜一憂する。それは、お楽しみの範囲...
ケニア西暦2000年(平成14年)前後の通信革命!!! 20世紀から21世紀にかけて、ものすごい通信革命が起きたんですよねぇ。1990年から1992年に青年海外協力隊員として暮らしたケニア西部のクゥイセロ村での生活は、電気ガ...
胡椒前回の投稿(華人排斥の歴史、以下から飛べます)と今回の投稿は、『カンボジアの胡椒とその周辺の物語』の後書きのような位置づけになります。今回は、現在のカンボジアという枠組みで数百年の歴史を振り返ることの難しさについて書き...
理科教育頭に持ってきました写真は、上野科学博物館にあります、進化の樹、の部屋です。あの部屋を「役に立てる」には、かなりの技量が必要と思いつつ、そんなもんなくても、あの雰囲気、いいですよねぇ。あの部屋ほど、幼子の姿が似合う場所も...
海外開発支援複雑系との遭遇、そして興奮 2000年、フィリピン南部、ミンダナオ島ダバオ市の教育事務所で働いていたときのこと。 20世紀の最後に働いたこのフィリピンで、仕事でインターネットを使い始めた。事務所でインターネットを使う...
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