(今回は、フィクション、つくりばなし、です)
最初、それは小さなできごとのように思えました。
SNSの小さな画面の向こうには、10代半ばと思われる青年たちが数人、同年齢の女の子もいたように見えました。場面は砂浜。“不平等には耐えられない”と印刷された揃いのTシャツを着た彼らはカメラに向かって手を振ると、そのまま海に入っていきました。静かに腰、胸、首、そして頭と波間に消えていった。
“不平等には耐えられない”と印刷されたTシャツを着て入水する、それはかなりの速さで世界中の若者の間に広がっていきました。
数日の後にはかなりの数の動画がSNSにあがりました。「不平等、反対」のTシャツを着た者、ヨーロッパの有名サッカーチームのロゴが入ったTシャツに手書きで「不公平、反対」と書いたものを身に着けた者、そんな彼ら・彼女らがカメラに向かって静かな笑みを向けた後、海に入っていくのでした。そこではさまざまな表現が見られましたけれど、共通するキーワードは「不平等」「不公平」でした。
自殺が禁じられている宗教が強い社会でも、少なからずこのデモンストレーションに参加する若者が現れました。
そのころ、私はあるニュースをSNSで目にしたことを覚えています。ガザでの報道を続けていた国際衛星テレビ局アルジャジーラによるもので、ガザ南部にあるシェイクイジリン地区のビーチから、男性レポーターがこれから海に向かう若者たちにインタビューしていました。彼が向けるマイクに向かって10代半ばに見えるひとりの青年は語りました。「殺すのも殺されるのも、もう嫌なのです。とにかく、ここにある不平等がもう我慢ならないのです。わかるでしょう?」 そうだ、そうだ、というようないくつもの声がレポーターの周りで上がりました。
そして、やがて彼らは小さな波が寄せる浜辺から海に消えていきました。最後にレポーターが「いま目の前で、若者たちは本当に海に入っていきました。彼らはほんとに戻ってこないのです」とカメラに向かって静かに語ったのです。数日後、このレポーターはガザでの取材中にイスラエル軍のドローン兵器によって爆撃されカメラマンと共に亡くなりました。イスラエル軍によれば、レポーターたちの報道はハマースのプロパガンダに協力する行為であり、だから攻撃対象となったとのことでした。
そうやって入水する若者が増えていく一方で、イスラエル軍によるガザへの攻撃は止むことなく続いていました。
人々は、安全地帯に指定された地域に逃げ込み、けれどもその安全地帯の学校や病院にもピンポイントで爆撃されたのです。そのたびに「ハマースの活動拠点を攻撃した」というイスラエル政府の説明が繰り返されました。
けれども、そこにテロリストが潜んでいたのかどうかを世界が確かめる術はなかったのです。つまり、イスラエル軍のやりたい放題が続いたのです。学校だろうと、病院だろうと、避難している先の簡易テントの群れだろうと、イスラエル軍は好き勝手に爆撃を繰り返しました。しかもそれが毎日報道されたのです。住民地区への爆撃が百日つづいても、二百日続いても、世界は虐殺を止めることができなかった。それどころか、そういった無差別攻撃が毎日続くことで世界の多数派はそんなニュースに慣れてしまったようでもありました。パリでは華やかなオリンピックが開かれました。そして、爆撃は続きました。
ガザの海は。2004年にガザの完全封鎖が始まってから、200万人を超えるガザ住民の排水を処理する下水処理工場は、ほぼ機能不全に陥っていました。そのため、大量の未処理廃棄物が直接海に流れ込み、海を汚したのです。
ガザの周囲を隔離壁でいくら囲っても、ガザの海とイスラエルの海はつながっています。海水汚染に耐え切れなくなったイスラエルが、2022年にはガザの下水処理工場に十分な電力供給を始めたこともありました。けれども、それも長くは続きませんでした。
そして、その下水処理工場すら爆撃対象となり、人々の出す排出物は海にたどりつくこともできないまま、ほぼ壊れてしまった町に溜まり続けていたのです。
汚物を飲み込み腐臭もするようなガザの海。それでも波は以前と同じように浜に打ち寄せ、人々はその波の中に消えていきました。
ガザだけでなく世界中の浜でそれは続きました。
サーフィンを楽しむ若者たち。やがて浜にあがってきた彼ら。彼女らは、あらためて「不平等、反対」のメッセージの書かれたそれぞれのTシャツを着ると、静かに入水していったのです。
「最後にサーフィンが楽しめてよかった。これは自殺じゃありません。抗議ですから。殉教ですよ」
SNSでの動画を評して、「彼らの行為の多くはあくまでデモンストレーションで、実際に入水しているはずはない」、そんな論調が最初は多かったのです。
「入水のふりをしているだけ。画像を取った後、水からあがっているに違いない」という書き込みもSNSでは多く見られました。「入水したはずの男性が、後日他のSNSの動画でも入水シーンを繰り返している」という指摘もありました。実際に、そういうフェイク映像もありました。
けれども、セダンやワンボックスといった多くの場合かなり古びた車が多くの人を乗せたまま入水する映像も多く流れて、それらがフェイクとはとても思えないのでした。
世界中の海が、腐臭を放ったのです。
彼ら・彼女らが訴える不平等とは何なのか。
「病院は爆破されました。病気になっても薬も届かない。学校も爆破されました。先生たちも死にました。どうやってこの子たちは学べばいいのでしょう?これは不平等なことでしょう?」
「隔離壁の向こうには移動の自由がある。仕事がある。子どもたちに未来の選択肢がある。彼らは海外旅行にも行けるし、私たちに銃を向け狙撃することもできる。一方で彼らには拘禁も拷問もない。隔離壁のこちら側で、私たちには移動の自由はない。仕事もない。子どもたちに未来の選択肢がない。生まれて30年以上閉鎖が続き、石を投げれば狙撃される。不法に拘禁され拷問を受ける。裁判なしで何年にもわたる長期収監がめずらしくなく、超法規的な処刑もある。いつまでこの不平等が続くのか?。」
「ひとり殺せば、10倍100倍殺される。ロケット花火を打ち上げれば、4トン爆弾が返ってくる。故郷を取り返すための闘いはテロリズムで、土地を奪った侵略者の闘いは祖国防衛になる。どうしてなのでしょうか」
「世界の上位1%の超富裕層の資産世界全体の個人資産の40%近くを占め、下位50%の資産は全体の2%しかありません。そして世界中で貧富の格差は拡大する傾向に歯止めがかかりません」
「難民申請が不認定になっちゃって在留カードが無効になっちゃった。だから今、仮放免中なの。隣の県に行くにもホントは許可が必要なんだ」
「オスロ合意は問題が多いと思う。けれど、それでもようやく平和が始まると私たちも思った。けれども、パレスチナの土地にイスラエルの人たちの入植地は増えていく。明確なオスロ合意の違反です。貴重な水源はどこもイスラエルが抑える。パレスチナ暫定政府は反イスラエル行動をイスラエルに代わって鎮圧するだけ。そんなイスラエルの合意違反を、国際社会は黙認するだけなのです」
「パレスチナ暫定自治国への国際支援を実施しようとしても、常にイスラエル政府の合意が必要なのです。経済支援を行っても、その支援によって得られる利益はイスラエル企業に流れてしまう。それでも実績作りのため、パレスチナ支援としてODAが実施されている。」
「私たちの国のアパルトヘイト政策は国際社会から大きな批判を受けました。経済制裁だけではなく、文化やスポーツの分野でも私たちは国際社会から遮断されたのです。オリンピックにだって参加できなかった。でも、そんな国際社会の非難があったからアパルトヘイトは終わりました。では、イスラエルの人種隔離政策はどうですか? なぜ世界はひどい不平等を許すのですか? だから私たちは、国際司法裁判所にイスラエル政府を訴えたのです。そして、イスラエル軍のガザ攻撃が集団殺害(ジェノサイト)と判断されたのです。でも、それはまだ続いています。そして、ガザへの攻撃が終わっても、イスラエル政府が実施するアパルトヘイト政策は終わらないのです」
「イスラエル国内のイスラム系住民はさまざまな権利を奪われ下級国民として扱われています。また、ユダヤ人の中でも、アフリカ系やアラブ系、さらにはロシア系ユダヤ人への差別迫害も存在しています。イスラエルという国家は、そのような差別を容認することで成立する植民地国家としての性質を抱え続けているのです」
「始まりは、パレスチナ住民を無視し排除したイスラエルという国の建国なのです。歴史の歯車は逆転させられないと口にするのはいつも強者の側です」
「狭い保留地にインディアンを押し込め、しかもそれを白人の法律で合法としたのです。それでもその保留地に金鉱でも見つかれば、また合法的にインディアンを追い出しました。よく知られているのは1838年年末のチェロキー族の強制移住があります。これは先住民インディアンの領地、これは白人の法律で未来永劫の領地と認められたものだったのですよ、そこで金鉱が見つかり、米国政府は新たに「インディアン強制移住法」を定め、アメリカ南東部に住んでいた我々の先祖を千キロ離れたこのオクラホマのこの地域に無理やり移動させたのです。冬の寒さの中、徒歩での移動を強いられた一万六千人のうち、三分の一が死亡しました」
「奇妙な果実、という歌をご存知ですか? ビリーホリディが歌った、あの歌」
「わたしたちには安全な祖国が必要なのです。 北にも、東にも、西にも、南にも、オスマン帝国の後、いくつもアラブの国はできたじゃない。私たちにはここしかないの。ここを失ったらもう行くところはない」
「開示された死亡前のビデオを見れば、ウィシュマさんは体調不良を訴え続けていたにもかかわらず、適切な治療を施されないまま亡くなった、つまり入国管理局のずさんな対応によって殺されたと判断できます。けれども、日本の裁判所は関係者13名全員を嫌疑なしで不起訴処分としました」
「わたしは、今このアイヌ・モシリに住んでいるわたしたちも〈日本人〉も一緒になって、このアイヌ・モシリの自然を守りたい。 今まで何かと差別されてきた先住者のわたしたちアイヌの生活の向上のために、思い切った政策を実行して欲しい」
「男の子は学校に行けるのに、どうして女の子はダメなのですか?」
「多数の無法者が国事に忙殺される陛下の目を盗み、陛下の土着住民を数え切れないほど殺害し、陛下のはかり知れない財宝を奪い、広大無辺の土地を全滅させています。キリスト教徒のスペイン人たちはインディオたちに平手打ちや拳固をくらわし、棒で彼らを殴りつけ、村々の領主たちにも暴力をふるうようになりました。口に出すのも恐ろしくて恥ずかしいことですけれど、ある司令官は島で最大の権勢を誇る王の后を強姦しました。キリスト教徒たちは馬にまたがり、剣や槍を構え、前代未聞の殺戮や残虐な所業をはじめました。彼らは村に押し入り、老いも若きも、身重の女も産後間もない女もことごとく捕え、腹を引き裂き、ずたずたにしました。彼らは、誰が一太刀で体を真っ二つに斬れるかとか、誰が一撃のもとに首を斬りおとせるかとか、内臓を破裂させることが出来るかなどの賭けをたのしみました。彼らは母親から乳飲み子を奪い、その子の足をつかんで岩に頭を叩きつけたりしました」
「ウイグルやチベットにも目を向けて欲しいのです。人々の自由がどれだけ侵害されているか、ほとんど知られていないのです。家族との連絡も途絶えました。でも、何もできない」
「この土人が!」
「古来よりライの問題は、人間に普遍的な差別・偏見の傾向と深くかかわっている。ライ患者支援の努力が払われてきたのは、単に哀れな人を助けるという以上のものがあるからではないか。おそらく、人間の在り方そのものの中に、深く根差す何ものかに、触れるものがあるからであろう」
「お腹がペコペコです。でもお金がないのです」
「不平等解消のない紛争解決は無意味だと思うのです。すぐ目の前に不平等があって、それを見て育つ子どもたちがまた不平等を強化する。そんな社会が健全なはずないでしょう? 不平等の解消は、長期的に見ればイスラエルの人たちにとってもよりよい未来をつくると思うんです」
「カルトなんじゃない?」
「米国によるベトナム戦争でもソ連によるアフガニスタン戦争でも、暴力を行使した帰還兵たちの多くに必ずトラウマが残ります。それは個人に留まらず、家族や社会にも影響をおよぼします。兵士も戦争道具として使われた被害者なのです」
「見てくれ、この子を。ちゃんと映して! あぁ、ありがとう、どうもありがとう」
「寒い北の方の島で戦っている兵隊さんのコートの裏地にするけん、猫供出せよってお達しがきて。うちゃ猫がかわいそうでかわいそうで、裏山にひとりで登ってワンワン泣いたんよ。もどってきたら、もう猫はおらなんだ。かわいい猫じゃった」
海へ、海がなければ湖や川へ、“不平等には耐えられない”というメッセージを掲げて入水する人々の存在が社会問題化する国々が増えていく中、ようやく国際社会が反応しました。
“パレスチナの人たちを救え”、それまで以上の切実さを持って、そういった声が世界の特にリベラル勢力の中からいっせいに上がりました。
国連では、かってない真剣さで、イスラエルの無差別攻撃への非難の声が上がりました。これまでイスラエルを保護するかのような米国に追従していた、たとえば日本のような国の代表ですら、今やイスラエル政府への批判をためらいなく強く表明したのです。
さすがに米国政府も自国で増える入水者の増加をもたらしたイスラエル政府の強硬姿勢に強い嫌悪感を示しました。そして、ついにすべての兵器のイスラエルへの輸出を無期限に停止したのです。それまでイスラエルに兵器を送り続けていた独・英・仏といった欧州諸国もついには米国に続きました。
それでもイスラエル政府の蛮行は止まりませんでした。
イスラエルをアパルトヘイト国家と名指しした非難決議が圧倒的多数で可決された国連総会の場で、イスラエル代表団は傲然と退場し、イスラエル政府は国連から脱退しました。強い経済制裁が始まりました。文化交流やスポーツ交流の分野でもイスラエルは孤立したのです。もちろんイスラエル国内では国際社会への不満が一気に高まった。切羽詰まり追い詰められたイスラエル政府が、核兵器の使用に踏み切る一歩手前まで進んだという局面もあったのです。幸い核兵器は使われることはありませんでしたけれど、イスラエル国内でも多くの人が殺し、殺されました。
やがてようやくイスラエル国内での風向きが変わっていきました。それまで長期で体制を支配していた右翼系勢力は急速にその支持を失っていった。何年もの月日を経て、イスラエル市民が自ら主導してユダヤの人たちとパレスチナの人たちが共存する大パレスチナ統一国が成立しました。大パレスチナ統一国は武力を放棄し、それまでイスラエル国が持っていた核兵器も全廃したのです。この動きは、アラブ諸国にも広がりつつあります。この前もイランとサウジアラビアが核兵器廃絶を宣言し友好条約を結びました。
ファタハとハマース、そして旧イスラエル政府指導者たちの多くが人道に反する罪や贈賄罪で有罪となり、その蓄財も没収されました。またパレスチナ自治政府の経済開発支援において、多くのODA実施国や開発銀行がファタハやイスラエル政府に不透明な献金を支払っていたこともその多くが明るみに出され、多くの関係者にはそれぞれ処罰がくだされました。
ようやく凪がやってきました。
そんな国際社会の紆余曲折があっても、それでも人々の入水は続きました。だって不平等はつづいていたから。“不平等には耐えられない”という言葉は、世界への普遍的なメッセージであり続けました。いつ人々の入水が沈静化するのか、私にはよくわかりません。
一方で入水した人たちが、再上陸したというニュースも最近聞きました。再生?復活? もし本当なら、それはとても素敵なことに違いありません。
世界中で入水した人たちがどれぐらいの数になるのか、正確なことは分っていません。最低でも百万はくだらない、もしかしたら五百万、あるいは一千万人を超えたという説もあります。現在、大パレスチナ統一国政府を先頭に、各国での調査が進み、対策案が練られ始めています。そんななか、「犠牲者数六百万人を数えた20世紀のユダヤの人たちが受けたホロコーストよりはましだった」と発言したある大富豪は、すぐにその人の所属する国の民主的な手続きに則りその政治生命を絶たれました。
『拝啓UNESCO様 無人のガザを負の世界遺産に』という記録映画が大ヒットしたのも、大パレスチナ統一国家が成立したころでした。人類全人口の半数を超える人々がこの映画を観たと言われています。多分、これを読んでいるあなたも見たことでしょう。
あの中で海のないヨルダン川西岸地区のパレスチナの人たちが死海に向うシーンがありました。岩や塩岩を詰めたリュックを背負って入水した人たちは、けれども皆仰向けに死海の水に浮かんでしまう。死海に浮かぶ数百数千の人たちがそろって苦笑いなのか、照れ笑いなのか、を浮かべている様子を上から、多分ドローンで、撮ったあの傑作シーン、やっぱり私はくすっと笑ってしまったのでした。不謹慎をお許しください。
強い側が、弱い側に圧倒的な不平等を強いる。パレスチナではまだ記憶に新しい歴史ですけれど、そんな時代があったことは今はもう昔、我が祖国の若い世代の中にはそんな悲しい歴史があったことも知らない人たちが増えていると聞きます。けれども、まだ世界には不平等で過酷な状況に置き去りにされた人たちが少なからずいるのです。我が祖国の社会にも、不平等は存在している。
私に残された時間では、不平等、その終焉を見届けることはできそうにありません。そもそも、不平等がなくなることはないでしょう。だって、解決したそばからどうしたってまた再生産される、不平等ってきっとそんなものなのでしょうから。だから入水する人たちもきっとまたいる。
凪はいつもつかの間。また風が吹く。嵐がくる。
智んかい働けー角ぬ立ちゅん、なさきんかい棹さしぇー流さりーん。うすまさる不平等ぬそーじとーねー、わったーやいったいちゃーしーねーしむぬが。なだぬ流りやびーん。やしがー、やしがー。

















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