音楽のある生活

フランス在住のサックス奏者 仲野麻紀さん 文中に出てくる『旅する音楽』の著者でもある仲野さんのぼくのおすすめCD『アンソロジーvol.1-月の裏側-』 彼女、ボーカルもすごいんです!

入院した父に送ったウォークマン

 今年の1月に、父が大きな手術を受けた。コロナ禍で入院先に見舞いにもいけない。
 それほどメモリーが大きくもない中古のSONY・Walkmanを購入して、いくつかのアルバムのデータを入れた。それに軽いヘッドホンを添えて、ベッドの上の父に届けた。

 どんな曲を入れようか、ぼく自身のかなり膨大な音楽コレクションから選ぶ。父は80代半ばだ。いったいどんな音楽が好みなのか、まったく知らない。幼いころ、自宅には安いレコードプレーヤはあったけれど、父がそれでレコードを聞いている姿を見た記憶は一度もない。母は、ごくたまにクラシックのレコードを掛けていたことがあったような気はする。でも、かすかな記憶だ。
 父の生活にとって、音楽はテレビから流れる歌謡曲、つまりは年末の紅白歌合戦に象徴されるものがちょびっとある、程度のものだったんじゃないだろうか。
 そんな父にどんな曲を送るのか。バッハ、モーツアルトなどのクラシック、モンクエバンスといったジャズピアノ、喜多郎のシルクロード、インドネシアのケチャやチベットの寺院音楽、高円寺の阿波おどりボサノバハワイアン…。加えて落語。そんなごった煮のようなセレクションとなった。

弾くものから、聞くものに変わっていった音楽

 母は、子どものころ、ピアノが習いたくて、けれどそんな機会を与えてもらえなかったそうだ。そんなこともあってなのだと思うけれど、ぼくとふたりの妹は、3人ともピアノを習った。ぼくは小学校1年生から中学2年生まで、8年、近所の一軒家で個人レッスンをしているピアノ教室に通った。先生は、子どもから見れば初老とも思える(でもおそらく習い始めたときは50歳前だったのではないだろうか)小柄な女性だった。「こんにちは」と声を上げならが玄関のドアのノブに手をかけて開き靴を脱ぐと、すぐ左手に小さな部屋があり、その部屋の大部分を占めて黒いグランドピアノが置いてあった。毎回、かならずハノンという指の動かし方の練習本から宿題が出て、一週間でそれを仕上げていくのが決まりだった。
 ときどきお手本として弾いてくれるその彼女の指と手の甲がとてもふっくらとして柔らかい感じを見るのが好きだったことを思い出す。

 そんなわけで、自宅にもアップライトピアノがあった。「1日休むと、取り戻すのに3日かかる」。母はよくそう言って、ぼくは毎日必ずピアノに向かって練習をさせられた。つまり、音楽とは聞くものではなくて、弾くものだった。やがて、上の妹も同じ先生にピアノを習い始めた。自分が弾く以外にも、彼女の弾くピアノの音が日常にあった。

 小学生高学年ぐらいから、よくプロ野球の実況中継をラジオで聞くようになった。その延長で、だんだんラジオを聞くようになって、そこで流れる音楽にも耳を傾けるようになっていく。あるいは、テレビの歌謡番組。あるとき母親に「どうして歌謡曲というのは、好きとか、愛しているとか、そんな歌ばかりなのか?」と聞いたことを覚えている。彼女の答えは「それだけみんなにとって大事なことなんじゃないか」というものだった。あまり納得しなかったと思う。つまり、単純に判らなかったんだ。

 初めてレコードを買ったのは、荻窪にあった新星堂という大きな楽器店だ。友人二人も同行してくれて、彼らがいい加減待ちくたびれたころにようやく選んだのは、カーペンターズの2枚組ベストだった。その後も、買うのはかならずアルバムだった。シングルは、一曲あたりのコストパフォーマンスが低い気がして、手が伸びなかった。どうしてカーペンターズを選んだのかは、よく覚えていない。でも、今思っても、最初の一枚としてはまぁ悪くない選択だったんじゃないかなぁ。

 その後、ぼくにとって音楽は弾くものから聞くものに変わっていく。レコードだけでなく、ラジオで流れる曲をテープに録音してよく聞くようになった。そもそも、レコードはまだ中高生にはけして安い買い物ではなかった。おこずかいのほとんどは、本、そしてレコード、さらには録音テープ代に消えていたんじゃないかな。
 勉強するとき、あるいは本を読むとき、音楽をかけるようになったのもこのころからだ。
 チューリップ、山下達郎、ビートルズ、ジョンレノン…

旅する音楽

 フランス在住のサックス奏者仲野麻紀さんが著した『旅する音楽―サックス奏者と音の経験』(せりか書房 2016)という本がある。とにかく、『旅する音楽』というタイトルがステキだ。
 音楽って、とても開かれたツールだと思う。言葉の壁はなかなか高い。けれども、そこに音楽があれば、壁はかなり低くなり、そして開く。そこに歌詞がかぶって、たとえその意味はわからなくても、通じるものが広くなる。

 ケニア西部の小さな村の中等学校で働いていたとき。地域の音楽祭があって、ぼくが働いていた学校も合唱団を組織して参加した。なんの賞もとることはなかったけれど、あのときに生徒たちが一生懸命歌った曲の感じ・雰囲気は、身体に染みて残っている気がする。 

音楽祭の会場で、出番前に練習する生徒たち。ルヒア語で「ダーホヤンザ(愛している)」と歌われる曲の雰囲気は
ぼくの身体のどこかに残っているような気がする

 あるいは、ビクトリア湖に面したケニア西部最大の町キスムで開けれたコンサートで聞いたリンガラ。会場に入れない人たちがコンサート会場の壁を壊し、その群衆に向けて警察が放った催涙弾のツーンとした刺激臭とともに、やはりぼくの身体のどこかに入り込んだあのアフリカンな感じ。

 フィリピンで一番聞いたのは、フィリピン歌謡曲の歌姫、レジーンベラスケス
 カンボジアで出会ってしまったのは、マレーシア華人の梁靜茹(リャンジンルゥ、フィッシュリョンとも呼ばれる)。中国語圏では広く知られるバラードの女王だ。
 あるいは、ベトナムのホーチミン市では Tran Manh Tuanというサックス奏者自らが開くサクソンアートジャズクラブでのライブ。Tranによるベトナミーズジャズは、絶対確実、間違い無しに楽しめる。ホーチミンに行けば、毎晩通うのが常だ。
 モンゴルの休日、オルホン(Orkhon)市市長の郊外の別荘で聞いた馬頭琴の演奏も、その後にその演奏でぼく自身が日本語で歌った“アリラン”と共に、ステキだったなぁ。まさに、インターナショナルな瞬間だった。

 ヨルダンの週末、たまたまレストランで見たチラシで知った、郊外の遺跡で開かれたコンサート。最初の音が流れた瞬間、「あ、この人のCDをぼくは持っている!」というとても嬉しい驚き。Souad Massiというアラビア語圏で知られているアルジェリア出身の女性歌手のライブだったのです。ぼくは特に名前も記憶しないまま、何かの縁で彼女のCDを数枚聞いていたのでした。その満月の夜の野外コンサートがとても思い出深いものになったのは言うまでもありません。

 その他、あっちでも、そっちでも、音楽とつながる思い出というのは特に印象に残るのでしょう。まさに「旅する音楽」は、ぼくにもたくさんあるのです。

「音楽をこんなにゆったり聞いたことはなかった」「こういう余生もいいなぁ」

 送ったウォークマンを父はとても気に入ってくれたようでした。特に「ヘッドホンで聴く音楽」というのが彼にはとても刺激的だったようです。父が言うには「これまで音楽をこんなに集中して、ゆったりと聞いたことはなかった」のだそうです。

 体調が悪いときって本を読むのは大変ですよね。さらに、実は音楽もしんどいときがある。音楽を楽しめるというのは、おそらく父の体調はかなり回復してきたのだなぁと、ちょっと安心です。

 彼が特に気に入ったというのが以下のCD。

Mozart in Egypt by Hughes De Courson

 モーツアルトの交響曲に、エジプト音楽が被っていくという、なんとも不思議な組み合わせなんですけれど、これがとても面白いのです。ほほぉ、これが気に入ったかぁ。ならば、次はこれはどうだ!と、今ぼくは新たにMP3音楽プレーヤー(ウォークマンよりずっと安いやつ)を購入して、あらたにCDデータを取り込んだところです。今回もかなり雑多な内容で、さて、父にとってどんな掘り出し物があるか。
 「こうやって音楽を聞いてすごす余生もいいなぁ」という父のおまけの人生が、すこしでも豊かになればなぁと思うこと仕切りです。

 

5件のコメント

楽器ができるって良いなぁ。言葉を超えたコミュニケーションが可能ですよね。でも怖い、すごいのは、プロ同士、最初の数秒感で相手の実力がわかる、と言う。プロの三味線、ウクレレ奏者から聞きました。
落語のCDが山のようにあります。お父様、気に入ってくださらないかなぁ。

鳴門金時さま

私、もはやピアノ、弾けません。以前は、楽譜を見ればある程度は指が動いたのですが、もはや……
楽器で言えば、鳴門金時さまも打楽器やられていましたよね。小中高生のころは、打楽器はちょっとマイナーな役だと思っていたのですけれど、音楽を聞き出すと、マイナーなんてとんでもない!打楽器はもっとも大事な、しかもセンスの必要な役柄ということが理解できるようになってきました。
最初の数秒で相手の実力がわかる、というのは、きっとそうでしょう。
高校野球も、ノック前のキャッチボールで、もうだいたいわかります。

あと、そんなにたくさんの落語のCD、どうされたんですか?
それはそれで、貴重なのでは?売れちゃうとか。
落語のCD、中古でもけっこうするのありますよ。

村山哲也

「Mozart in Egypt」、わたしも聴いてみました。ほぉ、こんなアルバムがあるですね。面白かったです。これが好きだというお父さんにわたしからのおすすめは、レンディーネの「受難と復活」。ぜひご感想、お聞きしたいです★

reikoお姉様

いつも応援ありがとうございます。
Mozart In Egypt [2] もあります。これ、おもしろいですよね。私、こういうミックス、かなり好きです。
レンディーネの「受難と復活」、はい、こういう推薦はとっても嬉しく楽しみです。
まず、私が楽しんだ上で、父に回したいと思います。

また彼から感想があれば、お知らせしますね。

村山哲也

御父上様はその後いかがですか? 土曜日にご様子を聞かせて下さい。

コメント、いただけたらとても嬉しいです