『カンボジアの胡椒と その周辺の物語』連載第17回 祖先を祀る チェンメン

カンポット 胡椒を干す

 連載第16回から、いよいよ21世紀の今、カンボジア胡椒の生産者にせまっています。(前回の投稿には以下から飛べます。
 カンボジアの海沿い、胡椒生産で名を馳せたカンポットから西に位置するスラエオンバルにある胡椒農園の頭領ティさん。この地で胡椒栽培を始めたのは、海南島からやってきた彼の祖父だった。

 チェンメン 清明 華人の盆

 話を2017年4月1日の頭領の家にもどそう。この日は頭領たち家族の先祖の墓参りだ。この儀式をカンボジアでは〝チェンメン〟と呼ぶ。最初はなんのことかよくわからなかった。調べてみると、中国に清明節(せいめいせつ)という日本のお盆にあたる行事が4月のこの時期にあることがわかった。同じような行事は沖縄でも広く行われていて〝シーミー〟と呼ばれている。なるほど、中国語の〝清明〟が沖縄では〝シーミー〟となり、カンボジアでは〝チェンメン〟となったのだ。チェンメンは先祖が中国から来ている華人系カンボジアの人たちが行う行事だ。華人ではない人たちには、チェンメンの習慣はない。カンボジアには〝ボンプチュンバン〟という盆供養が10月(あるいは9月末)にある。

 華人系の盆であるチェンメンは、カンボジアのカレンダーで特に祝日ではない。それでも子どもたちは学校を休んでチェンメンに加わる。頭領たちにとって兄妹家族の集まるこの日は、学校より大事な行事なわけだ。

 ナマズ入りのお粥で朝食をすませると、皆席をたち、墓に向かう。家の裏で早朝から準備していた小さめの豚の丸焼きを荷台にくくりつけたバイクが2台走り出た。10代半ばの男の子たちの運転だ。私が乗った自動車も彼らの後をついていく。2分もしないところに墓はあった。墓の手前のでこぼこで、1台のバイクがバランスを崩して横倒しになった。荷台の豚の丸焼きが地面にすべり落ちる。でも、みんなで土を払って問題なしだ。

豚の丸焼きを中心に果物やお菓子や飲み物や白米が土饅頭の前に準備される

 そこには小高く丸い土まんじゅうが3つ並んでいた。手前から頭領の甥っ子の墓、叔父の墓(父親の兄弟)、そして胡椒栽培に詳しかった父方の祖母の墓だ。

 何人かが土まんじゅうに取り付いて、色紙を敷いていく。そして墓の正面に、豚の丸焼き、いろんなおかずが載った皿、菓子、缶ジュースや缶ビール、果物を広げていく。大きな豚の首だけを茹で焼きにしたものもある。三つの土まんじゅうの隅っこに土地の精霊のため小さな土盛もしつらえてあり、そこにもいくつか供え物がおかれる。

 赤ちゃん、幼児、小学生といった子どもたちが15人ほど、さらに10代中頃から上も含めて大人が20人ほど、全部で40人近い人たちが集まっている。中にはおしゃれな服を着ている子どももいるけれど、多くはいたって平服だ。Tシャツに短パンという姿も見える。

 長い線香に火が移されて、それぞれの墓に添えられる。手前の頭領の甥の墓には、10代中頃から20代前半といった若いメンバーが集まっている。甥は頭領の兄の息子で、2年前に脳腫瘍で27歳という若さで亡くなったのだそうだ。

線香を持った腕を3回ささげる

 頭領が、一番奥の祖母の墓の前に皆を集めた。「はい、線香を3回ささげて!」と叫びながら頭領が若い世代に手本を見せる。ここでも、場を仕切るのは大声の頭領だ。若い子たちが同じように線香を面前に両手で支えて3回上下に振ると、頭領が「よーし、そうだ!」とまた大きな声で叫ぶ。大人だけでも20人の人たちがひとり数本ずつ線香を持っているので、墓の周りは線香の煙で一杯だ。風は緩やかに私のいる場所から墓の方に向かって吹いているので、線香の匂いはこちらには流れてこない。

 頭領のパートナーは、どうやら妊娠しているようだ。もう随分とお腹が大きい。頭領にとっては5番目の子どもになる。墓のある広場を通る風は涼しいけれど、湿気が高くて汗が吹き出す。まだ乾季だけれど、空は雲で覆われている。

 3つの墓の前でそれぞれ線香を上げて祈ると、いったん頭領の自宅に戻る。今日はもう一箇所、違う墓にも参るのだ。料理やお菓子は最初の墓参りと兼用だけれど、豚の丸焼きだけは、別にきちんと用意してあって使い回さない。

 一休みする間もなく、すぐに次の墓に向かう。胡椒畑の横を通り、雨水のたまった泥道をなんとか進んでいくと、開けた場所があり、そこにふたつの土まんじゅうがあった。うちひとつは、先程の3つよりもかなり大きい。それが頭領の祖父、つまりこの土地に最初に移り住んできた人の墓だ。その横の小さな墓は、長生きした曾祖母の墓。3ヶ月少し前の2016年の暮れに頭領を訪ねた際にも、ここに連れてきてもらった。そのときの土まんじゅうは青草で覆われていて、大きさも今よりずっと小さかった。1年に1度、このチェンメンのために草を刈って、土まんじゅうも新たに盛り直すのだ。

 さっきと同じように土まんじゅうの上に色紙を敷いていく。祖父の墓は大きいので、色紙を敷くのも一苦労だ。雲の間から青い空が少し覗いて日が差してきて、一気に暑くなった。豚や、料理やお菓子の準備が進むあいだ、小さい子どもたちはちょっとした木陰で日差しを避けている。ここには精霊の土盛が2つある。1つが男の精霊で、もう1つは女の精霊だそうだ。場所によって、精霊もシングルだったり夫婦だったりするのだろうか。

 頭領が「みんな集まって!」と叫ぶ。まずは一回り小さい曾祖母の墓からだ。さっきと同じように線香に火を灯すと、合図に合わせて両手に持った線香を大きく3回振り上げる。次は大きな祖父の墓。また同じことを繰り返す。

頭領の祖父の土饅頭が一番大きかった

みんなで線香を持って3回ささげる

 周りを見渡すと、緑の森の中のあちこちに胡椒畑の支柱が見える。日差しよけのネットをかけた畑もある。すべてが頭領の畑というわけではない。

 ようやく儀式は終わった。もう11時を過ぎた。みんな木陰に逃げ込んでひと休みしている。これから頭領の家に戻って、用意したご馳走をみんなで食べるのだ。トンボが飛びかい、ハマダラチョウのような蝶が舞っている。緑が濃い。突然、通訳をやってくれている私の妻がアリに足を噛まれて悲鳴を上げた。それを見てみんなが笑った。

 この日出てこなかった父親の墓は別の場所にあり、そこは翌日に詣ると聞いた。

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