ぼくたちは、見たいものを見ている、見たいものしか見ていない
小学生のころ、ぼくは職員室が好きだった。職員室に入ると、自分も大人になったみたいで嬉しかったのだと思う。中学生になると、職員室が嫌いになった。職員室に入るというのは、なにかよくないことが起こったときだ。つまり、怒られるとき。あと、大人への反発心みたいなものが、育っていた時期でもあったのだろう。教師なんか、という気持ちが、職員室を嫌いにしていた。高校生のときは、職員室に興味も関心もなかった。ぼくには関係ない世界って感じ。身の周りのことで忙しくて、職員室なんかにかかわってる暇はなかった。ぼくが通っていた高校の教師陣は、幸いぼくを放っておいてくれた。そのことは、今でも感謝している。
数年経つだけで、価値観って変わる。自分の視点が転移する。見えるものも変わる。
30代なかばで、(おそらく)自分の子どもがその母親のお腹にいるとき、それまで見えていなかった妊娠中の女性が一気に視界に入ってきた。子どもが誕生してからは、世の中には少子化といわれながらもこんなにもたくさんの子どもがいるんだ!と思うほど、あちこっちで子どもの姿をキャッチできるようになった。同じ景色を見ても、みんなそれぞれが自分の見たいものを無意識に選択して視野に入れているんだってことを、痛感したものだ。
コンニャクの章
車に乗ってドライブする。田んぼの稲を見て季節を感じる。畑には、あれはトマト、あれは豆類、あれは玉ねぎ…、農学部出身としては、そんなことを思いながら景色を見ている。北関東、群馬県のちょっと山間部にかかるようなところ、すると馴染みのない植物があっちこっちの畑で栽培されている。別に見過ごしてもいいのだけれど、なんか気になる。あるとき、同乗者に訊ねる。「あれはなんですかねぇ?」「あー、蒟蒻だよ」コンニャク!なるほどー!
コンニャクが蒟蒻芋からできることは知識としては知っていた。栽培には3年ほどかかり、すっごく手間がかかる“野菜”であることも知っていた。収穫量が安定しないので、投機の対象にもなるんだ、なんてことも知っていた。けれど、そうかぁ、あれが蒟蒻芋かぁ。知らなかった。
それ以来、それまで判らなかったその畑の作物は、もう蒟蒻でしかあり得ない。どっからどう見ても、蒟蒻芋。新たな視点の獲得だ。以前に見ていた謎の畑は消え去って、今、目の前に広がるコンニャク芋畑を見れば、頭の中には地下の芋の姿までが思い浮かんでしまう(群馬県は、国内のコンニャク芋栽培の93%を占めるコンニャク大産地だ)。
同じようなことは、実は人生のいろんな場面で起こっているんだろう。残念なこと(?)に、コンニャク畑をコンニャク畑と認識してしまう視点を持ってしまうと、もう以前の「わけのわからない植物が育っている畑」という視点を再生産することはむずかしい。どうやって見ても「コンニャク」に見えてしまう。状況によっては、それは「無垢な視点」を失ったと表現されちゃうこともある。あるいは、純真さを失ったとか。
新しい知識の獲得は、油断すると危険だ。たとえば、違う場所でコンニャクに似た、でもコンニャクでない植物と出会ったときに、それを簡単に「あぁ、コンニャクね」と誤って判断してしまう危険性を抱えたってことでもある。無垢な視点、純真な視点で見ていれば、「あれは、何?」と疑問から発進して、正しい答えにたどり着けたかもしれない。けれど、「あぁ、コンニャクね」は正しい答えにたどりつく機会を遮断する。そんなことも多いんだろうなぁ。
でも、まったく純真無垢からスタートするよりも、コンニャクに似ている、から出発できれば、おそらく正しい答えには早く到達できるだろう。「あぁ、コンニャクね」ではなく、「あら、コンニャクかしら?」ならば、獲得していた情報はきっと役に立つ。純真無垢がいつでも褒められるわけでも、実はない。どちらかと言えば、純真無垢はやっぱり恥ずかしい。自慢にならない。
マゼランの章
『マゼランが来た』という本がある。本多勝一という新聞記者が書いた本だ。出版は1989(平成1)年。ぼくたちは世界史の授業で「1522年 マゼラン一行が初めて船で世界を一周し、地球が丸いことを体験的に実証した」みたいに学習することが多いだろう。その視点は、マゼランたちが出発し、最後に到着したヨーロッパにある。ぼくたちはマゼランになって、西に、西に、さらに西に向かう。そして、ついに出発地であるヨーロッパにたどり着く。そこではマゼランたちは英雄だった。
ところがマゼランに来られた側の視点に立てば、状況はまったく違う。マゼラン後、マゼランに続いて次々と表れた異境人によってもたらされたのは、人類史まれに見る大虐殺だった。1500年ごろの世界人口は、諸説あるもののだいたい5億人ぐらいと見積もられている。“新”大陸が“旧”大陸と出会ったことによって、“新”大陸の人口図は大きく書き換えられたのは間違いない。“新”大陸の先住民におって人的な虐殺以上に致命的だったのは、天然痘、麻疹、チフス、インフルエンザなどそれまで先住民が出会ったことのなかった(だから免疫もなかった)伝染病だった。その虐殺数の推計も諸説あるものの、千万の単位だった可能性が高い。当時の世界人口5億前後の中の千万の単位の虐殺。
20世紀21世紀の虐殺とは、規模が違う。その先駆け、先鞭者がコロンブスであり、マゼランだったということが書かれているのが『マゼランが来た』という本だ。先住民の視点では、マゼランは悪魔だ。
(蛇足として書いておくと、世界一周航海のリーダー、マゼランは旅の途中、フィリピンのセブ島でフィリピンの英雄ラブラブによって“退治”される。1519年のスペイン出港時、船5隻、270名だったマゼラン戦隊は、3年後にスペインに帰り着いたときには船1隻、18名となっていた。“悪魔”たちの苦労も大変なものだったのは、確かだ。)
キング牧師→マルコムX 瀬古→中山 ゴッホ→ピカソ
ぼくに取って、世界の見え方が大きく変わっていったのは、高校生のころだった。『マゼランが来た』を後に書く本多勝一の一連の著作との出会いが大きかった。たとえば、彼の著作でマルコムXという米国の黒人解放運動家のことを知ってしまうと、それまで知っていたキング牧師経由の視点で見えていた米国現代史は、よりその生々しさ、厳しさを増した。キング牧師の平和的なイメージに対して、マルコムXは武装闘争を容認していたように理解するむきもあるけれど、マルコムXが言ったのは、白人が銃を持って弾圧するなら、黒人も銃を取って自己防衛する権利がある、ということだ。至極当然の考えじゃないか? そして、マルコムXもキング牧師も公衆の面前で撃たれ殺される。それまで自由の国だった米国が、まったく違った様相で立ち上がった。
同じころ、ぼくの価値観はあっちこっちできしんでいたのだと思う。
中長距離走がわりと得意だったぼくにとって、当時の日本マラソン界は魅力的な選手が多かった。その筆頭が瀬古利彦。彼の走りは、レース序盤からひたひたと先頭の背中につき、そして終盤にすっと前に出る。そんな展開が多かったように思う。ぼくもそうだった。別に瀬古を真似たわけではなく、自分では先頭に立たないで、それを追うのがぼくのレース展開だった。だからきっと瀬古の走りが好きだったと思う。
そこに瀬古のライバルとして中山竹通という選手が現れる。イメージとしては、優等生瀬古に対して、ちょっと扱いにくい存在が中山。そして、中山のレースは瀬古とはまったく違った。中山はレース序盤から先頭に立ち、そして突っ走る。
いつしか、ぼくは中山をかっこういいなぁと思うようになっていた。瀬古の走りは、なんか爽快感がないように感じた。ぼくにとっては、ぼく自身の価値観の転換があっちこっちで起こりつつあった。その象徴的な事象が、瀬古→中山だ。ちなみに、瀬古がその後もエリートの道を歩み、現在も日本陸上界の大御所として存在しているのに対して、中山は相変わらずGoing my wayという感じで、彼独自の道をひた走っているように見える。ぼくは相変わらず中山ファンだ。瀬古さんからは、窮屈なイメージを、今でも感じてしまう。
20代の後半にも同じような体験がある。
西洋絵画を知るようになってから、ぼくはなんとなくゴッホが好きだった。理由はよくわからない。でも、ゴッホの絵には、なにか彼の苦悩と努力がにじみ出ているみたいな感じがあって、きっとそこが好きだったのだと思う。
20代後半のある日、パリのオルセー美術館で、ゴッホの絵を見た。同じ日、同じくオルセー美術館に展示されているピカソの絵も見た。多分、青の時代と呼ばれるころのピカソ、つまりピカソが20歳、若いころの絵。あらまー、ゴッホは、ピカソにまったく太刀打ちできないと思った。勝敗は火を見るより明らかだった。ピカソ、恐るべし。ピカソの前では、ゴッホの努力なぞ、虚しい感じすらした。
今でもゴッホの絵は好きだけれど、でもまた見たいのはピカソだ。早くパリのピカソ美術館に行ってみたい。ゴッホを蹴散らしたピカソの存在、それもぼくにとって象徴的な価値観の変換だった。そして、そのころ、ぼくの人生には、大きな変革があった。
「コンニャク、かしら?」
これから先、また世界は姿を変えてぼくの前に現れるだろうか。無垢さを指数等級的速さで失いつつあるぼくに、既に、汚れちまったぼくの前で、再び世界が革命的に転換するのはむずかしいかもしれないなぁ。でも、だからと言って嘆いている暇はない。「コンニャク、かしら?」なんてことはまだまだたくさんあって、その確認にかなり忙しい毎日なのだから。
それでも、もし変革が起こったら、またこの場で報告します。

















これまで何度かコメントを試みましたが、その度にエラーメッセージ。何が悪いのか。でも、楽しみに読んでいます、共感とツッコミを入れながら.
鳴門金時様
楽しく読んでいただけたらとっても嬉しいです。
うーん、なにが問題なんだろう。ぜひまたコメントくださいませね。
ツッコミも期待しております。
村山哲也