切れる、という感情と、支援する側は怒ったら絶対負け、という話

1999年かなぁ、フィリピンで。戒めの意味も込めて、まだ若造の私です。

切れる

 ぼくが幼いころ、当然、ぼくの両親も若かった。今のぼく自身よりもずっと若かった。
 父は仕事でいつも帰りが遅かった。母は専業主婦だったので、主なしつけは母の役割だった。こちらはどんどん生意気になっていき、母の小言はだんだん効き目を失っていく。そんなとき母がよく持ち出したのが、父だった。父に言いつけられるのが怖くて、しぶしぶ母にしたがうのが常だった。父が怖いといっても、暴力を振るわれるというわけではなかったけれど、「うるさい!」という父の一言でぼくはシーンとなったなぁ。あれはなんであんなに効果的だったのだろうか。

 父は、いわゆる「切れる」タイプだったと思う。ある限界値を越えると、突然爆発するような。きっとぼくはそれが怖かったんだろうと思い出す。爆発して打たれるようなことは、けして多くなかったけれど、でも突然怒りだした父は怖かった。油断していると、突然ガツーンと怒鳴り声が落ちる。
 後年、父は自分が若いころを思い出して、「子どもに対してどう接すれば判らなかった」というようなことを言っていた。おそらく、そのとおりだったのだと思う。ぼくが生まれたとき、父は28歳だった。自分が同じ年のときのことを思い出すと、若いよなぁと思う。ぼくには2歳違いと7歳違いの妹が2人いるけれど、子ども目から見ても、一番下の妹は父と伸び伸びと接していたように思う。そのころになれば、父も多少は子どもの扱い方を覚えたのかもしれない。
 その後、父の噴火はだんだん収まっていって、ぼくが大人になってからは、父が「切れた」ような記憶はない。

 ぼく自身も、父に似て、きっと切れるタイプなのだと思う。あるところでプツンと切れる感覚、わかる。よくぞあの感情を「切れる」と誰かが名付けたよね。まさに、引き絞られた糸がついにその張力に耐えきれなくなって、ブツっと切れる感じそっくりだ。そして、ぼくは自分の「切れる」感情が嫌いだった。「(おこ)る」とか「(いか)り」とか、あんな楽しくないことはない。

 国際協力の仕事で、数回、怒ってしまったことがある。そんな感情が湧き出して抑えが効かなくなるには、ひとつのパターンがあることに、ぼくは気がついていた。ひとつは、自分が応援している頑張っている人を否定されたりするような状況は、危ない。その典型的な事例を、1月に出版した拙著『超えてみようよ!境界線』でも書いたので、ちょっとその部分を紹介する。

怒ったら負け

 フィリピン最南部に位置するミンダナオ島のダバオ市で、教育事務所の理科指導担当者のミラや数学担当コラたちとチームを組んで、ぼくは理数科教育質改善のための現職教員研修を進めていた。海外援助による支援プロジェクトは期間限定だ。ぼくと組んでいたミラやコラには通常業務があって、定期的に学校をまわり運営指導を行うのもそのひとつだった。ある日もそんな学校訪問があり、そのときは上司である教育局長バルデラマ氏も参加する大きな行事だった。訪問先の学校に現職教員研修で注目していた理科教員がいたこともあり、ぼくもそれに同行することにした。その理科教員の授業の質が向上していることを、バルデラマ局長にアピールするいい機会だと思ったんだ。
 局長直々の学校訪問に対して、学校側も万全の体制を整えて対応する。果物やきれいな蘭の花の鉢植えといった局長へのおみやげが準備されるし、校庭や教室は生徒たちがきれいに掃除する。授業参観にもとっておきの授業が用意される。そのときの理科の授業は、もちろんお目当ての理科教員が行った。研修で学んだ実験学習を取り入れたその授業は、なかなかの出来(でき)()えだった。

 学校訪問の最後には、学校長や教職員に対して局長から直々(じきじき)にコメントが伝えられる。ぼくとしては「理科の授業はよかった」ぐらいの一言があるだろうと期待していた。局長からそういう一言がもらえれば、その理科教員や学校長は嬉しいし、ぼくとしても今後の改善計画が進めやすい。ところが局長は、その日の理科の授業案が教育省の定める形式(フォーマット)と違うところがあったことを問題にした。フィリピンではまだ一般的でなかった生徒の活動を中心に据えた授業を展開するため、その教員は従来の授業案の形式を多少変更していた。彼女はそれが気に入らなかったようだ。
 規則や前例をすぐに持ち出す官僚的すぎるバルデラマ局長の日々の言動に、ぼくは以前から不満を持っていた。「授業案の形式よりも、まず授業の中身を問題にして欲しい!」期待外れのコメントにカッとなってしまったぼくは、思わずその場で彼女に反論し始めていた。「新しいものを認められないようなら、常に旧態依然が続くのであり、教育の質改善なぞ望めない」と同僚や学校の先生たちがいる前で局長に啖呵を切った。一気呵成に発言して着席した直後から「大変なことをしてしまった」という思いが頭をめぐった。上司に面と向かって反論するなんて、途上国ではあり得ないことだ。いたたまれなくなったぼくは、しばらくしてその場から逃げ出すように退席した。
 会議終了後、ぼくは局長に謝罪した。とにかく人前で局長の顔を潰すようなことをした以上、それ以後の仕事がやりにくくなることは明らかだと思った。帰りのバスの中でしょげ返るぼくに、同僚たちはなんとなくいつもより優しかった。そして、その後に局長から意地悪をされるようなことは、なかった。後で知ったことによれば、ぼくの発言に対して局長はミラとコラに意見を求めたらしい。ふたりともずいぶんとぼくをかばってくれたようだ。

 とにかく、ぼくは局長や同僚たちの大人の対応に救われた。ほんとうに運がよかった。でも、運がよかっただけだ。ぼくの怒りに任せた言動は、一度やったら取り返しのつかない最悪のコミュニケーションだったと今でも思う。怒ることでこちらの熱意や真摯さが伝わるなんてことは、まずないと思っておいたほうがいい。そして問題が起こったとき去るべきなのは、外部から支援にやってきた者なのだ。
 今のぼくならば、授業案にケチをつけた局長に「授業そのものはどうでしたか?」とていねいに尋ねるゆとりを持てるだろうし、学校訪問の前に局長室に行って参観予定の理科授業の見どころを説明するぐらいの手間もかけるだろう。それが援助にかかわる者のごく初歩的な〝専門技術〟だ。
 援助の場で、援助する側が怒ったら負けだ。

(『超えてみようよ!境界線』かもがわ出版 47~49ページ)

鉛筆を級友の背中に刺してしまった、ぼく

 このブログを書き出して、夜中、ベッドの中で以前あったことを思い出そうと努力したりしている。ひとつ、思い出してイヤーな気持ちになるのは、小学校4年生ぐらいのときのこと、ぼくは教室内でカッとなって、手に持っていた鉛筆で思わず彼の背中を刺してしまった、という記憶だ。彼はMくん、いつもニコニコわらっている印象の強い彼の、何にぼくの感情が切れてしまったのかは、覚えていない。とにかく、ぼくは鉛筆の尖っている方で、彼の背中を突いたんだ。彼の背中には、鉛筆の黒芯が数ミリめり込んだはずだ。その後、どうなったのかは覚えていない。その後、何かのときに、Mくんから「ここに後が残っている」と背中を見せられたことがあったと思う。そのときのMくんは、やっぱりニコニコしていたんじゃないかな。

 もしかしたら、あれはぼくのトラウマになっているのかもしれない。「殺されるな」よりも「殺すな」という言葉のほうが気になるのは、あのときにカッとなってしまった自分の記憶が強いからなのかも、と最近ちらっと思い至った。だって、あれはどう考えても犯罪だ。たとえ10歳の子どもだとしても、許されることではない。
 その後、小学校6年生のころ、友だちとボクシングの真似をしていて、こちらの拳がその友の鼻に当たってしまったことがあった。鼻血を出した彼の親から学校に苦情があって、母が学校に呼び出された。でも、このときのことは、ぼくに取っては「事故」だった。遊びの中でたまたまた起こったことなのに、なぜそんな大事になってしまったのか?というのが、当時のぼくの心境だったと思う。けれど、Mくんとの一件は、弁解の余地はなかった。あのとき、母は呼び出されたのだろうか?まったく記憶にない。手を振りかざして、その手で持っていた鉛筆で、人の背中を突いたことだけは、確かに覚えている。

 大人になってから、そんなことは起きていないけれど、数回、感情が爆発して人に罵声を浴びせたことがある。ひとつは、20代のとき、相手の車が車線を飛び出して、ぼくが運転している車と正面衝突したとき。助手席には、彼女が乗っていた。両者の車は大破したけれど、幸い、彼女もぼくも、そして相手の運転手も、大きな怪我はなかった。シートベルトのおかげだ。そのときに、相手の運転手を大きな声で叱責した。あと、40代に入って、ある人に対して感情を爆発させたことがある。とても嫌な記憶だ。20代のときも、40代のときも、そこに第三者(20代のときは彼女、40代のときは…内緒にしたい)が絡んでいて、そのことが余計にぼくの感情を爆発させたんだと自己分析している。

エネルギーの使い方

 コントロールという言葉は好きではないけれど、感情をコントロールしたほうが、楽になれるとは思う。怒りという感情は、ぼくにとっては、最悪だ。爆発した感情の後にやってくるのは、とにかく(にが)くて(くる)しくて、本当にやり切れない思い。
 自分がどういう状況で、「切れる」のか、分析して、そうなったときに自分で自分に「注意信号」を発することができるほうが、できないよりずっといい。怒って発散するなんて、ぼくには信じられない感覚なんだ。

 そして、越境、広い意味で捉えれば他者と接するすべてのこと、では、怒ったら負けだと思う。あるいは、爆発させたら負けだ。怒っても、爆発させずに戦うほうがいい。譲れるものは、譲れたほうがいい。溜め込めるなら、溜めればいいじゃないかと、思う。大丈夫、経験上、溜め込めたものの多くは溢れる前に消える。怒りなんて、そうそう貯まらないよ。時間が解決することって、ある。そっちのほうが、いいじゃん、と思えるほうが、楽じゃないかな。そっちのほうが、真の意味で、強いのだと信じたい。
 それに、世の中、怒るネタは山ほどある。特に、強いものの横暴。怒るなら、そっちにエネルギーを使いたい。だから、もう一生、つまんないことに切れて爆発したくない、って心底思う。この願い、叶うといいなぁ。

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