今回は近況報告です。
9月21日夜に羽田着、10月1日朝に羽田発、で上京していました。今回は、久しぶりに「出張モード」。出張モードというのは、日程が詰まっていて、途中で体調崩すのは絶対ダメ、というやつです。経験上、出張モードではアドレナリンが出ているせいなのか、普通体調は崩しません。無理やりでも持たせる。熱出したら終わり。そういう気分で一週間ちょっと駆け抜けてまいりました。出張モードというのも、久しぶりでして…、はい、正直に本当に疲れました。
今回の上京、その目的は9月29日(金)に自由学園というひばりが丘駅(西武池袋線)近くにある私立校で、中学男子部3年生の方々とお会いしてちょいお話しするというプログラムでした。その日に向け、でもやっぱりあれやこれやで要件が入ってくる。久しぶりにお会いする人、故人のこともあってこのタイミングで会いたい人、応援したい人、母の慰問、それに医者通い、そんなことを予定に入れていくと、どうしても不義理を謝らなければならない人たちが出てきてしまって………。連絡できなかった方、お会いできなかった方、本当にごめんなさい。
医者巡り
上京機会に、どうしたって行くことになるのは脊椎損傷の後遺症関連の医療機関、つまりお医者さんです。整形外科では痛み止めの薬を出してもらい、内科では摘便のための座薬を出しもらい、泌尿器科では尿と血液検査、自己導尿の器具を出してもらい、さらに尿路感染発熱時のための抗生剤の処方もお願いします。
さらに右耳の奥に耳垢が溜まって取れなくなってしまったのを処置してもらうため耳鼻科へ。さらにさらに4年ぶりに歯科へ(歯垢が溜まっていたし、さらに右奥下に虫歯が。これは今回の上京中に抜歯しました)。
ここまでで、内科と整形外科は1回ずつ、耳鼻科と泌尿器科が2回ずつ。歯科は3回。これを滞在中の日曜日以外に済まします。なかなかハードでしょう?
さらにですね! 怪我そのものの詳細は省きますけれど、私、自分の不注意で車イス走行中に左足の親指をかなりひどく地面と擦ってしまったのです。しかも、下半身の感覚のない私はそのアクシデントに全然気がつかなかったのです。このとき、たまたま履いていたスリッパを脱ぎ落してしまい左足が裸足だったのが悪かった。結果、マンションに帰宅して郵便受けをチェックしていて、床に伝わる血の帯で気がつくという情けない状況となりました。いやいや、ほんと、かなりの大量出血でして。このまま放置して部屋に戻れば、血まみれのマンションのロビーは警察が呼ばれてしまいそうな惨状と化していたのです。
結局、マンションの理事長と副理事長が登場してくれて、床の血を掃除してくれました。私の怪我のほうは、出血がひどく、さらに時間もすでに遅かったので救急車の出動を要請するという事態になりました。
つまり。救急外科も追加で1回。怪我は治癒まではかなり時間がかかりそうですけれど、幸い治療後すぐに帰宅可で、プノンペンに戻る飛行機の予定を変更するほどには深刻ではなかったのです。やれやれ、よかった。理事長、副理事長、本当にお世話さまでした。
野本美晴さんのJazzピアノを堪能
自分の娯楽?としては、26日に船橋までひとりで出かけまして、念願のJazzピアニスト野本晴美さんの生ピアノを聞いてきました。吉田豊さん(Bass)とのデュオ。 船橋 CoquelicotというJazz喫茶で、小さな空間で生演奏を目の前で楽しめるという素敵な場所でありました。船橋って、私、これまで思い出せる縁がまったくない街ですけれど、どうやらJazz好きにはとても魅力的な場所のようです。船橋住民、ちょっと羨ましい。
野本晴美さんとは、1年ほど前に埼玉県羽生方面でちらりと偶然にお会いしたのです。その後、彼女のCDを聞いたら、とっても良かった。それ以来、チャンスがあったら生ピアノ、聞いてみたいなぁと恋焦がれていたところ、今回の滞在中に船橋で小さなコンサートがあると知り、思い切って出かけていったというわけです。
そして。野本さんのピアノも良かったのですけれど、今回初めてご縁があった吉田豊さんのBassも丁寧な演奏でよろしかった。30分の演奏を3回、じっくりと拝聴してきました。演奏の合間には、野本さんとおしゃべりもできたし。いやー、すっごく贅沢な時間でありました。
映画『福田村事件』も見てきました
見たい映画もいくつかあったのです。宮崎駿監督の新作、『君たちはどう生きるか』も見たかったのですけれど、時間調整がどうしてもつかず。そんな中で、一本だけ最優先となったのが森達也さんが監督をした『福田村事件』でした。
「殺すな」にこだわり続ける森氏が、100年前の関東大震災後に起こった朝鮮人虐殺をテーマに作成した映画です。讃岐からの行商人一行が朝鮮の人と間違えられて殺されたという、実際に千葉県で起こった事件を描いています。
ごくごく市井の人が、ある状況下では人を殺す。特に集団ヒステリーに陥れば、そういうことが起こる。そんな事例は、世界中、いたるところで起こり続けている。戦争というのも、この集団ヒステリーでしょう。
そして、この集団ヒステリー状況は、けして自然発生するわけではない。戦争がもっとも典型的ですけれど、権力がその集団ヒステリーを醸造する。暴走が一度走り出してしまうと、簡単には止められない。
『福田村事件』も、そんな一例を丁寧に描いていました。
その点で、私自身は、『福田村事件』を見てもなんの驚きもありませんでした。知っていたことのひとつが、より具体的に目の前で進行していきました。1975年からのポルポト時代でのカンボジアで起こったことのように、1994年のルワンダで起こったことのように、日中太平洋戦争時に日本兵が中国やフィリピンで民間人を虐殺したときのように、他でも他でも…、と同じようなシーンが、『福田村事件』のスクリーンでも繰り広げられました。
役者陣は皆さん熱演です。特に水道橋博士という役者さんは、はまっていました。彼、参議院議員になった後に、体調を壊して辞められたのですよね。ぜひ復調して、また熱演を期待します。
映画の中で特に印象的だったこと。讃岐の薬売り行商人、つまり日本人で本来的には村人たちにとっての殺しの対象(朝鮮人)ではないわけですが、その行商人(永山瑛太がかっこよく好演しています)に大声で「朝鮮人なら殺していいのか!?」と叫ばせたことは、拍手でした。よくぞ言った、言わせた(この叫びの直後に、瑛太演じる薬売りの頭領はあっさりと惨殺されるのでした)。
森達也監督、この映画でたっぷり稼いでほしいなぁ。「殺すな」、「殺されるな」という価値観の広がる“私たちの”未来のために、さらなる活躍を期待しております。
自由学園と、アジアンコモンズ(阿古智子邸)と
さて、そして上京の目的である自由学園での時間です。東京生まれ育ちの私は、キリスト教篤志家である羽仁もと子/吉一夫婦が100年前に開いた学校である自由学園の存在は知っていました。けれど、実際に久留米市にあるそのキャンパスを訪ねたのは今回が初めてでした。
武蔵野の雰囲気がたっぷりと残るそのキャンパスは、気持ちのいい場所でした。今回、自由学園とご縁があったのは2021年1月にかもがわ出版から出した『超えてみようよ、境界線』という拙著がきっかけです。あんまり数は売れていない本ですが、うん、出せて本当によかった。
中学3年生約30名に「進路について」を考えるきっかけになるような話しをという依頼でした。それを受けて、私が伝えたのは「人生には取り返しのつかないことはほとんどないと思う」ということ。取り返しのつかないのは「死」なのであって、つまり「死ぬな」そして「殺すな」という方針をお奨めするよ、ということ。やりたいことはコントロールしきれない、かなり偶然で決まっていくよということ。そんなことを9月29日(木)午前中に話してきたのです。すでに彼らが書いてくれた感想をいただいていて、それを読むと皆さん真摯に聞いてくれてまぁよかったかなぁ、という感じです。橘先生、アレンジ等、いろいろありがとうございました。自由学園クッキー、とてもおいしくカンボジアの家族がすでに食べ尽くしてしまいました。また、ください。

そして、翌30日(土)には、朋友阿古智子さん(現代中国研究科として最近はメディアによく露出されています)の主催するアジアンコモンズという場で、気楽なお茶飲み座談会のような時間をいただきました。阿古さんと直接顔を合わせるのは5年ぶりぐらいで、「久しぶりに会いましょう」という話だったのが、なぜかそういうこと(座談会)になっちゃったんです。
「カンボジアと中国の最近の関係(それに加えて日本の支援)」とか、私が障害者ということもあって「尊厳死と安楽死とをどう考えるか」なんて話で参加者の皆さんとあれこれ意見交換というような時間になりました。特に後半は、参加者みなさんの直面していることへの思いが交錯して、白熱?いたしました。安楽死を肯定する思いもあれば、危惧する思いもある。安楽死を求める思いとしては、耐えがたい痛みや不必要と思える延命措置への不安がありました。危惧する思いには、優勢思想や生産性重視の価値観が広がっていく不安がありました。身近な体験・事例も含めて、それぞれの思いを語れたことで土曜日午後のひととき、印象深い場になったように感じます。
阿古さん、素敵な場を作ってくれてどうもありがとう。元気そうな様子、会えてよかった。参加してくださった方々もどうもありがとうございました。

お茶も……

ヒガンバナが見頃です。そんなお誘いを受けて、都内某高校の茶道部にもちらりとお邪魔しました。私の立てるお茶は、ぜんぜん泡立たないの。いやいや、なかなか簡単じゃありません。高校生の皆さんが立ててくれたお茶はいい具合に泡立っていて、美味しくいただいてまいりました。この機会には、茶道部顧問の友人(高校の同窓)が能を舞ってくれました。彼女の応援のつもりで出かけたのですけれど、やっぱりこっちがリフレッシュ、元気づけられて帰ってきたのです。
ということで、初秋のTokyo滞在記でありました。ではでは、またまた、ごきげんよう。

















色々とアクシデントもあり大変長くなか、東京を楽しんでくださったのですね。中学生に「人間は取り返しがつかないことはほとんどない。だけど大切なことは、死ぬな。殺すな」とお伝えくださったとのこと、素晴らしいと思いました!
いつかお会いしたいです。中野区の新井にいらしたんですね。私も中野区在住です。
1年365日日本で息していても村山さんのこの1週間強の内容のある豊かな生活に遠く及ばない事実を具体的に知らされて言葉が出ないです。
偶々、今週に某高校で1年生が自死したことを知らされて、「どうして・・・」と心沈んでいたところです。村山さんの声を生で聴くことが出来ていたらなあと思う。
ささやかな人生の中で『死ぬな、殺すな』の想いだけは常に携えて若い人たちにかかわれたことだけは評価してもよいかなと思います。
いつもありがとうございます。