【ボキャ貧とは、「ボキャブラリーが貧困」を略した言葉です。 自分の言葉で表現せずに、流行言葉や決まり言葉ばかりを繰り返して使っているうちに、表現するための語彙力が欠如し、ボキャ貧状態になります。 ボキャ貧状態に陥るとさまざまな弊害が発生しますが、もしかすると本人が自身のボキャブラリーの乏しさに気づいていない可能性もあります。】
インターネットで「ボキャ貧」という言葉を検索したら、最初にでてきたのが上記の説明でした。
さて、知人から聞いた話です。
彼の高校生(大学生だったかも?)の孫が、進路で悩んでいるらしい。彼には数名孫っこがいるのですけれど、その中でも悩んでいる孫っこさんを彼はよくかわいがってきたのです。そして孫っこさんも、彼になついているらしかった。
それで、なんかの機会に、彼はその孫っこさんに進路について少し自分の意見を伝えたらしいのですよ。そしたら孫っこから返ってきたのが「お爺ちゃんは、黙ってて。口出す権利、ないから」だったというのです。
ちなみに彼自身は「俺は口出す権利あると思っているんだけれどなぁ」。なぜなら、その孫っこさんは知らんかもしれないけれど、彼はその孫っこさんの学費も少し支援したりしているらしいのですよね。
まぁ、経済的支援をしているから、口出す権利がある、というのもあまりに世知辛い考え方だとは僕は思ったりもする。それを言い出せば、別にことさら学費を出してあげていないとしたってですよ、孫が生まれる前には、孫の親、つまり彼の子どもは彼と彼のパートナーの元に育ったわけです。まだ孫っこさんが生まれる前の話だけれど、それは孫っこさんとは無関係ってわけでもないだろう。つまり、そう考えると、先祖代々の支援が積み重なって、今のお孫さんたちがあるわけです(これはこれで、血縁主義的な思考を強化しそうで注意が必要だと思うけれど、まぁ今回はそれはさておいて)。ことさら、お孫さんに今直接の学費支援をしていようとしていまいと、孫っこの爺ちゃんが孫っこの進路にモノ言う権利はあるに決まっていますわね。
「口を出す権利」を持つのは誰なんだろう?
孫っこさんが口にした「口出す権利ないから」の前には、「私のことだから」みたいな言葉があるのでしょう。「私のことに、お爺ちゃんは口出す権利ない」というふうに。ならば、「私のこと」に口出す権利は、はたして誰にあるのでしょうかね。
親ならどうでしょう? 親でも「私のこと」に口出されたら嫌、という気持ちがその孫っこさんにはあるかもしれません。まぁ、人生にはそういう時代あるかもね。私にも「親たちからあれこれ口出しされるのは嫌」ってことあっただろうし。
孫っこさんの親しい友人なら「権利」があるのだろうか? でも、爺や親にない権利ならば、友人にもないんじゃないかしらね。でも友人の意見には、耳を傾けたりして。それはもう「権利」云々の話じゃないわけなんだから。
でも、結局つきつめれば、孫っこさんにとっては、彼女の人生に口出しできるのは彼女自身だけ、って気分なのかもしれませんね。知らんけど。
さて、でも、「口出す権利、あなたにはないから」という言い方は、やっぱり聞いてて《痛い》。そういう表現は、その対象となる「あなた」を傷つける可能性がかなり高い。実際、言われた爺さんも傷ついたりしているわけで。
おそらく、言った側もそれはわかっているでしょうね。10代も後半になって、そんなこともわからないというほどチャイルディッシュ(子どもっぽい)ってこともないだろうから。わかないなら、それは馬鹿だ。
言ったそばから、「あぁ、爺ちゃんに悪いこと言ったな」とその子は思っている。それは、まぁ爺ちゃんに甘えているってことだよね。甘えて、「権利ない」なんて言って、ちょっと自分を守ろうとしたわけですよね。おそらく、爺ちゃんの言ったことは、言われなくてもわかっている、ってことだったんでしょう。そして、その孫っこの「不寛容」に対して彼は「寛容」でありました。「お年寄りに失礼な!」とか、「口出しする権利がないなんていう権利をお前はもっているのか?」なんてこと言って、説教たれるとかしなかったそうです。いい爺ちゃんですね。
そして、私は実は誰にでも彼女(孫っこ)に口を出すことはあっていいと思っているのです。道ですれ違ったおじさん/おばさんが口出ししたっていいじゃないか。もしそこに起縁があったのなら、仕方ないじゃないか、と思っているのです。ことさら「権利」という言葉を使いたくはないのですけれど、「爺ちゃんには口出す権利はない」なんて超ボキャ貧のその孫っこさんには「誰にでも口をだす権利はあるのよ!」と私は言いたい気持ちなのです。
幸いに(?)、今のところ、私とその孫っこさんの間には起縁が発生する可能性はありません。ですから、孫っこさんと彼のことは、別にまぁいいや。放っておきましょう。
わざわざ他所に出かけて支援なんぞする「権利」とは
しかしですね、「口出しする権利がない」という言い方に、私はかなりこだわってしまうのです。なぜなら、私が20代後半から国際支援協力を仕事としてきたからです。
支援者にとって「口出しする権利」の有無はいつでもとても微妙で、どうしたって敏感になってしまうのです。
たとえば、私はどうしてカンボジアの教育の質に、わざわざ口出ししているのか? 口出しする権利を、私は持っているのか? ルワンダの教育にも、フィリピンの教育にも、ちょっかいを出してきたのです。それは余計なお世話じゃないのか? そういう議論は、どうしたってある。
日本のODAは要請主義だ、というような言い方があります。
まずは相手側からの要請が先にあって、ようやく支援する側である日本国ODAが発動するという意味でしょう。大まかに言えば、まぁそういう傾向はある。被災した国に緊急支援をする際にも、一応「要請された」から実施するということになっています。
30年ちょい前に私もかかわった青年海外協力隊(現在のJICA海外協力隊の前身)も、派遣には相手国からの要請があることになっていました。実際、例えばインドは1966(昭和41)年から協力隊の派遣が実施されていたけれど、インド側より要請が行われなくなったため1978(昭和53)年に帰国した隊員を最後に派遣がなくなりました。これはつまりは「協力隊派遣はそれほど貢献度が高くない」ということでインドから断られたという風に私は聞きました。2005(平成17)年に再度インドの要請を取り付けて、協力隊派遣が再開したらしいけれど。
というわけで、一応「要請主義」であることは嘘ではないとは私も理解しています。けれども一方で、それはとってもディプロマティック、外交上の体裁でもある。つまり、相手の要請以前に、こっち側(支援する側)の都合で動く支援も実はたくさんあるのです。
たとえば1994(平成6)年に村山富市首相が日本の首相として初めてベトナムの首都ハノイを訪問した翌年の1995(平成7)年からベトナムへの青年海外協力隊派遣事業が始まりました。これなんかは、日本国側の「送りたい」気分があるからこそ、ベトナム側からの「要請」があったと私は理解しています。つまり、首相訪問における日本国側からのギフトのひとつが青年海外協力隊派遣だった。当時、JICAベトナム事務所の担当スタッフは、ベトナムからの「要請」を発掘し、その「要請」を実現するためにかなり苦労したはずです。それはけして純粋な意味での「要請」とはいえないんじゃないか? 協力隊を売り込む営業活動があって、ようやくベトナム側から「じゃ、もらおうか」みたいな展開があったのではないだろうか。
青年海外協力隊に限らず、ODAが「相手国からの要請」だけに対応しているというのは、あまりにナイーブな考えかたでしょう。こっち(支援国側)の都合で押し付けるように実施されているODAもいくらでもあるわけです。その是非はここでは触れないことにします。
で、改めて「支援する側の権利」の問題です。これはもちろんODAに限った話ではありません。NGO/NPO、あるいは個人的な支援でも同じことです。支援相手側から「黙ってて、あんたたちには私たちを支援する権利なんかない」という言い様はありえる。先に孫っこがお爺さんに向けて言い放ったように
せめて、いいものを伝わるように伝えよ
私はね、支援される側の「口出しするな」という言い様は、つまりは孫っこの、そりゃ必死ではあるだろうけど、でもつまらぬお子ちゃまぶりをどうしても思っちゃうのです。たとえば、私のいるC国のリーダーが「民主主義には、それぞれの国のあり方がある」なんてことをおっしゃるのを聞いたとき、やっぱりおなじ駄々っ子ぶりだなぁと思うのです。
外から干渉されるとしても“世界は開いているから仕方がない”でしょう、って思うのです。扉を閉めて引きこもっているのは、無理なのです。
一方で、最近の支援にかかわる人たちの中では以前と比較してより一層「こちらの価値観を押し付けてはダメだ」感が強まっているように私は感じます。それに対しては、これまで本ブログで「価値観の押し付けが伴わない支援なんかあり得ない!」ということを書いてきました。無色無臭の支援なんかない! つまり、干渉の伴わない支援なんかあり得ないって。
支援はいつでも「余計なお世話」なのではなかろうか。だからその支援が姿を現わすとすれば、それはまず支援する側の思い、それもかなり切羽詰まったもの、があるのだろう。先の爺ちゃんの立場でいえば、やはり孫っこの未来に幸あれと思う彼なりの切ない思い、があるからちょい口出す。そうなれば、どうやら支援する側はどうしたって「主体」だ。つまりは「要請主義」ではないのです。支援者は支援したいことに出会ってしまうのです。
そこには「権利」云々など土俵に上がってこない。開いた世界で偶然出会ってしまう関係性の中には「口を出す権利」は誰にでもあるのだから、そこで「権利」があるのかないのかという議論を持ち出すとすれば、それは振り出しに戻るかのようなナンセンスなものなんじゃないのか。
もちろんそこにはどうしったって礼儀・ルール・配慮・技術、というものはある。それは「口を出して良いのか、ダメなのか」ということとは、また別の話です。「口を出しても良い」「口は出されてしまう」という関係性そのものは、もうどうしようもない。出会ってしまうのだから。それは、親子の出会いとそれほどの違いもない。子は親を選べないし、親は子を選べない。
支援者は支援される側を選べない(出会うだけ)、被支援者は支援者を選べない(出会うだけ)。
あとは、互いに礼儀を知り、ルールを作り、配慮をし、それぞれの技術を磨け。支援とは、そういうことなのではないでしょうか。そして、それは支援に限らず、人と人が関わる、ということのすべてなのではないかしら。つまり、支援なんて、ことさら特別なこっちゃない。どうしたって起こりえる、人の営みでしかない。
「お爺ちゃんは、黙ってて。口出す権利、ないから」なんてこと言ってちゃだめなんだよ、改めて。もちろん、爺ちゃんの意見を採用しないという選択は君にある。そして、そのときは「爺ちゃん、ご意見ありがとう、でも私はこの道を行く」と言えばいい。そう言われて、例えば「我が国には我が国の民主主義がある」なんて言われて、支援者はきっと頭を抱える。でも、それはそれでまずは仕方がない。でも、話はそこでけして終わらない。「私はこの道を行く」という方針だって、もちろんいつだって常に外部からの批判にさらされる。それはそれで仕方ない。
爺ちゃんは爺ちゃんで、もし自分の意見を孫に語り掛けるなら、戦略を練ればいい。伝える技を磨けばいい。せめて、いいものを伝わるように伝えよ。


















もらえるものはもらっておいて、それをどのように処分するかはもらった人の自由ってやつかなぁと。
匿名様
読んでいただき、渋いコメントもありがとうございます。
でね、問題は、「もらった人」が「あげた人」に「口出す権利はない」と告げることの是非というか。そこからスタートして、そもそも「口出す権利」は誰にでもあって、私たちに対して「誰もが口を出す権利をもっている」んじゃないか、ってこと。
そんなことを思ったりするのです。もちろん、「権利」を意識して口を出しているのではなくて、口を出したくなるそれなりの切なく熱い思いなんかがあっちゃったりする。
そんなときは、言われる側は「きけるものはきいといて、それをどう処分するかはきかされた人の自由」ってこと、なんでしょうかね。
とても物分かりがいい爺ちゃんで、穏やかな爺ちゃんでしょうが孫っこが「私のことに、お爺ちゃんは口出す権利ない」と言ったとき、せめてその時、その場で物分かりがいいお爺ちゃんは孫っこに『そうかなあ』というコトバぐらいは掛けてほしかったなあと思うがなあ。
支援とか、国際支援とかいうと、私も構えてしまって意見も控えてしまいますが、お爺と孫っこの間には明らかに日常の”共生”という人間観関係がある。お爺は孫っこに良しと思うところを言葉で伝えるべきである。それを孫っこが受容するしないは別の話である。そうか、お爺はそう考えるんだなということを伝えるべきだ。そこで孫っこは自分で主体的に考えればよい。勿論、ここでお爺が口を出すときに”礼儀・ルール・配慮・技術”といったことは日常の共生の中でお互いに磨かれているべき大前提でしょうが。こういう日常がないと、一人の人が人間として大きく成長し、独裁的権力を獲得したとき、「民主主義には、それぞれの国のあり方がある」という恥ずかしい、もっと言うと犯罪的な発言してはばからない人間に至らしめるのではないだろうか。
私は広い意味で公教育の現場でささやかな人生を過ごしましたが”明日には解って欲しいなあ”という想いを持ちながら、教育の現場で”今日行く”ことを今日試みることなしにその想いを持つことは許されないと考えて若者と付き合って来ました。”明日には解って欲しいなあ”という明日が文字通り明日のこともあるし、10年、20年というスパンの明日もある。それでよいと考えます。
お爺は孫っこにやっぱり言ってほしかった。豊かな共生を発展させるために言ってほしかった。それは人間関係でも、国家関係でも同じではなかろうか。
今日の”越境ひっきりなし”を拝読して、人間の歴史の中で何故に人間はコトバを獲得したのかを考えさせられました。
匿名様 いつも読んでいただき、熱いコメントもありがとうございます。
その後、物わかりのいい爺ちゃんは「もう、俺はなんも言わない、まぁ、本人の決めることだから」なんて言っていました(爺ちゃん=私ムラヤマ、ってことはないですよ、ほんとに)
「お爺は孫っこに良しと思うところを言葉で伝えるべきである。それを孫っこが受容するしないは別の話である。そうか、お爺はそう考えるんだなということを伝えるべきだ。そこで孫っこは自分で主体的に考えればよい」
私もそう思います。遠慮せずに伝えればいいのに、と私も思うんですけれどね。
そのお爺のケースは、どうやらタイミングを逸した、ようです。そうねぇ、まぁそういうことはあるわねぇ。タイミング、縁、チャンス、当たりの宝くじ・・・・、往々にして逃すことが多いですわ(宝くじに関しては、私は「買わなくちゃ当たるわけない」のくちですけれど)。
あるいは、彼はやっぱり“怖い”のだろう。孫娘に嫌われてしまうのが。
日々、波風立てずに過ごしたい、特に歳を取れば。そういう気持ちも、伝わってくるのです。彼より二回り以上年下のまだ“若造”の私は、そんな彼を「臆病」とも思えなくて。彼の言葉を聞きながら、「そう・・」というだけ。
「”今日行く”ことを今日試みることなしにその想いを持つことは許されないと考えて若者と付き合って来ました。”明日には解って欲しいなあ”という明日が文字通り明日のこともあるし、10年、20年というスパンの明日もある。それでよいと考えます。」
はい、そのほんの一片を垣間見させていただいた者として、ほんの一片でしたけれど、でも十分にその思いは伝わってきていました。今になって思い起こせば、当時よりもより一層、お気持ちが伝わってくるのです。
まさに、「10年、20年というスパンの明日もある」であります。
私も、見習っていこうと誓っています。
村山哲也