地球科学は重要な科目ではない???今回のノーベル物理学賞の件から思い出す、日本国ODAによる途上国への理科教育支援でもあった地球科学軽視の考え方

2010年ごろの、カンボジア高校教員養成校(NIE)の地球科学教官チームメンバー 左からプティ、カニタ、マカラ、ソティ

気象学研究者がノーベル物理学賞を受賞したことの、地球科学関係者の喜びについて

 今年のノーベル物理学賞に、日系米国人の真鍋淑郎さんが選ばれた。それに対し、朝日新聞の記事で地球科学系の研究者からの、真鍋さんが受賞したことへの喜びの声が紹介されている。(社説余滴)ノーベル賞に沸く地球科学 黒沢大陸:朝日新聞デジタル (asahi.com) 『「日本出身の研究者」だからではない。気象学の研究者だからだ。気象学など地球科学系はノーベル賞とは無縁と思われてきた』からこそ、関係者は溜飲を下げたというわけだ。

理科科目の中での、地球科学の立ち位置とは?

 理科科目といえば、高校の物理・化学・生物、そして地学があげられる。この地学という科目が、いわゆる地球科学と考えていいだろう。中学であれば、ぼくが学んだころには理科第一分野と第二分野に分かれていた。第一分野が物理・化学、第二分野は生物・地学にかかわる内容が主だった。

 ぼくが学んだ高校では、1年から3年まで、地学という理科科目は存在しなかった。地学を学びたくても選択肢としてなかったんだ。また3年生で理系進学を目指すクラス(通称、理系クラス)を選ぶと、生物IIも選択できなかった(文系クラスでも生物IIはなかったから、つまり生物IIも存在しなかった)。理系クラスを選べば時間割にある理科科目は物理IIと化学IIだけだった。大学では生物系に進んだぼくは、大学受験に必要な生物IIは参考書で独学したものだ。

 ぼくが地球科学と本格的に出会ったのは、2002年から働いたカンボジアでだ。ぼくが関わった理数科教育支援プロジェクトでは、理科と数学の教育の質改善を目的としていた。カンボジアで一校だけあった高校教員養成校は首都プノンペンにあった。そのキャンパス内に日本ODAの支援で理数科棟が建設され、そこがプロジェクトの主な活動場所だった。理数科棟には、物理室・化学室・生物室・数学室があり、物理・化学・生物それぞれの部屋にはそれぞれの科目に必要な実験資機材も支援されていた。プロジェクトが開始されてから2年経ったところで赴任したぼくは、3つの理科科目が支援対象となっていたことになんの疑問も持たなかった。

 プロジェクトでのぼくの担当科目は生物だった。高校教員養成校の生物教官を対象に勉強会を開くと、その中に「私は地球科学を教えている」という教官がいた。話を聞いてみると、教員養成校には3つの理科科目教員養成のコースと共に、地球科学の教員養成コースがあるという。しかし、地球科学はプロジェクトの支援対象に入っていなかった。勉強会に参加した若い教官は、せめて生物の内容を勉強しようと自主参加してくれたのだった。

 1970年代後半のポルポト時代に学校教育制度はすべて廃止された。ポルポト政権が倒れた(タイ国境沿いでポルポト派の反プノンペン政権の活動はその後も1998年まで続いた)後、ベトナムの支援を受けた新しいプノンペン政権が再び学校教育制度を再建したのだけれど、多くの教員・知識人が亡くなった状況で、当初は小学校の教員さえ満足に配置できなかった。2002年に当時の教育大臣から「ポルポト時代の直後、学校教育を再開するために、市場に行って文字を書ける人を探して歩いて先生をやってくれるようにお願いした」という話を聞いたことがある。

 そんなカンボジアで、地球科学が学校教育に導入されたのは2000年ごろだ。2005年ごろに、同僚の地球科学教官たちと地球科学の導入に関わった人たちにインタビューして回ったことがある。そうしてわかったのは、もともとのきっかけは1992年にブラジルで開かれた「国連環境開発会議(地球サミット)」と、そこで採択された「環境と開発に関するリオ宣言」だった。この会議に参加したカンボジア政府は、地球科学の導入準備を始めた。このときのキーパーソンはユネスコ・カンボジア事務所所長だったようだ。彼が米国の地球科学の教科書をカンボジア教育省関係者に伝え、それを訳して新しい地球科学の教科書を作ったと聞いた。そのときに関わった関係者の多くが、地理を教えていた教官だった。話を聞いた多くの関係者が「地球科学と地理は同じだ」という趣旨の発言をしたのが印象に強く残った。

 おどろいたのは、教育省は、地球科学を学校教育(高校)に導入した後に、教員養成校での地球科学コースを開設したことだった。つまり、学校現場の導入が先、専門教官の育成は後、だったのだ。おそらく現場は大変だったろう。そして多くの場合、最初は地理の先生が地球科学を教えたらしい。

理科教育支援プロジェクトの支援対象から外れていた地球科学

 確かに地球科学は、なかなか扱いが難しい科目だ。大学の理学部には地球科学という科目はほとんど存在しない(教育学部には、日本なら地学の研究室はある)。大学での専門としては、地質学、海洋学、気象学、天文学等が地球科学の内容を発展させた学問を扱っている。おおまかにいえば、地球科学は「地球内(地質、地球構造)」、「地球表面(気象、海洋、環境)」、「地球外(天文、太陽系、宇宙)」の事象をカバーしている。物理や化学が自然の基礎的な仕組みに焦点を当てるのに対して、地球科学(生物も)は基礎科学の応用としての自然現象にフォーカスする。おそらく高校で教える際には、もっとも幅広い科学的知識が教員には要求される。
 広く理科の知識が必要な地球科学なのに、カンボジアでは「地球科学は地理と同じ」と考える人が多かったと。そんな馬鹿な!と、後からやってきた者が批判するのは簡単であって、カンボジアの歴史的背景を考えればそれも致し方ないのです。だいたい、フランスの植民地だったカンボジアが独立したのは1949(昭和24)年(警察権・軍事権も得た完全独立は1953年)だ。それ以前の学校教育は、フランスによる統治のためのエリート育成のためであったから、広く市民教育が実施された歴史はごくごく短い。それすら、独立後25年ほどで完全に破壊されてしまった。だから、高い教育の質を維持するための人的資源が、たとえば日本から見て不足しているように見えるのは当然なのです。

 さて、そうなんだ、カンボジアには地球科学という科目があるんだ。聞いてみると、ぼくの生物の勉強会に顔を出した地球科学教官は、その高校教員用養成校での地球科学コースの最初の卒業生だという(日本と違い、高校教員養成校は4年制大学卒業後に進学する1年間の教員養成コースだ)。彼ら(といってもそのときの教員養成校の地球科学教官は2人だけ)は、大学では理学部生物科の卒業だった。
 彼らの授業を見学しにいった。高校で使われている地球科学教科書が、教員養成校でも教科書として使われていた。たまたま見学した授業では、岩石、花崗岩や玄武岩というやつだ、について学生たちは学んでいた。教科書にはいくつかの岩石の写真が載っていた。けれども印刷の荒いその白黒写真を見ても、それぞれの岩石の特徴はわからない。実際に岩石を見たり手にとったりしたことはあるか聞いてみると、教官も生徒も、そんな経験はまったくないという。
 さらに聞けば、教員養成校地球科学コース一期生を教えたのは地理の教官だったらしい。そして、一期生の卒業生のうち2名が、すぐにその教員養成校の教官として採用されたのだ。なるほど、そりゃ、きびしいね。

 「どうしてプロジェクトは地球科学を支援してくれないのですか?」と若い地球科学教官は(くどいけれど2名)は恨めしそうにぼくに問うたものだ。

 なぜ地球科学は支援対象ではないのだろう。今度はプロジェクトの立案時のことを調べてみた。プロジェクト事前調査時点では、ようやく地球科学の教科書が完成し、高校での導入が始まったところだった。そして、その時点ではまだ高校教員用養成校では地球科学コースは始まっていなかったのです(!)。地球科学コースが始まったのは、調査の翌年で、つまりプロジェクト開始とほぼ同時だった。そんなこともあって事前調査の段階で、調査チームは高校での地球科学の導入を見逃した。さらにカンボジア側も新しい地球科学の支援を要請することはなかった。それが地球科学がプロジェクトの支援対象とならなかった理由だった。
 日本側調査チームが地球科学を見逃したのは、日本側にも理科は物理・化学・生物という思い込みがあったとぼくは想像する。事前調査チームには、数学・物理・化学・生物の専門家が含まれていたけれど、地球科学の専門家はいなかった。最初から地球科学を見逃す下地はあったわけだ。また、カンボジア側関係者も新しく導入されたばかりの地球科学への関心が低かった。特に調査対象の理科教育関係者は、地球科学の導入の情報をほとんど持っていなかったようだ。だって、地球科学の導入時に動員されたのは地理の教官、つまり社会科目の人たちだったのだから。

それでも、またしても地球科学は支援対象から外された!!!

 目の前に支援を必要としている理科科目がある。ならばプロジェクト支援の対象にするべきではないのか、という話し合いがプロジェクト内で何度も持たれた。そして、ぼくは(生物担当で、つまり理科第2分野としての親和性もあって)地球科学への支援をゲリラ的に始めてしまった。今思えば、教育省と改めて公式文章を交わすなどの手間を惜しむべきではなかった。けれども、そういうプロジェクト運営のマネージメントまでは、当時のぼくは手も頭も回らなかった。それに、ゲリラ的とは書いたけれど、プロジェクトの後半2004年には、日本から地球科学支援のための短期専門家も派遣してもらった。日本が支援した理数科棟には地球科学の部屋がなかったので、それとは別に地球科学の部屋を学校側に要請して確保した。そして、(当然)プロジェクトの資金を投入して、岩石の標本見本や化石標本、気象観測用の資機材等の教材、参考書などを整えていった。つまり、プロジェクトしても、その後半には本格的に地球科学への支援を始めていた。

 そしてプロジェクトは2005年に終了する。しかし、他の理科教科もそうだったけれど、教育の質向上としては特に地球科学は道半ばなのは明らかだった。

 プロジェクト終了前に、次のプロジェクトの案件調査が入った。支援対象として高校の理科教科書の全面改訂を行うことがほぼ決まっていた。そして、進行中のプロジェクトのカウンターパートが次期プロジェクトでもカンボジア側の中心メンバーになることが想定されていた。
 そして、次期プロジェクトに地球科学を加えるかどうかが、大きな議論となった。このときには、カンボジア教育省は、正式に地球科学を支援対象とするように日本側に要請していた。地球科学を取り残した先のプロジェクトの立案時に犯した失敗は繰り返さないという思いがカンボジア側関係者には共有されていた。
 しかし、日本ODA側は、地球科学を次期プロジェクトに加えることはなかった。その理由の1つが「地球科学は科学科目の中での重要性が低い」という理由だった。

 案件調査チームの言い分は以下だ。
 科学の大基としてまず数学がある。その数学の上に物理、さらに化学がある。それらを基礎として生物があり、さらに応用として地球科学がある。だから、理科の支援対象としては、物理・化学がまず優先順位が高く、次に生物、そして地球科学はその後に位置するというのだ。さらに限られた資金を効率的に投入するという観点から、次期プロジェクトでは地球科学への支援は見送りとする。

 それは違うだろう!というのが、地球科学の支援を訴える急先鋒のぼくの立場だった。科学史から考えれば、天体や生物の「観測、観察」のほうが物理・化学の確立よりもずっと歴史が長い。理科を人の生活に身近な自然現象を学ぶ科目と考えたとき、先の数学→物理・化学→生物、そして地球科学という順位付けは必ずしも正しいとは言えない。観察力を鍛え科学的態度を身につけるためには、目に見えないものまで扱う物理化学よりも、生物や地球科学を学ぶことは重要だ。
 それにODAは「要請主義」を謳っている。カンボジア側が要請している地球科学への支援を、効率性を理由に断るのは可怪しいではないか。そのようにカンボジア側からも問い合わせてもらった
 それを聞いた日本側は、今度は「地球科学の専門家が日本には少なく、支援を行うための人材確保が難しい」と言い出した。それも変だ。そんなものは、ようはやる気の問題だ。そう、つまり日本側は最初から、「やる気」がなかったのだ。それは調査前の日本での打ち合わせの段階から「次期支援は物理・化学・生物として、地球科学は除く」という方針が出ていた(と、後で知った)ことからもわかる。

 ぼくには後味の悪い結論だった。ようやく軌道に乗り出した地球科学支援を、どう継続すればいいのか、ぼくは頭を抱えてしまった。さらには、カンボジア事務所はさておき、ODA実施機関の日本本部関係者とぼくの間にはわだかまりが残った(本部からみれば、一個人の専門家とのわだかまりなどまぁたいした問題ではないけれど、ODA大本の関係者との関係悪化はぼくからすれば大問題だ)。プロジェクト終了後の東京本部での報告会でも(ことさら話を蒸し返して苦情を言うぼくも大人気ないのだろうけれど)、その場の空気はかなり硬かった。それがトラウマとなって、ぼくは今でもODA実施機関本部に行くのが苦痛だ。あのときの嫌な気持ちを思い出して、今でも気持ちが悪くなる。(といっても、もう行く必要もないので問題はありませんけれど)。

 まぁ、結果として、ぼくはプロジェクト終了後も、カンボジアの地球科学支援を勝手に継続することにしちゃったわけ。あのとき次期プロジェクトが地球科学を支援していたら、ぼくはカンボジアに居残ることはなかっただろう。そうなっていれば、その後のぼくの人生もかなり違ったものになっていたはずだ。万事塞翁が馬ってこと。

 その後、2008年から始まった新たな理数科教育支援プロジェクトでは、地球科学はようやく正式に支援対象となった。そして、ぼくもそのプロジェクトには再度関わった(本部での受けが悪いのにどうやってODAの仕事を得たかと問われれば、カンボジア事務所には理解者がいてくれたと答えておく)。 

地球科学よ、胸を張ろう!

 と相変わらず自分のこと中心に書いてしまった。
 とにかくですね、今回の 真鍋さんのノーベル賞受賞の報に、地球科学関係者が喝采を唱えたというのに、ぼくはすごく共感するのです。おそらく、物理・化学・生物という理科主要科目に関わっている人にはわからない鬱屈を抱える地球科学関係者は少なくないはずだ。

 たとえば、つい最近まで地球科学は理科なのか?という議論すらあった。
 理科の本道に、実験による再検証に耐える、というやつがある。ある法則なり事象なりを科学的実験を通して発見し、証明する。その法則なり事象なりは、誰が同様な実験をしても再現性のあるものでなければならないという考え方だ。
 さて、たとえば地球の歴史に「再検証」は可能だろうか?ある条件を整えれば、かならず大陸は移動し、大陸がぶつかれば造山活動が活発化し、アルプスやヒマラヤやアンデスのような山脈が形成されるだろうか? 実験できるはずもい。全部、結果論、にも思える。
 条件を整えれば、かならず台風は発生し、理屈通りに発達し移動し、そしてやがて勢力を弱め熱帯低気圧と変わっていくだろうか?まぁだいたいそうだ、ということはわかる。でも100%でなければダメとしたら?それをどうやって調べる??
 つまり、実験室で再現可能な事象を扱う理科科目からみれば、再現することが難しい事象を扱う地球科学は「物語」的なのだ。「空想」的で、すべて「後付け」の理屈ばかり。そんなふうに評価されて、だから、地球科学関係者は、明確な再現性のあるものを扱う科学者の前で、どうしても卑屈になる。
 けれども、大型コンピューターによるシュミレーション技術が、この状況を一変させた。ある条件を整えての「仮想実験」による再検証が、地球科学の分野でも可能になったからだ。自分たちも再検証可能な「理科的事象」を扱っている科学者であると、地球科学関係者も胸を張れるようになったわけだ。その結果、例えば地球系形成期初期に火星規模の原始惑星が地球と衝突したことで、現在月と呼ばれる惑星ができたことは、ほぼ異論なく認められている。シュミレーションで科学的に証明されつつあるからだ。残る議論は、月生成にいたる惑星と地球の衝突が一回だけだったか、複数回あったか、だけだ。
 今回、ノーベル物理学賞受賞の真鍋さんの「大気と海洋を結合した物質の循環モデルの提唱と二酸化炭素濃度の上昇が地球温暖化に影響するという予測モデルの確立」という研究も、つまりは複雑系である気象現象を理解するシュミレーション技術の発展に寄与したからこそ、受賞対象となっている。
 2005年当時の「地球科学は支援対象としない」とい判断した人たちの考え方は、古い理科的価値基準に則っていたわけで、今となれば「古いね君たち!」と、ぼくもちょっと胸を張ってもいいかなぁ。

 地球科学の高い専門性を持たないぼくが、どうやって地球科学を支援したかという話は、また別の話ということで。ではでは、今日はこのへんで。ではでは、また。

4件のコメント

私の専門は地学です。
私は、地学を軽視する人に「理科を構成する科目を一言でいうと」と、問いかけてきました。
私の意見は、物理は理科の言語、化学は数、生物は多様性(以前は、倫理と言ってました!)、地学は大きさ です。広大な宇宙から、鉱物の原子組成まで「大きさ」を扱うのは地学と思います。地球科学というとらえ方もありますが、これでは対象に力点があり、それを通して何を教えるかの視点が弱くなるように思います。まぁ、一つの意見ですけど。

先輩!。今日は!。私の理科との出会いは、学研の「漫画ひみつシリーズ」でした。その後の私自身の過剰な点取り学習が無ければ、私も、複雑系とか反証可能性とか黒鳥理論とか…そんな、理科系科目の楽しさに目覚めていたかも知れません。今回の村山さんのブログ…地学への熱い思いが強烈に伝わって来ます。海外での教育活動を応援しています。

=>転生するなら「将棋囲碁・論理パズルと科学の思考オタク」になりたい吉田です…ヨロシク❗️

間々田和彦様 欧米では、Earth Scienceというタイトルの教科が地学とかぶります。その直訳として地球科学という言葉を私は使っています。ただ、宇宙分野まで扱うことを考えると、Earth Scienceという言葉は、無理にスケールを狭めちゃっている気もしますね。
はい、私も地学の醍醐味は、大きさと時間だと感じています。何億年という時間のイメージ、何万光年という距離(と時間)のイメージを掴んで欲しいなぁと、教えているといつも思います。

村山哲也

匿名こと吉田様
読んでいただき、またコメントもありがとうございます。
転生する以前に、科学の思考オタクならいつでも可能です。ぜひぜひ。

村山哲也

コメント、いただけたらとても嬉しいです